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『魂を導く紋章師』  作者: nukoto


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第59話 「小鳥と導きの午後」

 冒険者は珍しい小鳥に目を細め、ゆっくりと腰を落とした。

 獲物を狩る獣のような気配が、空気をひやりと引き締める。


 サラは眉をひそめ、低く呟いた。

 「……ちっちゃい鳥を狙うなんて。気に食わない」


 その声音には、戦場を渡ってきた者特有の鋭さがにじんでいた。

 リアンは慌てて小声で制する。


 「サラ、落ち着いて。まだ――」


 しかし女主人は余裕の笑みを浮かべ、肩を揺らした。

 「大丈夫だよ。よく見てごらん」


 その瞬間、冒険者が小網を投げ放った。しゅっと空気を裂く音。

 だが光を帯びた小鳥は、まるで幻のようにふわりとすり抜け、網は空を切った。


 羽音が頬をかすめ、リアンの肩に小さな重みが落ちた。

 遅れて心臓が跳ねる。

 「……えっ?」


 肩に伝わる温もりと、かすかな鼓動。リアンの胸に戸惑いが広がる。


 女主人は目を丸くし、それから驚き混じりに笑った。

 「すごいねぇ、あんた。その子、冒険者に狙われてからは人に寄りつかなくなったのに……」


 その時、冒険者がこちらに気づいた。

 サラの姿を認めた途端、血の気が引いたように顔を強張らせ、踵を返して逃げ去っていく。


 「……逃げたわね」

 サラはふんと鼻を鳴らし、肩をすくめた。

 「まあ、賢明な判断ではあるわ」


 リアンは苦笑し、肩の小鳥を見下ろす。

 「……無防備だな。でも、可愛い」


 すると小鳥は首をかしげ、澄んだ声で言葉を放った。

 「……パパ?」


 「っ!?」

 リアンが固まる横で、女主人が腹を抱えて大笑いする。

 「ははは! こりゃ傑作だよ!」


 サラは少し考え込むように顎に手を当て、冷静に言葉を紡いだ。

 「警戒の目じゃない……『探す目』ね。

  昔は家族に飼われてたのかも。飼い主の言葉を覚えて、今でも真似してるのよ」


 リアンが驚き混じりに頷いた瞬間、鳥は今度はサラの方を向き、つぶらな瞳で見つめながら澄ました声を響かせた。

 「……ママ?」


 「えっ」

 サラの頬がぴくりと動く。

 リアンは思わず視線を屋台の影に逃がし、サラはわざと空を見上げた。

 女主人はさらに大笑いして手を叩いた。

 「あんたら、本当に家族みたいだよ!」


 その言葉に、リアンとサラは同時に顔を赤らめ、言葉を失った。

 ほんの一瞬、喧騒の街角に、照れくさくも温かな空気が流れていく。


 小鳥はリアンの肩から飛び立つこともなく、ちょこんと寄り添うようにしてついてきた。

 時折羽ばたいては二人の頭上をひと回りして、また戻ってくる。


 女主人はそれを見て、ふっと笑みをこぼした。

 「やっぱりわかるんだろうねぇ。あんた達が、他の冒険者とは違うってことを」


 そう言うと、小さくちぎったパンをリアンに手渡した。

 「……これは?」

 リアンが戸惑い気味に受け取ると、女主人は片目をつむり、茶目っ気のある声で返す。

 「決まってるじゃないか。あんた達だけ食べるのはおかしいだろ? 子供にも食べさせないとね」


 「こ、子供って……!」

 サラは頬を赤らめ、慌てたように女主人を見やった。

 「も、もう……おばさん、からかわないで」


 女主人は楽しげに笑いながら、軽く手を振って店の奥へ引っ込んでいく。

 リアンは照れくさくパンを受け取り、深呼吸をひとつしてからサラとともにパン屋を後にした。


 


◆


 


 歩きながら、リアンは貰ったパンを指先で小さくちぎり、肩に乗る小鳥へ差し出す。

 「ほら、食べるか?」


 小鳥は嬉しそうにくちばしを伸ばし、もぐもぐと食べたかと思うと――澄んだ声で「おいちー」と鳴いた。


 「……! 今、喋った……」

 思わず目を丸くするリアンの横で、サラは唇を緩めてからかうように言った。

 「ふふ……パパ、ちゃんとご飯食べさせてあげてね」


 「なっ……!」

 顔を真っ赤にするリアン。それでも言い返せず、むすっとしながらもパンをちぎり続ける。

 小鳥は楽しげに食べ続け、その光景をサラは微笑みを浮かべて眺めていた。


 どこか柔らかな空気が、三つの鼓動を包み込んでいた。


 


◆


 


 リアンとサラは街外れの木陰に腰を下ろし、もらったパンを分け合った。

 昼下がりの風が涼しく吹き抜け、枝葉がやわらかい木漏れ日を落としている。


 リアンの手から小さくちぎられたパンを、小鳥は夢中でついばんでいた。

 羽をふるわせ、満足そうに声を漏らす。


 「……本当に人懐っこいわね」

 サラは微笑みながらその様子を見つめる。

 「やっぱり、家族に飼われてたのは間違いないわ」


 リアンはパンを口に運びながら、ふとつぶやいた。

 「……逃げ出したのかな? それで家を探してるのかもしれない」


 「でも、それなら誰が飼っていたかすぐにわかるんじゃない?」

 サラは首を傾げる。

 「この町みたいに人の目が多い場所なら、なおさら」


 リアンは少し考え込み、手の中のパンを見つめた。

 「……そうか。じゃあ、違う町なのかも。町並みが似ていて、ずっと探し続けてるのかもしれないね」


 「……そうかもね」

 サラの声には、ほんの少し切なさが滲んでいた。


 やがて小鳥は食事を終え、ひらりと飛び上がってサラの肩に止まった。

 サラが驚きながらも微笑んで言う。

 「……パンがなくなったのに、逃げないわね」


 彼女はそっと小鳥を覗き込み、楽しげに声をかける。

 「ねえ、遊ぼうか?」


 その瞬間、サラの周囲に銀のツバメと赤い鳥がふわりと姿を現した。

 羽ばたきの光が木漏れ日の中で揺らぎ、二羽は小鳥のまわりをくるりと舞う。


 小鳥は小さく鳴き声を上げ、嬉しそうに羽ばたいて戯れはじめた。

 銀と紅の光に囲まれながら、空を弾むように飛び交う。


 リアンとサラは並んでその光景を見つめ、自然と笑みを浮かべていた。

 ただそこにある小さな遊びが、二人にとっては穏やかな時間の証のように思えた。



 


 しばらく遊んだあと、疲れた小鳥はふわりとサラの胸へうずくまり、目を閉じて眠ってしまった。


 「……寝ちゃったね」

 リアンは困ったように視線を泳がせる。目のやり場に困りながらも、息を吐くように笑った。


 サラはそんな彼をじっと見つめ、口の端を上げる。

 「どうしたの、リアン?」

 「……なんでもないよ」

 慌てて視線をそらすリアンに、サラは小さく吹き出した。

 小さく呟く。「……“ママ”ね。悪くない響き」


 「じゃあ――私たちの買い物の時間ね」

 にやりと笑って立ち上がると、小鳥を胸に抱いたまま言う。

 「まだ保存食とか必要な物があるでしょ? 行こう」


 二人は再び市場を回り、食料や雑貨を買い揃えていった。

 賑やかな喧噪の中を歩きながら、リアンがぽつりと言う。

 「……明日には出発するか」


 サラは足を止めて、少し不満げに視線を向けた。

 「もう少し、ゆっくりでもいいのに」


 リアンは立ち止まり、まっすぐにサラを見つめる。

 「早く……魂を導いてあげたいんだ」


 その真っ直ぐな瞳に、サラの胸がわずかに高鳴る。

 「……なら、仕方ないわね」

 強がるように言いつつも、頬に熱が宿るのを隠せなかった。



 


 買い物を終えて、荷を馬車へ運ぼうと馬車置き場に向かう。

 だが、そこにあった光景にリアンは目を丸くした。


 「……車輪が壊れてる」


 ひび割れた木材は、自然に裂けたものではなかった。

 軸の縁には、泥混じりの鉄粉とこじられた楔の痕が残っている。

 リアンはしゃがみ込み、指先でなぞりながら言った。

 「……削れ具合から見て、夜の間にやられたんだ」


 サラは一瞥して、すぐに断じた。

 「違う。壊されたんだよ」

 彼女の瞳が細められ、声に怒りが滲む。


 「……どうして?」

 リアンが問いかけると、サラは吐き捨てるように答える。

 「おそらく――さっきの冒険者でしょ。本当にくだらない」

 目に鋭い光を宿し、低く呟く。

 「殺すか」


 リアンは一歩前に出て、静かに手を上げた。

 「サラ――」


 その声に、サラはぴたりと動きを止める。

 風が止み、赤と銀の光がふっと消えた。


 「ああいう奴らは、生きているだけで周りの人間に悪影響を与えるの。

 ……そうやって積み重なったものが瘴気の原因を作るのよ。

 それをリアンに尻拭いさせるなんて、私は耐えられない」


 リアンは静かに微笑み、肩をすくめた。

 「やり返す強さより、ここで終わらせる強さを選びたい。……サラは優しいね」


 「優しくなんかない」

 サラはきっぱりと言い切る。

 「私は、リアンに嫌な目に遭ってほしくないだけ」


 リアンはその言葉に小さく息を吐き、穏やかに笑った。

 「……それを優しいって言うんだよ」


 気まずい沈黙を振り払い、リアンが小さく息をついた。

 「とりあえず……直すのは明日にしよう。今日はもう、ご飯を食べて、ゆっくり休もう」


 サラはまだ怒りを隠しきれない様子だったが、リアンの声に少しだけ力を抜いた。

 「……わかった。でも、明日には仕返しするかも」

 「しなくていいよ」

 「半分、冗談」

 「……本気そうだったけど」

 「さあ、どうかしら」


 サラはくすっと笑い、肩の小鳥が「ママ、こわい」と小さく鳴いた。


 リアンは思わず吹き出し、サラも堪えきれずに笑った。

 ――笑いに、怒りの温度が下がっていく。


 風が優しく流れ、傾きかけた陽が三人の影を長く伸ばしていた。

 その先、街門の屋根の上に同じ羽色の一羽が静かに降り立ち、こちらを見下ろす。

 ――かすかな羽音だけが、明日まで残った。

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