第15話
~ 帝都外周 ~
帝都の外、軍勢が丸々と収まる巨大な平原は、人や獣で埋め尽くされていた。
その数、十万。そこに【巨大獣】からなる騎獣部隊と、【大鷲】を有する偵察部隊が加わる。
朝廷による、西方の大叛乱を征伐するため結集した官軍であった。
「『ゾフィア』殿下。そろそろ出立の刻限にございます」
「わかっている。
ラルフよ、兄上達の様子はどうであった?」
「皇太子様と、ゼルツ王様であれば、既に準備を終えられました」
「あいわかった、なれば私もすぐに参ろう。兄上にも伝えてくれ」
第六皇子、ゾフィアはそう言うとラルフを兄の元へと駆けさせた。
今この場に置いて、彼が自分にひっついている状況を作るのは好ましくない。
今回の征伐は、異例の編成と言えるから、慎重に立ち回らなければならないのだ。何せ、自分を含め皇族が三名もいる。
皇帝の第一子にして皇太子、『マリウス』。
『サラスク州、ゼルツ国』を領有する第五皇子、『コンラート』。
そして第六皇子、ヴィスターデ王・ゾフィア。
(陛下の、父上の思惑がわからぬ)
三人もの皇子を討伐軍指揮官として配置した上、羽林/虎賁を代表する親衛隊長も両方同行させる。
どう考えても悪手だ。帝都をがら空きにするようなものだと言うのに。
先の都における変事。大量の屍が掘り起こされた一件は、結局理由がわからずじまいだった。
そして同日、白の広場で盗人が処刑されたのとほぼ同時刻とみられているが、白の広場に隣接するホテルで惨殺死体が発見された。
立て続けに起こった、この一見して無関係と思える二件、実は繋がっていたのだと報告はあがっている。
ホテルで惨殺されたのは、カルト教団【黒い月】に謀叛の動きありと密告してきた、カイロニアの高官だったのだ。
確か、あの地で長らく根を張っている『メルカ家』一門の者だったと記憶している。
広場で処刑した盗人も、ホテルで惨殺された高官も、どちらも例のカルト絡みだ。これはただの偶然だろうか。
密告。つまり組織を裏切った以上、身の安全を保証しなければならない。
裏が取れるまで、都でも宿泊場所を転々とさせて足が掴めぬようにしたつもりであった。その中にすら黒い月の"草"がいたのだろう。あのホテルに入ったのは処刑の日取りに合わせ、朝に行われた。処刑にあたり、首実検のためであろうか。そのためだとしても、タイミングが出来過ぎだ。
あの黒い月なるカルト教団は、単なる異端の集団では断じて無い。
母体は教会への反発心を持った異端だとしても、影には官僚的思考が隠れている。
この大叛乱の初報からしてそうだ。二十万もの軍勢を決起、それも同時多発的に多方面で。
各個にあたればそれぞれ六~七万の規模、ただそうと見立ててもコレまでの比では無い。武器も、初動用の兵糧も、どうやって揃えたというのか。そしてそれらを、機能不全に陥っているにしても、この帝国内で水面下に行い遂行したでは無いか。
「一体何者だ、首領は。五つの州に跨がる広範囲で挙兵。
あらかじめ期日を決めておいたにしても、良く組織されている」
ただの賊軍、と見立てれば忽ち食い破られよう。それと、そのカルトの教祖とやらは壮年の男性と聞く。
もしかすれば、素性を探ればどこぞの官僚なり名家なりに繋がる可能性すらある。
そうでなければこれ程の乱を起こす組織を作る事なぞできよう筈が無いからだ。
ただ、彼らの名が巷に流れるようになった後、探る事も出来ずにいる。
「乱を鎮め、早急に"根源"を立たねば、火種が飛び散る事となろうな」
こんな時、自分に幕僚がいればと常々思うが、己自信の立場の弱さを恨む他無かった。
「天道不諂。ただ今日、天はどちらに微笑んでおいでなのか」
天におわす大精霊の定める道は一つのみ。善人には施しを、悪人には災禍の因果が巡る。
善人とは誰をさし、悪人とはどの者を言うのだろう。
「陛下が、父上がお変わりになられからと聞く。ならば『何』が、父上を変えた?」
即位時は何代かぶりの聡明な帝だった、と小耳には挟んだ事がある。
今は見る影も無い。自分もそうなってからの父しか知らないが、懐かしみつつ嘆く老臣を知っていた。
そしてまた、叛乱に荷担した者達への思いも同時に湧いてくる。
邪教に惹かれてしまう程、民は救いを求めているという証左に他ならない。
自分の力ではどうにもならぬ事を、国では無く"人ならざる大いなる者"に求めた。
"帝国"を頼るという意思を奪ったのは、他ならぬ帝国なのだから。
乱の中心にいる者達の救いは、もはや帝国には無いのだろう。
「えぇい、今考える事ではない。兄上達の下へ私も行かねば」
そうかぶりをふって、ゾフィアは馬の腹を蹴った。
「……ベインズ先輩。貴方ならばこの局面、どうなさいますか」
誰にも聞こえぬ今であればこそ言える弱音。
叶うならば数年前に戻りたい。
アカデミーで、腫れ物の皇子と見られていた自分相手でさえ、分け隔て無く導いてくれた先輩。
もし『私の下で働いて欲しい』と言えば、今の彼ならば従ってくれるだろう。皇子なのだから。
ただ、それをするのは彼の心を無視した行為だとも思っている。故に、揺らいで終ぞ言えなかった。
(あの人も常々仰っていた。マナの巡りは血の流れだと。
大精霊のお慈悲が手足の末端に流るるは、心の臓と血管が整わねばならぬ、とも)
心の臓とは朝廷で、血管は官僚組織を言う。
己の心臓あたりに手を当ててみる。鼓動はまだある。
帝国の心の臓はまだ動いている。
今すべきは、血腫の除去と、血管のケア、という事になろうか。
※※※
~ カイロニア州都・叛乱軍本営にて ~
「官軍出立、数はおおよそ十余万」
叛乱軍首領、アロイスは唇を噛みしめる。腐っても朝廷、やはり人物はまだいるようだ。
想定していたよりも対応が早い。何者かは知らないが、あの愚鈍な皇帝に耳打ちする者がいたらしい。
都周辺の"協力者"達には、そのまま伏せておくようにと言づてを忘れなかった。彼らの決起にはまだ早い。
官軍の結集まで、もう半月近くはかかると思っていた。それを上回る速さで、各地の豪族と官僚を糾合した者がいる。
加えて、指揮官は三名の皇子だと聞く。後宮の跡目争いまで表に持ち出すつもりなのか?
皇子の事は"知っている"。あぁ、よく知っている。特に第一皇子の事は。
今はきっと立派な男になっている事だろう。アーティファクト、特にゲル状に魔導鋼を変形させる研究に熱心であった。
研究していたい、と言っていた事も覚えている。
第五皇子と第六皇子は、自分の記憶の中には無い。
当然だ。その頃は既に野の者となっていたから。聞いた話では、どちらも白や緑を修めたとは聞く。
「ギャロワ、前線を任せたのは『エリアス』と『オトマル』だったな」
「はい。彼らには現在前進せよと申しつけてはおりますが」
「官軍の規模が想定より多い。
戦線が膠着すれば不利になるのはこちらだ」
広範囲における同時決起。
奇襲という意味で言えば、これ以上無い効果を持って最初の一撃を官軍方に与える事が出来た。
ただこれは、勢いを維持し続けなければならないという欠点を含む。
何せ水面下で気付かれぬ必要があったとはいえ、ゆっくりと、少しずつしか集められなかった都合がある。
二十万の軍を維持するだけの兵糧は、半年分も無い。短期決戦を挑まねばならない。
スポンサーとしてコチラについてくれた商人達からの都合もつけるべく、ギャロワには骨を折って貰っている。
しかしそれでも供給の限界というものがあった。
何せ悪政により殆ど領主方に取られ、蔵の中。叛乱に際し奪い返せたのは微々たる量だ。
殆どはくれてやるものかと火をかけられ、大半は都近辺への『献上品』として東に送られている。
(商人達とて、我らがこの西南を抑えていなければ賄賂として使っていたであろうしな)
悪政の影響で、領民が離散した地域すらあるため、収穫量そのものも下がっている。
現実が、数字となって襲って来る。
嘘つきは数字を使うが、数字は嘘をつかない。
兵糧だけで言えば官軍側が圧倒的優位である現実が。
「手が無い訳では無いが……気が乗らぬ」
「戦時です、そんな事を言っている場合ではありません」
「……パライバの案であるが」
アロイスの言葉に、腹心ギャロワも口を紡ぐ。
あの者が提示する策は、効率を思えば非常に効果は出る。効果は。
ただ、あまりにも非道である。
『現在攻め落とした街/村から発生した難民を、そのまま官軍に収容させてください』
ただ、それだけ。シンプルな策だ。
突き進む先で、焼き討ちを行って家を破壊し、兵糧として食料を徴発しつつ前進。
その過程で発生する難民化した方々の住人達を、官軍のテリトリーに押しつける。
その数、五十万。
難民だけで、である。大半は、兵としては戦えぬ女子供・老人だ。
戦える男や魔術師も中には混じっているだろうが、それだけの"余計な人間"を、官軍に押しつける。
『その難民の中にも、我らの手の者を潜ませるのです。中から噂を流す。これでも足止めにはできましょう』
官軍側も頭を抱えるはずだ。民を見捨てて進軍するか、それとも助けるか。
後者であれば、餓えて逃げてきた民に『施して』から前進しなければならない。
後処理を街の太守や県令に押しつけるとしても、だ。
「我々とぶつかる頃には、すぐ餓える官軍が出来上がる、と」
「意図はわかりますが」
そして、助けた筈の民草から聞こえてくるのだ。
「官軍がしっかりしてればこんな事になってない」
「ご立派な官軍様だ。あぁやだやだ」
「きっと元の木阿弥さ。高ぇ税に、兵役か」
民を護る誇りを、とうの民から突き上げられれば、どうなるか。
『飯が無くとも、誇りがあれば叛乱軍は耐えられます。
誇りが無くとも、腹を満たせれば官軍は前へ進めます』
パライバの言葉は、人の喉元から出てくるものでは無い。
『では、口に何も入れられず、尊厳も失った軍人はどうなるか』
そこから先は、「あいわかった」とのみ答えて遮った。
「おそらく、緒戦は勝てるであろう。しかし、気が乗らん。あの者の策で何人死ぬ」
ただ同時に思う。それを今更考えるのか、と。
決起の日、非道な方法で州牧邸を火の海にしたのを忘れたか。
「後には退けませぬな。……渠師様、そのパライバ本人は何処へ?」
「あぁ、【人形達】の同士と何か打ち合わせをしているようだ。
彼女達の中での出来事ややり取りには関与せぬ事にしているが」
「"タンザナ"が死んだという件についてでは?」
「それは聞き及んでいる。残念な事だ。
報告では、『例の子』が一行を迎え撃った事による、と」
ギャロワは遠目にしか見たことが無いが、【人形達】は総勢七人。
どれもそれこそそのグループ名にふさわしい造形美を持った少女達、にしか見えない。
だが問題児揃いのようにも思っていた。
人として大切な何かが偏って、どこか欠けている者ばかり。
あたかも、最初から『出来の良い破片』であるかのよう。
嫌な予感がする。
【人形達】は、教祖が"教祖になる"前から研究していたモノの一つ。
正確には教祖の御父上の頃からだ。
「御父上の研究、でしたか」
「ああ、そうだ。父上があの『皇帝』や『学長』らと共に、このカイロニアの地下で発見した。
その後皇帝は狂い、学長は黙り込み、父上は刑台に昇る事となった」
彼女達の存在は、アロイスにとっては父の無実を証明するかがり火なのだ。
たとえその奥底に『悪しき者』がいるのだとしても。
きっとその根源に、現皇帝が気を狂わせるに到った代物がある。
「彼女達は、父が発見しなければ埃を被ったまま朽ち果てていたと言う。
その発言を信じる事にしているよ。現に、目をかいくぐるための"教団"造りには大いに助けられた」
「それは私も存じております。しかし、何かが"危うい"でしょう。彼女達は」
ずいと前へ一歩出て、教祖に言う。
「身内を害されたとして、報復に出かねません。
『例の子』一行にも、過激な手にでるやも」
「そうだな。出迎えてやれとは言ったが」
「言葉の額面通り、パライバが受け取るとお思いですか」
「……」
沈黙。それが答えだ。
「クラーラも同行させます、きっと【人形達】はやり過ぎる」
「好きにせよ」
教祖の返答に、ギャロワはそう答えた後、場を離れた。
※※※
~ カイロニア・街の端にて ~
「……って訳。すまんな、クラーラ」
「珍しいね。渠師様や貴方が『斬れ』以外の命令なんて」
「耳が痛いな」
ギャロワは、剣士・クラーラに対し頭を下げていた。
教団の汚れ仕事を買って出てくれた彼女に甘えている。それは教祖と、彼も自覚している。
今回も又、その腕に甘えようとしているのだから、始末に負えないと自嘲してもいたのだ。
「今、教団内部で【人形達】を止めるとすれば、真正面からだと君が適任だからね」
「他に人材がいない、でしょ」
「まぁね。前線の方に張り付かせなきゃいけないし。
それと、アイツ等の好き勝手を抑えつつ、『例の子』達を護れるのも君だけだ」
「『護る』? 私が?
ねぇ……それは一体何の冗談」
クラーラは、件の柄を握りしめながら言う。
「私の刃は、もう『護る刃』と呼ぶ資格は無いわ。
斬れと言われればゴブリンだって、熊だって、人だって天子だって斬ってみせる。
そんな魔性の刃で何を護るというの」
そんな彼女をじっと見据えながら、ギャロワは付け加えた。
「その『魔』のモノから、『例の子』を護るんだ」
そう、魔のモノ。少なくともギャロワは人形達をそう見ている。
言わんとしている事は通じたようだ。クラーラは、こくりと首を縦に振る。
「パライバが、渠師様へ向ける忠誠は本物だ。
ただ、俺や民が彼に向けるソレとは、根本が違う予感がする」
あたかも、あらかじめそう動作するようになっているかの如く。
渠師本人にとってみれば、父の研究やその成果と捉えているからかさほど疑っていない。
が、アレは違う。今指摘すれば、彼との間に亀裂が入り溝が深くなる。
故にまだ言い出すことが出来ないし、言葉にするのも難しい。
だが確実に言える。あの忠誠は本物だ。『造られた本物』だ。そう魔術師としての自分が告げている。
渠師もきっと、わかってはいるのだ。
『疑う己』と、『父を思う息子』が天秤で均等になってしまっている。
それが今のアロイス・ユベールだ。だれかが側にいてやらねばならない。
あの人形達の誰かと、渠師だけにしてはならないと本能が囁いている。
「頼む。ここは俺の顔をたててくれ」
「わかった。戻ったらハチミツ酒一本奢りね」
「特上のを、なんとか見繕うよ」
※※※
「剣士さんよぉ、なぁに辛気くさい顔してんだ?」
「あら、そんなにキツい顔してた、私」
「口を真一文字にしたってさ。これから存分に暴れられるってのに」
クラーラは、隣を歩く大きな女を見上げつつ答えた。
相手は、人形達のメンバーの一人である。
緑色の髪をロングのツーブロックに。左側の刈り上げ部分から腕にかけて、ドラゴンのタトゥーを入れている。
黒い革のジャケットとショートパンツ。胸部も胸しか隠れていない。唇やヘソにもピアスをあけ、銀色のブレスレットにチェーン。
明らかにガラの悪いチンピラの様相であり、他の面子とは毛色が違いすぎる。
が、顔の土台は明らかに人目を惹く。隆々と盛り上がった筋肉も、だが。
「パライバのやろー、今までお預けさせてくれちゃってさ」
「そうでしょうね。貴女、加減を知らなそうだもの」
「お前もそう言うのかよ、イケずな奴ぅ」
ある程度は聞かされてはいたが、本当に人間のようだ。
人語を解し、人語を話し、そして心があるかのようにふるまう。
とても良く出来ている。肌や肉の質感は人間そのものであるし、内蔵もある。故に見分けがつかない。
もしかしたら、本人達も気付いていないのかもしれない。もしそうであれば、哀れな事だ。
「なぁ、『例の子』とそのお付きって、どれぐれぇ強いと思う?」
シャドーボクシングをしながら、ワクワクとした表情のまま語る緑色の女。
「さぁ。メラーナの報告だと、その内の一人は『千人殺し』だそうだけど」
「マジ!? 闘り甲斐ありそうだなぁ♪」
行動だけ見れば、まるで試合を待ち望む男子のような行動。
「……『ベリル』、落ち着きなさいな」
「落ち着けるかよ、タンザナを殺った奴等だぜ? 弱ぇ訳が無ぇ」
味方の死も、あっけらかんと語る。
行動原理の中に、人間と同じ基準の倫理が存在していないような気すらする。
ベリル。それがこの緑色の女の名だ。
「殺すなとは言われてるけど、ボコすなって言われては無ぇからさ」
そう言い放ち、左腕を振るう。
すると、周囲の砂利やらなにやらまでを巻き込んだ暴風が吹いた。
拳圧のみで、これが出来る女。記憶が正しければ、人形達は全て魔術師の筈。
「四肢をちぎって虫にしてあったって良い訳じゃんなぁ?」
大地を踏みしめるベリルの足下から、草花までもが生い茂っていく。
鍛え上げた肉体に、『緑』のパワー。
奇しくも、今こちらに向かっている『例の子』が一行と、全くの同タイプ。
それはまだ、彼女達も知らなかった。




