悠斗が喧嘩を売った相手
町に戻れば、ミッションコンプリートといった所だろうが、懸念がジャンにはある。
「ここまでしてもらわなくても」
先ほど逃げ帰った相手の事だ。杞憂ならばいいが、もしもを考えると車の送迎くらいなんでもない。この車に同伴しているのは気分転換も兼ねて叶が同席している。
「お前さん達はここ数日夜中を歩いて無かったのか、それとも運が良かっただけなのかは分からないが、夜は危ないのが東京だぜ? 特に、エリスの嬢ちゃんみたいなのがうろついて良い町じゃ無くなるのは明白だ。ほれ、見てみろ」
親指の差す方へと視線を移すと、客寄せをしている女性やら瓶にストローを挿して、何やら吸っている人達。この光景が普通に見えることは無い。
「安全な所に居たぼんぼんなもんで」
「だろうとは思ったよ。嬢ちゃんの方は、警戒してるみたいだが」
「ユウトは世間知らず過ぎなのよ」
「ま、叶や茉莉、シエルも最初はそんなもんだったからな」
「そんな昔の話を持ち出さないでください」
叶が少し恥ずかしそうに、声を上げる。誰しも最初というのはあるもので、それを学ぶ為にジャンがお嬢様達を預かっていると考えれば世間勉強は着実に進んでる。
一歩先は何が起こるか分からない路地。何をしているのか、何があるのか。悠斗も想像はしていたが、ジャンの言葉から直接話されるとその現実味は増してくる。
「と……お客様のようですが」
車を交通を妨げるようにして、三人のチンピラ達が道を塞いでいる。轢く訳にもいかないし、ブレーキを踏んでジャンが顔をだす。
「おい、そんな所にいられちゃ邪魔なんだがな」
そう言葉にしたジャンの額から、汗が流れ落ちる。理由は簡単だ。頭部に拳銃を突き付けれて、銃のハンマーを下ろされたからだ。
「物騒なもん人様に当てて、一体なんだってんだよ」
「プサン様の命令でな。こっちも悪気があってやってるわけじゃない」
「そんなもんを押し付けておいて良く言うぜ」
「とりあえず車から降りろ」
言われるがままに、車を降りる。降りざるを得ないといった方が正しい。否定すれば、ジャンの頭には風穴があいていただろうし、現在もマウントを取っているのは悠斗達の前に居るチンピラだ。
「これで全員か。内二人はいい女だな。まだケツは青いだろうが、これからも期待が出来る。それに、これくらいがいいって奴も腐るほど居る」
舐めまわすような視線に、苛立ちを覚えるエリスが冷たい言葉を浴びせる。
「褒めてくれるのは嬉しいけれど、貴方達みたいなのを相手にするつもりは無いわ」
「つれないねぇ。強気の女ってのも嫌いじゃない」
「何が目的だ? 金を払って消えてくれるなら、それに越したことはないんだがな」
ジャンの考えでも、争いが無いには越したことはない。何よりも、お荷物を抱えてる状態だ。変に行動がとれないのである。加えて、ジャンの頭には銃が突き付けられたままだ。
「金も欲しいが、女も欲しい。プサン様の命令は、相手の機体の情報を入手しろって話でよ。オンリーワンの機体みたいじゃねえか」
「情報はくれてやる」
「いや、金も女も欲しいんだよなぁ。置いて行ってくれねぇか?」
想像通りの返事で表情がゆがむ。
「エリス様同様、貴方達の様な人を相手にするつもりはありません」
「何このメイドさん、凄くいいんだけど。俺こっちぃ」
飄々とした声と共に、悠斗達を囲むようにしてチンピラが更に二人、夜の闇から姿を現す。
それを確認して、ジャンに銃を突き付けているチンピラが勝ち誇ったかのように口にする。
「出来れば、殺しとかしたくないわけよ。どう? 全部と命の交換。大切な自分の命と比べれば安い物だろう。スラムを牛耳ってるプサンさんに目を付けられたのが運の尽きだな」
アリーナーの運営を黙らせるのに、大金を積む。その代わりに、多少の我儘が通るようになるという仕組みだ。
悠斗達がもし、ジャンに整備を頼まなかった場合戦闘中の不幸もありえたが、今となってはそれもない。試合が始まれば見た目のルール上は公平に行われる。
それは大金がうごくからこそだ。八百長などしようものなら、罰せられる。
「ジャン、初耳。もしかして、嗾けてきた奴らの親玉って」
プサンという名は悠斗の対戦相手。変な奴が対戦相手だとは一切聞いていない。
ジト目を向けるエリス。ジャンはジャンで良心からこの事を黙っていたが、今の状況は裏目に出ている。
「わりい。不安要素は出来る限り排除するべきだと思って、口にしなかった」
その言葉で関わりがある事を理解する。だが、外のでの出来後はまだプサンの耳に入ってない。今回は目を付けられていた所に色々と重なった形になる。
「それにしてもまさか、今日の今日でとは思わなかったですけど。こうなる事を見越してたんですか?」
「今となっちゃ後悔でいっぱいだよ。こうも、血の気がある奴らだとは思わなかった。よほど、悔しかったんだろうな」
「余裕がある会話しやがって!」
苛立ちを露わにする。完全に有利に立っているはずなのに、この態度を取られれば完全に舐めていると思うだろう。引き金を引けば相手の命を奪う権限を持っているのだから。
「俺達がいきなり消えたり、死体が転がってたら困るのはあんたらだからな。そこの三人は商品だ。大金も積まれてるし、保険はあらゆる所にかけてある。それはこの国にもだ。アンタのボスは、それを捻じ伏せられるのか?」
「ウチのボスに限ってそんなヘマするかよ。ハッタリかますな!」
更に吠えるが、一度生まれた疑問は消せない。大きな失敗に繋がれば、自分の命が危ないのだ。それだけこの時代のチンピラ達の命は安い。
「なら、その引き金、引いてみるか?」
「お望みとあれば、殺し――」
引き金を引くよりも早く。相手の手を掴み、ジャンは一本背負いを行うと銃声が空へと響く。撃ちだされた弾は空の彼方だ。
「る?」
自分が投げ飛ばされている事を認識できずに、地面に這いつくばってる。それを見逃すジャン達ではない。
「チンピラってのは、どうも言葉が多いな。叶!」
「はい」
ジャンの声で、スカートの中から四丁のハンドガンが出てくる。それを手早く、ジャン、エリス、悠斗に投げると、悠斗のみ、いきなり渡された銃をわたわたと掴む。
「悠斗様。乙女のスカートは秘密がいっぱいでございます」
と、人差し指を唇に持って行く叶。それと同時に発砲音が木霊し始める。
「ふざけやがってぇ!! 女は殺すな。じっくり嬲り者にしてやる」
「ここまで来ると、十八番すぎるな」
マズルフラッシュが夜の町にいくつも瞬く。
銃の向けられている先はジャンと悠斗だ。銃弾の雨を浴びせられるが、そのことごとくが当たらずに、弾だけを消費している。
「ふざけんなよ、いきなり撃ってくれちゃって」
背を向けて飛んで来る弾を避けるのに地面を転がり、車盾にする悠斗。その数発は当たったのではないかと錯覚するほどだ。そう、不自然なくらいに。
ジャンも撃ち返してはいるが、狙いの定まっていない弾など警戒するに値しない。それでいて目標に弾が 当たらないのだから、苛立ちは溜まる。
「下手くそ! 何処狙ってやがる。貸せ!」
手下の持つアサルトライフルを奪い取ると、ジャンに向け再度射撃。当たらずにいるが背を向けているのだから、いつ当たってもおかしくない。
「ぐっあっ……」
突然くぐもった声が漏れる。
「ごめんなさい。手が滑ったわ」
謝罪の気持ちなど、これっぽっちも込められていない謝罪である。
この場に居るチンピラのリーダー各の奴をエリスが撃ち抜いた場所は、頭や胸などではなく、股間。
ズボンを湿らしているが、それは尿ではなく、血だ。のたうち回り、悲鳴を上げる仲間の姿をみて、チンピラの一人が怒りに任せてエリスに銃口を向けた瞬間に、チンピラの心臓を撃ち抜き、頭の額に弾を当てる。
「俺が、こんな所で、終わって、いいはず……」
薄れゆく意識の中でトリガーを引き、破れかぶれの弾を出すが、エリスの周辺に飛び散るだけで、そんな射撃が当たるはずもない。
「うぉ。おっかねぇ。股間ぶち抜きやがった」
「ちょっと、鳥肌が……」
それはもう、想像もしたくない激痛を想像してしまったのは男の性というものだろう
「なによ、ぶち抜こうとしていたんだから、ぶち抜かれる覚悟だってあったはずよね?」
「それもう、繋がってないよ? しかも再起不能……」
「エリス様に同意です。強姦しようしていたのですから、失う覚悟がなくてはいけません。ですが、私は慈悲深いです」
叶の撃った弾は頭に。更に、ジャンの撃った弾は体に数発当たり、地面に倒れる。
もう一人逃げていくチンピラに悠斗が背から一撃。足に当てると、足を引きずりながらも逃げようとするが、ジャンが襟首をつかんで、股間をぶち抜かれたチンピラの所へ引きずられる。
因みに、股間をぶち抜かれた彼は痛みで気を失っている状態だ。
「オマエ達に聞きたい事がある。俺達を襲った本当の理由はなんだ?」
形勢逆転。今度はジャンがチンピラの一人に銃を突きつける。
「し、しらない。脅して来いとかしか言われてないんだ。ホントだ! がっ……」
悠斗に撃たれていないもう一つの足を撃つ。なんやかんやといっても、抵抗ない人が撃たれるのを見るのを悠斗は避けて、目をそらしている。覚悟があったとしても、やはりいいものではないのは確かなのだ。
「本当だな?」
「あぁ、だから、もう」
「そうだな。ご苦労さん」
胸ポケットにしまわれてある銃で、お腹のあたりに撃つと、そのまま倒れ込むチンピラ。
口元を手で押さえる悠斗を見ると、ジャンはこう問う。
「悠斗、人を撃ったのは初めてか?」
「はい。気を強く持ってたつもりだったんですけど、以外にきつい物がありますね」
昼の事もあった。けれど、覚悟はいくらしてもし足りない。それを再認識するだけ。
「三人は殺しちまったが、二人は生きてる。俺が最後に撃ったのは小型の麻酔銃だ」
撃ったが殺していない。ジャンなりの気配りである。それに、いくらか、悠斗の表情も晴れている。
「いい顔になったんじゃない? ユウト」
軽口を叩いてるエリスだが、銃を握っている手が震えない様に、何度も強く握りっているのを悠斗は目撃する。言うべきかどうかは悩んだが、直ぐに考えるのを止めて、思った事を口にする。お相子だと。
「エリスも、気を張らない方がいいんじゃない?」
「初めてだったんだから、仕方ないでしょ。次は絶対にこんな情けない姿は見せない」
悠斗にとっては小さな意地でも、エリスにとっては違うと悠斗も察して、これ以上ヘタな言葉は使わない。
「いい所の坊ちゃんお嬢ちゃんは、俺からか見れば変わらねぇよ。帰ってさっさと寝ちまえ」
送り届けられた二人は、言葉も無いまま即座にベッドへ入る。シャワーを浴びる気力も無い。けれど、目を瞑っても眠れずに悠斗が言葉にする。
「エリス? 起きてる?」
眠れないのは彼女もまた同じと言う事だろう。気だるそうな言葉が悠斗に戻ってくる。
一日でいろんなことがありすぎたのだ。疲れているにも関わらず何故か頭が睡眠を許してくれない。
「なによ?」
「あのさ、眠れないから会話でもしない?」
幾何かの沈黙。妙な興奮が抜けないのは悠斗にしても、エリスにしても、同じだ。
「いいわ。少しだけ付き合ってあげる」
お互いの顔を見ないでの会話。一度会話が止まれば、聞こえてくるのは息を吸う音だけ。
「現実的じゃない世界に、殺し合い。さっきの撃ち合いだって、ヘタすれば死んでた」
「そう、ね……」
「あれだけの弾を撃たれて、無傷でいたなんて奇跡に等しいよ」
明確な悪意と殺意を持たれての発砲。それがどれほどまでの恐怖なのかを理解したからこそ、銃声が恐ろしく感じる。それはオカシイ事ではない。
「そう、私達は奇跡的に生き延びられた。ジャンが居た事によってね」
「それって、ジャンを疑ってる?」
全てが偶然なのだとしても、一二三岬とジャンは他所者のよしみとしてジャンと繋がりがあった。商人なのだから、色んな人間と交流が合っても何もおかしな所は無い。
ジャンを良く知らないのは、悠斗達だけと言う事もあるのだ。
「余程の善人じゃない限り、付き合いの浅い人間を信じるなんて出来ないと思うけれど?」
正直者はバカを見ると言う事だ。ただ、この状態にあって一人エリスに該当しない人物が一人ここに居る。
「俺はどうなるんだよ」
「正直者だから心配ないわ。それで、ユウトはジャンを信じるの?」
この世には、人を騙せる人間と騙せない人間が居る。悠斗は騙せない側。
「疑ってかかれって言われた様なものなのに、信じてるとは言えないでしょ」
おかしそうに笑うエリス。やはり正直者なのだと。そのエリスの態度にむくれるしかないのが悠斗だ。
「顔を見なくても分かるわ。むくれてる。それに、悠斗はジャンを信頼に置いちゃっていたと言う事もね」
「でもなぁ、疑う要素は無いと思うんだよ。機体だってジャンの所に置いてきたし、エリスだって一定の信頼はしてるんだよね?」
「勿論ね。私達とジャンはビジネスパートナー。お互いに利用しあう関係であれば、問題ないとは思っているわね。だからこそ、あまり弱みは見せたくないのよ」
「今更だとも思うけど。坊ちゃんに嬢ちゃんなんでしょ、俺達」
「悔しい事にね。けれど、私達の戦闘能力高さはジャンも十分に分かったと思うわ。ハエレティクス戦においてのお話だけれど」
実際に目で見たであろう、エリスの射撃能力。何処にでもいると切って捨てるには惜しいはず。それに、実力を認めている悠斗も期待値は大きいと考える事が出来る。
「それがジャンにとっての俺達の存在価値って事?」
「そうよ。艦に居た子達だって仕事はしっかりしていた。お金で何処まで請け負う商人かは知らないけれど、私達は、ジャン達に取ってお客であり続ける必要があるのかもしれないわ。アフターサービス良すぎる」
「エリスの懸念はそこなんだ。けど、確かに、アフターサービスが良すぎだよね。もしかしたらが、当たったわけだし」
「何もかも、ジャンの手の上。そんな気がするだけよ」
「疑うと全部が疑わしくなるってやつだね。けど、俺達をハメるならとっくのとうに、俺達はジャンに身ぐるみ剥がされていると思うけど。一二三さん達の一件や、さっきのチンピラ達だって、俺達から信用を得たいと思ってなきゃしないと思うんだ」
「ユウトって変な所で人を良く見ているのよね。私とは違う方向で」
善意を感じ取るのが上手いのが悠斗だとするならば、エリスは悪意を感じるのが上手い側になる。生き方によって受け取り方が変わってくるのだ。
人である以上、全てが善意でもないし悪でもない。それを別けるのは人の感性。
「俺に足りない事があるなら、それをエリスが押さえてくれる。俺は、ジャン達を信じるから、エリスはそのままでいいのかも」
「嫌な役ね」
とは言いつつも、自分の性分を理解してしまっている。エリスがどうごねても疑ったりなどの、考えすぎは止められないだろう。
「それに、変なお守りだって貰ったし。あれに、どんなご利益があるんだか」
「一応、危ないものじゃなさそうだし、私も付けていたけど」
ジャンにもらった石を手に取り、月明かりに照らす。見た目はよくある、パワーストーンの首飾りでしかない。
「ちょっと、喉乾いた。冷蔵庫行くけど、水いる?」
「ええ、もらう、わ……」
エリスの歯切れの悪言葉。さっきまでしっかりとした言葉で返事をしていたのだから、いきなり寝落ちたとは考えられないと、悠斗が咄嗟に振り向く。
エリスは無事で、手に持っていた石を眺めているだけだが、それだけではない。
「光ってる」
「ええ、光ってるわ。不思議な光……」
「おしゃれな機能ってわけじゃないだろうし」
何を思ってその石を手に取ったのか、をエリスは考え一つの答えに辿り着くが、根拠がない。
「ねぇユウト、試したい事があるの。寝るのはその後でいいかしら」
「いいよ。どうせ眠れなかったんだし」




