新東京からの脱出01
撤退の準備を始める為に艦へと戻ろうとするが、港全部が封鎖されている。こうなってしまえば、外に出すつもりは無いと考えるのが当たり前だろう。
「何があったんだ?」
ジャンが警備の一人に問いただすと、困惑した表情で事情を説明し始める。
「なんでも、テロ予告があったとかで港が封鎖されています。この町でそんな事をすればどうなるのか分かっているはずなのですがね。封鎖も二、三日で解除となるでしょうから、それまで町のホテルのご利用を願えますか? 無駄な出費なので、要請があればこちらから資金をだします」
ジャンの予定としては、一度艦に戻り、町の外でドンパチをするつもりでいたが、それは叶わないと分かると引き下がる。今の状況では強行突破は無理だからだ。
「分かった。ありがとよ兄ちゃん」
三番デッキから一番近いホテルに辿り着く。このホテルは、外からの要人を迎え入れるのが主な客だ。値段が高い分、内装のデザインは勿論、セキュリティーも高い。現在のセキュリティーはコンピューターに任せてしまう。その方が簡単だし楽でもあるからだ。だが、大きな欠点もある。ハッカーの存在だ。重要な情報ほど厳重なセキュリティーで守り、二四時間態勢で見張るというのが当たり前の時代に、その枠から外れたセキュリティーで秘密を守っている。
「C七〇六号室だ。ワインの銘柄は任せる。それと、シーバスリーガルをロックで頼む」
ただの会話に聞こえるが、このホテルが行っている暗号での会話。この町のトップ達ですら、このホテルには基本不干渉である。
作業員も東京の者は居らず、経営は北と西の共同共営だ。そんな事が許されているのは、大使館という面があるのも大きい。
今の日ノ本は複数の町が大きな力を持ち、統治している。
「承知いたしました。後程お届けに参りますので、お待ちください」
部屋を取り、その一室に入り込む。
「マズイな」
ホテルに入ったジャンがまず先に言葉にすると、椅子に座り込む。
「そのようですね。確実に私達を捕まえに来ます。今日中に逃げるなら卑しいことがあると、灰色から黒に。逃げずとも、あの感じならば適当な事を言って検問で引っ掛けるつもりでしょう」
叶の言葉は的を射ている。敵は慌てる必要がない。じっくりと網に掛かるのを待てば、それだけで目的は達成されるのだ。
「ヘンテコな術がバレたんじゃない? 監視カメラにでも映ってたとか」
「そのヘンテコな術の名前な。量子術、もしくは刻印術って言ってくれ」
「それ、今気にするところ!?」
そういう細かい所が気になるのは、技術者の性分なのだろう。
「性分ってやつだ。話しを戻すぞ。そんな弾の軌道まで見るかよって否定したい所だな。あの時発生した術は風だ。風は所詮風。火の様に目で見えるものじゃない。あの状況を他に見てる奴が居たとしても、弾が反れたようにしか見えないはずなんだが……いや、刻印術だというのを知っている? 違うな。そうならば、使える叶や茉莉、シエルは恰好の実験対象だ。あの場を荒らしてでも欲しかったはず。逃げられる可能性もある以上、俺なら愚策だと考える。なら、今どうして泳がされてる……」
「パパ? どちらにせよ、逃げる方がいいと思うわよ。あちらさんの何かに引っかかって、こうやってターゲットにされてるんだから。どの道、時間を与えるのは愚策よ?」
窓際に居るシエルが、ユウトやジャン達に向き、そう言葉にする。九階に位置するここは、外を見るのには絶好の場所なのだ。
「私もそう思う。ユウトと私が居れば、どうとでも切り抜けられるわ。ブレイバー……ハエレティスクっていうんでしょう? この時代だと。ハエレティスクを回収して、逃げた方がいいと思うのだけど」
「そうだな。時間を与えるだけ、こちらが不利か。ハエレティスクの回収、撤退を行う」
「撤退って、どうやって? 相手はジャン自身。自分ならどうやって動くのかを想像すれば、相手だってそれ相応の対応を取るんじゃ」
悠斗の疑問だ。戦うのが自分自身となれば、何手先も読み合える。手駒が少ないジャン側が不利なのは明らかなのだ。
「勝機はある。俺達にはあって、敵側には無いものだ」
白い歯を見せるジャン。そこには負けはしないという自信が満ち溢れている。
「では、簡単なものになりますがブリーフィングを始めます。お聞きください」
球体の端末をテーブルに置くとこの町の地図が映像化し、浮かび上がる。
「我々の現在地はここ。この地点をポイントSとさせて頂きます」
ここの宿を点滅させると、叶は指を滑らせて一つの場所を指す。
「現在、艦は三番ドックに収納されていて、そこを強襲、もしくは、潜入を行い私達の機体を奪還。ここをポイントGとして、当作戦の重要ポイントと致します。戦闘は無いにこしたことはないですが、恐らく無理でしょう。それぞれが機体に搭乗し、家まで逃げおおせるのが今回の作戦になります。なお、機体が回収できない時点で私達に勝機はないとご判断ください」
叶が一礼を終えると、静寂が包む。負けは許されない。その重い何かをを断ち切るかの様にして、ジャンが大きく息を吐く。
「大雑把だが、こんなものだろう。出来れば分散して三番ドックに向かいたいが、何せイレギュラーが過ぎる。俺の予測ミスとしか言いようがない。安全に出ていく予定だったからな。そんで、悠斗とエリス嬢を連れ帰って、得た情報を元に先制攻撃のつもりでいた。ま、この先を話すのは、帰ってからだな。武器もそれに伴い変更をする。と、言ってもサブマシンガンが二丁、ハンドガンが二丁だがな」
アタッシュケースから、バラバラになっている各銃の部品が現れる。
「サブマシンガンは、俺とシエル」
組み立てに入ろうとした所で室内のベルが鳴る。外の映像を見るに、ルームサービスが注文の品を乗せたトレーを引いてやってくる。
「通してくれ」
「お客様。ご注文の品をお持ちいたしました。ご確認ください」
ジャンが注文をしたのはお酒だったが、それに混ざってアタッシュケースが二つ。それをジャンが確認すると、笑みをこぼす。
アタッシュケースの中身こそ、ジャンの欲していたものだ。
「注文通りだ。ありがとうよ」
ルームサービスを下がらせると、一つのアタッシュケースの中身を出していく。
「通信端末に、これは、エリスの嬢ちゃんのだ」
エリスに渡したのは、狙撃銃の入っているアタッシュケース。中に入っているのは、部品達だが、エリスはこれを良く知っている。
「最高のプレゼントだと思うんだが、どうだ?」
「時と場合によっては最低だけれどね。けど、今は喜んであげる」
エリスの反応も上々。ジャンはこの狙撃銃のチョイスは間違っていなかったと確信する。
「正直な所、かなり期待してる。狙撃手には、戦場を読む変な感があるんだよな。それを期待してるぜ」
「何処を狙ってほしいのかは知らないけれど、期待してもらっていいわ。あの世界で、幾度なくやったわ。組み立ても、メンテも。この銃、私が愛用してたのと一緒じゃない」
「それを見越して、持ってきたからな。感覚は、一緒だ」
「なら、何の問題も無いわ」
エリスも、即座に組み立てに入る。幾度なくやった工程をただなぞるだけ。だが、それは慣れているからこそ出来る技の様なものがある。
「悠斗、お前、銃の腕前は?」
「潜入クエストとか滅多にしなかったんで、はっきり言って取り扱いの良いMシリーズしか使った事ないです。ハンドガンも、ヘタじゃないくらいだと思います」
「ま、データ上でもそれ以外使ってなかったからな。妥当と言えば妥当なラインか。マガジンは持っとけ。ばら撒くだけでも違う」
ハンドガンのマガジンを五つ受け取る悠斗。ホルスターに、二つ収納できる場所があり、そこに二つ収納、残りは、ポケットなど、取りあえず入れられそうな場所に突っ込んでいる。
「叶と、茉莉はどうするか……風の術をフルに展開出来る時間はどれくらいだ? 撃ち合いになった場合、正面突破をしたい。どう考えても、数じゃ不利なのは分かりきってるからな」
これが、ジャンの考える最善だ。これに頼らなければ逃げ切れないだろう。
「既存の豆鉄砲ならば、私と茉莉で約三十分と言った所ですが」
「対物ライフルを持ち出されたら、多分、五分持たないよ? 刻印術は凄く神経つかうし」
「五分か……それでも、儲けものだと考えるべきだな。ハエレティスクまで五分の所が勝負どころってわけか」
地図を見ながら考え込むジャンが、一つの場所を指さす。
「ここだな」
そこは、何もない開けた場所だ。巨大な荷を下ろす場所に使われている場所でもある。
多少遠回りしてでも、建物の中を行かないの事に違和感を覚える悠斗。どう考えても、距離は最短だとしても危ない綱渡りにしか見えない。
「あの、これじゃ丸見えだし、四方八方から撃たれ放題なんじゃ?」
「悠斗の言う通り、ハチの巣にしてくださいと言わんばかりの道筋だ」
「じゃあ」
「そういう懸念は織り込み済みだ。風の刻印術で押し切る。正直な所、叶と茉莉ありきの作戦だ。五分間って話だが、刻印術は、使う人次第だ。揺れ幅があるんだよ。叶、茉莉。今の数字は、限界値だな?」
「はい」
「ボクも……」
見栄を張ったのもあっただろうが、この五分と言う数字は、普段通りなら楽勝という数字である。普段通りではない状況なら、その数字は落ちると言わざるをえない。
「そう落ち込むな。責めちゃいない。五分じゃなく、三分で抜けてハエレティスクを奪還する。刻印術を使うそのポイントをA。到達次第、術の発動、走り抜ける」
「私の役目は、後ろからの護衛? ジャン達と一緒に走っていたら間違いなく、狙撃なんて出来ないわよ?」
「悪いが、嬢ちゃんの回収は一番最後になる。三分で駆け抜けるために、援護射撃を行ってほしい。移動距離は三キロある。この距離を援護なしに駆け抜けるのは正直な所無理だ。一応敵達の目の殆どは俺達に向くんだろうが、他所からの狙撃が来るとなれば、別だ。へたすれば、俺たち以上に危ないかもしれない」
「いいわ。それしかないなら、やるかないでしょ? 狙撃の候補はくらいあるんでしょうね?」
「あぁ、ここと、ここ」
指さすのは、高めのビルだ。悠斗達が通るであろう、開けた場所を狙撃できる様な場所ではない。
「私に、スナイパー潰しをしろって言うのね。まったく、無茶言ってくれるじゃない」
「予想される狙撃ポイントは、北に二か所、東に三か所だ。この西のポイントはそれら全てを狙える。そして、逆に、スナイパーからの反撃は限りなく少ない」
「最高の立地ってわけね。それには、異存はないわ。でも、次はまともな作戦を立てなさいよ? それと機体は誰が乗ってくるのよ?」
「ブロイエリッターは、悠斗と茉莉。レッドバレッドはシエルが搭乗して、エリスの嬢ちゃんに届ける。因みに複座があるのは、そもそも二人が乗る事が前提だからだ。今回は、乗ってもらう」
「ボク達が整備してたのは、複座とシステム回り。ハエレティクスは、ボク達が乗る事で最高のパフォーマンスを発揮する様になってるんだ」
「どういう事?」
首を傾げる悠斗に茉莉が説明をする。
「悠斗は機体を七割程度しか使いこなせていない。そうだよね?」
それは悠斗以外には知りえない事。悠斗も全力で踏み込み切れないのだ。それは心の何処かにあるセーフティでもある。
「確かに、俺が全力で踏み込む事は殆どない。てか、踏み込めないんだ。制御出来なくなる」
「それを可能にするのが、ボク達だよ。補助する役目を持ってる。ボクの得意なのは、機体制御。それと風の刻印術。悠斗とエリスの乗る機体は、搭乗者の刻印術を増幅して、放つ事が出来る。ボクが搭乗するなら、ジェノヴァシールドに、風の盾なんだけど……刻印術の整備がまだなんだよね。だから、今回は全力で踏み込んでも大丈夫っていうだけで我慢して欲しいんだけど」
茉莉が整備師なのは確かだが、シエルも混ざってブロイエリッターとレッドバレッドの整備をしていたのは、ハエレティクスの性能を全て引き出すため。
「間に合わなかったか。最終整備は本人が居た方がいいから後回ししてたが、多少でもやっとくべきだったな。因みに、悠斗とエリス嬢は刻印術を扱える。実際には、素質があるが故に、身体に負担がかかってたわけだからな。お前さん達の病気の正体だ。使うにも訓練が必要だから、思うようにとはいかないがな」
「それじゃ、私ね。私が得意なのは、射撃よ。FCSを抜きにして、エリス撃ちたい場所に撃って貰えれば、私から補正をかけてあげれるわ。限度はあるけれど。そこらへんのFCSより高性能よ。それと、防御に使えなくて申し訳ないのだけど、私の刻印術は火」
悠斗にエリス。それぞれをサポートするのに、合わせた人選となっている。
「私は、貴方達を信頼に足る人だと見ているわ。背を預けれるなら、それに越したことは無い。改めてよろしく、シエル」
「疑問もあるだろうが、それらは全部逃げ帰ってからだ」
「まったく……」
エリスも理解はしているものの、やはり、気持ちでは説明は欲しいのである。
「悪いが、時間が差し迫ってる。夜中になれば、こちらは、夜戦の用意は出来てないぶん、余計に不利になる。人も、物も。準備が出来次第、作戦開始だ」
◆
先ず行われたのは、エリスの狙撃ポイントの安全の確認。ドローンのチェックに、監視カメラ。それらを調べきったわけではないが、目に付くところは全部網羅して、狙撃ポイントに居る。
「絶対に安全とは言えないが、この建物自体本来は装備をした奴らは入って来ない。今回も、賄賂をかなり渡したから、ここでチェック出来る映像も、間違いはないだろ。悪いが、頼む」
「了解よ。お迎えは、シエルでいいのよね?」
「そうよ、レッドバレッドを持ってお迎えに上がるわ」
「よろしく、シエル」
メンバーを見送ると、エリスはひとりごちる。
「さて、ここからが本番ね」
自分の狙撃ポイントから、自分を狙える場所をチェック。現在の狙撃銃のスコープに映る人は無し。続いて、悠斗達が通る道をチェック。現在悠斗達を狙っている敵影は無し。
渡された端末を起動。これは、悠斗やエリスの乗っているハエレティスクにも装備してある、戦術データ・リンクの端末だ。
現在の悠斗達の現在地と、その周辺の建物が浮かびあがる。
緑色に点滅している五つの反応が、悠斗達だ。
「構えた所に射撃線って出るのかしら? あくまでも予測線なんでしょうけど」
一人考えにふけっていると、耳に掛けてある通信機から、情報が入る。
『叶です。現在、目的の約一五〇〇メートル前。戦闘に入ると予想されます。一番危ない場所に立たせておいて、こう言うのも変ですが、危ない行為はしないでください』
「ほんとに、無茶なお願いね。でも、危なくなったら逃げるくらいはするわ」
このタイミングで叶がエリスに連絡を入れたのは、彼女の精神状態を見ておきたかったからだ。だが、叶の心配は杞憂に終わる。
『安心しました。では、宜しくお願いします』
「ええ」
再度自分の安全を確認。ジャンの会話を聞きながら、ターゲットスコープ越しに相手の兵の頭に狙いを定める。
「おい、そこの兄ちゃん。ちょっとよ、三番ドックに行てぇんだ。どいてくれないか?」
「すみません。封鎖中でして、誰も通すなと。テロ予告があったとかで、通せないんですよ」
「そこを何とかならないか? 忘れ物を取りに行きたいんだよ。商談に使う端末でな」
戦わずにすむならそれにこしたことはない。口八丁ですり抜けられるかを試している最中だが、これも悪あがきだろう。
「あー、それは問題ですよね。身分の証明書を見せて貰えますか?」
端末から、ジャンの証明書を映しだす。それを読み上げる兵。
「ジャン・フリーデン。京の都からの商人ですか。分かりました。上官に掛け合ってみます」
二、三ほど言葉を交わし、後は、はい、という返事があるのみ。
『ジャン。後ろの兵たちが動き始めたわ。何かをしようとしてるようにしか見えないのだけれど?』
エリスのスコープには、隊列を組んで銃を構える兵達の姿が見える。あらかじめこうなる事を予測出来ていなければ、こんな配置にはならないだろう。そして、一台の軍用車両がジャン達の所へと向かっている。
「潮時かね。悪いな兄ちゃん」
掌打で身体が宙に浮くほどの強打を浴びせるジャン。そんな攻撃を受けて意識を保っていられる人はそういるわけがない。それと同時に、味方の一人が倒れ、異常事態になっている現場に銃を向ける兵達。
「嬢ちゃん。撃ってくれ」
狙撃銃を構えると最初の一撃が敵の頭を撃ち抜く。作戦開始である。
「エリス様の射撃線を確認。前方、三人のヒットを確認しました」
エリス以外のメンバーは皆、エリスの持っている端末と同期が取れている、片目だけ隠れるゴーグルの様な物を付けている。
全部を機械に頼ると、碌な事が無いというのが、ジャンの言い分である。自分の目で見た情報と、ARで拡張された物を同時に使いこなしてこそというのが言い分だ。
ゴーグルからの情報で、進むべき道は間違えようがない。なにせ、誘導線の様な物が見えているのだから。
「俺も確認した。残り三分の所で、全開放。物陰は殆ど無しってか。帰りの弾は考えるな。全弾撃ちまくれ!」
遮蔽物になる物といえば、道の隅にある車くらいなものだろう。エリスの狙撃で進行に邪魔な兵を潰し、また近くの車へと身を隠す。
無暗に射撃するだけでも、威嚇になる。それは、十分に標準を付けなくても、数撃てば当たるの精神だ。実際、多数の発砲音を聞いて冷静に標準を合わせ、攻撃をしてくる人は殆どいないだろう。鉛玉の雨にさられて、当たりどころが悪ければ、そのまま死んでしまうのだから。
「ハンドガンで打ち合える距離じゃないですよ!」
今ばかりは、ヘタレた根性が隠れてる。半分は成長。もう半分は気が動転している部分もある。やらなければやられると、そう感じざるをえないのだ。
「装備に不満があるのは分かるが、我慢してくれ。ほら、追加の三人だ」
「まったくハードねぇ」
ぼやいて、撃った方向に、一つの箱がシエルの視界に入る。そこにあるのは、小麦粉の袋だ。この騒ぎで、持ち主が置いて行った物。
「不用心ね。ねぇ、パパ。アレ」
指さす方向をジャンも確認。それが何なのかを理解する。そして、その使用方法も。
「言いたい事は分かった。デカい花火の打ち上げってか。援護射撃する。それとなく、混ぜてぶっ放せ」
「はーい」
ジャンとシエルで弾幕を増やし、小麦が入ってるであろう袋を破る。視界一杯に広がる粉塵。銃弾に当たっただけなら、まず起こらないであろう現象。これは、叶が何をしたいのか、会話の中から理解したものだ。
「これで、反撃の心配はございませんね」
「あぁ、叶はホントよく見てるな」
粉塵の中での発砲は自殺行為にしかならないなぜなら……
「たーまやー」
粉塵爆発が起きるからだ。この爆風の中、生身の体で生きていられる者は居ない。
掛け声と共にシエルが投げ込んだのは、ただのスモーク弾である。なら、何故爆発したのか? 手榴弾が着弾して誘爆したと見せかけただけのシエルの量子術だからだ。小さな火を少し爆発させた誘爆の花火。
「あんまり褒め?られた花火じゃないよね」
叶の妹と言うだけあって、品性がいい方の茉莉。ジャンや、リエルと一緒にたーまやー。なんて言おうものなら、叶のお説教を貰うだろう。
「だって、あれ、敵よ?」
「言いたい事は分かるけど……」
「今は目の前の敵、それだけで十分です。余所見をしない!」
と、叶に活を入れられる二人。
「怒られた……」
「それは、私のせいじゃないわ」
「分かってる」
「ここで、姉妹喧嘩をするようであれば、帰ってお説教です」
身を震わせる二人。恐らく二人には、叶のお説教にトラウマの様なものがあるのだろう。
黙って、首を縦に振る茉莉とシエルをスコープ越しのエリスが見ていて、なにかの合図だと勘違いをしていたのは、この三人が知る由もない。
「さっきの花火で、ポイントAに到達できそうだ。開き切った場所に出る。そうなれば、全てを叶と茉莉に任せるしかない。エリスの嬢ちゃん聞こえるか?」
『ええ。ついでに、皆の背中も見てるわよ』
「ポイントAに到達後、俺達は全力でハエレティスクへ駆け込む。どう転がるか分からん。援護も欲しいが、射撃ポイントを移動してないツケも回ってくる頃合いだ。移動もかねて、ポイントCに移動、攪乱とビーコンを忘れずにな」
過去に、ジャンが仕掛けた逃走ルート。逃げると同時に、追っ手も数次第だがあしらえる様になっている。渡されていた端末のポイントに到着すると、肉眼では何も無いように見えるが、端末と同期されているゴーグルをかけると射撃ポイントが表示され、指定された場所を撃ち抜くと蛇腹の梯子が飛び出して来て、渡れるようになっている。
『ええ、問題ないわ。けれど、ジャン? 報酬は覚悟しておいてね』
「でっかく、吹っ掛けられそうだな。ま、嬢ちゃんが生きていればそれでいい」
『震えて待っていなさい』
通信を終えると、再度悠斗達に向き直る。ジャン
「嬢ちゃんは、移動中だ。めぼしい敵は倒したと思うが、注意ポイントの確認。視界が死んでるこの状況で、生き残りが撃つ事はまず無いと思いたいが……」
ジャンは発砲があるものと考えたが、本来同士討ちを考えるなら、いくらシステムで見方の位置が分かっていたとしてもスモークの中で銃を撃つなんてマネはしない。
だが、この戦場の指揮を取っている奴の中には、当たれば御の字。走れなくなる人が一人でも居れば、それでいいと考える奴もいる可能性を捨てきれていない。
「いいか、発砲音が聞こえても、それは威嚇射撃だ。迷わず走れ!」
可能性は可能性。気にしていて、機会を逃したらそれこそ終わりだ。粉塵爆発が起きた直後の混乱の中だからこそ走り出す意味がある。
この煙に紛れての疾走が一番なのは、間違いないだろう。エリスも此方を気にしなくて済む。ジャンが先頭を走る。それに続く形で悠斗達もゴーグルの誘導に従って走り出す。
「この路地を抜けると、荷物を降ろす広場です。周りの障害物は無し。Aポイントまで約二五〇メートル。カウントと同時に左右に残りのスモーク弾を全部投げます。先頭を私、後ろを茉莉が引き受けるので、臆さずに走りきってください。カウント開始します」
ゴーグルに数字がカウントされる。その余裕が悠斗を後ろに振り向かせる。後ろを見れば、そろそろ粉塵爆発で煙が漂っていたのが落ち着くころだ。
それと同時に、煙から人影も見えて来る。直に悠斗達を捕捉して、射撃を開始するだろう。
後ろの影から射撃音が聞こえると同時に、カウントもゼロに。
手持ちのスモーク弾を左右に、進行方向の斜め前に投げ入れ、走り出す。
それを逃がすまいと鉛玉も飛んで来るが、地面に、そして、何処かへと反れていく。風の量子術。三分間でハエレティスクまで走り、奪還。そして、更に逃げなければいけない。
この隊列をはみ出して走れば、即座にハチの巣だろう。三六〇度全方位からの射撃。本来なら逃げ場なんて何処にも無いはずの状況を可能にしているのは、量子術を扱える者が居るか居ないかの差。
首を傾げる兵も居るが、当たらないのは運ではない。どれだけ撃っても、弾は反れる。
「三番ポートに入る。手榴弾を手に持っておけ」
投げ込まれる手榴弾を目の前にして、そこに止まる者など居るはずもない。そこには、必然と道が出来る。
「走れ! 艦が見えて来た。くそっ。やぱり対物ライフルを持ち出して来やがった」
「風で弾が流れていると思い込んでるからこそ、口径の大きい銃でそのブレを無くそうってわけね。考えたじゃない」
「感心してる場合か。シエルは、悠斗の援護の下エリスを迎えに行け。俺は、ゲートから逃げれるように……」
硝煙の匂いと、爆発の煙が漂う。ジャンが、言葉を止めたのは、今まで悠斗達を包んでいた風の一部分がが分かりやすく消えたからだ。
「アンチシールド弾を人に撃ちこむとか考えなかった。一撃で、風が吹き飛んじゃったよ!?」
驚きの声を上げる茉莉。
風の壁も、性質が風というだけで、元をたどれば量子から壁を作っているジェノヴァシールドと一緒だ。撃ちこまれれば、穴が空く。
「カラクリを理解してる奴が居たってってか。それとも、ハエレティスク専用弾だったのか。どちらにせよ、止まらずに後ろに弾を集中させろ」
「言われなくても!」
一人殺し、二人殺し、三人殺す。殺して、殺すたびに、叫びたくなるのを我慢するのだ。俺は人殺しではないと。
一度に人の死を目にし過ぎている。まともで居られるはずがないのだ。
「そろそろ、限界か……」
そんな悠斗の姿を見て、ジャンは渋い顔をする。気を遣うにしても、今はそんな事にも気は回せない。巻き込んだ以上、鍛え上げるしかないのだ。
「到着しまた。艦への搭乗急いでください! この風ももう、数秒と持たないです」
艦からの違和感。勝手にハエレティクスの排出のハッチが開いているのだ。
「ちくしょう! 機体だけ外に出そうってか」
ハエレティクス運搬用の車に乗せられ二機の機体が外へ出てくる。
「茉莉、シエル」
ジャンが言葉にすると、二人とも頷くと、蒼と紅の機体がひとりでに動き出す。
「こんなのありですか」
「でも、助かったろ?」
にぃ、と白い歯を見せると、ジャンと叶は艦の方へ走る。
「悠斗!」
茉莉の声に引っ張られるようにして、悠斗が茉莉の居る場所へと走り、手を伸ばしてるブロイエリッターの手の上に乗り、コックピットの中へと入り込む。




