二人の男
その日、俺は、二つの厄介事に、立て続けに、見舞われた。
一つ目は、昼。国王・エドヴィンに、私室へ呼ばれた。徴税改革の相談だと思って行くと、王は、政務の話もそこそこに、妙なことを言い出した。
「リョウ。そなた、王宮での暮らしは、不自由ないか。何か、望むものは、ないか」
「……特には。政務に集中できる環境が、あれば十分です」
「そうか」エドヴィンは、少し、残念そうな顔をした。「……なあ、リョウ。余は、そなたと話すと、なぜか、心が、休まる。他の者と話すと、常に、腹の探り合いだ。だが、そなたは、余に何も、求めない。ただ、国のことだけを、まっすぐに、話す。……そういう者は、王には、得がたいのだ」
俺は、その言葉を、素直に受け取った。孤独な王が、忖度のない相手を求めるのは、自然なことだ。俺も、そういう「話しやすい部下」を、現世で、大事にしてきた。
「光栄です、陛下。……ですが、徴税改革の件、そろそろ、本題に」
「……ああ、そうだな」エドヴィンは、また、少し、寂しそうな顔をした。
俺は、その表情の意味を、深くは、考えなかった。
二つ目は、夜。書庫で残業していると、ガレスが、護衛の交代の時間でもないのに、現れた。
「差し入れだ」彼は、ぶっきらぼうに、湯気の立つスープの器を、机に置いた。「あんた、また、食事を抜いているだろう。倒れられては、困る」
「……ありがとうございます」
俺は、素直に受け取った。実際、腹は減っていた。スープは、素朴だが、温かかった。ガレスは、俺が食べる様子を、少し離れて、見ていた。
「ガレス殿も、座ったら、どうです。立ちっぱなしでは、疲れるでしょう」
「……いや。俺は、いい」
彼は、そう言いながら、俺から目を離さなかった。その視線が、なんだか、落ち着かない。俺は、スープを飲みながら、話題を、仕事に振った。
「そういえば、ガレス殿。ヴァルガス侯爵の私兵の動向、何か掴めましたか」
「……ああ。それなんだが」
仕事の話になると、ガレスの表情が、少し、緩んだ。俺は、その方が、彼も楽だろうと思った。俺だって、色恋の気配より、仕事の話の方が、ずっと、気が楽だ。
その夜、二人の男の、妙に距離の近い態度を思い返しながら、俺は、ようやく、事態を、正確に、認識し始めていた。
国王も、騎士団長も、俺に、好意を抱いている。それも、単なる好意ではなく――たぶん、色恋の。
我ながら、鈍い。だが、仕方がない。俺は、四十八年間、恋愛の「向けられる側」に、立ったことが、なかったのだ。向ける側の、実りのない片思いなら、嫌というほど、経験した。だが、向けられるのは、初めてだった。だから、気づくのが、致命的に、遅れた。
問題は、これが、ただの恋愛ではないことだ。
相手は、王と、騎士団長。この国の、最高権力者と、最強の武人。もし、二人の関係が、拗れれば。俺を巡って、王と騎士団長が、対立すれば。国が、割れる。今、改革で、ようやく立て直しかけているこの国が、俺という「女」を火種に、内側から、崩れる。
「……勘弁してくれ」
俺は、暗い書庫で、一人、頭を抱えた。
俺が欲しいのは、健全な財政と、機能する制度だ。色恋の三角関係なんて、金輪際、御免だ。だが、この身体は、俺の意思とは、無関係に、それを、引き寄せてしまう。
女になった俺の戦いは、財政だけでは、済まなかった。自分自身の「厄介な魅力」を、いかに政務の障害にしないか。それもまた、この国を救うために、俺が、解かねばならない、難題だった。




