壊れた都市に眠る施設
一度艦を止め、ハエレティクスを収容する。すぐさまストレッチャーが用意され、損傷したコックピットのハッチをこじ開ける作業が始まる。
機体の損傷を考えれば、パイロットにダメージがある事も十分にありえたのだ。
すぐさまコックピットハッチの解体を始め、パイロットをコックピットから助け出す。
その様子をただ悠斗達は眺めるしか出来ない。医療に詳しいわけでもなければ、近くに居る事が邪魔になる可能性もあり得るのだ。
負傷してしまったパイロットを視界に入れ、自分もいつかはああなるのではないのかと悠斗は苦い顔になる。続けざまにストレッチャーを先導するのは、叶である。
この世界では、近い年の子ですら必要に駆られれば必要な技術を身に付ける為に奔走し、使わなければ生き残れないのだと、悠斗はここでもまた理解させられる。
「助かったのであります」
一二三の感謝の言葉に、思わず手を強く握り閉める悠斗。彼のせいではない。だが、巡り合わせが良ければ助けられたそう考えてしまうのは、致し方ないのかもしれない。
彼が今できる事と言えば、ブロイエリッターをより上手く活用するくらいだとしても。
「付いていてあげなくてもいいの?」
「感謝が先でありますよ。それに、まだ生きているであります」
「悪かったな。今回の依頼。新機体を狙った奴らの犯行だとは思うんだが、まさか、あそこまで数をそろえてくるとは思わなかったんだ」
「いえ、外に出た以上、覚悟の上でありますよ」
依頼という形を取っている以上首をツッコむべきではないのだが、既に敵を撃っている。
無関係というほどではないと踏んで、悠斗が口を開く。
「あの、聞いちゃまずかったらいいんですけど、あそこで何をしていたんです?」
首をあえて突っ込んだのも、運ばれて行ったのを見てしまったからだ。
「そうだな。一二三達に依頼は出来ない。頼まれてくれるか?」
「はい」
「また、面倒事拾って……」
「嬢ちゃんは反対か?」
「いいえ。ユウトはこういう人だもの。これくらい、なんて事無いわ。それに依頼を受けるって事はお金も手に入る。よほど変な話じゃない限り私達にとってもいいお話じゃない」
エリスが彼に気を許しているのはこういう所から来ている。根っからの善人だからこそ、面倒を一緒に背負い込むのだ。
「ここいらは旧東京の端の方なんだが、そこで生きている施設を探している。そこに何があるのは分からないが、掘り出し物なら儲けものってわけだ」
「一二三さん達が居た周辺にそれが?」
「ある保証は無いが、無い保証もない。ここいらでは未だに見つかってないからって理由で噂だけならそこかしこに存在する」
悠斗達にも心当たりはある。自分達も、その生きている施設によって生かされ、ついこのあいだまで居たのだ。そこには、自分達に用意されたとしか思えない機体もあった。
「見つけられたら、お宝じゃないですか」
「ハエレティクスの工場だったりしたなら、確かにお宝かもね」
「そうだな。旧工場には、過去の大戦で使われなかったと思われる機体が存在する。しかも、どういったわけだかとんでもない性能を持ってるらしい。ワンオフ機体の化け物だ」
それに該当するのは悠斗とエリスの機体である。各地でブレイバーのプレイヤーが眠っていて、機体もセットで施設がある可能性はゼロではないのだ。
「そうね。私達の機体も眠ってた施設に保管させてた機体だし。見つけ出せば一瞬で大金持ちね」
一瞬ぎょっとする悠斗だが、ここは合わせておいた方良いと直ぐに思い直して、黙っておく事を心に決める。すると、ジャンがエリスに返事を返す。
「だろうと思ったぜ。ワンオフ機体は多くは無いが見つかってる。見せて貰ったデータを見るにいい機体だってのは分かってたぜ。シエルも言ってたが、何でスナイパーライフルを持ってない?」
「あぁ、それね。ここに来る途中お釈迦にしちゃって捨ててきたのよ。代わりの物を用意しようにもお金がかかるから、こうして外に出たわけ」
武器の為だけではないが、物は言いようである。
「あの、その。エリス殿。その今回の助けて貰ったお礼の金額でありますが……」
恐る恐る今回の助けて貰った金額を提示する。どの程度が妥当な値段なのか分からないが、一二三が提示出来る限界なのだろうというのは、悠斗とエリスにも理解出来る。
「ユウト、半分は武器調達に当ててもいいかしら?」
提示されたお金をどう運用するのかで二人の頭の中が一杯になる。武器事情、宿、ご飯。お金はいくらあっても、今はいいくらいだ。
「エリスの武器調達は目的の一つだったし、その方が俺も安心できる。後は生活費とかその他もろもろだね」
「命を助けて頂いて恐縮なのでありますが、私の限界の数字であります」
何故か自分そっちのけで武器の調達の話に反れるものだから、不安な表情を向ける一二三。少ないとか、多いなどの反応が一切見られないのであれば、困りもするだろう
「おーい、お前さん達、そっちの嬢ちゃんがスゲー困ってる顔してるぞ?」
「あっ!? その、ごめんなさい。私達、今お金に困ってて、思いがけない収入で、その、悪気は無かったのよ」
目の前にぶら下げられたお金に夢中だったのに、この言い訳は苦しいが、それでも取り繕わなければいけないと考えるのは、悪い事をしたという引け目からだ。
「いえ、事情は人それぞれであります」
「報酬に文句は無いし、貸し借りは無し。それでいいよね? エリス」
「いいわよ」
「ありがとうございます」
ガバっと頭を下げる一二三。顔も知らなければ友好関係も無い人に命を助けられたのだ。
本来ならば、吹っ掛けられた値段を要求される事も十分に考えられる。それを踏まえれば、悠斗の返事は一二三にもありがたい言葉である。
「よぉし。んじゃ、その金で狙撃銃買って行けよ、エリスの嬢ちゃん」
「商売魂たくましいですね」
「この御時世、これくらい図々しくないとな」
ジャンのスマイルである。それはそうと、ジャンが言葉を続ける。手には商品のスペックなどが記載されている端末を手に。
◆
一二三達が襲われていた瓦礫の町の戻ってきている。見渡す限り、生きている施設など無さそうだが、地下までは被害が出てるとは言えないというのがジャンの意見だ。
「町田ね。確か、東京の一番端だったっけか」
偶然生きていた標識を思わず口に出す。
「へぇ。良く知ってるじゃねえの悠斗」
回線はオープン。ジャンも同行している。悠斗のぼやきをジャンが聞いた形だ。悠斗も口が滑ったと思ったが、時すでに遅しというやつである。
「昔の地図データを手に入れてたのなら、売ってくれよ」
が、ジャンは悠斗の予想とは違う方向へと話を運んでいく。よく考えれば、今の人間が昔を知るわけがないのだ。
「申し訳ないけど、新東京に来る途中で、ちょっとあってね。手元には無いのよ」
「なんだよ。油断してる所にでも襲われたのか?」
「そんなところよ。武器もその時に、ね」
馬鹿正直に、置いてきた武器の事を言葉に出来るはずもない。今は置いてきたエネルギーライフルの代わりに、先ほどジャンから買った狙撃銃を持っている。
新しい武器とのセッティングは機械側に任せるだけではダメなのだ。人が使う以上、最後には人の補正が必ず入る。
「運が無かったな。まぁ、そういうめぐり合せがあったからこそ俺達は知り合った。商人としては願ったりだ。おっと、この辺は空洞っぽいな。どうだ? 入れそうな場所とかあるか?」
ある程度目安はあったのだ。今は調べようとしていた場所を調べている。
「少し瓦礫を除去しないと何とも。あ、ビルの下に施設があるなら、このまま二階から入ればいいと思いますけど」
ビルの周りには瓦礫だらけ。何も悠斗が破壊してしまったからではない。長い間誰も手を入れなかったからこその老化からビルが崩れ始めているのだ。
振動一つで壊れる建物も存在するのだから。
「こういう施設探しは初めてか? 地下施設はシェルターも兼ねているから、ビルの中を通って繋がる道を見つけたとしてもだ。セキュリティーを通過しないとなんねぇ」
「吹き飛ばした方が面倒がないって事ね」
「物騒な」
これは悠斗の言葉だ。これにエリスは拗ねて見せる。
「何よ。一番面倒が無いじゃない」
「ま、考えててもしかたない。離れてろ。吹き飛ばすぜ」
ジャンの乗るハエレティクスが握る四連装ロケットランチャーをビルに向かって撃ち放つ。
ビルが壊れれば当然瓦礫になり、それらは飛び散って煙が上がる。煙が収まるのを待って、再度ビルのあった場所を確認。
「おし、壊れたな。悪いが、これから掃除だ」
ハエレティクスが入れるような場所ならばそれもいいが、人が入るには先ずは瓦礫が邪魔なのだ。
「ちょっと、それならユウトの案に乗って二階から入るでいいじゃない」
「今それを言うか、エリスの嬢ちゃんよ。まぁ、直ぐだから手伝ってくれよ」
実際、ハエレティクス程この手の作業に便利なのは無い。ぶつくさと言いながらも瓦礫排除にレッドバレッドを使っている。
「まぁまぁ、そう拗ねるな。ビルが残ってたら、それはそれで、ビルに乗り込んで歩かないとならないが、ふっ飛ばした後なら瓦礫の掃除だけでいいんだ」
戦争が無ければ、作業用のロボットとしての未来があったかもしれない。
「入口、見つけましたよ?」
「でかした。悠斗」
機体から降りて、入り口に向かう。下へと続く階段。その先には重く閉ざされた鋼鉄の扉である。
「この扉、無傷ね」
シェルターなのだから、丈夫ではあるはずだ。だが、無傷なのはあり得るのかと。
「中の電力が生きてるのか。当たりかもな。ジェノヴァシールドで守りたい程の場所ってこった」
ジャンは、この先にあるお宝に期待の笑みをしつつ持ってきた端末を扉の横にあるロックナンバーがある場所へと繋げる。
「オーケー。空いたぜ」
内部に入ると、叶に連絡を取る。通信出来る状態か否かは重要だ。ハエレティクスを降りているというのも懸念点なのだ。
「聞こえるか? 叶」
「今、叶姉は医務室。代わりのオペレーターはボク」
思っていた声と違って眉を歪めるジャン。だが、その声の主が誰だか分かると元に戻る。
「茉莉か。通信状況はどうだ?」
「大丈夫だよ。この艦の補助範囲内」
「ならいい。俺達は今ハエレティクスを降りてる。近づいてくる奴らが居れば、一二三に対処をお願いしたい」
「了解。では、姉の代わりにボクが確認を行います。定時連絡は十分。通信が途切れた場合、一時間以内に帰艦、再度通信が無かった場合には皆に何かあったものとして行動します。皆さん、返事をお願いします」
「了解だ」
「了解よ」
「了解」
ジャン、エリス、悠斗の順に返事を返すと、茉莉が再度言葉にする。
「確認しました。それじゃ、皆頑張ってね」
通信を終えるとインカムからは何も聞こえなくなる。
「てなわけだ。少し仰々しいかもしれんが、何があるか分からない。これくらい気を引き締めた方がいい」
設備が生きていたとしても、掃除が行われていなければ埃は溜まる。
「流石に放置されてただけあって埃っぽいわね」
「百年以上放置されてたわけだしね。だれも手入れしてないのに、形を保ってるだけでも奇跡なんじゃない」
「それを言われると確かにそうね」
「それだけ強固に出来ているシェルターってこった」
埃っぽい部屋を抜け、幾つかのセキュリティーのかかっている部屋を抜ける。
「に、しても、何をこんなに隠してるんだ。ただのシェルターなんかじゃねぇ」
セキュリティーを掻い潜り、厚い隔壁をいくつも超えれば何かを隠していると考えてもおかしくは無い。
「開いたぜ。さぁ入った入った」
ジャンに続く様に二人が入ると、それを見計らったように隔壁が閉じる。今まで通った隔壁は開きっぱなしだったのにここだけ閉まるとは悠斗は思わず、焦った声を上げる。
「ここだけ閉まった!? 閉じ込められた」
「焦り過ぎよ。出れなくなったと決まったわけじゃないわ」
悠斗につられて腰にあるハンドガンを手に持つ。そんな物で隔壁が開かない事など理解はしているが、不安を押し込めるため、安心を得る為にハンドガンを握る。
「二人とも焦りすぎだ。聞こえるか? 茉莉」
インカムを通して通話を試みるが、通信出来ないジャンの姿を見るに、ここは電波を通さない場所。通信を諦めて、悠斗とエリスに向く。
「こっちからじゃ開かないみたいだな。メインコンソールがあるはずだ。探すぞ」
この場所だけは空調も効いている。埃すら舞い上がらない。定期的に掃除がされている場所と考えるのが妥当だろう。
「お宝を隠すにはいい場所なんでしょうけど、電波まで遮る必要な場所ってなんですかね?」
「色々と考えられるが……」
メインコンソールを探す為に、一つの扉を潜ると先頭を歩いていたジャンはその先で見つけた物に言葉を詰まらせ、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「こいつは……」
見つけた施設は見方によってはお宝なのかもしれない。けれど、これをお宝と呼べる人は多くは無いだろう。
「デザイナーベイビーね。こんな施設で大量に作られているとなれば、碌な代物とは思えないけれど」
その言葉で悠斗も察する。この施設が生まれた理由。ここで大量に寝ている理由も。
「戦争のパイロットとして作られたって事ですか?」
「どう調整されているのかは、メインコンソールを見ないと何とも言えないがな。ただまぁ、なんだ」
言い淀むが、ここまで口にして言葉にしない訳にもいかないと思ったのか、バツが悪そうにして、言葉を続けるジャン。
「こんな所に眠ってる赤子なんて戦争の道具にされる為に生まれてきたんだろうな」
それぞれ思う所はあるが、それを口に出来ない。かわいそうだと口にするには、簡単すぎて空虚。悠斗もエリスも自分が無力だと理解している。
それに、実際にあった戦争はこういうデザイナーベイビーが数多く戦争に参加したに違いないと考えられる。正規の軍人でも向き不向きがあり、それをいじれるというのだから、これ以上に優秀な駒はない。
「戦争に使われ、消費される前提のな」
そうジャンが締めくくる。難しい顔に変わって行く悠斗とは違い、エリスは悲しそうにその表情替え、言葉にする。
「ジャン。この子達は生きているの?」
シリンダー状のガラスに手を振れ、撫でるようにしてまた次のシリンダーを撫でる。
「コールドスリープ状態だな。だが、それも長くは続かない。ここで助けるならばともかく、このままにしておくならば結局こいつ等は訳もわからず、生まれる前に死ぬ。コールドスリープにも実は限界があるんだ。機械の方のな。嫌なもん見つけちまったなぁ。ったくよぉ」
折角のお宝も自分達の手に負えないとなれば落胆もするだろう。目の前の存在は間違いなく戦争前の遺産でありお宝なのだから。
「ここがコンソールルームか」
ここの隔壁を開けて来たきたのと同様にして、扉を開けるとジャンはコンソールに手を伸ばす。ファイルを漁り、展開してどんな研究をしていたのか、このデザイナーベイビーがどんな存在なのかを調べている。
「何を調べているのか想像付くけれど、そんなもの見てどうするつもりよ」
コンソールをいじりながらエリスへ返事を返す。
「一応、ここがどんな研究施設なのかを調べてた」
「成果は?」
更にコンソールをいじり、何処か誰かのDNAの螺旋配列を二つ表示させる。が、その配列を見たジャンが苦い顔をする。
「おおまかには、想像通りだ。エースパイロットの遺伝子から作られれば、同等の存在を生み出せると考えてもおかしくない。ハエレティクスの操縦を人がする以上、機体だけが高スペックじゃなダメなんだ。何かに秀でた機体はパイロットを選ぶ。お前さん達なら分かるだろう? そういう機体を完璧にした瞬間ハエレティクスは、凡人じゃ止まらん。ハエレティクスの最後のパーツは人なんだ」
「だから、実験台を沢山作ったわけですか。確かにいい気分にはなれないお宝ですね」
当初はハエレティクスの工場。眠っていたお宝機体に武器を想像していれば、その落胆も大きい。
「残念だったな。戦争時の機体や武器じゃなくて」
「ね? ジャン」
悠斗が驚くほどに優しい声。
「なんだよ。お願い事か?」
「なによ、父親みたいな事言って」
「こう見えても親だからな。子がお願いをするときは大体そう切り出すもんだ。で、なんだよ」
「ほんと、良い感を持ってる親ね。実際お願い事だしいいのだけれど」
ここで意地を張っていてもしかないとため息を吐くと言葉を続ける。
「この施設をジャンはどうするつもり?」
「壊す。手に余ったお宝だ。戦争が終結して約一二四年。未だ海外から来客も来ない事を考えると、国内の事で首も回らないんだろうさ。それは日ノ本も変わらない」
「良かった。その役目、私じゃダメかしら?」
「別に構わないが、いいのか? あれでも生命は生命だ。過剰に言っちまえば、人殺しと変わらない」
一番嫌な役を引き受けると言ってもいいだろう。それを何故したがるのか、ジャンには不思議でならない。
「いいのよ。それが一番いいと感じたのだもの。感? いえ、直感かしら」
「直感、か。訳の分からない感情だと言いたいが……」
そうだと言われてしまえばそれまでだ。けれど、ジャンには人が備えている直感は何かがあるとも思っている。
「エリスは思い切りがいいね。俺だけなら、さんざん悩んだ挙句に放置しそうだ」
「貴方は、それでいいと思うわ」
茉莉との通信の後に、この施設は爆薬で内部から爆発させることが決まった。そして、今は爆発をさせるだけ。
「もう一度聞くが、いいのか? 嬢ちゃん。そのスイッチを押すのは、何も嬢ちゃんじゃなくていい」
年頃の子供がなにも必要のない殺生をするのを避けたいと考えての発言だ。
「いいのよ。私も十分にお嬢ちゃんなんでしょ?」
大人と関わるために身に付けた仮面、精一杯の背伸びをジャンには見破られている。
この施設破壊も、エリスの覚悟をもう一度決める為の儀式だ。本人は一杯一杯でそこまで考えていないだろうが。
「そうか。何も言わねぇよ」
「押すわ」
凛としているエリスがそこに居るだけのはずだ。けれど、彼女も多くの命をそのボタン一つで奪う事を理解している。だからこそ、直ぐにボタンを押せない。悠斗の言葉が間に合ってしまうほどにはためらいがあったのだ。
「待って」
「何よ?」
「押すよ、俺も。運命共同体だろ?」
エリスの手の上から悠斗も親指を乗せる。いつものエリスならば否定をしていただろうが、今は無い。二人が頷き合い、それが合図になって指を押す。
「さようなら」
爆発の音と共に発せられた言葉。エリスがあのデザイナーベイビーに対して向けられる謝罪の言葉だ。強がるための、精一杯の言葉でもある。だから、ごめんなさいと言葉に出来ない。
「照れくせぇもん見ちまったなぁ。嬢ちゃん、坊ちゃんよ。どうよ? 悪い事しちまった後ってのは」
沢山の命を奪ったのは事実だ。ジャンの言葉通り、良いか悪いかで問われれば悪い事に決まっている。それがどうしようもない状態だろうと。それを忘れてしまったらただの殺人鬼だ。
「ジャン。一言余計よ」
拗ねて見せるエリス。ターゲットを悠斗に移されて、反応に困る前に悠斗は自分のハエレティクスに乗り込むと、茉莉から通信が入る。
「今の爆風を嗅ぎつけてハエレティクスがこっちに来てる。映像を見て」
移された映像を確認すると、見た目だけは岬達を助けた時に壊した機体と同型機である。
「確認したよ」
続いて、機体の肩に描かれているエンブレムをアップにして、悠斗に見せる。
「付けてるエンブレムを見るに、厄介な人達に絡まれるかも」
茉莉の厄介という言葉に首を傾げる悠斗。ブロイエリッターとレッドバレッドが居れば大抵の相手に勝てる。先ほども条件の悪い状態で退けたばかりだ。
「厄介って、食らい着いたら離れない、みたいな?」
「面子の問題かも。このエンブレム表向きは荒野に身を置いてる盗賊みたいな立ち位置だけど、実際は新東京のスラムを根城にしてるチンピラかな。ま、どちらにしてもろくでもない人達の集まりなわけだけど」
更に映像は続く。数は十機にも上り、これだけの数を一個人が持つのは難しい。
「この機体一二三さん達を助けた時のと同型機だ」
可能性としては、この周辺を縄張りにしている。そしてもう一つは茉莉の考えが合っているだろう。
「仕返しにしては、編成に時間が短すぎる気もする。新型機に、ワンオフ機体。手に入れられれば地位もお金も手に入るわけだけど……何か、恨みでも買ったの? 悠斗」
「うーん? 恨みを買う様な事は一切してないと思う」
実際には、恨みを買っている。撃って機体を壊し命を奪うのでもなく、斬って奪うわけでもない。蹴られ、致命傷を避けたやり方で機体を損傷させているのだ。
見方、考え方を変えれば、それは舐められていると思われても仕方ない。
彼らは、舐められる訳にはいかない立場に身を落としたのだ。恐れ、恐怖を感じて貰わなければ困る。侮られた盗賊など、有象無象になり下がるのだから。
「ユウト、逃げたわね」
恨めしそうな通信の声が悠斗の所へと来るが、今は確認した機体の確認である。
「それよりも、ちょっと問題が」
『遅れてきた二人も見てね』
悠斗にも見せた映像、現在の艦の望遠レンズ映像とそこから得たエンブレムを表示している。その映像にジャンが顔を歪ませる。
「厄介なのに絡まれたな。撃退は容易い。容易いが、相手にしても得が無い」
「別に、全部倒せばいいんじゃないからしら?」
エリスの言葉通り、倒すだけならば容易いだろう。だが別の問題がある。
「そうは言うがな。相手は結構規模がデカい。変に目を付けられても困るんだよ」
「新東京のスラムを根城にしてるんでしたっけ? 今しがた茉莉から聞きました」
「そうだ。機体に乗ってる時は強いかも知れねぇ。だがな、生身ならどうだ? ライフルを持った奴十人を相手に出来るかと問われれば、俺なら首を横に振るね」
これは何もジャンに限った話ではない。悠斗にしてもエリスにしても、大勢で攻撃されれば、打てる手は少なくなる。彼等が無類の強さを発揮して出来るのはハエレティクスあってこそ。
「嬢ちゃん。今こそ、そのスナイパーライフルの出番だ。役立ててくれ」
「ただ倒すわけじゃないのよね?」
「そうだ。今回は悪いが、尻尾を巻いて逃げる。その為に撃ってもらうが、異存は?」
「無いわ」
無駄な死はエリスも望んでいるわけではない。ただ、身構えすぎて向かって来る者全てが敵に見えてしまうのだ。何もこのような世界に目覚めてしまったからではない。
そのような世界に身を置いていたという方が正解だ。
「ならいい。その渡したマガジンの一つにナンバーS08とナンバリングされたマガジンがあるはずだ」
装備されているマガジンの一覧を表示させる。現在装填されている弾をコッキングして取り出し、マガジンを入れ替える。
「あったわ」
「そいつはな、敵機にぶち込むと煙を上げる。ド派手にな」
「あら、面白い弾を作るじゃない」
「だろ?」
艦に急いで戻り、レッドバレッドだけはデッキの上で射撃の構えを取っている。
『レッドバレッドのカメラでも捕捉出来る範囲に来ているはずだ。どうだ? 嬢ちゃん』
「視界良好。先頭を走ってる機体が見えたわ」
『んじゃ、尻尾巻いて逃げますかぁ。頼むぜ』
艦もいきなりトップスピードになるわけじゃない。機体によっては艦に取りつく事も出来るだろう。船の逃げ出す準備が整うまでハエレティクスの白兵戦を行うのが定石。
だが、今回は狙撃銃の弾の煙幕だけで逃げようというのだ。
マガジンの弾は全部で五発。直接打ち込めばシールドに遮られるだろうが、この弾は穴を空けるためのものじゃない。
ツーボルトアクション式狙撃銃の利点は、ジャムらない事にあるだろう。
手間こそかかるが、万が一の時にはあたふたせずに済む。狙撃において一番必要なのは必要な瞬間にしっかりと撃つことだ。
レバーを引きコッキング。装填と同時に弾の説明が表示される。
「榴弾に似たイメージの弾なのね」
レッドバレッドが狙うは、ボディ。普通ならばカメラを狙うだろうが、ボディが丸いが故に選んだ場所だ。
ボディに撃ちこまれた弾はシールドに阻まれて弾かれ、頭部に向かって跳弾。弾頭が潰れたのと同時に、中に入っていた火薬が炸裂する。それと同時に飛び散ったのは、煙幕玉だ。加熱され、化学反応を起こした 煙幕玉はすぐさま煙を上げる。
先頭を走る機体が煙まみれになった所を後続が突っ込ん行く。煙を避ける事も出来ただろうが、艦のデッキに紅い機体が一機。艦の足さえ潰せばどうにでもなると。
「あら、馬鹿正直に突っ込んで来ちゃダメじゃない」
足を緩めない敵機に五発全て撃ち切ると、ダメージの出せる弾を装填。次に煙幕から出てきた瞬間が勝負の決め所になる。
次に飛んで来るのも煙幕だと決めつけ、飛び出してくる機体に大口径の狙撃銃の弾が飛来する。ジェノヴァシールドは服を着る様に機体をすっぽり覆うだけで、機体周辺、数メートルをカバーするとか、そういった装置ではない。
機体に強い衝撃を受ければ、機体に傷は無くとも衝撃はある。
一撃を受けると同時に機体がよろける。それと同時に薬莢を排出。もう一度コッキングさせて、弾を装填。態勢を整えると同時の二撃目でシールドを破壊する。
ジェノヴァシールドという安全装置があるからこそ出来る行動というものがある。機体に損傷はなどなくとも、安心が消えれば余程場数を踏んでもない限り手を鈍らせる。
それは、レッドバレッドからしてみれば油断でしかない。
「一機、もらいね」
足を緩めた機体へ脚部への狙撃。シールドが無ければ、避ける以外に大口径の弾を防ぐ手段は無い。
足を捥がれ、地面を滑るように走っていた機体は態勢制御が出来なくなり、引きずるようにして、地面に転がる。
『一先ずこれで敵さんも撤退だろ』
「そうね。想定外でしょうし、これで追って来たら相当なアホよ」
ジャンとエリスの言う通り、転がった機体を回収し蜘蛛の子を散らすようにして撤退を始める。艦もトップスピードに入っているし、追ってきても消耗戦になるだけ。




