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第10話 復讐の足掛かり


 ラインフォード商会という収入源を失ったゴットリーニ子爵は懇意にしている伯爵家に助けを求めた。


 ゼルフィード伯爵は国内で発言権のある伯爵家のひとつだ。

 応接室の片隅には繊細な細工が施された花瓶が飾られ、天井には部屋の大きさに見合うシャンデリアが下げられている。


 その下で二人の紳士が椅子に腰掛けて向き合う。


 ダークブラウンの髪をオールバックに撫でつけ、同じ色のあごひげを生やしたゼルフィード伯爵の顔は険しい。


 その険しい表情に、ゴットリーニ子爵は腰が引けてしまう。灰色の瞳が怯えていた。

 大きな部屋に対して、存在感の小ささが際立った。


「商会が潰れたのも、収入が絶たれたのも、貴殿の力不足だろう」


 ゼルフィード伯爵の声色は厳しい。自業自得と言ってしまえばそれまでの話だ。

 はっきり言って、ゼルフィード伯爵家は何も関係がない。


 伯爵の金色の目がゴットリーニ子爵を見据える。


「貴殿を助けて、我が家に何か利があると?」

「そ、それは……」


 ゼルフィード伯爵の問いに、ゴットリーニ子爵は口ごもる。

 差し出せるものは何もない。金品も、人材も、何もない。


 おどおどするゴットリーニ子爵を、ゼルフィード伯爵は呆れた眼差しで見つめた。


 何も考えず、ただ助けを求めに来たのだろう。無償で助けてやる義理はゼルフィード伯爵にない。

 ゴットリーニ子爵が思っているほどのつながりは両家の間になかった。


「ならば、この話はなしだ。お引き取りいただこう」


 ゼルフィード家の執事に促され、ゴットリーニ子爵はゼルフィード伯爵家を後にする。


 帰りの馬車の中で、ゴットリーニ子爵はギリッと歯を食いしばった。


(私がゼルフィード家の秘密を知らないとでも思っているのか。必ず後悔させてやる!)


 ゴットリーニ子爵にとって、それは最大の切り札だった。安易にそのカードを切れば、命が危うい。

 その機会をゴットリーニ子爵は待つことにした。


 ただ、金銭が足りないことも事実。

 まずは家にある宝飾品を手放すことにした。購入先のクリスタルローズを家に呼び出し、買い取りをさせる。


 呼び出されたファビオは、きちっと紺色のネクタイをして余所行きの格好をしていた。

 大きな風景画が飾られた客間の中央に置かれたソファに座って、目の前のテーブルに並べられた宝飾品の数々に目を落とす。


 連れている三人の部下たちも身なりの良い格好をしている。ファビオの後ろに立ち、金の入ったカバンを持って整然と並んでいた。


 テーブルに並べられた宝飾品を見たファビオは一瞬だけ目を細めた。


(随分と金に困っているみたいだな)


 並べられた宝飾品の中には先月購入した品も混ざっている。きっとゴットリーニ子爵は気付いていない。


 ファビオは並べられた宝飾品たちを品定めしていく。

 ほとんどが彼から買ったものだが、古い物や別の商人から買ったらしき指輪もある。


 その中には粗悪な宝石やガラスで出来た物まであった。これは高値を付けられない。


「それで、いくらになる?」


 前のめりになりながらゴットリーニ子爵がファビオに尋ねる。


 ファビオは売買契約書にサラサラと金額を記入した。それをゴットリーニ子爵に差し出す。


 受け取った子爵は金額を見て目を剥いた。


「な、なんだこの金額は!? 買った額の半分以下ではないか!」


 ゴットリーニ子爵は契約書をテーブルに叩きつける。その拍子に並べられた指輪が揺れた。


 ファビオは焦る様子もなく、困った表情を浮かべる。こんな反応は予測済みだ。


「中古品となりますと、このくらいが相場なんですよ」


 嘘はついていないし、買い叩いているわけでもない。市場に沿った妥当な金額を示した。


「ご納得いただけないのでしたら、他の商人に売っても構いません」


 ファビオはニコッと笑った。


 ゴットリーニ子爵は苦い顔をする。ファビオが商売に関しては誠実であることを知っている分、拒否しにくい。

 追加で出せるものを模索する。ハッと脳裏にいいものが浮かんだ。

 ニヤリと笑って口を開く。


「ならば、情報を教えよう」

「情報?」


 ファビオは怪訝な顔をした。彼が扱う商品とは別の物を提示されるとは予想外だ。


「ゼルフィード伯爵が、結界の機構を他国へ流そうとしている」


 ゴットリーニ子爵の顔は不敵に笑っていた。確信めいた何かを持っている。

 ファビオの眉間のしわが深くなった。


「数年前、平民に知られてから計画を潜めているが、着実に進めている。もうその平民は殺しているのに用心深いことだ」


 フンとゴットリーニ子爵は鼻で笑う。


 ファビオは売買契約書を手に取り、金額を描き直す。それを再びゴットリーニ子爵に提示した。


「その情報分を上乗せしましょう」


 ニコリとファビオは微笑む。しかし、膝の上に置いた拳が強く握りしめられた。


 金額を見たゴットリーニ子爵は少し不満げだったが、仕方がないと承諾のサインをする。

 金と宝飾品を交換して、その日の取引は終了した。


 帰りの馬車の中で、ファビオの顔は険しかった。


「止めてくれ」


 ファビオが馬車を止めるよう言った。

 ゆっくりと馬車が止まる。ファビオは立ち上がって馬車を下りた。部下たちは慌ててついて行こうと腰を上げる。


「いや、お前たちは帰ってろ」

「ですが……」


 部下は食い下がった。ファビオはどこで命を狙われるかわからない立場だ。

 一人で行動されては、何のための護衛なのかわからなくなってしまう。


 彼らを安心させるように、ファビオは微笑んだ。


「大丈夫だ」


 ファビオはドアを閉めて、行くよう促す。

 少し戸惑ったが、部下は馬車を進めた。


 馬車を見送ったファビオは、一軒の店に足を向けた。

 イアンが経営する雑貨屋だ。相変わらず、繁盛しているのかしていないのかわからない佇まいをしている。


 今日は誰も客の姿がなかった。


 店に入って来たファビオを見て、レジのところで座っていたイアンは目を丸くする。


「アレ? ファビオさん一人? 珍しいね」


 店の外にはいつもいる護衛の姿がない。


「ああ。今日は俺個人の用事だ」

「まあ、立ち話も何なんで」


 イアンはファビオをレジ横にあるテーブル席へ案内した。

 サッとインスタントコーヒーを入れて差し出す。その間もファビオの表情はどこか険しかった。


 イアンは椅子に座って彼の様子をうかがう。いつもの陽気さが影を潜めていた。

 ファビオは潜めた息を吐き出す。


「ドルガーさんを殺した奴らが、わかるかもしれない」


 イアンの顔が強張った。三年間、全くつかめなかった情報が手に入るかもしれない。

 ファビオはため息をつく。


「ただ、情報の根拠がまだわからない。ゴットリーニ子爵からの情報だからな」

「子爵は、なんて……?」


 表情が硬いまま、イアンが尋ねる。


「ゼルフィード伯爵が結界の機構を他国へ漏らそうとしている、と。平民に知られて計画を潜めさせているが、着実に進んでいる。その平民はすでに殺しているそうだ」


 ファビオは淡々と、聞いたことを伝えた。

 イアンはきつく手を握りしめる。その平民がドルガーかもしれない。


「俺が聞いたのはここまでだ。裏取りはお前に任せる」

「ああ。もちろんだ」


 ファビオの言葉にイアンは力強く頷く。情報の裏取りは情報屋の仕事だ。

 それから控えめに聞き返した。


「このこと、クリフには?」


 ファビオは忌々しげに舌打ちをする。


「確証もないのに言えるわけないだろ。養父《おやじ》を殺したのが、実家かもしれないなんて」


 ――クリストファー・ゼルフィード。

 それがクリフの本名であった。


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