ジャン達の本拠地。そして、休息
見渡す町はあの新東京とは全く違う。悠斗達の知る町と近いものがあり、加えて地下であるにも関わらず空が存在している。
「空にあるのってCGなんですか?」
「上手く出来てるだろ。何せ地下だからな。閉鎖空間でも空だと脳が錯覚すればそれでいい」
「外の景色がまるで嘘のようね」
新東京で身に付けている物が、場違いに感じるほどにここでは悠斗達の服装は異端だ。
身を守る為の服は着ておらず、ファッションと呼べる服に身を包んでいる。
「実は俺達、地底人だったって言われても納得しそう」
それだけの激戦を今しがた潜り抜けてきたばかりなのだ。にもかかわらず、ここは新東京とは別の世界。
「だろうね。ボク達も外の景色をこの目で見るまでは納得できなかったもん」
「ここに居る人口は約五千人です。その七割が外の世界を良く分かっていない状態なのです」
「仕方ないわよ。一世紀以上地下で暮らして、外に係らない人もいる。蚊帳の外だと思っている人も少なくないわ」
危機感が足りない感じが出ているのは、茉莉や叶、シエルが言った事通りだからだ。
「見つからないようにしてるからな。でも、鬼ごっこもそろそろ潮時だろ。俺達が逃げた事で、数か所からアタリを付けてくるのは分かる。ねぐらを突かれたくなければ、打って出るしかないんだ」
悠斗達の状況を見ると分かる事がある。新東京は戦う為に作られた場所なのだと。そして、その敵はジャンだ。生き方を違えた同じ存在同士による戦いを想定しているならば、新東京が鉄の城塞だった事も頷けるだろう。
「俺達が起こされた理由ですか?」
「いや、治療プログラムが終わったから起きたんだ。だが、状況を変えるに至ったのは、間違いなく、悠斗とエリスの二人が起きたからだな」
「それで戦争に巻き込むって答えたのね」
「あぁ、そうだ。気づけば大所帯。守る場所が出来ちまった。それにお前達を引っ張り出した事には文句を言われても、何も反論は出来ねぇ。だが、第三次世界大戦で国の命令で戦うのか、それとも今この時代で戦うのかを考えれば俺は、断然今の状態だと判断した」
ブレイバーと言う名のフルダイブ型VRゲームでトップを取っていた二人は、どの道戦う事からは避ける事は出来ないだろう。
「国に死ねと言われるか、今を足掻くために命を賭けるか、ですか。確かにそれを天秤にかけられたら俺でも今の方がマシと答えますよ」
「ブレイバーでエースプレイヤーになった時点で国のオモチャになる事が決定していたのね」
心底呆れかえったと言わんばかりの冷たい言葉。権力者からしてみれば、一人の命の価値など、無いに等しいとエリスは理解しているのだ。
「記憶にある戦争はそりゃ酷いもんだった。ジェノヴァシールドによる原因不明の病気、何故感染するのか、何が問題なのか。対策も取られ始めた頃、事は起きたんだ。おっと、着いたな。腰を落ち着かせるにも、ここの方が何かと都合がいい」
車の向かった先は町からも離れている白い建物。研究棟から姿を現したのは、ジャンの右腕、もとい、憲明の右腕だ。
「主任、御帰りですか? 後ろの方が、例の」
「まぁな。実りもあったが、正直、悪い知らせしかない。動かせるか?」
「私達を誰だと思ってるんですか」
「悪かった。考えるまでも無かったな」
ここには、五人の天才が集まっている。ブレイバーを設計したのは、ジャンのオリジナル憲明であるが、それを憲明と共に実現にまで持って行ったエンジニア達である。
「主任がGOサインを出せばすぐにでも動きますよ。あちらの世界からの移住者も多数」
「受け入れて貰え始めたって事か」
「私達のエゴで生み出してしまった者達ですが、ね。こっちの方は処理しておくんで、出来る限り早く主任は現場に戻ってくださいよ? 人手は足らないくらいなんですから」
分かってるとばかりに手を上げて、苦虫を潰したような表情に変えるジャン。しなくてはいけない事とはいえ、やる事は山積なのだ。
それから、茶室に通されてそれぞれが腰を落ち着かせる。
「えっと、分かる様に説明して貰えます?」
説明を求める悠斗にそれを話そうとするジャン。話す事は沢山あれど、どれから話すかといった具合だ。
「順を追って話すのも少し面倒だな。だが、最低ラインは話さないと事も進まないか。俺が憲明のコピー品だとは話したな」
「はい」
「この体はさしずめ、ホムンクルス。アンスフェクトスとでも呼んでもらおうか。人の触れていい領域じゃない事だけは確かだ。神への冒涜に他ならない。ま、俺達は神に喧嘩を売ってでも今ある世界を元に戻す義務があると思っているからこそ、歩いてる」
倫理を犯してもジャンにはジャンのすることがある。そして、ジャンのオリジナルも。
「百年以上も、ですか」
人が子を作り、育ち、孫の姿を、ひ孫の姿すら見れるほどの年月だ。十六年しか生きていない悠斗からしてみれば想像も出来ない長い時間である。
「百年なんてまだいい方だと思うがな。こんな世界になっても尚、人は権力を手放さない。いっそ全部亡ぼした方が本当にいいじゃないかって思うくらいにはな」
どれだけ時代が進もうと、技術が進歩しようとも人は自分の階級を手放さないだろう。
人が他社よりも優位に立とうとするのは間違ってはいない。そうやって文化が栄えてきたのだから。けれど、それは時に甘い蜜であり毒でもある。
「だから、オリジナルの方は壊そうとしているんでしょ?」
「まぁな。準備も出来た。恐らく、悠斗達が知りたいものは全部ここにある」
そう言って、モニターに出したのは、悠斗の良く知る町並み。彼の住んでいた町である。
「これは……この町じゃないですよね?」
「住んでる住人こそ違えど、悠斗の知る町だ。見た目だけはな。ハエレティクスの設計は主に仮想世界でやってる。動作テストも含めてな。資源の問題だ。因みに、人の脳を再現した記録デバイスが約二万。こいつらはここで生きている」
機械仕掛けなのか、それとも肉で出来てるかでの差でしかない。それを取り払えば、極論、生身の人間も電気信号でやり取りをしているのだから。
「ひでぇ事を言っちまえば、ここも実験場だったんだ。刻印術とホムンクルスを作るためのな。俺も、最初はこの世界に居たんだぜ。初めは二人だった。塞ぎ込んだ奴を叩き起こして五人になり、俺達はついにホムンクルスという形ではあるが、人を作った。それが今見ている町だ。結果として出来上がったのが目の前に居る叶、茉莉にシエルは作られた人だ。優秀な遺伝子は沢山持ってたんでな。そんでもって俺に、さっき会った眼鏡野郎も元の体を捨てている。より刻印術を扱いやすくするための体にした」
信じがたい事であはるが、刻印術にジャン達を見れば信じざるを得ない。
「まるで、神様ね」
「そんなんじゃない。そんないい物じゃねぇよ、エリスの嬢ちゃん。エゴの塊だ俺達なんぞ。大人のなりそこないといってもいい。こんな未来を押し付けちまった最悪の存在だ」
「でも、ジャンがそのスイッチを押した訳じゃ」
「そう言ってくれるのはありがたいがね。ブレイバーがどういう目的で作られたのか知ってたんだ。それを分かった上で、自分達の研究とその成果を餌にぶら下げられて、ホイホイと世界を壊すもんを作っちまった。そんなつもりは無かったなんて、言い訳にすらならねぇよ。絶望に絶望を重ねて壊れた相手が憲明だ」
「それって、ジャンのオリジナルよね? なんでそこまでこじれたのかは分からないけれど、どうして敵対してるのよ」
「やつの最終目的が今の世を壊す事だからな。人ってやつに絶望したんだろ。存在の価値はないってな」
目を伏せると、ぽつりとつぶやくようにして、言葉にするエリス。
「そうね。そういう人間は確かにいるわ」
「ま、そんな所だ」
ばつが悪そうに、頭をかくジャン。
「悠斗とエリス嬢には、茉莉やシエル、叶と親睦を深めてほしい。準備は全部こっちでしておく。来たるべき戦いは、悠斗とエリス嬢の二人が主戦力だ。エースってのは、それだけで戦場を変える」
「士気が戦場を変えるっていうのは間違っていないわね。実際、ミッションでもエースパイロットと言われている人と一緒の戦場で戦っているグループは強かったわ」
「そうなの?」
「無自覚だったのね。貴方の事よ。貴方と一緒に出撃してるチームは士気が高いの。統率も私に比べると甘いのに、何故か上手く事が運ぶ」
「そんな事無いとおもうけど? 毎度大苦戦させられてたし、ミッションってだけなら、負けた事もあった」
エリスに大分持ち上げられていると感じてる悠斗。
悠斗もエリスとの戦いは苦戦なんて簡単な言葉では済まないほどの相手である。
「ま、こういうタイプの士官が居てもいいだろ」
「そんなものですかね。あ、そういえば、俺が戦った黒い機体。強さが桁違いです。バトルアリーナーで見た以上。実力で言えば、同じ位じゃないですかね。何かボタンを付け間違えれば、俺も無事じゃないと思います。てか、あの機体ヤバイです」
「あぁ、あの機体な。ぶっちゃけ、悠斗が仕留めきれなかった時点でヤバイのは分かりきってる」
次の戦場では、更に敵と味方が入り混ざった戦場で戦わなくてはいけない。そうなった場合、倒せるのか。それがジャンの不安を一つ増やしている。間違いなく戦わなければならない相手になるのだ。
「つまり、あの黒い機体と同レベルの相手が数人居る可能性があるわけね」
「そう見ていいだろうな正直、胃が痛い」
「えっと、相手にもボク達みたいな存在が居るって事?」
「そうとも考えられるが、一人でこなしている可能性もある。俺達の上をいくって事になっちまうから、そうそうないと思いたいね。オリジナルさんが天才五人をも超えるって話になるんだ。そりゃもう、化けもんだよ」
日がくれて、いい時間になれば、鳴るものがある。五時のチャイムなどあるのだろうが、今鳴ったのは悠斗の腹の虫だ。
「安心したら、お腹空いちゃって」
「そうだな。今日は色々ありすぎた」
「今日も、の間違えよ。こっちに来て詰め込む事が多かったもの」
見知らぬところに放り出されて、手探りだったのだ。気は常に張り詰めなければならない状況でもあった。
「それに関しちゃ、いきなりあの施設を飛び出るとは思わなかったんだよ。あの施設で順を追って話せれば良かったんだが、飛び出した挙句、新東京に向かってるとなれば、俺達のも準備が居る。ま、そのおかげでこの世界の現状は理解してもらえたと思っているがね」
「しなくてもいい苦労をしたのかぁ」
それを知るとうなだれる悠斗。それだけ濃い時間だったと言う事もあるだろう。
「まぁ、今日の所は飯だな。飯くったら寝て、明日になったら指定の場所に集合だ」
◆
指定の場所に一足早く足を延ばしているのは、悠斗と茉莉である。茉莉が先に行ってお菓子でも食べてようと提案されれば、悠斗としても断る理由は無い。
「ここって、俺の家!?」
見た目、玄関先。現実逃避をするならば、全て悪い夢と片付けてしまえそうなほどに。
何もかもが、あの時のまま。記憶にある家を悠斗は感傷に浸るようにして、自室のある二階から、一階の茶の間へと足を運ぶ。そこは、彼が両親と会話する場所であり、ご飯を囲む場所だ。
「ほんと、こんな所まで一緒なんてね。ここまで来ると嫌がらせとしか思えない」
そうぼやいたのも、軽いホームシックにかかってるからだろう。合えないと分かっていても、すぐそこには、母親が居るのではないか? と錯覚してしまう。
「ほんと、趣味が悪い」
冷蔵庫を開けると、特に好きでもないけど、必ずと言っていいほどある食べ物が置いてある。お菓子の類ではあるが、誰の好みと言うわけでもない。
賞味期限が切れる前に食べきってしまっているから、好きなのだろうと、買い足されているお菓子なのだ。
懐かしさと寂しさ。それらが、こみ上げてくる。口に運ぶそれも、何処かしょっぱい。
甘い食べ物のはずなのに……
「悠斗?」
「マツ、リ」
短く返す言葉。彼女の存在が、否応なく、ここは自分の知ってる場所じゃないと教えられる。
「泣いてるの?」
茉莉の言葉で、初めて、悠斗は涙を流してた事に気づく。信じられないと思う一方で、目に手を当てて、涙の確認をしているくらい、泣き出してるとは、彼自身も思わなかったのだ。
自覚したが最後だった。涙が止まらず、悠斗にも、湧き出て来る感情の制御が出来てない。
「ゴメン。今、話せそうにない」
みっともないと、理解してても嗚咽が止まらない。こみ上げてくる感情が混ざり合って、ぐちゃぐちゃになって、消化しきれなくて、また涙に変わる。
「いいよ」
所詮十六歳。どれだけ強がろうと、生きていた世が世なのだ。単身でこんな世界に放り出されれば、不安でしかない。
それを茉莉も理解はしていた。だから、これがみっともないなんて思っていない。
新東京での件に、ハエレティスクのパイロットを押し付けている。パンクしないわけがないと……
「まだ、皆が来るまでには、時間があるよ。だから、今しばらく泣いちゃえばいいよ、ね?」
◆
悠斗は顔を洗いに洗面所に。恥ずかしくて逃げ出したとも言えなくもない。そこに、気分良さそうに家にやって来たジャンを冷たい目で見る茉莉の姿がある。
「でだ。茉莉は何でお父さんに、そんな冷たい目で見ているんだ? そろそろ、俺も娘の冷たい目を見れないんだが?」
更に冷たい目線を浴びせると、一瞬で正座の後に口を閉じる憲明。
「人は誰でも間違いがある。だからね、怒ってない」
怒ってるとは、言えるはずがないと思うジャンはこういう時、どうすればいいのかを熟知している。黙って怒られればいいと。
間違ってはいないが、正解とも言えない。要するに解決策は無いのだ。
「でも、悠斗にトラウマみたいなものを植え付けさせるなんて思ってなかったよ。あのお菓子。好きなんじゃなかったの!? 一緒に食べようと思ってたら、大粒の涙流しながら、食べてるとか、おかしいよ」
「いや、俺は、そういう記憶しかねぇんだけどな……何処かで、聞き間違えたか?」
ジャンの訪問の少し前に、悠斗は茉莉の胸の中で泣いていた事実を何とか消化するために、洗面所に行って顔を洗っていた。
実際には、もうどうしようもないくらいに茉莉にはダメな所を見せているが、それでも、好意を向けてくれる人に対しての、せめてもの強がりというものをある。そして、顔を洗った悠斗が聞いてしまった、茉莉の怒ってる声だ。
いつもとは毛色が違う。出来心で聞き耳を立ててしまったが、きっと、憲明も悪気があったわけではないと思って会話に割って入る。
「きっと、母親がいつも食べるから勘違いしたんでしょうね。俺からしてみれば、いつもあるってだけで、特に好きなものじゃなかったんですけど。まぁ、こうなってみると、好きだったのかなと。違うかな。今、好きになったのかもしれないです。思い出の食べ物になったというか、そんな感じで」
「つまり、ホームシックになっていて、懐かしくてってやつか」
見慣れた光景。戻るはずだった家。気が緩んだ所に不意打ちを受けたのだ。
「お恥ずかしながら、そう言う事です。色々自覚したと申しますか」
ジャンも、悠斗の言葉で、地雷原を踏み抜いたと理解する。頭では分かっていたつもりではあった。彼は年相応なのだと。戦う事に苦しみ、それでも戦い、ここまで逃げおおせて来た。
大人の様で、大人ではない歳。まだ甘えがあり、大人、親といった支えが必要な歳であると。何よりも、状況を押し付けて戦いを強いたのは、誰でもない自分だと言う事。
戦わなければ、どうしようもない状況に巻き込まれて、戦ってるに過ぎない少年なのだ。
「んーあー。言い訳になるんだけどよ、一応善意のつもりで、悠斗の家を作ったんだが……悪い。逆効果だったみたいだな。なんなら、他の家も用意するが、どうする?」
「ここでいいです。ここがいい。安らぐ場所は、自分の家に決まってるじゃないですか。浦島太郎でも」
「一応、これでも、大人になったつもりだったんが、すまない」
「いえ、善意を受け取れなかったら、それはもう、人の道を外した人ですよ。素直になれないツンデレは例外かもしれないですけど」
「言うじゃねえの」
二人の会話が終わると同時に、狙って来たかのようなタイミングで部屋に訪れる二人組がいる。エリスに、シエルだ。
「会話は、終わったかしら?」
気を効かせて待って居たのだろうが、タイミングが良すぎて、全部聞いていたとしても不思議じゃない。
「そこに居るツンデレさんは、優しくし過ぎると拗ねちゃうのよね。それはそれで、かわいらしいのだけど」
「シエルは、一言多いのよ」
むくれた表情を見せて、そっぽを向くエリス。シエルの方が上手と言う事だ。
「役者が揃ったようだな。取りあえず座ってくれ」
それぞれがソファーに座ると、御茶菓子を抓み始める。それが頃合いと見計らい、ジャンは口を開く。
「少しは気が休まったか?」
「ええ。気が抜けるくらいにはね。少し外を歩いたけれど、あの新東京と比べて安心して歩ける私の知る日ノ本っていった所かしら」
「ま、悠斗の住んでた町並みを少し拝借してる。かと言って一緒かと言われたら、違うから、迷うなよ? 悠斗」
「落ちに俺を使わないでくださいよ」
そんな会話に少し笑みを見せるエリスだが、すぐさま険しい顔に変わる。
「それで、私達はここで何を知らないといけないのかしら?」
「お? 話が早くて助かる。この場所ならではの学園にも行こうと思ってる。お前さん達の歳ならまだ通っているはずの歳だ。ハエレティクスの乗り方。それに、刻印術もそこで習う。技術の進歩には、多くの人の知恵が必要だ」
「学園、ね。私はいいわ」
あからさまな否定。優しい世界に居る事を拒む理由は本来何処にも無い。どころか、ぬるま湯に浸かってしまう事で、抜け出せなくなってしまう事だってある。
「悪いが付き合ってもらうぜ、嬢ちゃん。起きた先があんなところで、気持ちが驚いちまって、気持ちだけが高ぶってるだけだ。いずれ、その糸は切れる」
「それに、実践が初めての方が殺していい数ではありません。一度目引き金は引けますが、二度目は引けなくなる人は多いのです」
新たに入れなおした紅茶を持って叶が言葉にする。高揚している気分で全てを抑え込んでいる今の状況が長く続くはずがない。
「嬢ちゃんの生い立ちは知ってる。その上で俺から見てもエリス、お前は生き急いでる」
理解していても否定したい。そんなぐちゃぐちゃな気持ちのエリスが、一瞬敵意を表に出す。
「まぁまぁ、エリス様。ケーキを食べて、腰を落ち着かせてください」
叶の有無を言わさぬ笑顔でたじろぐエリス。どうとでも言って、立ち上がればいいのだが、一人になってもどうせすることは無いと自分に言い聞かせて腰を落ち着かせる。
エリスも歳相応に不安なのだ。
「ごめんなさい。分かっては居るの。ホント自己嫌悪よ。こんな事で腹を立てて。私の事を話していいわ。気持ちを落ち着けるにも。コンプレックスを見せびらかす訳じゃないけれどね。今となっては大した問題じゃないわ。ただ、自分で話すのは、色々と思い出しそうになって嫌なだけよ」
少し戸惑ってから、頭をかくと一呼吸して、言葉にし始めるジャン。
「嬢ちゃんから許しも得たし話すが、嬢ちゃんは富豪の娘だ。それも長年格式のある家でな。信じられねぇかもしれんが、家の為に個を捨てるのが当たり前の世界で生きていた。そりゃ、ドス黒い物を腹に抱えてる奴だってみたはずだ。エリスの嬢ちゃんの居た世界はな」
「え? だって、時代錯誤もいい所じゃ……」
悠斗驚きの言葉も、尤もなのだ。一般家庭で育った悠斗からは想像も出来ないし、時代錯誤、物語の中だけだと思っていた世界なのだから。
「その通りだ。だが、そういう風潮を大事にする金持ちってのは、一定数いるんだよ。人一人が生きるには難しくないはずなのに、それを難しくして支配しようとする奴らが一定数いる。エリスの嬢ちゃんもそんなような家系でな。この嬢ちゃんなんて、男との接触が禁じられてる女子校に居たんだぜ? 完全な寮生活で、外部に出るにも一苦労ってな所にな。俗にいう、お嬢様校だ。純正培養で育った穢れを知らないお嬢様ってのに、付加価値を付けて世の金持ちに嫁がせる。それをその世界の男どもは高く評価してたんだ。その学校では、卒業すればフィアンセと結婚。お互いの事を良く知りもしないで行う政略婚だな。でだ、ダメだと言われるほど、人は試したくなる。過去の卒業生たちがシステムに穴をあけてネットの開通位は出来る様になっててな。その穴を突いて、俺の作ったブレイブワールドに入り込んだ。そして出来上がっちまったのが、レッドバレッドとその嬢ちゃんだ。リアル世界を否定した嬢ちゃんの居るべき場所ともとれる世界。それがリアルになった。全てを捨てる覚悟はとうの昔にあるんだよ。それに、そのつもりであのゲームを選んだんだろ? 賞金も半端じゃない。一度三位以上を取れば、裕福な生活が保障されてんだ。五位でも一億だったしな。親のしがらみを抜けて、一人で生きていくための手段を何故かゲームで手に入れた。それが、このエリス嬢ちゃんなんだよ」
「ホント、変な才能があった事だけには感謝したわ。右も左も、世の中の事を何も知らない小娘が力を手に入れられたのだからね。小娘のつまらない意地のお話よ」
「ううん。そんな事無い!」
声を上げたのは茉莉だ。周りの環境に、それを許した大人達が許せないのだ。
一人の人生が、親の野心で食いつぶされるなんてあって良いわけがないと。
「でも、ジャンが生き急いでいるって言ってた意味は分かりました。言葉通りのお嬢様だって事も。それにしてはお転婆すぎますけどね」
「何よ、ユウトまで」
「俺だけ恥ずかしいのは嫌じゃんか」
と、笑って見せる悠斗。他意はなく、それ以上でも以下でもない。裏表のない感情だからこそ、今のエリスには効くのだ。
「悠斗、お前は良くも悪くも一般人で良かったと今なら思うわ」
「回りが濃すぎるんだと思いますけどね」
終わり良ければ総て良し。と言えなくもない。泣き顔を見せた悠斗に、自分の生い立ちの一部を語ったエリス。仲を深めるのにもそういうのは必要な事だ
「意図せず二人の恥ずかしい所を見せあう事も出来た。俺にとっては一石二鳥だ。お互いの距離も縮むってもんだ」
「シエルから聞いたわ。私達が機体の最大値を出すのには、お互いを知る必要があるって」
「それがコンセプトだ。友になるせよ、恋人になるせよ、背中を預けられる人を置く。二人いれば疲労も抑えられるし、刻印術だって扱える。うってつけなんだよ。ともあれ、お前さん達に必要なのは休息だ。とはいっても、結構瀬戸際でもある。認めたくないがな。主に、準備期間が足りねぇ」
「いつ攻めるのか、それとも攻められるのかは分からないけど、そう時間も無いんでしょ? こんな所で油を売っていていいのかしら? 私達は休むのが確定しているんでしょうけど、ジャンは、走り回らないとダメなんじゃない?」
「痛い所を突いてくれるなよ、嬢ちゃん。案内し終えたら、俺は戻る。時間の方だが、少なくとも二週間。最大で約一ヶ月間ってところか。簡単に見つかるような場所じゃないが、しらみつぶしに調べて来るだろうな。俺は生かしておいちゃいけない存在だ。特に、お前さん達が居た施設が発見されれば、情報は無いにせよ、確実に本拠地を構えてる位はばれる」
新東京と事を構えるのは目の前にまで来てしまっている。それをどうにかするためにもここへ逃げ込んで来たのだ。
「俺達は、何をしたら?」
「残念だが、悠斗とエリス嬢にはしてもらう事は一切ない。前日まで遊んでろ。幸い、遊び道具はあるぜ」
テーブルに置いたのは、精製されて、結晶化したジェノヴァ鉱石。ジェノヴァ結晶である。
それをジャンが手に持つと、火が燃え上がる。
「な? 良いオモチャがあるだろ」




