第4話 代理強盗
太陽がオレンジ色に染まり始める夕方の午後五時前。店仕舞いを始める店舗が多くなる時間帯に事件は起こった。
一軒の宝飾店に、三人の強盗が押し入った。
布や紙袋で顔を隠した人物たちは店のドアを乱暴に開ける。店員が気付いて悲鳴を上げる前に、手当たり次第に金槌でショーケースを叩き割り始めた。
けたたましいガラスの悲鳴が店の外にまで響き渡る。通行人も思わず足を止めた。
彼らは砕けたガラスの間から手を入れて、展示されていたネックレスや指輪を奪い取った。手にしていた袋にそれらを乱暴に詰め込む。
「待て!」
店の奥から出てきた男性店員が一番近くにいた強盗の服の裾を掴んだ。強盗は逃げようともがくが、力は男性店員のほうが強かった。
引きずり倒して取り押さえる。
「放せよ!」
「放すか!」
ジタバタする犯人を男性店員は必死に押さえ込む。犯人は身体が小さく声も高い。まだ少年のようだ。
その隙に他の二人は入り口から飛び出した。赤い髪の女性店員が慌てて外に出る。
「泥棒よー! 捕まえてー!」
彼女は力の限り叫んだ。
しかし、都合よく憲兵の姿はない。
止めようと手を出した町の人もいたが、それをかいくぐって二人は走り去った。
唯一、捕まえらえた犯人は憲兵隊に引き渡された。
紙袋を取った顔はまだ幼さが残る少年だった。鋭い眼差しを憲兵たちに向ける。
「俺だけじゃなくてあいつらも捕まえろよ!」
「どこの誰なんだ?」
憲兵の質問に、少年はぐっと押し黙る。沈黙する彼を見た憲兵が言葉を重ねた。
「話さないと捕まえられないぞ」
「……知らない」
ぼそりと少年がつぶやいた。憲兵は目を見開く。
「は?」
「さっき、会ったばっかりだ。名前も、住んでるところも知らない」
言葉を投げ捨てるように少年は答えた。憲兵たちは驚いて顔を見合わせる。
名前も知らない者たちが手を組んで、宝飾店を襲った。にわかに信じがたい事態だ。
「なんでそんな連中とこんなことしたんだ?」
若い憲兵が思わず責めるような口調で尋ねた。
「……ここの宝石盗ってきたら、金くれるって言われたから」
少年は唇を尖らせた。その答えに憲兵たちは再び絶句する。
今までそんな犯行をする者などいなかった。
少年はそのまま連行され、留置所に入れられた。
無機質な部屋で一人、少年は壁に背を預けて膝を抱える。壁の冷たさが、じわじわと背中を包んでいった。
「とうちゃん……」
心細いつぶやきは、響くことなく消えた。
少年の家では、逮捕の一報を聞いた母親がめまいを起こして倒れそうになっていた。ふらついて壁に手をつく。
「ど、どうして、うちの子がそんなことを……」
母親の顔は真っ青だ。壁についた手が震えている。
憲兵は気の毒に思いながらも、少年から聞いたことを伝えた。
「強盗をすれば金をやる、と言われたそうです」
母親の顔が絶望に彩られる。ガクッと膝の力が抜け、ぺたりと床に座り込んでしまった。涙が溢れて頬を伝う。
その様子を、近所の人たちは見ていた。
「強盗だなんて……」
ひそひそと一人の主婦が一緒にいた女性に声をかける。声をかけられた女性は眉をひそめた。
「でも、旦那さん、病気で働けなくなったんでしょう? マリアさんも付きっきりで看病しないといけなくて、働きに出られないそうよ」
「息子さんもまだ働きに出るにはちょっと早いものねぇ」
女性たちは心配そうに母親マリアを見た。
生活を苦にした犯行。この国ではありがちな犯行動機だ。
それをまだ十を過ぎたばかりの少年がせざるを得ないのが、この国の現状だった。
同情はしても、誰も手を差し伸べる余裕がない。
見ぬふりをして女性たちはその場を去った。
逃げた男二人は暗くなった夜道を走っていた。わき目もくれず、石畳を蹴る。
指定された路地まで振り返ることなく駆け抜けた。
息を弾ませ、人のいない狭い路地で足を止めた。苦しそうな呼吸を整えながらようやく後ろを振り向いた。
誰もいない。憲兵の姿もない。
彼らは顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
コツン、と音を立てて、人影が現れた。二人はビクッと肩を震わせ、音のした方を振り向く。
ポケットに両手を突っ込み、肩を怒らせたシルエット。彼らに強盗を指示した男だ。
「ほら! 言われた通り持ってきたぞ!」
二人のうち、片方の青年が宝石の入った袋を突き出す。
黒いスーツに身を包んだ男はゆっくりと近づき、奪うように袋をもぎ取った。中身を確認し、クイッと片眉を上げる。
「これだけか」
呆れた男の声に、青年は唸った。
「し、仕方ないだろ! 約束の五十万ケイズくれよ!」
「約束は約束だろ!?」
「わかったわかった」
報酬をねだる彼らに、男はため息をつきながらグレーの髪を撫でた。それから懐に手を伸ばす。
取り出したのは、鈍色に輝く拳銃だった。
間髪入れず、二発の銃声が狭い路地に反響する。
銃声を聞いた住民たちは慌てて窓から離れ、身をかがめた。何があったのかと覗き見るような者はこの町にいない。
そんな野次馬根性を持っていたら、こちらが殺されてしまうからだ。
二発の弾丸は、青年たちの胸に食い込んでいた。衝撃で息が詰まる。痛みで身体がうずくまった。
石畳に倒れ込んだ彼らを、男は黙って見下ろしていた。アイスブルーの瞳は何の感情も映していない。
一人が顔を上げ、男を睨む。伸ばす腕は何を掴もうとしているのか。はくはくと口だけが動き、恨み言すら発せない。
彼に向って、男は再び引き金を引いた。弾丸は青年の頭部へ食らいつく。青年の腕が力なく石畳に落ちた。
グレーの髪の男は拳銃を懐にしまい、スーツの裾を翻してその場を去る。
靴音だけが夜の路地に流れた。
☆
町の外にある、古ぼけた教会。屋根の瓦は欠け、壁は灰色にくすんでしまっている。
逮捕された少年の母親マリアは、なけなしのお札を握りしめていた。
今にも傾きそうなドアをそっと開ける。ギィと金具の軋む音が誰もいない聖堂に響いた。
ただ一人、女神像だけが静かに佇んでいる。
マリアは握りしめていた金を女神像の下に置いた。千ケイズ札が数枚しかない。
それが精一杯だった。
女神像の前に膝をつき、胸の前で手を握る。
「女神様、どうか、あの子を犯罪に手を染めさせた奴にも罰をお与えください」
マリアの目に涙が浮かんだ。握った手が震える。
息子を犯罪の道へと誘った者を許すわけにはいかない。だが、どこの誰なのか。調べることなどできなかった。
それこそ、神にすがるしか方法がない。
「どうか、どうか……」
震える声が教会に響いた。
《その願い、承った》
女神像から声が降って来た。
マリアは驚いて顔を上げる。女神像は微笑みを浮かべたままだった。
彼女はそっと立ち上がり、振り向くことなく教会を後にする。その足取りは、少しだけ軽かった。
静かになった礼拝堂の裏口からシスター・アイリスが現れた。
足音を立てず女神像に近づき、マリアが置いていった金を手に取る。
シスター・アイリスは何も言わず、出てきた裏口へと戻っていった。




