0.残された物
「ただいまー」
二ヶ月前、秋桜月の十三日で六歳となったセレナ。ロイヤルヤードでは希望すれば五歳から初等科に通える。セレナもその一人だ。
(おでかけかな?お母さん、はやくかえってきたのかな)
そう思いながらも部屋に進む。何時もなら飛んで父親が来るのに何故か来ない。やはり両親で出かけたのか、と思いつつもダイニングに繋がる扉を開ける。
「……なに…これ」
部屋は荒れ放題だった。強盗か入られたようだ。しかし、幼いセレナに強盗、という発想は無い。セレナはダイニングを飛び出し、家中の部屋を見て回る。
何も荒れてすらいない部屋は二部屋。母、アリアの部屋とセレナ自身の部屋のみ。反対に荒れ放題……と言うよりも空っぽだったのは父、スティルの部屋だった。
セレナは、慌てて部屋に入り込み机や棚を見る。
本が入っていた棚にはほぼ何も無い。あるのは一つの紙だった。セレナは、椅子を引きづり本棚の前に置く。そして椅子の上り紙を手に取る。
死亡届 スティル・リブロ
初めの文字は読めなかったがなんだか嫌な予感をセレナは抱いた。
✿☆✿
セレナとアリアは抜け殻の用にぼーっとしていた。ここ数週間ずっとだ。
アリアの方は酷い。衝撃を抑えられないような、ショックで立てないような状態に陥っている。仕事真面目だが、ここ一週間は行ってない。正確には行ったのだが職場の人に帰されたのだ。
セレナは魂が抜けている母の横を通り過ぎ一度廊下に出る。廊下に出たセレナは手のひらを見つめ、詠唱とも言えない拙い言葉を念じる。
「するどいやつ、本の中で、男の子がもってる、ひょんってなるやつ」
そうすれば本物のナイフのような、氷の剣が完成した。
(お母さんもわたしも生きていてもしょうがない)
まずは母から、とセレナは部屋の扉を少し開け母の様子を伺う。やはり、抜け殻だ。
何処から見つけたのか分からないが、何か箱の中にあった紙の束を読んでからはボロボロに泣いていた。初めて、あんなに感情的になったアリアをセレナは見た。
一向に動かない母をセレナはただ様子を伺うだけ。数分が過ぎた。やがて、数十分、経ってもセレナは動かなかった。否、動けなかった。剣を持つ手は震え、魔術は少しづつ解けている。魔術が維持できなくなっているのだ。
そして、魔術は解け氷は溶けきった。それと同時にセレナは床にへたり込む。呼吸が荒く、視点も合っていない。虚空を見ている。
そんなセレナの横を風が通り過ぎる。窓を開けっ放しにしていたのだった。もう秋だ。紅葉が当たりを彩っている季節。少し冷たい風が家の空気を入れ替える。
セレナはそんな風を入れ込まないように立ち上がり、窓を閉めた。
窓を閉めた後、何となく横を見た。少し、ほんの少しだけ違和感があったのだ。いつも掃除でも手をつけていない場所のホコリがない。無くなった。
セレナは不思議に思い近づいてみる。
ホコリが無くなっていたのは床だ。いつも掃除しないから角にはホコリが溜まっていた。しかし、今は無い。
(ここ、へん)
セレナは床に座りホコリが消えた場所をペタペタと触る。何の変哲もない、冷たい床だ。
少し力を入れてみるとギシ、と床が鳴った。そこを思いっきり押し込んだ。すると、ガタッと床の一部が外れた。
(こんなのあったんだ)
セレナは妙に関心し、床の下にあるものを取り出す。
トランクケースだ。
セレナが色々入れているような宝箱が床下にはあった。少し古い感じがする。
(どうやって、あけるんだろ)
鍵穴があえて封じられたトランクケース。しかし、開けようとしても開かない。不思議なトランクケースこと、宝箱だ。
セレナはだんだんよく分からなくなってきた。開けたいのに開けられない。そんな矛盾を必死に抵抗していた。
(そういえばお父さん、なんだっけ、その、あ、あたまをつかえだ)
父の教えを思い出したセレナは、トランクケースを持ち上げ、頭突きをする。残念ながらトランクケースは開かず、セレナにコブが出来ただけだった。
(いたい…お父さんのうそつき)
セレナは頬を膨らませ、痛みを紛らわすかの様に魔術を編み出す。
「ぼう、木のぼう。がんじょうで…つよいやつ」
セレナが念じて形を想像すれば魔術は形を変える。セレナが精一杯出来る魔術である。そうして、編み出されたのは長く太めの木の棒の様な氷。
(たしか、えっと、あかないときは、てこのなんちゃらを、つかうんだよね)
セレナは開けたいトランクケースの隙間に棒を差し込み振り回す。テコの原理を使いたい様だが、まだ分からないのだろう。ただ振り回してるだけだ。
段々と疲れてきたのか回るスピードは落ち、セレナもフラフラとしてきた。バランスを崩し、壁にセレナは頭をぶつけた。
その時にトランクケースもぶつけたのだろう。あんなに開けようとした宝箱が意図も簡単に開いてしまった。セレナはキラキラとした表情で近づく。
(これ…お父さんの本だ)
家に合った父の本や私物は全て無くなったと思っていた。しかし、トランクケースには隠されるようにして、本三冊と万年筆、手紙が置いてあった。セレナは手紙を広げる。
セレナへ
父親として、一人の人としてすぐ側にいてやれなくてごめんな。そして、こんなに回りくどい事をして悪い。騎士団に娘がいると知られたらお前まで処刑されかれない。俺の娘だ。それを知ればあいつらはそれを逃さないだろう。
さて、最後の猶予にこれは魔術で書いた。いや、正確には幻創術で見えない様にして書いたのだが…。まあ良いだろう。騎士団も見えなかったから全て大丈夫だ。見えてたらお前に手紙を残せなかったからな。はっはっは!
いやー、しかし残念だったな。色々やり残した事あったんだが、まずは娘の結婚相手見たかっただろ?それに卒業式も出たかったな。いや、これからは遠くで見てるからな!安心しろ!
ところで、アリア、お母さんは大丈夫そうか?聞きたくても聞けないな。想像でしか分からないが、きっとアリアは泣いてるだろうな。少なからず愛されてる自身はある。多分な。これは、娘の手紙に書くことか?まぁ、いいか。良かったな父から惚気けられたぞ!大人になったらもう一度見てみろ。反抗期でもいいな。母への愛情が良く分かるからな‼
最後に、一人の魔術師として、お前に伝えよう。
魔術は人を殺せる。そして、人を救える。どう使うかはその人次第だ。これから先、魔術は努力で出来ていると言う人が増えていく。だが、それは違うと思う。確かに努力も必要だ。だが、才能は器。努力は水だ。どんなに水を貯めても器が小さければ意味が無い。
セレナには、沢山の水が入る器がある。
断言しよう。元天八座攻撃術筆頭、スティル・サイリックの名をかけてやってもいい。
魔術は才能で出来ているんだ。
どうか、幸せな人生を日々を送ってくれ。
手紙には元々濡れた跡があったが更に文字を濡らしていく。セレナは父の残した物を抱え泣いた。泣きわめいた。
紅葉月の六日
スティル・リブロ、絶命。




