黒の機体
単騎で突っ込んで来る機体など相手からしてみればイレギュラーでしかないだろう。加えて周りは味方だらけ。撃つ所を間違えれば、味方のシールドの耐久値を悪戯に減らしてしまう恐れすらある。
『一人で先行しすぎよ。味方の隊列に居ないってだけで、いつもよりも危険だって事を忘れてないでしょうね』
「みっちり勉強させられたので、覚えております」
『鬼教官だったものね』
おかしそうに笑うシエル声がブロイエリッターに届く。悠斗が思わず敬語になるほどには、スパルタだったのだ。
『出だしは上々だ。後は俺が決着をつけに行く』
「たった一人で大丈夫ですか?」
『そんな事気にすんな。それより、俺が新東京に行くための陽動、頼んだぜ』
『ちゃっちゃと片付けて戻って来なさい、ジャン』
『あぁ。娘達の成長もみないといけないしな』
急速に近づく機体がレーダーに映る。危惧していた存在であり、戦わなければならない相手。
『ユウト! 下がりなさい。敵陣のど真ん中で、やり合えるような相手じゃないわ』
「直ぐに戻る」
『見つけたぞ、蒼い機体! 今度こそ、俺と戦え!』
以前見た時と違い、改修が行われた機体だ。黒い刀を持って、ブロイエリッターに斬りかかる。
◆
「お父様。黒い機体も出てきました。単機ですり抜けるくらいの穴は見つけられると思います。恐らく使うのはルートy」
「分かった。最悪の場合は、分かっているな?」
何事にも絶対はない。負け戦になった時の対処は考えられている。
「そうならない様に、願いたいですね」
「俺も、そう願いたいね。んじゃ、ちょっくら、行ってくる。母さん達や、まだ裏の世界に居る娘にも言っておいてくれや。わりいな」
どういうような顔をしていいのか分からず、結局したジャンの表情は苦笑いだ。
「出来る娘は仕事が多くて大変です」
「なに、戻ったら暫くは平和だ。息抜きも存分に出来るだろうよ」
背を向けて、手をあげるジャン。
「ホント、後始末を娘に押し付けるのは、どうかと思いますよ……」
その言葉はもう部屋から出て行ってしまったジャンには届かない。この作戦も分の悪い賭けではないのを理解していても、一人で敵地に向かうというのはやはり自殺行為だ。
「各員に告げます。こちらアガートラム級一番艦のアガートラム。ルートyを候補として、アーラを新東京に向けて射出します。タイミングは、こちらで指示、射出の瞬間に艦隊砲撃を開始、戦場を煙で覆ってください」
大きなドンパチが起こればそれに目が行く。近くの機体をサーチしている余裕は無いはず。
ましてや、悠斗は最前線で、黒い機体と斬り合いっている。戦場の関心は、光瞬く中にあるはずなのだ。
◆
黒い機体と切り結ぶブロイエリッター。今回最大の敵だと悠斗もエリスも認識している。
「出たな」
『なんだ、つれないじゃねか。それとも、サシで戦った方が良かったか?』
「どっちも御免だ。お前は何が目的なんだよ」
『あ? んなもんどうだっていいじゃねぇか。殺す奴がいて、殺される奴がいる。ただそれだけだ』
悠斗もある程度は予想していた返事なので、顔を歪ませることはあっても、それにたいして、正論を言葉にしようとは思わない。悠斗の中では、戦闘快楽者のような存在である。
「ジャンの機体が飛び出した」
「全力で止めるよ」
「おい、相手してやる」
『言われるまでも無い。そのつもりだ!』
敵味方の弾が飛び交う戦場での斬り合い。そんな中で斬り合って撃たれないのは、両陣営ともフレンドリーファイアーを恐れるからだ。だが、少しでも隙が出来れば違う。
「大分あっちの方は信頼が厚いな。変に操作をあやまれば、シールドの耐久値を一気に持っていかれそうだ」
「その辺は同意かも、ちょっとビビりすぎてる。援護射撃が欲しい所で来ないしね」
『なんだ、この前の狙撃手はどうした?』
「後方で援護射撃してるよ、アンタを狙ってな」
悠斗を狙うようにしてエリスからの援護射撃が飛んで来る。飛来するのは、エネルギーライフルの銃弾だ。
反転して、避ける様に距離を取ると、左のライフルを黒い機体に向かって撃つ。
「なんつー反応速度」
『やってくるれるじゃねぇか。なぁ、お前、何処まで出せるんだ? 出来るんだろ?』
黒い機体に、風が纏う。茉莉がブロイエリッターに出来る事と同じものだ。
「刻印術を使えるのか」
『小出しにするのが一番嫌いなんだ。お前もやれよ』
小窓に映る茉莉顔を見て、首を縦に振る。と、ブロイエリッターが風を纏う。最大スピードに制御を得られるとっておきの状態だ。
何かの合図があったわけではない。ただその瞬間が過ぎた時にお互いがバーニアを吹かす。
前回とは違い、ガンソードはエネルギーを纏って、エネルギーブレードになっている。
ジェノヴァ鉱石を使って作った刀だとしても、そこから、生まれるエネルギーの差は埋めようがないはずだ。
一撃目がぶつかり、二撃が切り結ばれる。斬れないはずがない。幾度なくぶつかり合っても。
「あの刀、おかしい。なんで何度もぶつかり合えるんだ」
「どっちもしてるんだ。纏うだけじゃなくて、刃に変えてる。刻印術で作り上げた風の刃」
機体の性能差だけを頼りに、切り結びから、相手のシールドに斬りかかる。が、薄皮一枚ほどを斬った程度では、決定打にならない。
『どうした? 勝ち急いじまってよ』
焦りから生じた行動なのは、悠斗自身も理解している。
だが、たった一度でそれを弱みとして取られるとは思っていなかったのだ。
エネルギーブレードで居られる時間が、ブロイエリッターの寿命と言う事になる。
敵を倒せないまま、エネルギーが切れでもしたら、そのまま一方的に倒されるだけだ。
「どうしたもこうしたも、アンタだけを相手にしてられるわけじゃないからな」
『はん。その剣、もう持たねぇんだんろ?』
飛び回り、切り結ぶたびに、出力が落ちているのは、悠斗にも実感している。
そうこうしているうちに、エネルギー切れになるかもしれないが、追って来る以上、エネルギーブレードを使うしかない。
「まだ持つかもしれないし、持たないかもしれない。」
『嘘だな。左のライフルを多用しはじめてる辺り、底が知れてる』
焦りを見せた側が負ける。ブラフ、ハッタリ、意地。どれが欠けても戦闘では負けるのだ。
『ユウト、下がりなさい! アンタの武器、底が尽きかけてるんでしょ?』
「そう。そうなんだけど、悪い。防戦一方なんだわ。多分、後一分あればいい方じゃない」
『バカ、そんなになるまで、なんで最戦前で戦ってるのよ』
「背を向けられなかった! 互角の戦いをしてる奴に背を向けらない」
そうこうしているうちに、ガンブレードのエネルギーのタイムリミットは近づいてくる。
『悠斗様、貴方が落とされたときの方が被害が大きいです。全力で援護をするので、直ぐにでも撤退を』
レーダーには、多数のミサイルが表示されている。
『ともかく、援護射撃をするから、戻って来なさい! シエル。とっておきのアレ、使うわよ。残弾を気にしている余裕はないわ。足止め!』
レッドバレッドからの援護射撃。レッドバレットを冠する紅い弾丸。
それを黒い機体に向かって、射撃する。ブロイエリッターとは互角の戦いをするのだ。避けられる必要な労力を使っている以上、避けれるはずがない。
そのはずだが、紅い弾丸を黒い刀で切り裂く。黒い機体のパイロットも、悠斗同様の離れ業を使う事はエリスも承知の上。だからこそ、シエルとっておきの刻印術がこもっている炸裂弾である。
斬りつけた紅い弾丸はその場で大きな爆風を広げる。刻印術で強化された爆風は、ただの爆風ではない。荒れ狂う火の渦だ。
『舐めたマネしてくれやがってぇ!』
爆風が効いたのは、確かなのだろう。ブロイエリッターからの距離が大分開いている。
「マジ切れかよ」
これ幸いと、ライフルで、射撃を行う。例え少しでも、相手のシールドの耐久値が減ればそれで悠斗からしてみればプラスである。
加えて、エリスからの援護射撃だ。
『単発撃ちとはいえ、こうも避けられると』
黒の機体は、既に、悠斗達の陣営内だ。浴びせられている弾の数も増えている。
纏っている風は、ジェノヴァシールドの代わりであり、機体を自由に動かすためのもである。一人で全てをこなしている黒い機体のパイロットの精神は、人のそれではない。
『待て! 蒼い機体! 逃げるのか』
「見て分からないのか、逃げてるんだよ」
最新の注意を払って背を向けている。だが、敵がロックをしない事、ロックオンアラームが鳴らなかった事で、悠斗は一つのミスをしていた。
黒の機体から投げ出されたのは投擲用のナイフだ。それにも風の刀同様の物だ。
「悠斗、避けて!」
シールドの耐久値は大きく減っていく。このまま十発も当たれば、ジェノヴァシールドは消えるだろう。
「悠斗、ボクの風は、ジェノヴァシールドとの複合型。無くなれば、風を纏ったとしても、凄く弱くなっちゃう」
「このまま、機動力を奪われるよりマシか」
振り返り、迎撃を選択する悠斗。数回打ち合えば、エネルギーは切れる。
『バカ! 何止まってるのよ』
「斬り合いながら後ろに下がる。機動力を奪われたらそのまま輪切りだ」
剣もシールドも限界なのはレッドバレッドからも見て取れる。それでも、
一度、二度、三度。確実に下がってはいるが、悠斗の戻るべき艦は遠い。
五度目にエネルギーが切れて、六度目にはガンソードの刃の半身を失う。
それでも、まブロイエリッターが落とされていないのは、レッドバレッドの必死な援護射撃があるからこそだ。
『もうお終いだな』
「饒舌じゃないかよ」
黒い刀を左手で受け止める。これを受け止めていられるのは、シールドが展開されている間だけだ。それを見た茉莉は、すぐさま左腕を個別のユニット化、シールドの耐久値を最大限回して、時間を稼ぐ。
受け止めた左腕は斬り飛ばさるが、それこそが狙いだ。ガンブレードの大型徹甲弾をコックピットにゼロ距離で六発全て当て、蹴り飛ばす。
「どうよ!」
今までの機体ならば、これで壊れていただろうがその様子が見られない。
「シールドの容量おかしくないか、アレ!」
「システムが逆なんだ。純粋な本人の力。人の精神力には限界があるはずなのに! 本人にかかる負担が酷いから、今のシステムになったって」
大きな損傷は見つからないが、その隙はレッドバレッドにとっても、大きなものだ。炸裂弾を二発。あえて直撃は狙わず、黒い機体の周辺で爆風を撒き散らす。
爆風の中に黒い機体は居る。止めを刺すなら今しかないのだが、それを可能にする武器は無い。
『舐めやがって、舐めやがってぇ!』
刀を構えて突進を仕掛けてくる敵の攻撃を避ける術は無い。生きている剣の半身を更にぶつけて、少しでも生きながらえる方法を取るしかブロイエリッターの選択肢は無い。
「それはこっちのセリフだ!」
悠斗の声にこたえるようにして、肩に掘られている刻印淡い光を放つと、ガンブレードから、風の剣が生まれる。
フル加速のぶつかり合い。黒い刀とガンブレードが切り結ぶ。
『その剣……』
エネルギーの切れた剣が再び力を纏ったのだ。風の力を手にして。
「いいだろ。今、買ってもらったんだ」
やっと同等の武器を手にしたとしても、シールドが切れればそこで終わるのは変わりない。帰還できるほどシールドは持ってはくれないし、逃げ切る事も出来ない。
『同じオモチャを手にしたところでなぁ!』
悠斗は目の前の対処に追われている。これは、悠斗に入れた通信ではなく、茉莉に聞こえるようにレッドバレッドから通信が届く。
『茉莉。あとどれくらい持ちそうなの?』
シエルからの連絡である。
「シールドは後、もって二分」
淡々と話す茉莉。悠斗の全力に付いて行けるように茉莉も必死に、機体を悠斗の期待以上に制御して見せている。
そして、茉莉の答えた時間。これはあくまでもシールドの耐久値を考慮した数字だ。
『無茶をするなら、四分はいけるわね?』
その無茶とは、敵がしているのと同様のシステムに頼らない高負荷の展開だ。
「でも、それが限界」
『それでいいわ。エリス』
『分かってるわよ』
茉莉にしか聞こえないようにしていたのだが、息を吸い込み、ブロイエリッターの全体に聞こえるようにして通信を入れる。
『ユウト! 当たったらタダじゃおかないんだからね!』
そう言葉にして、狙撃を始める。しかも、フレンドリーファイアーを気にしない射撃。
これは悠斗が避ける事を前提にした射撃。無理でも無茶でもそれ以外に手が出せないとエリスも判断しての行動だ。
「悠斗、残り二〇〇秒。それまでに倒すよ」
「あぁ」
スラスターなどではあり得ない軌道。それらを繰り返して、繰り広げられる剣戟。
あの間に割って入れる存在はそうはいない。
フレンドリーファイアーを恐れない狙撃でやりにくくなったのは、悠斗も敵も同じだと考えるだろうが、違う。
気にしない狙撃を行うという事は、思わぬ所から飛んで来るという事だ。
そして、機体にボロが出ているのはブロイエリッターだけじゃない。人も、機体も、限界は必ずやってくる。
「何度目の鍔迫り合いかね?」
『そんなもん覚えてられるか!』
「それには同意だ。そんでもって、何事にも限界値ってのがある。それが今だと思うんだよね。粘り勝ちだ」
黒い刀にひびが入り、風の剣を纏ったガンブレードが黒い刀の刀身をへし折ると、コックピットごと斬り黒い機体を半分にする。爆発こそしなかったが、あの状態で動けるとは到底考えられない。
「勝った……」
言葉にしたものの、実感は無い。今にでも起き上って、攻撃してくるのではないかと思ってしまうほどに。
「色々と驚きだよ。それに、風の剣も。と、ともかく一端帰艦を」
通信を入れると、叶から返事が戻ってくる。それは安堵した声だ。
「良かった。増援を送ります、帰艦を」




