術式の欠片
反乱が鎮まり、王国に、束の間の平穏が、訪れた頃。
宮廷の術者が、俺に、一つの報告を、もたらした。
「リョウ様。……欠けていた、召喚術式の、後半部分が。侯爵の隠し持っていた、古文書の中から、見つかりました」
俺の、心臓が、跳ねた。
「それは……つまり」
「はい。この術式を、完成させれば――理論上は、召喚を、逆行させることが、可能です。リョウ様を、元の世界へ、そして……元の、お身体へ、お戻しすることが」
元の世界。元の身体。
俺が、この半年、後回しにし続けてきた、二つの願い。それが、今、手の届く場所に、あった。
俺は、その夜、一人、書庫で、考えた。慣れ親しんだ、帳簿の匂いの中で。
帰れる。四十八歳の、中年官僚の身体に。あの、味気ないが、慣れた日常に。女という身体が生む、厄介事の、ない世界に。それは、俺が、ずっと、望んでいたものだった。……はず、だった。
だが、いざ、帰れるとなると。俺の心は、奇妙な、ためらいに、揺れた。
この半年で、俺は、一つの国を、破産の淵から、引き戻した。腐った帳簿を、立て直し、消えた税を、民に、返した。重税に喘いでいた民の暮らしが、少しずつ、上向いていくのを、この目で、見た。現世で、二十六年、予算と格闘し続けても、こんな、手応えは、なかった。俺の仕事が、まっすぐに、人の暮らしに、届く。その充実は、この身体で、初めて、得たものだった。
そして――エドヴィンと、ガレス。
俺を、必要としてくれた、二人。彼らの想いに、俺は、応えることは、できない。中身は、おっさんだ。色恋の情は、正直、今も、よく、わからない。だが、彼らが、俺を、一人の人間として、まっすぐに見てくれたことは。この身体になって、初めて、「誰かに、必要とされる」経験だったことは、確かだった。
俺は、迷った。長い、長い夜を、かけて。




