干潮
赤松義村のもとには義澄の長男義晴がいる。
彼との和睦は、十一代将軍長男もろともに義稙に臣従した、ということだ。政敵義澄の後継者もだ。
かねてから帰国を願い出ていた大内義興が、赤松義村が和睦した永正十年(一五一三)二月に、再度帰国を申し出る。義興にしても(一段落だ)そういう気持ちがあった。
義稙は、義意の帰国を許した。
君臣の間に、懇実な言葉が交わされただろうが、どこか、白けてもいただろう。
(結句、おれは番兵か)
義澄が没し、京都を取り返した。ーーそうなれば、もう、飛鳥尽きて良弓蔵(隠)さる、だ。
(烹〈煮〉られぬだけましと思え、ですかな)
いがらっぽいものが胸中に残る。ーーあれだけ尽くしても、自分は大兵力で京都を鎮める用人であり、当面の敵が澄元だけになれば、もう帰っても差し支えがない、と・・ーーーー
尼子娘(あまこいらつめ、天武天皇の后)
高市皇子(右二人の皇子)
長屋王(高市皇子の長男、藤原氏と抗争し、自害)
高階氏
信西(高階通憲)
ーー平忠盛・清盛親子
海の国は、結句、陸の王にはなれなんだか。
妹婿である宗像大社大宮司のことを思う。ーーそういえば、そも等持院尊氏公を九州で庇護し、再起に協力したのも、宗像大社だ。
高階氏改めて高氏は、その後等持院尊氏公のもとでよろしくやっていた。
それも、今となっては古河公方のもとで余命を保っているだけだ。
(こんなところに来るべきではなかった)
帰ろう。周防に。
あそこには、下関がある。偉大なる航路の玄関口だ。




