第12話
今回はR-15で大丈夫か、と少し不安です
~ 太守邸・地下 ~
「チッ、『ベリル』の香を頼る嵌めになろうとは」
屋敷が"ピンク一色"に染まる少し前。
屋敷地下の一角で、雪の如き女は顔をしかめながら、床や棚などの何ヶ所かに香炉を設置していた。太守に術をかけた張本人。彼に『タンザナ』と呼ばれていた女である。彼女の機嫌はすこぶる悪い。
何せ、この行動も本来は計画になかった事だからだ。
もしものためにと、身内から渡されていたアイテムを使用する事も、プライドを傷つけている。
「メラーナ達があんな連中ぶち殺してれば、こんな事しなくて済んだのに」
彼女の役目は、南三州における叛乱軍の導線を確保する事。ここはその最前線。
侍女として太守邸に潜り込み目をかけられ、妻子を拐かして心を揺さぶり、心置きなく術をかける隙を窺って成功した。その矢先にコレだ。
「アイツ、『優秀な青魔術師がいてぇ~』なんて言って、クソッ!」
帝都に、鼠処理に行っていた二人組。処理だけすれば良いものを大騒ぎにしたそうで、かつ『拐かせ』と命じていた対象を逃したという。
大失態だ。我々【人形達】の存在は、主のためにこそあるのだという意識が、あのメラーナには無いのか。そして、奴等は街へやって来た。
(一番厄介そうなのは、あの背の高い戦士と思しき男。"イヴェッタ"には、籠絡して奴等から引き離せと命じた。
他の連中は、屋敷を喧噪に包んだ後に、一人ずつ罠にかければ良い。青い魔術師は、最後にしてやる)
それに早く済ませなければ、きっと西に控えている『ベリル』が嗅ぎ付けてくる。あの五月蠅い奴に手柄を取られてたまるものか。
苦虫をかみつぶした顔をして、タンザナは設置した香炉に火を灯す。
「私みたいな"青"使いは、現在進行形は見破れるけど、過去形は苦手だもんね。
察知してみなさいな。気付いた時にはもうムラムラしっぱなしよ」
自分達【人形達】には、お香といった類いは効かない。意識がシモに行っていれば、真面に魔術は使えなかろう。
ただ、彼女は知らなかった。その一向の中には緑の魔術師がいるという事は。
同僚である筈の女は、そこだけ伏せてタンザナに吹き込んでいた。
※※※
~ 郡都『ドゥプロナール』・太守邸にて ~
「―― "後に残る"タイプかよ、エリーザ」
「うっっっさい!!」
レオンの頬は今、真っ赤に染まっている。
羞恥心だとか、性的興奮だとかそういう方向のものではなく、単純に引っぱたかれたからだ。悪鬼が如き表情で憤怒に燃える、エリーザ嬢にである。これは八つ当たりだ。いや、少し男性陣にも非はあるが、ここまでされるいわれはない……と思う。
ただ責める心情にもなれない。香りにアテられていたとは言え、「あの柔らかな感触はいかがでしたか?」と聞かれれば、気持ちよかったです、あわよくばもう少しだけと即答していただろう。彼らだって健康な男子なのである。
「私があんな、はしたない真似するなんてっ!
なんかびちょびちょするし、最悪よ」
「お願いだから、我慢してくれ。こうなった元凶を今から探すんだからさ」
「当然! 首謀者をぶちのめさないと気が済まないわ! これ、魔法か何か?」
少し内ももを絞らせるような姿勢だった彼女も、ようやく落ち着きを取り戻している。
ギルベルトの精神魔法には、感謝しかない。意識と肉体の一部、今回に限れば『性欲』と『理性』を分離して、欲を封じ込めたのである。ただ精神だけであるため、肉体には効能がハッキリと現れている。
故に皆、下には絶対に視線を移さないよう努めていた。
「下を見たら、首と胴が泣き別れよ?」
「「「 はい、お嬢様 」」」
「……と、言ってみたものの、首謀者って何処よ。この痴態の中で探す訳」
完全耐性持ちだった船長を除いて、自分達にすら影響を及ぼしていたのは、お香である。
それは真っ先にレオンが説明した。屋敷の宴会場どころか、屋敷全体に広がっているであろうという事も。何故ソレが解るのかと言えば、答えは簡単だ。屋敷にいる全ての者達が影響を受けて『真っ最中』であるためだ。
組んず解れつ、衛兵から侍女、妓女に賓客。全てのモノがお香にアテられての大決戦。
「こんな光景を見てもあまりショックじゃないのって、ギルベルトのおかげ?」
「効いてるようで良かった。ちゃんと精神を分離出来てる証拠かな」
「何か、女としても人としても、大事な何かを切り落とされたような感じなんだけど」
「後で戻るから大丈夫。こうでもしないと目も当てられないじゃん、色んな意味で」
「そうね。早い所こんな事した奴を探さなきゃ。
あちこちで"パンパン"聞こえて来て気が狂いそう」
四名は宴会場から離れることにした。話を整理するに、ここの郡太守は少なくとも敵側ではない。
青魔法をかけられた痕跡があり、なによりあの場で絞られていたのだから。その場合、怪しいのは宴会場からクレイグを連れて出た太守婦人、イヴェッタか。
それと、宴会場の隅で給仕をしていた侍女の姿がないと、ク=シグは言う。
「眼を惹く女だったゾ、まるで雪のように綺麗な侍女でヨ」
それはそれでひっかかる話だ。さて、どこから探したモノか。
「片っ端に扉開けて確認するしか、無い感じ? めっちゃ嫌なんだけど」
レオンは少しうんざり気味な表情を隠さない。何せ、屋敷全体が"揺れている"ような状況だ。どの扉を見てもどこかしらが小刻みに震えているし、どの扉の奥からも男女の嬌声が響いている。
街角の本屋で売られる春画本もびっくりな光景だ。
あっちもパンパン、こっちもパンパン。ただし小麦の香りはせぬパンばかり。
「青魔法で探知できないの?」
「この状況だと無理だよ、みんな考えてる事一緒だもん」
「「「 ですよねー 」」」
そこからしばらくは、『地獄』だった。少なくとも正常な意識を保っている彼らにとっては。
扉を開けると、老若男女がむつみ合っている光景。これが地獄以外の何だ。
エリーザにとっては拷問に等しい。男三人にとっては……何かとは言うまい。
「―― あ、お、お邪魔しました」
「はぁ……アッ♥ 入ってくる!♥」
「いえ、入らないです、失礼します」
エリーザの表情がどんどん仮面のようになっていく。
「男のお尻がい~っこ、女のお尻はに~こ。
あっちにも毛って生えてるんだぁ……あれ、でもさっきの部屋男同士で」
「おい! しっかりしろ! 正気を保て、戻ってこい!!」
時折、腰の剣を抜きそうになるエリーザを、レオンは必死にくいとめた。
おピンク真っ最中の彼らとて、正気を失っている状況なのだから。
「くそっ、無駄に広いなぁ、この屋敷! 増改築しすぎじゃん!」
ギルベルトも相当まいっている。あまり堪えていないのは、ク=シグだけだった。
「なんで船長は平気なのさ!?」
「いや平気も何も、俺様……というかリザードマンは『交配方法』が違うかラ興奮しようが無いシ」
「「「 ――――ッ!!? 」」」
などというやり取りをしながら、屋敷の奥へ進む。
「……この乱痴気騒ぎを起こした奴、八つ裂きにしてやるわ」
「奇遇だなぁ……同感」
いくつもの扉を開けた。白濁した何かのついた手で足を捕まれた。飛んできたナニかが肩にかかった。
"乱痴気しているのも被害者"でなければ、この屋敷丸ごと血祭りにしていたかもしれない。
「船長、しばらくソーセージとアワビは無しで」
「わかったヨ」
ただこの苦痛もそろそろ終わりが見えてきた。この先の角を曲がれば、離れと地下入り口がある一角だけ。
曲がり角の向こうから、『牛の鳴き声』が聞こえてきた。
「すげ~、今時のお屋敷って部屋の中で"牛"飼えるんだ」
「言ってる場合かよ」
念のため、『フェアリー』を飛ばして様子を見てみる。角を曲がり少し経過して、ゆるりと戻ってくる。
道中たたき落とされる事も無かった。
「少しだけ、魔術師の痕跡がある。離れか地下だね」
「どっちかの断定は?」
「無理。色欲があまりに強すぎてぼやけてる。
それに、やっぱ分離してるせいでいつもより精度が出ないや」
「よし、じゃあ先頭は俺が行く。ギルベルトも探知しつつ俺の隣に。
船長とエリーザは背後の警戒をお願い」
角を、曲がる。誰もいない。
離れへと進んでいく。両脇を見ても、誰もいない。
庭も、静かなものだった。
離れの"牛"も静かになっている。
道中の部屋に、兄はいなかった。この部屋に多分いるのだろう。多数の男女とムフフな事をしていたのだろうか。もしそうなら羨ま……もといけしからん話だ。
こっそりと、近づく。もしかすれば、敵であろう奴もこの中にいるかもしれない。
ゆっくり戸に手をかけて、開く。
すると中には、何とも淫靡な熱気が立ちこめていた。いや、むしろ蒸気というべきか。
部屋の真ん中で、筋骨隆々な肉体をさらけ出し、見事な逆三角形を形作る男が一人。
「おぉ、レオンじゃないか、どうした」
「すみません、人違いです。部屋を間違えました」
思わず、戸を閉めてしまった。レオンは自分の目を疑う。
ノリノリでポーズを決める兄・クレイグの姿が見えた。何の冗談だ?
「なぁ、分離魔法って視覚にも影響する?」
「しない。アレは現実だよ受け入れな」
「……何だっけ、筋肉自慢大会で名前ついてたわよねあのポーズ」
「フロント・ラットスプレッドだなァ、天下一狙えるぞ彼奴」
現実逃避をしたい。すごくしたい。
しかし部屋の中からその"現実"が声をかけてくるのだ。助けてくれ。
「すまん、部屋は合ってる。とりあえず俺の話も聞いてくれ」
「俺に! 部屋の真ん中で! 裸でポーズ決めてる変態の知り合いはいません!」
「お願いです話を聞いてください。
とりあえずお嬢ちゃんには刺激が強い光景だが」
「今更遅いんですけど、おにいさん」
おそるおそる、離れの部屋に入る。
やはり部屋の中から、淫らな香り。しかし風が入って幾分かマシになった。
「さて、隠した所で意味は無いから、結論から言おう」
クレイグが、室内の寝台を指さした。
その視線の先には、汗とナニかの液とでドロドロになり、息を弾ませつつも気絶している女が一人。
「俺は『奥方』との床勝負で勝利を収めていた」
「ねぇ兄ちゃん、ぶん殴って良い?
こんなクソかっこ悪い勝利宣言、身内から聞くなんてさぁ!」
「俺も自分で言っててそう思う。
けどまだ頭のなかが半分くらい現実味が無いというか、こう"大人"な発想がまだふつふつと」
エリーザは寝台でひくついている太守婦人の"双丘"を突っついている。
「こら! さわっちゃいけません!」
「いや~、私が知ってる人達のよりダルッダルだったからつい」
一方のギルベルトも、婦人に付着している液の量を見て、
「『花街のお香』かぁ。
それも普通じゃなく、魔力増強をかけてある代物が、クレイグのような人に作用するとこうなるんだね。
精○も、通常の量を遙かに超えてる。出しまくって正気に戻ったのが正解なのかな」
「冷静な面で何て事言ってんダ。
しっかし、奥方がダウンしてちゃ犯人がわからないゾ。
自分がこうなっちゃ世話無いだろうシ」
船長の問いに答えたのは、クレイグだった。
「おぉ、その点は進展アリだ。この屋敷に仕える使用人の中に【黒い月】のメンバーが混じってる。
この女性もメンバーの端くれなんだとさ」
「その情報一体何処……聞くまでも無いか」
レオンはキレれば良いのか、呆れれば良いのかもわからなくなっていた。
「うむ、ベッドの上で直接聞き出した。全部聞く前にイってしまってな。さすがにヤリ過ぎたかとは思っている。
宴の席では"勇将"と言われたが、俺はアッチも剛勇だからな! おかげで色々聞けたぞ!」
今度は横向きに、胸筋を見せつけるようなポーズをとりつつ、クレイグは続ける。
「実を言えば、この女性も太守夫人じゃ無い。黒い月の用意した替え玉さ。
本物は、既に西に送られているんだとか。太守はこの女性が妻と思わされていただけのようだ」
「あぁ、じゃあ痕跡は【記憶操作】か。
銅臭臭いって呼ばれてた役人が、道理で太っ腹な」
「この替え玉と、『侍女』の役割は、太守を籠絡して操り叛乱軍の侵攻を南から支援する事」
「よくそんな事まで喋ったわね。こういうカルト信者って信仰心とかで口が堅いもんじゃないの?」
まだ、兄の"毒気"は抜けきっていない。
「そりゃあ、俺のヤリで突きほぐしたからな! 上の口も、下の口もユルユルさ!」
「お願い、黙って兄ちゃん……黙ってください、お願いですから」
弟の切なる願いも、まだハイになっている兄には届かない。
今度の敵は、極めて面倒臭い奴だ。少なくともレオンはそう核心していた。




