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第3話 墓前では祈らない


 曇天の昼下がりは、いつもより暗かった。オレンジ屋根の教会が少しだけ寂しげに見える。


 クリフは珍しく正面から入り、女神像の前で祈っていた。


 女神に対しての祈りではない。亡くなった養父の冥福を祈っていた。


「なんだ、来てたのか」


 彼に声をかけてきたのは、この教会の若いほうのシスター。

 シスター・マーガレットだった。オレンジ色の瞳が物珍しそうにクリフを映している。


 年もそれほど離れていないマーガレットは、クリフにとって姉貴分のような存在だ。


「アンタに女神様の祝福なんて不要だろう?」


 からかうようにシスター・マーガレットが笑う。クリフはフンと鼻を鳴らした。


「そんなのいらない。俺は養父《おやじ》に祈りに来ただけだ」


 そこへ、教会のドアが開く音がした。二人の視線がそちらに向けられる。


 入って来たのは一人の男性。癖のある黒髪をそのままにした彼は片手を挙げて二人に歩み寄る。


「よぉ、久しぶり」


 人懐っこい笑みを浮かべて挨拶をした。

 彼は情報屋のイアン。クリフとも長い付き合いがある。普段は雑貨屋を町の片隅で営んでいた。


 クリフはイアンを見下ろした。


「お前も来たのか」


 その言い草にイアンはガクッと肩を落とす。


「あのなぁ。俺だってドルガーのとっつぁんには世話になったと思ってるんだぜ」

「ここにいる全員、そうだろうさ」


 イアンの言葉に、シスター・マーガレットは静かに言った。

 ここにいる全員がクリフの養父ドルガーの世話になっている。


 ――俺が死んでも他人のフリをしろ。絶対に見つかるな。


 クリフは養父が死ぬ一か月前にそう告げられた。死を予期した言葉に、不安を感じていた中で養父は死んだ。


 残された言葉に従い、墓参りもせずここで祈っている。誰かに見られたら関係者だと思われてしまう。


「何かつかめたか?」


 クリフはイアンに尋ねた。しかし、イアンの首は横に振られる。


「とっつぁんが言ってた"国の機密を売ろうとしている貴族"の尻尾なんて、簡単にはつかめねーよ」


 悔しげにイアンは吐き捨てた。


 情報屋の威信にかけて絶対に情報を掴んでやる。

 そう意気込んだ三年前だったが、現在に至るまで有力な情報は得られていない。相手方も手強かった。


 クリフはそれを責めることなどしない。情報収集はイアンの専売特許だ。口を出すことではないとわかっていた。

 ただ、歯がゆい。

 それはシスター・マーガレットも同じだった。ギュッと右手を握りしめる。


「こんな腐った国でも、必死に生きている人たちがいるんだ。他国に攻められでもしたら、私らはどうなっちまうんだよ」


 シスター・マーガレットの顔が歪んだ。

 毎日のように、人々はこの教会に祈りに来る。夢も希望もないこの国で、貧しい人がすがれるのは女神様しかいない。


 だが、そんな女神様は存在しない。


 シスター・マーガレットは女神に仕える身でありながら、その存在を否定する。否定せざるを得ない。


 日々、女神様に祈りを捧げていた人が路上で動かなくなっている。

 そんな人は大勢見てきた。女神様が本当にいるなら、なぜ彼らを助けてくれないのか。


 クリフは腕を組んで二人を見た。


「けど、あれから三年だぞ。何の音沙汰もないってことは、養父《おやじ》に情報が漏れたことで相手方が警戒しているってことじゃないか?」


 養父ドルガーの死から三年が経過している。他国に情報を漏らしているというのなら、動きがあってもいい期間だ。

 どの国とも表面上は良好な関係。裏の情報網にもそれらしき情報は引っかからない。


 他国から来た人からも怪しい情勢は聞こえてこない。


 イアンの眉間にしわが寄る。


「その可能性もあるけど、裏の人間に知られた程度で諦めるか? しかも始末してるんだぜ」

「私らみたいに、聞いちまった人間を探しているとか?」


 シスター・マーガレットは不安げに呟いた。イアンはあっさりと頷く。


「みたいだな」


 イアンの肯定に、クリフとシスター・マーガレットは彼に凄んだ。


「聞いてねーぞ」

「言えよ」


 イアンは両手で二人を落ち着かせる。二人に本気で手を上げられたら、あっという間に女神様の元へ行くことになる。


「心配ねーって。俺たちは善良な一市民だぞ? 敬謙なシスター、爽やか喫茶店員、愉快な雑貨屋の店主。だーれも疑ってないって」


 ケラケラとイアンは笑った。


「だからってなぁ……」


 クリフは笑い事じゃない、と憮然とした表情のままだ。シスター・マーガレットもムッとしている。


 ドルガーの遺言に従い、彼との関係の痕跡は全て消した。誰も気づきはしないはずだ。


「情報屋の俺が言うんだから、間違いない」


 イアンは真面目な顔で言い切った。

 情報の管理に関しては、しっかりしている。自分たちの情報を漏らすことは絶対にしていない。

 その自信はあった。


 クリフは大きく息をついた。


「わかったよ。そこは信用している」


 それを聞いたイアンはニカッと笑った。


 その時、教会の隅に置いてある置時計がボーンと鳴った。人気のない教会にその音は大きく響く。

 時間を見て、クリフは「あっ」と声を上げた。


「俺、そろそろ店に戻らないと」

「ああ、気をつけなよ」


 シスター・マーガレットがひらひらと手を振った。

 クリフは足早に教会を出ていく。ジリアンとの約束も時間が近いのだろう。


 喫茶店までの道すがら、クリフの脳裏に浮かんだのは二人の男の声だった。


 ――出ていけ! そんな少ない魔力が我が家から出るなど恥だ!


 激しく叱責する実父。


 ――行くとこないなら、ついてこい。


 ぶっきらぼうに誘った養父。


 クリフにとっての『父』は養父だけだ。

 教えられたことは裏社会を生き抜く方法と、人を殺める方法。まともな父親とは言い難いかもしれない。


 それでも、クリフにとっては温かい存在だった。


 仇を取ってやる。三年前からの誓いは今でも胸の奥に座り続けていた。


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