決意と開戦
返ってくるのは、悠斗の家である。エリスにシエル。茉莉もこの家に帰ってくる事になる。
それぞれが椅子に座り、テレビをつける。それこそが、文明社会を生きていた人の生き方でもあるだろう。
そして、ただよって来る匂いがある。この家で誰かが、ご飯を作っているという事なのだろうが、いったい誰なのか。
「あ、御帰りになられましたか」
姿を現したのは、メイド服に身を包んでいる叶だ。手にはフライ返し、明らかに料理中である。
「叶姉が居て、この匂いって事は、ハンバーグ。あのね、悠斗、叶姉のご飯もの凄く美味しいんだよ」
だろうなぁ。なんて、思考停止した言葉だけが浮かぶ悠斗。それほどまでに肉の匂いがお腹を刺激する。
「悠斗ってば、さっき喫茶店で、食べ物お腹に入れていたわよね?」
驚いた表情しているのは、シエルである。それなりの量がある物を胃の中に入れてまだ食べれるのかと。
それを行ってしまえば、甘い物を食べていた女子たちにも同じ事が言える。
「あれ、おやつでしょ? 皆が甘い物食べてたのと一緒一緒」
そう言われてしまえばそうなのだろうが、何処か納得がいかない様子。
「そう言われちゃうと、納得するしかのだけれど」
そんな二人の会話を聞いていたエリスがおかしそうに言葉にする。
「そう聞くと、流石男の子よね」
「叶姉、火、見て無くてもいいの?」
今、茉莉の頭にあるのはハンバーグの焼き加減である。
「今、蓋をしたところですから、もう少しですよ。大人しく座っててください」
美味しいご飯に他愛のない話。これ以上になほどに日常に戻されたのだ。気が抜けて来るのも、当然と言える。
「ふぅ、食べた食べた。美味しかったです。叶さん」
「かしこまらなくても、私と悠斗さんは同い年ですよ」
見た目はそうでも、こうして話してみれば、悠斗と比べて、随分と大人びて感じるものだ。
「それで、悠斗さん。日常に戻ってしまった感覚はどうですか?」
その言葉に不意を突かれたのは悠斗だけじゃないエリスも同様に、たった一日で幸福を甘受してしまった。その状態ではたして戦えるのか。
「幸福とは、甘い甘い毒。一度甘受してしまえば、抜け出すのは難しくなり戦えなくなります」
目覚めてからは、苦しい場所に放り投げられ、足掻いて今日まで生きて来たと二人は自負している。
それは、叶も茉莉にシエルもそう思っているだろう。
「姉さん。それはまだ、頃合いを見計らって」
「いえ、今日でなくてはダメです。シエル。この先に待っているのは地獄と呼んで差し支えない場所。殺し殺され、人が人ではなくなってしまう場所に身を投じようというのです。覚悟が無ければ、いくら強くても、苦しさに耐え切れず、やがて、心は壊れてしまいます」
自分が思っている以上に人は脆い。特に、人生経験の浅い若い人ほど飲み込めずに壊れてしまうのだ。
「叶姉なら、このタイミングかなって思ってた。でも、ちょっと今日が楽しすぎたのかな。シエル、ごめん。叶姉にボクは乗るよ」
諦めたようにして、ため息をつくシエル。当初、二人が考えていた予定とは大分違うが、通らなければいけない道なのだと考え直して、気を引き締め直す。
「まったくもう。当初はちょっとづつ、だったのに。いいわ、私も、姉さんの案に乗ってあげる」
「すみません。二人とも」
悠斗、エリスと座り、対面には叶、茉莉、シエルが居る。
「順応を少しづつしてもらう予定だというのは、二人から聞いていました。けれど、今日、私達は絶対に、お二人に戦場に出てきて貰わなければならない事態に遭遇しました」
当初の予定と違う事をしてでも、斬り込まなくてはいけない事とはいったいなんなのか。
そう、それぞれが想像したところで、叶が言葉を続ける。
「本日、敵の調査機から、刻印術を扱う者が出てきました。敵がお父様のオリジナルの時点で予想はされていましたが、辺りのデーターを取っている事を踏まえて、戦場にする場所を探しているのかと思われます」
威力偵察に、斥候。既に水面下の戦争は始まっている。
「もう、戦争は始まっているのね」
「はい、エリス様。兵と機体の数では互角でも、資材の差があります。私達は新東京ほど、長く戦えないのです。出来れば、短期決戦での勝利を収めたいのです。何よりも、ここは戦いを知らなさすぎます」
事の緊迫さは叶の言葉からも十分すぎるほどに伝わっている。
「えっと、俺も、多分エリスも最初から答えは決まってるよ。戦うって。確かに今日は優しい世界に居すぎて、日和りそうだったけど、一二三さんとここで再度出会って最後の一押しが決まったんだ」
悠斗も一つの答えに辿りついたのだ。自分の足りない欠片をやっと見つけた。きっと、一二三岬に合っていなければ、違う答えを出していただろう。
「足りない物が埋まった。どうなるのか分からないから戦うだと思う。怖いから戦うんだよ。学校に行くのも、仕事をするのも社会の仕組みと言ってしまえば簡単だけど、世の中は怖いから、それを教えてくれる場所だったんだ。戦う術を身に付けるための準備が出来た年齢が大人だって、今なら考えられる」
「そうね。でも、今回の準備は終えたら賭ける物が違うわ。それは簡単に割り切れる事じゃない」
悠斗の辿り着いた答えが正しいとも言えないが、答えの一つだろう。程度の差ではあるが、かけているモノが違うのだ。
「命をbetにしているから、かしらね」
エリスに続いて言葉にしたのはシエルだ。そして、その部分が何よりも大切な所でもある。
「何よりも重いものだね」
その何よりも重いはずのものが他者の思惑一つで簡単に無くなるのが戦争だ。それをバカバカしいと考えてくれる権力者だけではない。
人の命など関係の無い人から見れば何処まで行っても他人事。駒でしかないと考えている者も存在するのもまた事実だ。
「こんな場所に連れて来て、何をするのかと思ったけれど、ジャンの思惑も分かった気がするわ。戦う意味。悩めって事ね」
「大人って結構遠回りに言葉にするよね。分からないっての」
大人になればなるほど、人は建前を使う。それが過ぎれば、他者に自分の気持ちなど伝わるはずもないのだが、言葉をストレートに使えない。
「なんか、ボク達の考えすぎだったって事になるのかな?」
意を決して言葉にしてみれば、簡単なほどあっさりと意思を示されてしまっている。
「思っていた以上にお二人は強くなっていたのですね」
「何処まで、強くなったかは分からないけど、初めて、新東京に来た時よりは随分と強いつもりだよ」
「ほんと、新東京に辿り着いたときはゲーゲー吐いては人とは思えない発言ね、ユウト」
掘り返されたくない、昔話と呼ぶには最近過ぎる出来事。これに負けじと、悠斗もエリスの言われたくないだろう過去を掘り出す。
「エリスだって、あの施設を壊すとき、手、震えてたじゃんか」
「なによぉ、ユウトなんてクサイ言葉まで使ったくせに」
「それは、エリスが押せなかったからだろ」
顔を真っ赤にしながら、言いあう二人。けして、新東京での出来事は無駄ではなかったのだと。
「さて、お二人の恥ずかしいお話も聞けたことですし、デザートと行きましょうか」
人数分に切り分けたケーキと、飲物を持って叶と茉莉がテーブルへと戻ってくる。
「今日からこの家にお世話になる事になっています。よろしくお願いします。悠斗様」
ふわりと笑みを見せる叶。この家はあくまでも、悠斗の為に作られた場所であって、他の人にもしっかりと場所は提供されている。とくに、叶、茉莉、シエルには帰る家がしっかりと存在するのだ。
「き、聞いてないよ!? 叶姉。じゃあ、ボクもここに住むよ。部屋はあるんだろうし」
「それ、面白そうね。何かが起きれば、なお、面白いわ」
ただ、面白そうな事に首をツッコもうとするシエル。
「なら、私もここでいいかも」
「五月蠅そうなのがダメそうなエリスまでここで住むんですか」
これ以上女子の人口密度を上げるわけにはいかない。悠斗の抵抗にもならない、抵抗をするが、そんな言い分がこの状態で通るわけがない。
「何よ、私は不満なわけ? 同じ部屋のホテルを取っていたけれど、私を一切意識しないのよね。それはそれで癪だったというか、なんというか」
「面白がる人とかもいるから、もうストップでお願いします!」
テーブルに頭を付けてお願いするしか、悠斗には手段が無い。
「良いオモチャ、ゲットぉ」
などと一番面白がっているのは、やはりシエルだ。
「さて、この辺にしないと悠斗様が引きこもってしまいそうなのでお終いですよ」
事の発端を作った張本人であると言う事を忘れてはいけない。それでも、この場を収めてくれたのは叶である。
「叶さん、ありがとうございます」
「叶と、そう御呼びください」
「叶」
「はい。悠斗様」
「こうやって頭が上がらないようにするところは、ママそっくり」
ボソリと茉莉が言葉にしたのを叶は見逃さない。
「茉莉、ケーキが余ってるのだけど、食べる?」
優しいなどとは思ってはいけない。叶の目が笑っていないのは、あきらかである。
「あっ、ボクは、もういいかな、うん。さぁ、皆で大富豪をしよう」
もう、躾けられ始めている悠斗。悠斗に茉莉とシエルで大富豪のトランプゲームを始めている。
キッチンで片づけに入ってる叶の隣に立って、エリスが話しかける。
「欲しい答えは貰えたかしら?」
「ええ、満足なくらいに。ありがとうございます。エリス様」
「貴女もハエレティクスに乗るんでしょ?」
「はい。候補の一人ではあります」
「なら、様づけは禁止よ」
まさかの言葉ではあったが、その言葉を喜んでいるのは叶自信だ。
「はい、エリス」
必死にもがく人の姿を醜いと感じる人がいるかもしれないが、それは過ちである。
必死にもがくからこそ、人は輝けるのだと。しがみついて、這いずって、人に笑われた数だけ、人は強くなる。それをしてこなかった人など、語る物など一つも無い空虚な存在だろう。
◆
数日をかけてこの世界を回り、遊びつくし、ついにその日になる。
ここは悠斗達が居る艦のブリッジだ。
『それでは最終ブリーフィングは以上です。各機検討を祈ります』
コックピット越しからのブリーフィングを終えて、一息つく悠斗。そうかと思えば、ジャンから通信が入る。
『この通信はブロイエリッターにレッドバレッドだけに繋がってる。知ってるだろうから、多くは言わねぇ。ただ、ありがとよって、言いたくてな』
『しおらしいジャンなんて、見たくないわよ。もっと胸を張りなさい。総大将なんでしょ』
「まぁ、そう言う事です。自分の意思でここに居るって事だけは確かなんで」
『お前等……オーケーオーケー。んじゃ、どでかい花火でも上げに行くか! 全砲門開け!』
お互いの艦隊は既に射撃範囲にある。ジャンの号令と共に、砲撃の開始、戦争の幕開けだ。
生きて戻って来れる保証は何処にもない。でも、戦わなければ、自分の居たあの世界が優しい世界が壊れる事になる。こっちに来て、ここでの生活も長いのだ。愛着も生まれる。
「悠斗。信じて全力で踏み込んで」
艦のハッチから全速力で既に展開しつつある味方機を追い抜いて、一機で駆けだす。
ハエレティクスの性能を完全に引き出すための存在。生体サポーター。
茉莉の言う通りに全力の踏み込みだ。悠斗は自分の機体の七割ほどしか、使っていない。使い切れないほどのものへと変わってしまうからだ。だが、今は違う。
「機体制御が前よりも出来てる」
機体が暴れるような感覚は無い。どころか、思う通りに機体は答えてくれる。
それは、茉莉との信頼無ければ出来ない。悠斗の手が届かない場所を茉莉が手を貸して、初めて、ブロイエリッターはそのパーフォーマンスを最大限に発揮する。
「でしょ? あの時は、無理やり押さえこんでたしね。さぁ、ボク達が一番槍だよ」
悠斗のするべき事は、戦場をかき回す事。陣形を組んで、統率のある隊列を崩す事にある。
ガンソードにエネルギーを纏わせて、エネルギーソードに変える。相手のジェノヴァシールドすら切り裂く剣だ。
「先ずは一機目」
機体が爆発するよりも早く、斬りつけた機体から離れて、次の獲物へと向かう。




