戦わずして
俺の一手は、単純だった。
金の流れを、止める。ただ、それだけだ。
ヴァルガス侯爵は、傭兵に給金を払うための金を、王都の両替商に預けていた。俺は、王の名の下に、その両替商――ロンバルディ商会に、取引を持ちかけた。侯爵の口座を凍結すれば、商会には、王家からの、破格の特権を与える。逆らえば、商会もまた、反逆の共犯とみなす、と。
商会の主人は、老獪な商人だった。彼は、天秤にかけた。反逆する侯爵と、それを追い詰める王家。どちらに付くのが、得か。……答えは、明白だった。侯爵の口座は、凍結された。
結果は、劇的だった。
月末、傭兵たちは、約束の給金を、受け取れなかった。侯爵の金庫は、空だった。両替商に預けた金は、引き出せない。八千の傭兵は、一夜にして、ただ飯食らいの、不満分子に変わった。
「金を、払え!」
「話が、違うぞ、侯爵!」
傭兵の陣営は、内側から、崩壊した。給金の出ない戦に、命を賭ける傭兵は、いない。彼らは、次々と、侯爵を見限り、去っていった。あるいは、王家が提示した「投降すれば、これまでの給金を、王家が肩代わりする」という条件に、なびいた。
侯爵の八千の兵は、一戦も交えぬうちに、二千を切った。
「……信じられん」ガレスが、呆然と、呟いた。「剣も、抜かず。血の一滴も、流さず。八千の軍を、金の流れだけで、瓦解させた。……あんたは、本当に、恐ろしい人だ、リョウ殿」
「恐ろしいのは、わたしじゃありません」俺は、静かに言った。「金です。人は、金で動く。それは、この世界も、わたしのいた世界も、同じだった。……わたしは、ただ、その流れを、読んで、堰き止めただけです」
孤立した侯爵は、最後の望みを、隣国オルレアの侵攻に、賭けた。だが、その隣国もまた――俺は、手を、打っていた。




