2.お庭がダンジョン。
さすがは田舎の一軒家、とにかく庭が広い。
だいたい10メートル四方はあるだろうか。隅には立派な道具小屋まで佇んでいる。
「そういえば……オジイが生きていた頃は、ここで野菜を作って食べさせてくれたっけな」
思い出すのは、幼い頃に口にしたもぎたてのトマトや、みずみずしいキュウリの味だ。
うん、あれは本当に美味かった。
家の最低限の補修は、探索者時代に細々と貯めていた貯金を叩いて業者に依頼した。
そのついでに庭の草刈りや整地もお願いしたのだが、「畑をやってみたい」と相談したところ、なんとサービスで良質な土まで入れてくれたのだ。
もちろん実費はかかったけれど、地元の職人さんは豪快に笑っていた。
「瑛達さんには、昔ずいぶん世話になったからなー。これくらいお安い御用よ!」
サービス満点で、立派な木製の柵まで作ってくれた。
昔から親分肌で誰からも慕われていたオジイ。情けは人の為ならず、とはまさにこのことだろう。
オジイ、天国で見てるか? あんたの孫は周りの温かさに助けられてるよ。本当にありがとう。
「ここらはイノシシなんかも出るからの。しっかり囲っとかんと畑が荒らされてまうぞ」
職人さんはそう言っていた。
イノシシ、か。この辺りはクマとかも出るんだろうか。
「……一応、元探索者だからモンスター相手なら戦い慣れてるけど。野生のイノシシって倒せるのかな?」
というか、そもそも俺はステータスが低すぎて、現役時代もろくにモンスターを倒せていなかったわけだが。
実は、俺がこの柵をありがたいと思った理由は、野生動物の侵入防止のほかにもう一つあったんだけどね。
職人さんは親切にも、いくつか野菜の苗を分けてくれて、簡単な育て方まで教えてくれた。
「今なら、豆の苗なんかを植えとくとええ。まあ、余り物の苗やから気にするな」
「ありがとうございます!」
そんなこんなで、リフォームも引っ越しも無事に終わり、ようやく新生活が一段落ついた。
野菜を作るなら、まずは土を耕すところから始めるのだろうか。
オジイの庭には、サービスなのかすでにいくつかの苗が植えられていた。ちょっと様子を見に行ってみよう。
◇◇◇
ビニール製のサンダルを履き、柵を抜けて庭へと足を踏み入れる。
その、瞬間だった。
「――っ!?」
肌を刺すような、ピリッとした独特の空気。
大気の中に、目に見えない微細な何かが満ちているような、奇妙な高揚感。
この感覚を、俺はよく知っている。
「これ……ダンジョンの空気、じゃん……?」
一歩、また一歩と、庭の土を踏みしめる。
気のせいじゃない。ここは間違いなく、かつて俺が10年以上も通い詰めた「ダンジョン内部」と全く同じ空気に満ちていた。
とはいえ、あたりを見回しても、現れるのは虫ばかりだ。
顔の周りにうるさくたかってくる蚊を手でパチンと叩き、サンダルによじ登ってきたアリを指先で弾く。
「はは、まあ、あんまり無駄な殺生もよくないよな」
ひとまず、ちゃんとした長袖長ズボンに着替えて、長靴を履いて出直そう。まだ空気は少し肌寒い。
踵を返し、家に戻ろうとしたその時だった。
――キコン。
静かな庭に、スマホの通知音が響き渡る。
画面を開くと、そこには信じられない文字列が表示されていた。
『レベルが上がりました』
「……え?」
意味がわからない。バグだろうか?
あり得ないと思いつつも、恐る恐るステータス画面を開いてみる。
【ステータス】
名前: 三雲 瑛雅
レベル: 5(UP!)
称号: 勇者
戦闘力: 12(+2)
持久力: 12(+2)
魔法力: 12(+2)
魔力量: 12(+2)
器用さ: S
運: S
成長型: 超晩成
「あ、本当に……上がってる……」
それだけじゃない。
各ステータスの「伸び幅」も変わってる。これはレベル5になった恩恵かもしれないが⋯
これまでは、血を吐くような思いをしてレベルを上げても、ステータスは「1」しか増えなかった。
なのに、今回は一気に「2」も上がっている。
「う、そだろ……」
じわリと、視界が涙で滲む。
10年以上、どれだけ努力しても報われなかった俺のステータスが、こんなにも簡単に、しかも倍の成長幅で上がっている⋯。
だけど、一体何が起きたんだ?
俺はさっき、この場所で何をした?
「……まさか、さっきのアリか? それとも、蚊を叩いたから……?」
彼らが「ダンジョン内のモンスター」として処理されたのだろうか。
だとしたら、あまりにもスケールが小さすぎるよ。
気になって、もう一度足元を探してみた。
見つけたアリを、指先でツンと潰してみる。
……何も起きない。
次に、近くを飛んでいた蚊を狙いすましてパチンと叩く。
……やはり、何も起きない。
「はは、まあ、そんなうまい話はないよな。さっきのは何かのタイミングが重なったバグか……」
気を取り直して、少し荒れている畑の雑草でも抜いてから家に入ろう。
そう思い立ち、苗の周りに生い茂る雑草を両手で力任せにブチブチと引き抜いていく。
ふう、と額の汗を拭う。結構な量の雑草が抜けた。
その時。
――キコン。
『レベルが上がりました』
ポケットの中で、再びスマホが軽快な音を立てた。
「え……?」
呆然と立ち尽くす。
もしかして、この庭においては――雑草すらも「モンスター」扱いなのだろうか?
レベルが上がりました。
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