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第9話 ディナーは黒煙の後で


 馬車はそっと道を外れて山の方へと進んでいった。


 整備されていない道はガタゴトと大きく揺れる。クリフは思わず近くにあった木箱につかまった。

 ジョージは大きく跳ねて腰を打ち、痛そうに押さえている。


 トーマスは慣れているのか動じない。


 だが、これでは敵の接近に気付けそうもない。

 クリフは何とか外に意識を向けようとする。狭い山の道。ここで大勢に仕掛けられては危険だ。


 もちろん、襲われないに越したことはない。

 むしろ、クリフとしては襲われたくない。


 日が傾き始めた頃、馬車はようやく止まった。

 クリフとジョージはハァと息をつく。


 薄暗い森が終わり、空が開けていた。

 夕焼けに染まる空に、キラキラ光る壁が見えた。結界である。


 馬車を下りたトーマスに続き、クリフも馬車を下りた。

 結界の前にはクリフたちが乗って来た幌馬車よりも丈夫そうな黒い馬車が待っていた。

 あれで魔物のいる国境を越えていくのだろう。


 黒い馬車の隣で待っていた男がトーマスに会釈をする。


「トーマスさん、お疲れさまです」

「遅くなってすまない。早速、積み替えをしよう」


 トーマスは頷いて、その場にいた全員に指示を出した。

 クリフも加わり、積み荷の積み替え作業が始まる。


 否、始まろうとしていた。

 そこへ緊迫した声が響く。


「トーマスさん!」


 馬を撫でていたダニエルの声だ。


 クリフは木箱に伸ばしかけた手を、レザージャケットの下の銃に伸ばす。素早く周囲に視線を巡らせた。

 ガサガサと草をかき分ける音がする。複数人だ。だが、相手の姿は見えない。


 トーマスも警戒しながらナイフを握る。鋭い視線が木の奥を睨んだ。


「かかれ!」


 誰かの声が合図となり、木の間から次々にナイフや銃を構えた男たちが現れた。

 雄叫びを上げながら突っ込んでくる。


 馬たちが騒ぎ出した人間に驚いて声を上げた。


 クリフは目の前に姿を現した男たちの額を順番に撃ち抜く。


 声を出して走ってくる相手の位置を掴むことは造作もない。まして真っ直ぐに向かってきてくれる。

 シューティングゲームのように容易い。ただ、数は多そうだ。


 バタバタと倒れる仲間に怯んだ数人の動きが鈍る。


 その隙を逃さず、クリフは引き金を引いた。

 音もなく発射される弾丸は容赦なく男たちの頭部へ撃ち込まれる。


 その正確さにジョージは舌を巻いた。トーマスが、彼より射撃の腕は上、と評する意味が分かった。

 ナイフで応戦するジョージよりも素早く相手に止めを刺している。


 木の陰から手だけを出して狙っている銃口があった。あんな撃ち方で当たるわけもないが、訳のわからない方向に飛んできても困る。


 クリフは銃口に狙いを定め、その銃を弾き飛ばした。木の裏から悲鳴が上がる。


 数は多かったが手練れはおらず、五分ほどで鎮圧できた。


 転がる屍を見回すクリフの手にはまだ銃が握られている。

 まだ息がある者がいるかもしれない。簡単には武器を収められなかった。


「どーすんですか。こいつら」


 ジョージが足元にあった男の死体をつま先で小突いた。


「こいつらも積む。魔物に遭ったらエサにするさ」


 黒い馬車と一緒にいた男がそう答える。ジョージは少し顔を青くしながら頷いた。


 トーマスがクリフに歩み寄る。


「相変わらずの腕だな。来てもらって良かった」

「お役に立てて何よりですが、俺はこういうの不得意なんですけどね」


 クリフは疲れた表情になった。あくまで彼の本分は暗殺。

 室内などの限られた空間ならともかく、隠れる場所が山ほどあるこのような屋外での乱戦は不得意だ。


 ジョージはクリフが持つ銃に目がいった。日は浅いが彼もガーネットルージュの一員。

 その銃が何なのか。すぐにわかった。


「お前その銃、貴族の……」


 言いかけて止まる。トーマスとクリフがじっと彼を睨んだからだ。


 ジョージはため息をついて水色の頭をかいた。


「まあ、深くは聞かねーよ。お前だってこっち側の人間だ。色々あんだろ」


 訳ありの人間など、裏社会には大勢いる。親しくもない相手に事情を聞くのは野暮というものだ。


 トーマスは小さく頷き、荷物の積み替え作業をみんなに促した。


 積み替え作業の中、クリフは結界のところに黒い四角の箱があることに気が付いた。

 見慣れないそれを思わず凝視してしまう。


 それに気づいたトーマスが木箱を抱えたまま声をかけた。


「あれは企業秘密だ。いくらお前にでも教えられん」

「聞きたくもないですよ。余計なことは耳にいれません」


 クリフは興味なさげに答えた。

 余計なことは耳に入れない。この業界で長く生き抜くコツだと教わった。

 不用意に情報を知ってしまえば、命を狙われる危険が出てくる。


 それで養父は死んだのだ。


 クリフは黙って作業を手伝った。



 帰りの馬車で、クリフはぐったりと横になっていた。


 荷物の積み替え作業は大変だったとはいえ、トーマスはもちろん、ジョージもそこまで疲弊していない。


「お前、体力なさすぎじゃね?」


 呆れた様子でジョージがクリフに声をかける。


「体力の問題じゃない。魔力の問題だ。ああいう無駄玉多く撃たなきゃいけない乱戦は不得意なんだよ。疲れるし、腹が減る」


 クリフは横になったまま答えた。身体の裏側に馬車の揺れがダイレクトに伝わってくる。


 ジョージは胡坐をかいた膝に頬杖をついた。


「へー、魔力って減ると腹も減るんだ」


 魔力を持っていないジョージにとっては初めての情報だ。

 トーマスがククッと笑った。


「帰ったら飯に行こう。奢る」

「いいんですか? 甘えちゃいますよ」


 クリフは期待に目を輝かせながら首だけでトーマスを振り向く。


「ブリジット様から軍資金を預かっている。こうなることは予測済みだったようだ」


 トーマスはトントンと懐を叩いた。すると、ジョージが不満の声を上げた。


「あ! ずりぃ!」

「じゃー、みんなで行こうぜ。ダニエルさんも」


 クリフはダニエルに顔を向ける。


「そりゃありがてぇや」


 手綱を握るダニエルは軽快に笑った。


 和やかな雰囲気の馬車だったが、町に近づいて様子が一変した。

 遠くからでもわかる黒煙が、町の一角から何本も上がっている。街の明かりに照らされて、空へまっすぐ伸びていた。


「わぁ……」


 ジョージは思わず遠い目をしてつぶやいた。

 トーマスが肩を落とす。


「派手にやったな」

「飯、行く余裕ありますか?」


 クリフは上体を起こして町の様子を見た。

 夜も更けた町に似合わぬモクモクと立ち昇る煙。間違いなく、デススパイダーとガーネットルージュが争った跡だ。

 こんな状態でディナーとしゃれこむのは無理がある。


 トーマスがため息をつく。


「テイクアウトでいいか?」

「十分です」


 クリフは頷いた。自炊する気力もない今は、それで十分だ。


 その後、デススパイダーのリーダーは死亡。南区と西区はガーネットルージュの縄張りになった。

 治安も少しは良くなるだろう。


 北区に拠点を置くクリスタルローズは静観していた。

 ボスのファビオ曰く、


「別に市場を荒らされてるわけじゃないし、ブリジットに喧嘩売るのはアホの所業だろ」


 とのことだ。


お読みいただきありがとうございました。

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