第5話 少年は代償を知る
「――というわけだ」
オレンジ屋根の教会の小部屋で、シスター・アイリスはクリフに事の次第を語って聞かせた。
黙って聞いていたクリフの顔は険しい。椅子に座って組んでいた足を入れ替える。
「てめーで手を汚さず、誰かにやらせて自分は美味しいトコだけもらうってか?」
「犯罪者の風上にも置けないね」
腕を組んで聞いていたシスター・マーガレットが舌打ちをする。
「いや、本来は犯罪者自体が人の風上におけないよ」
クリフは思わず呆れた顔になった。
いくら犯罪が横行する町とはいえ、犯罪は犯罪である。
クリフは気を取り直して、シスター・アイリスを見た。
「その犯人はわかってるのか? 流石に犯人探しからやれってのは、骨が折れる」
彼の仕事は標的を暗殺すること。標的探しは専門外だ。
シスター・アイリスは頷く。
「わかったから話をしたんだよ」
そう言うと、修道服の下からクリップ止めされた数枚の紙の束を器用に取り出した。
クリフに向かってそれを放り投げる。テーブルを滑って来たそれをクリフは右手で止めた。
一番上にある写真には、黒いスーツで肩を怒らせた男が映っている。グレーの髪に、鋭いアイスブルーの瞳。
男の名前はジェイク。西区と南区の間、一番治安の悪い辺りをうろついていることが多いらしい。
情報はイアンが集めたということは見当がついた。
「覚えたらそれは置いていきな」
シスター・アイリスはテーブルの上で指を組んだ。むやみに情報を持ち歩くものではない。
ぺらりとクリフは紙をめくって頭に情報を叩きこんだ。
西区と南区の間は治安が悪い。憲兵ですら寄り付かない。比較的仕事がやりやすい場所ではあった。
ただその分、目撃者には注意が必要だ。
クリフは資料をシスター・アイリスに向かって滑らせた。彼女はトンと指でそれを止める。
「そう時間はかからないと思う」
クリフは言いながら立ち上がり、報酬の千ケイズ札を一枚手に取った。くしゃりと無造作にポケットへ入れる。
手を振って裏口から出ていった。
夜の帳が降りた歓楽街は明るかった。店の看板が色とりどりの電飾で道を照らす。
客引きの声がひっきりなしに聞こえ、笑い声がそこかしこから流れてきた。
黒いレザージャケットを着たクリフは道の真ん中を歩いていた。
愛想のよい笑みを浮かべた客引きがクリフに歩み寄る。
「男前の兄さん! 可愛い子が揃ってるよ!」
客引きから声をかけられてもクリフは反応しない。慣れているのか、客引きは次のターゲットへと視線を移した。
クリフはジェイクが行きつけとしているバーを確認して中に入る。
薄暗い店内は大勢の客で賑わっていた。店の端にはイスとテーブルの席があるが、カウンターや店の中央は立ち飲み形式のようだ。
クリフは素早く店内に視線を巡らせる。写真に載っていたグレーの髪を見つけた。
店の最奥、カウンターの隣のテーブル席に仲間らしき男と座っている。
ガヤガヤと騒がしい空気を身にまといながら、クリフはそっとカウンターへ近づいた。
「ご注文は?」
クリフに気付いた男性のバーテンダーが声をかける。
「ギムレットで」
「かしこまりました」
注文を聞いたバーテンダーは軽く会釈をした。
バーテンダーがカクテルを作る間、クリフはジェイクたちの会話に聞き耳を立てていた。
他の音をシャットアウトさせ、彼らの声だけに集中する。
「はぁー、使える奴らは集まらねーな」
ジェイクの仲間らしき男がため息をついた。ジェイクもグレーの髪を撫でながら頷く。
「まったくだ。ガキは捕まるし、盗って来たもんは少ないし」
「ガキは大丈夫なのか? お前の顔、見てんだろ?」
男の眉間にしわが寄る。顔を見られていたら、いずれ足がつくかもしれない。
そうなったらこちらの命を危険にさらすことになる。
ジェイクは軽く笑った。
「ガキの言うことで、この町の憲兵が動くかよ」
子供の証言一つで動くほど、この町の憲兵隊は律儀に仕事をしない。
ジェイクはそれをわかっていた。
「動いたとしても、デススパイダーの名前を聞いたら手を引くさ」
自信ありげに、ジェイクはフンと鼻を鳴らす。
(あー、やっぱ上がいるのか)
クリフは差し出されたカクテルを受け取り、口元に運んだ。
デススパイダーはこの町の裏社会に君臨する三つの組織のうちの一つだ。
他の二つの組織よりも荒事を起こすことが多く、憲兵隊もほぼ手を出さない。
逮捕された少年も、解放されたら身に危険が及ぶ可能性がある。
(ただ、こういう所で名前を出しちゃうあたり、小物感が漂うんだよなぁ)
クリフは深く息をついた。
ジェイクの見た目は立派な裏社会の人間だけに、詰めの甘さが際立つ。
しばらく、会話をしていた彼らだったが、ジェイクが席を立った。
「じゃあ、俺は帰るわ」
「おう」
仲間の男は片手を挙げて見送る。
クリフもそれに合わせて店を後にした。足音少なく、ジェイクの後をついていく。
ジェイクはポケットに手を突っ込み、肩を怒らせながら歩いた。
華やかな歓楽街を抜け、暗く静かな路地を歩いた。他には誰の気配もしない。
「ガキどもに強盗させて自分は高みの見物とは、いいご身分だな」
クリフがジェイクの背中に言葉を投げかけた。
ジェイクの足がピタリと止まる。振り返った彼には、クリフのシルエットしか見えない。ツカツカとクリフへ歩み寄り、鼻先がくっつきそうなほど顔を近づける。
「なんだ、てめぇはぶっこ……」
ジェイクは身体に走った衝撃に言葉を止めた。
「不用意に、同業者に近づくもんじゃないぜ」
クリフの金色の目がジェイクの顔を睨む。その手に握られた細い短刀はジェイクの心臓を正確に貫いていた。
グリッと短刀を捻り、引き抜く。
ジェイクの白いワイシャツにじわりと赤い花が広がった。苦痛に顔を歪めるその喉元に、クリフの短刀が食らいつく。
喉を貫かれたジェイクは息が詰まる。
クリフは素早く短刀を引き抜き、レザージャケットの裏ポケットにしまう。数歩後ろへ下がり、フラフラするジェイクの姿を見つめた。
ジェイクは左胸と喉元を抑え、苦しそうにクリフを睨む。
言葉の代わりに血が口から出てきた。もう声を出すことは叶わない。血液は気管に入り、呼吸をさらに苦しくさせる。
「お前がしてきたことに比べれば、可愛いもんだろ?」
クリフの冷めた声が静かに流れた。
ジェイクは石畳に倒れ込み、ジタバタともがいている。それもしばらくすれば静かになるだろう。
クリフは彼に背を向けて去って行った。
声にならない罵詈雑言がクリフの背中に投げつけられる。そんなものは、もう痛くも痒くもない。
数日後、クリフはイアンの雑貨屋に来ていた。意外と広い店内には可愛い動物の置物から、どこの国の物かわからない仮面などが置かれている。
二人はレジ横にあるテーブル席で向かい合って座っていた。
「デススパイダーが背後にいるってよ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
クリフが持ってきた情報をもう知っているような反応でイアンが返す。
陽気なその様子に、クリフのこめかみがひくりと動いた。
犯罪組織が係わっていよういまいが、彼の仕事に変わりはない。
だが、情報は伝えてくれと思う。
「けど、末端が一人いなくなった程度でどうにかなる組織じゃないからな」
イアンはそう言って、自分で入れたインスタントコーヒーをすすった。苦みが口に広がる。
クリフもコーヒーカップを口元に運んだ。いつも喫茶店で嗅いでいるコーヒーの香りとはまるで違う。
「……まずい」
思わずクリフの口から愚痴がこぼれた。
「ジリアンさんのコーヒーとインスタントを一緒にすんなよ」
イアンは憮然とした顔でクリフを見る。
豆から挽いたコーヒーとインスタントコーヒーの味が違うのは当然だ。
しかもクリフはジリアンが淹れたコーヒーばかり飲んでいて舌が肥えている。インスタントコーヒーに不満を持つのは仕方がなかった。
「そういやお前、ブリジットの姉御からなんか声かかってないのか?」
「ブリジット姐さんから? いや?」
イアンの問いに、クリフは不思議そうに首を傾げる。
ブリジット。女性の身でこの町の裏社会を牛耳る三つの組織の一つ、ガーネットルージュをまとめ上げる女傑だ。
この付近の国の武器の流通を裏で操るマフィアで、時には過激な手段も厭わない。
クリフが使っている銃は、本来なら貴族にしか出回らない。それを融通してくれたのが彼女だ。
「デススパイダーと小競り合いしているって話だぜ」
イアンが声を潜めた。クリフは顔をしかめる。
「命知らずな……」
どちらが、といえばデススパイダーのほうだ。
ガーネットルージュは名前こそ煌びやかだが、武器を扱う組織である。
武力と練度が他の二つの組織とは段違いだ。ぶつかれば潰されるのは目に見えている。
クリフはため息をつく。
「そもそも、声がかかったって、俺はそっちに足を踏み入れる気はないぞ」
「戦力として当てにされるかもって話だよ」
ケラケラとイアンは笑った。
クリフにとっては笑い事ではない。彼の肩ががっくりと下がった。
腕前を買ってくれるのはありがたい。だが、マフィア同士の抗争に巻き込まれるのはご免被る。
ただ、ブリジットには恩もある。断れないかもしれない。
クリフはコーヒーの水面にため息を吐きつけ、美味しくないそれを一気に飲み干した。
――逮捕された少年が釈放され、家に戻った時、父親はすでに息を引き取った後だった。
やせ細った母親が少年を笑顔で出迎える。
「おかえり」
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマーク、★★★★★の評価、リアクション等頂けると、大変励みになります。




