第214話「歪んだ再生」
――滴る。
水音に似た、乾いた音。
ぽたり。
また、ぽたり。
それは、水ではない。
ラゼルの手から落ちる――血だった。
その足元。
先ほどまで“刈り取る者”と名乗っていた男が、転がっている。
潰れた顔。
歪んだ骨。
原形を留めていない肉塊。
ラゼルは、それを見下ろし――
ゆっくりと、足を上げた。
踏みつける。
ぐしゃり、と音が鳴る。
もう一度。
ぐしゃり。
何度も。
何度も。
憎しみを、喉の奥で擦りながら。
「……憎い……」
踏む。
「憎い……」
潰す。
「憎い……」
壊す。
音だけが、広間に響く。
やがて――
それは。
“平ら”になった。
肉も。
骨も。
何もかも。
ただの、塊へと。
ラゼルは、ゆっくりと顔を上げる。
「……この世界が悪い……」
低く、震える声。
「全部……」
肩が揺れる。
「全部……滅べばいい……!!」
叫びが、広間を叩いた。
――その時。
「……かわいそうに」
声がした。
軽い。
だが、耳に残る声。
「仲間を、そんな風に扱って」
笑いを含んでいる。
ラゼルが、弾かれたように振り向く。
そこに――
“男”が立っていた。
無傷で。
「……な……?」
リアンの声が漏れる。
「何が……起きた……?」
セリアも、目を見開く。
「いつの間に……!?」
ラゼルの視線が、足元へ落ちる。
踏み潰したはずの“男”。
だが――
違う。
それは、黒いローブを纏った――別の死体。
セリアが周囲を見る。
「……一つ、足りない……」
小さく呟く。
「死体……入れ替わってる……!」
ラゼルの思考が、遅れて追いつく。
殴った。
潰した。
確かに――あの男を。
だが。
「……仲間を……?」
低く、漏れる。
「……死んだ仲間を……」
拳が、震える。
「俺に……殴らせた……?」
理解が、繋がる。
その瞬間。
憎しみが――
溢れた。
「てめぇぇぇぇぇ!!」
叫ぶ。
「よくも!!仲間を!!」
男は、肩をすくめる。
「逆恨みするなよ」
軽く言い放ち、右手を上げた。
「お仲間は――許してくれるってよ」
その瞬間。
ラゼルの足元。
潰されたはずの死体が――
動いた。
ぐ、と。
黒ずんだ腕が、ラゼルの脚を掴む。
「……っ!?」
ラゼルが振り払おうとする。
だが――
遅い。
男が、踏み込む。
速い。
影の刃が閃く。
――斬断。
ラゼルの腕が、二本――飛ぶ。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
血が噴き出す。
男は止まらない。
そのまま、首を狙う。
ラゼルは残りの腕で受ける。
だが――
斬られる。
裂かれる。
それでも。
首だけは――
紙一重で、かわす。
「まずいぞ!」
リアンが叫ぶ。
男が、二撃目を振るう。
その瞬間――
“影”が現れた。
二人の間に。
静かに。
音もなく。
修道服を纏い、祈るように手を合わせた影。
男が、距離を取る。
「……なんだ?」
眉をひそめる。
「この影は……?」
ラゼルが、苛立ちを叩きつける。
「エリナ!!」
「邪魔するな!!」
エリナは、静かに言う。
「……何を言ってるの」
ただ、それだけ。
男は、笑う。
「いいねぇ」
「まとめて来いよ」
一歩、後ろへ。
「そうじゃないと――」
視線が鋭くなる。
「紋章、奪われるぞ?」
リアンが睨む。
「……お前が、紋章を?」
「何のためにだ」
男は笑う。
「何のため?」
声が落ちる。
ほんの、わずかに。
「……愛する者に、もう一度会うためだ」
セリアが、思わず声を上げる。
「……どういうことよ!?」
男は、ゆっくりと語り始める。
「いいだろう」
「お前たちにも、知る権利はある」
一拍。
「不死鳥の紋章」
その名に、空気が揺れる。
「あれは――」
「俺たち導き手の紋章を、求めている」
「元の形に戻るために」
リアンの目が、見開かれる。
「……元の……形……?」
「そうだ」
男は続ける。
「もともとは――一つだった」
「だから、戻るのは必然だ」
一拍。
「そして」
右手を掲げる。
歪んだ紋章。
いくつもの意匠が重なり合い――
どこか、不死鳥に似た形。
「俺たちでも、同じことができる」
狂気が滲む声。
「他の導き手の紋章を奪い」
「重ねる」
「一つにする」
笑う。
「そうすれば――」
叫ぶ。
「不死鳥の紋章になれるんだ!!」
空気が震える。
「……あのお方が教えてくれた」
「集めろ、と」
「より多くの紋章を」
「そして――」
声が震える。
「いずれ、不死の女の紋章を手に入れる」
目が狂う。
「そうすれば――」
叫ぶ。
「また、会える!!」
その言葉に――
ラゼルとエリナが、同時に目を見開いた。
リアンは――
声を失う。
思考が、止まる。
――不死鳥の紋章になれる?
――奪えば?
――重ねれば?
頭の奥で、言葉が反響する。
――探さなくてもいい?
――不死の女を。
――それなら。
サラを――
蘇らせることが、できる……?
息が、止まった。
世界が、揺れる。
選択が――
静かに、歪み始める。




