最初の一手
俺が最初に手をつけたのは、幽霊兵の粛清だった。
理由は、単純だ。ここが、一番わかりやすく、一番、金が漏れていて、一番、証拠が明白だったからだ。改革は、最初の一手が肝心だ。誰の目にも「成果」がわかる形で、勝つ。そうすれば、次の改革に、弾みがつく。役所で学んだ、鉄則だった。
俺は、騎士団長・ガレスに、協力を求めた。
「兵の給金記録と、実際の兵の数を、照合したい。あなたの、騎士団の力を、貸してください」
ガレスは、あの夜以来、俺への態度を、変えていた。侮蔑は消え、代わりに、どこか生真面目な、恭しさが加わっていた。俺は、それを「仕事の相手として認められた」程度に、受け取っていた。
「……承知した」ガレスは、頷いた。「だが、リョウ殿。これは、危険だ。給金を抜いている部隊長どもは、金のためなら、人を殺す連中だ。あんたを、狙うかもしれん」
「でしょうね」俺は、淡々と答えた。「だから、あなたに、護衛を頼んでいるんです」
ガレスが、一瞬、言葉に詰まった。
「……あんたは」彼は、絞り出すように言った。「怖く、ないのか。命を、狙われるかもしれんのだぞ」
「怖いですよ」俺は、正直に言った。「でも、怖いから何もしない、では、この国は、死にます。……それに、わたしは、戦えない。だから、わたしにできることを、やるだけです。数字で、不正を、暴く。それが、わたしの戦い方だ」
ガレスは、しばらく、俺を見つめていた。銀の甲冑の下で、彼の表情が、微かに、揺れた。
「……わかった」彼は、低く言った。「あんたの戦いは、俺が、守る。何があっても」
その声に、単なる職務以上の、何かがこもっていたことに、俺は、気づかなかった。俺の頭の中は、幽霊兵の照合作業の段取りで、いっぱいだった。
照合は、二週間かかった。ガレスの騎士団が、各部隊を回り、実際の兵の頭数を数え、給金記録と突き合わせる。結果は、凄まじかった。全兵力の、実に三割が、幽霊兵。その給金、年間で、国家予算の一割に相当する額が、部隊長たちの懐に、消えていた。
俺は、その証拠を、国王の名の下に、突きつけた。言い逃れのできない、数字の証拠を。
三人の部隊長が、その場で、更迭された。抜いた金の返還と、相応の処罰。国庫に、久しぶりに、まとまった金が、戻ってきた。
王宮に、衝撃が走った。「戦えぬ女の勇者」が、剣を一度も抜かずに、長年、誰も手をつけられなかった軍の腐敗を、二週間で、暴いた。その噂は、瞬く間に、王都を駆け巡った。
だが、俺は、浮かれてはいなかった。これは、ほんの、序の口だ。本当の敵は、まだ、動いていない。
徴税で、税の四割を抜いている、大貴族たち。この国の腐敗の、本丸。彼らを敵に回したとき、俺の戦いは、本当の意味で、始まる。
そして、その予感は――数日後、最悪の形で、的中した。




