第8話 渡る世間は、おっかない女ばかり
町を裏で牛耳る三大勢力の一つ。ガーネットルージュのボス、ブリジットに呼び出されたクリフは、組織が所有する建物に案内された。
事務の仕事をするための建物のようだ。木目が美しい廊下には同じ間隔で茶色のドアが設置されている。
主力商品である武器類を保管する倉庫らしき部屋は見当たらない。
その最奥の部屋に通された。
部屋の床にはグレーのカーペットが敷かれ、応接用と思われるローテーブルとソファが部屋の中心にある。
その上にはシャンデリアほどの豪華さはないが、花をモチーフにしたライトが部屋を照らしていた。
ブリジットの仕事用と思われる大きなデスクは部屋の隅に置かれていた。
壁際にある本棚には資料と思われる本や書類が整然と並べられている。
呼び出した本人は応接用のソファに腰掛けていた。
「いらっしゃい」
落ち着いた女性の声が流れた。
プラチナブロンドの長い髪をポニーテールに結い上げ、ワインレッドのスーツに身を包んだ美女がクリフを出迎える。
年齢はとうに四十を超えているそうだが、それを感じさせない美貌の持ち主だ。
「どーも、お久しぶりです」
クリフは頭を下げた。
ブリジットは小さく笑い、ソファに座るよう促した。
クリフは言われた通り、テーブルを挟んだソファに腰掛ける。フカッと柔らかい感覚に包まれた。彼でもわかるほどのいいソファだ。
トーマスは彼女の後ろに控え、後ろで手を組む。
ブリジットは赤いルージュに彩られた唇に弧を描いた。
「早速だけど、仕事をお願いしたいの」
「荒事は苦手なんですけど」
控えめにクリフは答える。彼の専門分野は暗殺。派手にドンパチするのは性に合わないし、向いていない。
今、揉めているという噂のデススパイダーとの争いに巻き込まれるのは嫌だ。
ブリジットはクスクスと笑う。
「そんなことさせないわよ。ドルガーに怒られちゃう」
ブリジットも養父ドルガーと交流があった。故にクリフのことも幼い頃から知っている。
クリフからすれば、彼女は遠縁の叔母のような感覚だ。
ブリジットがスラリとした足を組んだ。
「お願いしたいのは、商品の護衛。デススパイダーがウチにちょっかいかけてきてるのは、もう知ってるでしょ?」
「まあ、噂くらいには」
曖昧にクリフは頷く。イアンから話は聞いていた。彼の情報なのだから間違ってはいないだろうが、詳細は知らない。
「そっちに人員割かなくちゃいけなくて、肝心の商品の護送の人手が足りないのよ」
困った顔でブリジットはため息をつく。そんな仕草にすら色気が出てしまう。
クリフは内心、冷や汗をかいていた。
商品の運搬ではなく、デススパイダーとの抗争を優先して人員を割いている。
それはブリジットがデススパイダーを本気でつぶそうとしている証拠だ。
彼女は口に出さないが、想像ができる。
「お願いしたいのは国境まで。結界の中だから魔物と戦うことはないわ。トーマスも一緒だから、安心して」
ブリジットの言葉に、トーマスも頷く。安心しろと表情が語っていた。
「まあ、トーマスさんも一緒なら……」
クリフは抵抗を感じながらも頷いた。
トーマスの実力は知っている。ガーネットルージュでもトップクラスのライフルの使い手だ。
近接戦闘も強い。訓練の相手をしてもらい、幼いクリフが彼に放り投げられた数は数えきれない。
「よろしくね」
ニッコリとブリジットは綺麗な笑みを浮かべた。
この笑顔に逆らってはいけない。
(なんで俺のまわりは、おっかない女ばっかりなんだ……)
クリフは心の中で嘆いた。
シスター・アイリス、ジリアン、シスター・マーガレット。
彼の身近にいる女性はみんな、おっかない。
数日後、クリフは指定された時間に指定された場所へと向かった。
昼下がり、南区のとある倉庫の前だ。
すでに幌馬車には積み荷が詰まれており、トーマスたちが待っていた。
「すみません。遅くなりました」
クリフは慌てて駆け寄った。彼に気付いたトーマスが振り返る。
申し訳なさそうなクリフにトーマスは微笑む。
「気にするな。時間通りだ」
「トーマスさん、こんなガキで大丈夫なんですか?」
水色の髪を後ろで一本に結っている男が、怪訝な顔でクリフを睨んだ。年齢はクリフよりいくつか上のように見える。
ガキ呼ばわりされたクリフはムッとする。
「これでも二十一だけど」
「十分ガキじゃねーか」
ハッと水色の髪の男が笑う。彼とクリフの間に剣呑な空気が漂い始めた。
トーマスは小さくため息をつく。
「安心しろ。銃の腕前はお前より上だ」
「んな!?」
「こいつはジョージ。御者はダニエルだ」
ジョージが驚いている間に、トーマスは他の二人をクリフに紹介する。
クリフはダニエルに軽く会釈をした。ダニエルも被っていた帽子を軽く上げて挨拶を返す。
自分には何もしないクリフにジョージは釈然としないようだ。
「俺には?」
「敬われるようなことしてから言ってくれ」
クリフの答えは素っ気ない。ジョージに対しては、敬う価値なしと判断したらしい。
「ほら、出発するぞ」
トーマスに促され、幌馬車に乗る。荷台は狭いが座れるスペースは確保されていた。
二頭の馬が出発を待っている。ダニエルがその手綱を握った。
幌馬車がゆっくりと動き出した。大きな初動で身体が揺れる。
カポッカポッとリズミカルに馬の蹄が鳴った。整備された大きな道を行く。
他の馬車や徒歩で移動する人たちとすれ違う。
この国は小さい。
町は首都の一つだけで、馬車で半日も進めば国境についてしまう。
それでもこの小国が他国から侵略されないのは、国を覆う結界の存在が大きい。
魔物は当然入って来られない。人も決まった場所からしか出入りが出来なかった。
故に、貴族たちは国を守っているという誇りを持っていた。
しかし、昨今ではそれが驕りへと変わっていた。
だからこそ、気付いていない。
武器の密輸をするガーネットルージュが、その結界をすり抜ける方法を手に入れていることを。




