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君を守るたびに、世界が間違っていく  作者: ガチでアジト


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第四話 祈りの外側で選ばれたもの

 静かだった。

 ただ音がないのではない。

 整いすぎている。

 足音が一定の間隔で並び、衣擦れも、呼吸の揺れすら、どこか規則に従っているように感じる。

 誰かが“整えている”わけではない。

 最初からそうであるかのような、自然な正確さ。

(……気持ち悪い)

 アルトは胸の奥で思う。

 言葉にすると崩れそうで、口には出さない。

 回廊の白は均一だった。

 塗られた白ではない。

 削られた白。

 余分なものを削ぎ落として、必要な形だけを残したような質感。

 その中を進む。

 レオンハルトが先導し、侍者が続く。

 衛兵が一定の間隔で配置されている。

 ガルドは後方を見ながら歩く。

 リゼリアは、その少し前。

 配置もまた、整っている。

 そのとき。

 足音が、ひとつだけ遅れる。

 ほんの一拍。

 すぐに揃う。

 誰も気づかない。

(……今)

 アルトだけが止まりかける。

 どこがずれたのか、分からない。

 だが確実に、“何かが外れた”。

 ガルドが一瞬だけ壁を見る。

 ほんの一瞬。

 そして前を向く。

「……どうした」

 アルトが聞く。

「気のせいだ」

 短い返答。

 だが、右手はすでに剣の柄に触れている。

 無意識だ。

 本人も気づいていない。

 リゼリアが歩く。

 一拍。

 いや、違う。

 二拍。

 わずかに遅れている。

「リゼリア」

 アルトが呼ぶ。

 彼女は振り返る。

 そして――間がある。

「……はい」

 遅い。

 ほんの少しだけ。

(……合ってない)

 理由はない。

 でも。

 何かが揃っていない。

 視線を前へ向ける。

 柱の陰。

 白い空間。

 何もない。

 何もないはずなのに。

(……いる)

 見えていないだけで。

 “そこにある”。

 そんな感覚が残る。

 空気が、落ちる。

 密度が、減る。

 音が遠くなる。

 ガルドが止まる。

 今度ははっきりと。

「――来る」

 低く言う。

 その瞬間。

 レオンハルトが動く。

「防御陣形」

 短い命令。

 衛兵が反応する。

 槍を構え、間合いを取る。

 後方の魔術士が一歩下がる。

 杖を持つ。

 呼吸を整える。

 そして。

 詠唱が始まる。

「――存在の枝よ、形を保て」

 声は低い。

 震えていない。

「歪みを正し、境界を定める」

 空気が張る。

 言葉が現実を縫い止めるように。

「ここに定める、侵入を拒む壁を」

 魔法陣が淡く浮かぶ。

 足元に。

 線が走る。

 回廊の空間に、見えない壁が形成される。

 その瞬間。

 ――そこにいた。

 現れたのではない。

 最初から混ざっていた“何か”が、遅れて認識される。

 白の中に滲んでいた影が、輪郭を持つ。

 人型。

 だが顔がない。

 揺れている。

 存在が安定していない。

 魔法の壁に触れる。

 歪む。

 押し込まれる。

 だが。

 ――抜ける。

「な……!」

 魔術士の声が揺れる。

 成立しているはずの防御が、成立しない。

 レオンハルトが踏み込む。

「異常存在」

 冷静に。

「それは成立しない」

 剣が走る。

 影が裂ける。

 形が崩れる。

 だが。

 戻る。

 歪みながら。

 そして。

 一直線に、リゼリアへ。

 迷いがない。

 他を見ていない。

 狙いが、決まりすぎている。

(……狙われてる)

 理由は分からない。

 でも。

 これは偶然じゃない。

 ガルドが割り込む。

「こっちだ!」

 斬る。

 押し込む。

 だが止まらない。

 レオンの斬撃も。

 魔術士の防壁も。

 意味を持たない。

 “抜けてくる”。

 距離が詰まる。

 リゼリアは――

 動かない。

 遅れている。

 ほんのわずかな遅れ。

 それが、致命的になる。

(……間に合わない)

 アルトの思考が跳ねる。

 選ぶ。

 迷う余地はない。

 体が動く。

 踏み込む。

 リゼリアの前へ。

「下がれ!」

 叫ぶ。

 届かない。

 彼女は動かない。

 影が迫る。

 腕が振り上げられる。

 アルトは剣を振る。

 届かせるためだけの一撃。

 当たる。

 影が裂ける。

 その瞬間。

 ガルドが踏み込む。

「どけ!!」

 横薙ぎ。

 今度は確実に。

 断つ。

 影が崩れ落ちる。

 動かない。

 終わった。

 成立した。

 現実として。

 確かに。

 アルトは息を吐く。

 心臓が速い。

 だが。

 守れた。

 リゼリアは、そこにいる。

 そのとき。

【優先対象の逸脱】

 意味が落ちる。

 思考が止まる。

(……何だ、今の)

【整合性の補正を開始】

 空気が削れる。

 一瞬。

 本当に一瞬。

 何かが“消える”。

 音が一つ、足りなくなる。

 視界がわずかに軽くなる。

 そして。

 戻る。

「排除完了」

 レオンハルトの声。

 何も変わらない。

「問題はない」

 魔術士が息を整える。

 詠唱の余韻だけが残る。

「……妙な感触だった」

 ガルドが呟く。

 剣を払う。

 アルトは動かない。

 回廊を見る。

 衛兵。

 魔術士。

 侍者。

 ――

(……あれ)

 何かが、足りない。

 でも。

 分からない。

 さっき。

 詠唱していた魔術士。

 もう一人いた気がする。

 いや。

 違うかもしれない。

 思い出そうとすると、崩れる。

 輪郭が持てない。

「どうしました」

 レオンハルトが言う。

 冷静に。

 否定を前提に。

「……いや」

 アルトは首を振る。

 言えない。

 確信がない。

 ガルドが横目で見る。

 ほんの一瞬。

 そして。

「気のせいだ」

 切り捨てる。

 それ以上考えない。

 リゼリアが、小さく息を吐く。

「……アルト様」

 呼ぶ。

 アルトは見る。

 彼女は自分の手を見ている。

 一拍。

「……いえ」

 言いかけて、止める。

 そして。

「問題ありません」

 言い直す。

 だが。

 その声は、ほんのわずかに揺れていた。

 アルトは何も言わない。

 ただ。

(……何かが)

 減った。

 そんな感覚だけが残る。

 理由はない。

 証明もできない。

 でも。

 消えない。

 回廊は静かだ。

 何も起きていない。

 最初から、何もなかったかのように。

 整っている。

 完璧に。

 ――少しだけ、軽くなったまま。

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