刻印術
目の前にある魔法。それに憧れの視線を向けるのは悠斗である。
「刻印術って、あの魔法っぽいやつでしたっけ?」
「そう、それだ。人によって得手不得手があるからどんなのが使えるのか不明。使ってみるまで分からない。刻印術っていうのには理由があって、タトゥーコードを体に刻む事で複雑な術式を省略できる。幾何学模様を簡易化したものだな」
タトゥーコードは本来重い犯罪を犯した犯罪者に刻むもの。罪は償われてもまたしてしまう可能性がある事を踏まえた安全策だ。
タトゥーの中にプログラムを刻み機械に読み込ませる事によってその人の情報を手に入れるというもの。差別だと問題視される事もあったが、それだけの重い犯罪をしたという事。
善良な一般市民を守る物として各方面を黙らせたという経緯がある。
「で、そのタトゥーをしなといけない訳は? これでも女の子よ? 場所によっては嫌よ」
この辺はエリスの育ちの良さが分かるだろう。日ノ本で育ったのならばともかく、外国でタトゥーを嫌がるのだから、根っこはお嬢様なのだ。
「エリス嬢の言う事も尤もだ。それに、無くても扱える人は扱える。理論的にはだがな。刻む場所は何処でもいい。ただ、刻印術は絶対にこれからの戦いに必要だ」
「そんな魔法みたいな事ものを使わないといけないほどの相手だったって事ですか?」
こくりと一度首を振るジャン。
「次に総力戦をするときは恐らく扱える機体があるはずだ。お前の言っていたパイロットも可能性は高いだろう」
「確かに、逃げれたのは茉莉達のおかげと言える部分も多かったですけど、そこまで必要とも思えません」
「例えば、茉莉の風がシールドの代わりになるとしたら? 悠斗にしても、エリス嬢にしても、それはプラスだ。一撃でも防げる盾が手に入る事が究極の局面に出会った時にどれだけの武器になるのか。火でもいい。銃を構えない突発に出る火は上手くいけば相手の銃火器をダメに出来る」
何もないはずの所から、突然何かの現象が起これば対処は必ず遅れる。下手をするとそれが一撃必殺になりかねない事を示している。
「笑えない冗談ですね。斬り合ってる最中に、知らない不意の攻撃をされるなんて」
「それを言うなら私もよ」
「そうならない為の訓練だ。刻印術は感覚としか言いようがないからな。先ずは、刻印石を手に持って貰おうか。疲れるまで」
それぞれが石を手に持つと、石から火が灯る。悠斗とエリスで違う点を上げれば火の大きさだろう。
「えっと、俺とエリスで大きさが違うみたいですけど」
「それはね、親和性の差かな。火以外には、風、光、水、雷、氷。最終的には、得意な分野を伸ばしてもらう形になるかな。問題は、残りの時間でハエレティスクにぶつけて、効果が出るほど強く出来るのか。この一点に尽きるね」
ジャンのが言葉にするよりも早く口にしたのは茉莉である。自慢げに、いや、ここは子犬というべきか。褒めて貰おうといわんばかりに説明をする。
「でも、出来なければ、困る。なんて簡単な言葉じゃ済まないのよね?」
ジャンがこれをオモチャだと言って持ち出したのにはそれが要因でもある。敵に使える存在が居ると思われる以上、身を守る為にも、敵対する存在を倒す為にも必要になる。
「使う以上はその通りだ。人間押し込まれたときに程、不確定要素に頼りたくなる。効果の薄い術に頼ろうなんて思わない程度の訓練だがな。使う意味が無いと悟る必要があるからな」
石も無しに誰よりも大きな火を手に浮かべ、それを球体にしたはシエルである。
「本当に、魔法ね。ファイアーボールなんて、ゲームに出てきそう」
「ちなみに、エリス。実戦で使うなら、これくらいが最低ラインよ?」
握り拳をさらに一回り大きした火球を消すシエル。
「と、まぁ、シエルの火球を見て貰ったら分かると思うが、あのレベルに達するのは時間がかかる。刻印の手助けがあっても、難しい。使えるようにはしておいきたいが、出来ないもんは出来ないのも事実だ」
「そもそも、ハエレティクスは二人で一つだよ? 足りない部分を補うし、強い部分を伸ばす為にボク達が居る」
と、茉莉は言うものの、やはり使えた方がいい事には変わりはない。
「ちなみに、どれくらいでその疲労が出るんです?」
「人によるが、一〇分から二〇分だ。それは平常時に限った話であって、問題は戦闘中にしっかりと出来るか否か」
撤退作戦の時の叶や茉莉は五分だった。人が新しい人類へと変わっても、その力を扱うのはいまだ難しい。
「俺の娘達はそれをいとも簡単にコントロール出来るが、それは、ナノマシンの制御あってこそ。俺の娘は色んな意味で特別だからな」
豪快に笑って見せるジャン
「親バカでごめん」
茉莉が恥ずかしそうに顔を紅くしての謝罪だ。この世界での人間関係も親バカをして来たからこその態度である。
自分の娘を自慢してまわるジャンの姿がいとも簡単に想像できるのは彼のキャラ故だろう。
「いつもの事よ。今に始まった事じゃないじゃない」
「そうかもだけど。もういい加減恥ずかしいというかなんというか」
「茉莉は、こんなすごいパパが恥ずかしいと?」
自信満々なジャンに対して、少しの迷いもなく言い放つ。
「恥ずかしいよ!」
そんな、バカなという表情をするジャンを見て、確かに人目を気にしない親バカは恥ずかしい。それが、悠斗とエリスの共通認識になる。
「バカと天才はなんとやらね」
「見てる分には微笑ましいのかね」
「パパのバカぁ!」
そこうしているうちに、悠斗の手に持つ石から火が消える。ただ、その疲労というには、少し変と言うべきだろ。
「あぁ、疲労って意味が分かりました。これ、精神的疲労なんですね。集中した後とか、勉強し後になるようなやつ」
肉体的な疲労ではないにせよ、悠斗を横にさせるほどの疲労。テーブルに置かれた甘いカフェオレを一気飲みで飲み干してしまうほどに、頭に糖分が必要だった。
「正解だ。それがエネルギーになる。それをゲーム的な要素で言うなら、魔力、と言うべきなんだろうな。これが量子に反応するんだ。それを制御するのが刻印。それにしても、エリス嬢はやっぱり長いな」
ジャンが驚きの声を上げる。ある程度の予測はしていただろうが、自分の想像を越えて、火は灯っている。
「さっきの理論だったら悠斗だって、もうちょっと長く出せると思ったのだけど」
「きっと、悠斗は実践向きなんだろう。実際に対峙しないと本領を発揮しないタイプだ。それに比べて、スナイパーは待つのも時には必要なポジション。狙撃出来るタイミングも数多くあり、どれが効果的なのか。フレンドリーファイアーをしないようにするのも、神経を削る。そういった差だな」
悠斗が放り投げた石を手に取ってエリスよりも数段大きい火を出すジャン。
「こんなものを体に刻むだけで魔法が使えるなんて不思議よね」
どの時代においても超越した化学は魔法と呼べるだろう。
「それは、刻印が量子に働きかけてるから? だっけ」
「そうだ。刻印は一種のプログラム。そのプログラムを走らせるのは、本人の意思。提案なんだが、試しに書いてみないか?」
考え込むエリスに対して悠斗は即答で返事を出す。
「俺はしてみてもいいかな。どの程度のタトゥーなのかは気になる所ではあるけど」
「一部分だけだ。そうだな」
端末から、タトゥーの文様を浮かび上がらせる。候補としてあげられているのは、三つ。人も刻印も合う合わないがあり、適合が求められる。
「この程度なら、肩にちょっと付けるだけですよね。もっと、大きく掘られちゃうのかと思いました」
悠斗が想像したのは、ヤクザだとかが背中に入れるそれだ。それを想像してたからなのか、大した事が無いと落ち着いた。
「だとしても、嫌な人間は嫌だろう。悠斗は付ける方向でいいか?」
「どうぞ。魔法みたいなのが使えるってちょっとした憧れみたいのがありますし」
「悠斗はそう言うと思ったぜ」
喜々として受け入れている悠斗と違って、エリスはまだ考え込んでいる。
「嬢ちゃんはどうだ?」
「私は……いえ、私にもお願いするわ」
まだ悩んではいるものの。使った方がいいと判断したのだろう。なによりも、悠斗が使えて、自分が使えないというは嫌だと思ったからである。
「んじゃ、移動するか。属性の適性検査は学校でするもんだから、ここには置いて無いんだよな」
それぞれが立ち上がると、エリスがボヤク。まだ彼女の中で消化できていない証拠だ。
「私は、言いくるめられた気がしないでもないわ」
「で、も。エリスは、ユウトだけが刻印術を使うのが嫌だと」
「しぃえるぅ? 口は禍の元って言葉があるのよ?」
なんの事だろうと、可愛らしく首を傾げて見せるシエル。早くも、エリスの扱い方をある意味で、習得し始める。
「仲良くなって何よりだ。だがな!」
びしりと悠斗に指さす。
「悠斗、茉莉との交際は清く正しく。いいか? 順序を吹き飛ばすなんてあっちゃなんねぇ。物事には順序ってもんがあってな」
「うわぁ。パパ、ウザ。娘を心配してるにしても、干渉しすぎ」
言葉に出来ていないジャンの姿がある。よほどショックだったのか、悲痛な表情をしてシエルを見るが、自業自得とばかりに、そっぽを向かれる。それをみて、哀れだと思った見兼ねたエリスが口にする。
「ジャン。良心で言ってあげるけど、茉莉の言ってる通り干渉しすぎよ? ジャンのやっている事はただの否定。ね? そう言われると嫌でしょ」
理解はしても納得はできない。大人だろうと、そんな事はいくらでもある。ただ、惜しむ事があるとするなら、こんなケースでなければ、より説得力の高い言葉に変わった事だろう。
ジャンが少し上の空だったのもあって、車の出の移動はしないで、徒歩で町を歩いている。
町は悠斗達がコールドスリープに入る前ならばよく見る景色だ。ホログラフが浮かび上がり、通信端末を手に会話したり、車が車道を走る。当時を生きた悠斗やエリスにとっては当たり前の景色である。そんな町を歩いて次に向かったのは、学園だ。
授業を少し覗いて、刻印術の練習施設に足を運んでいる。大なり小なり殺傷能力のある術を使う以上、隔てる場所は必要なのだ。
「よし、準備は出来た。悠斗、こっちの結晶体を端から握ってみろ」
ジェノヴァ結晶を左から順に握っていく。扇風機の風で例えるならば、左から小、大、中という結果になる。
「難しく考える間でもなく、悠斗は風と親和性がある。んでもって、真ん中が一番相性がいいわけだな。紋様は、これだ。何処に入れたい?」
「肩が無難じゃないですかね。他に候補ってあるんですか?」
尤もな疑問でもある。背中、お腹、手の甲。考えるに、肩以外パッとしないと悠斗は思考する。
「刺青なんて色んな所に入れるだろ」
色んな所の何処、というのかは置いておくとして、一瞬言葉を詰まらせて再度言葉にする。
「悠斗の言う通り、肩に入れるのが殆どだけどな」
「肩でお願いします」
「それじゃ、エリス嬢だ」
悠斗同様にジェノヴァ結晶が用意されて、悠斗の風の代わりに、火が燃え上がる。
「エリスの嬢ちゃんは火だ。攻撃にしか使えないが、火は多様性がある。シエルと一緒に使えるようになれば、火力は今よりも大きくなるわけだ。敵のジェノヴァシールドを広範囲に吹き飛ばす弾をバンバン撃てるほどにな」
広範囲に爆発する弾を遠くから撒き散らすというだけでも敵からしてみれば脅威だろう。
ただ、エリスの興味の先は弾の扱いにある。
「弾と一緒に術も使うって事?」
「専用弾を使えば可能だ。ただ、コストがな、あれなもんでバカスカ撃たれても困るが」
ジェノヴァ結晶を撃つとなれば、精製しないでも使える徹甲弾の方が安い。
「私は、この結晶みたいよ」
「分かった。エリス嬢も肩でいいか?」
「そうね。それお願いするわ」
エリスの言葉が終わると同時に、学園にチャイムが鳴り響く。それと同時に喧騒に包まれるのはどこも一緒なのかもしれない。
「おっと、もうこんな時間か。茉莉もシエルもここで育ったんだ。後は任せる。折角だから、学校でも見て回って行けよ。」
手を上げて教室を後にするジャンの背を見送る。教室から出てくる生徒もちらほら見られ、この学園では異物である悠斗達を物珍しそうに見る生徒達の中に、見知った顔を見つける。
「もしかして、一二三さん?」
「え?」
気の抜けた声を出すのは、一二三岬だ。まさか声をかけられるとは思っておらず、悠斗とエリスを二度見して、更に素っ頓狂な声を上げる。




