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Vampire Serenade 謀略のブリジット  作者: 湊 奏
第六部 黒の予言書
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第一楽章 神殿浮上

ステラ達が崩れゆく城塞を脱出した直後、ソレは弾けるように崩壊し、また紅い光と蒼い光が溶け合うように流れ出し、消滅した。


人工の灯りのない大自然のど真ん中に、一行は火を灯し暖を取っていた。月明りと星明りだけではあたりを照らすのに十分ではなかった。


それに、焚火の灯りが目をくらませ、星など見えない。


遮蔽物のない平地で焚火なの格好の的ではあるが、最大の脅威を排除してしまった今、注意すべきは獣ぐらいなものだった。



誰も、一言も話さない。


外に出た時には、当然ながらブリジットはどこにもいなかった。探さなければいけないのはわかっているのだが、行先にも心当たりはなく、やみくもに動くこともできなかった。とりあえず明るくなってから街に戻り情報を収集しようということになり、今に至る。



「レラィエ、リカルド。二人はこれからどうする」


ステラのその問いに、答えはすぐには返ってこなかった。

二人の動向の理由はフィリスであった。ただそれだけでついてきたのだから、それが潰えた今、行動原理は失われてしまった。もう、同行する理由もない。



「そうだな…――― 俺は、イギリスに帰るよ。クレアの墓があるからな」


「私は…――――― どうしましょうね…―――――」


リカルドは帰る人を、レラィエは帰る場所をもう持っていない。妄執ともいえる其れは、ただ一つの目的は、達成された途端に現実が色あせていく。


次の目的を見つければいい、と人は言うが、全霊を懸けて追っていた物語が終わったとき、それは人生が終わったにも等しいのではないだろうか。




「そろそろ寝ましょう。明日になったらブリジット様を探せば良いのですから」


沈黙を破るように放たれたオセリアの提案に、誰も反対はしなかった。


火が消え、大地にみな横になる。


お休みのあいさつもなく、重い空気のまま眠ろうとする。だが、ステラは眠る事が出来なかった。皆もまた眠れてなどいないだろう。



自分はなにがしたいのか。そんな疑問が何度も頭を過ぎる。やりたいように、面白いほうに流されて、或いは選び取ってここまで来た、はずだった。


(でも、このザマだ)


姉に出会ってから、その行動原理は破綻しっぱなしだ。決して面白くないであろう道を選び、結果として自らの手で姉を殺してしまった。


姉を殺すことなど、誰が望もうか。例え、姉としての意識が消えようとしていたとしても、肉親を、愛した家族をその手にかけることなど出来ようはずもないのに。


なぜ、こうなってしまったのか。なぜこんなにも真っ当に、当然のように、自明のように、姉を殺したのか。なぜ、門を開いたのが姉だったのか。なぜ、ほかの誰でもない、自分の姉が…――――――


そんな、出口のない自問を繰り返すが、まどろみなど一向に来る気配がなかった。



「そういえば、旅に同行した理由って何だったっけ…」


そんな、音にならないつぶやきは闇に溶ける。


確か、面白そうだから、だけではなかったはずだった。



(あぁ…そうだ。確か…――――――)



ドン――――――――――――――…!!!



世界が堕ちた。

世界が震えた。


天空に一筋、純白の閃光が奔り、闇を切り裂いた。



地震なんかじゃない。

これは…


『世界の意志の力』



全員飛び起きて、閃光が奔った方角を見つめる。今はもう何もないが、それでもその方角に何かが起きたこと、そして今も継続していることが、嫌でも分かった。


「一体何が起きたというんですの…――――――」


「わかんねぇけど、ステラ… こりゃあ」


「ああ、多分…」


「ブリジット様か、クロニカか知りませんが、とにかく世界の意志が解放されたのは確かです」


そうだ、オセリアは元敵。情報に通じている。ヴァンパイアの眷属がどこを解放しようとしていたのか。



「全く、問題が解決しないウチに次から次へと…オセリア、この方角で解放される地点はどこ」



「ほぼ間違いなく、イングランドのストーン・ヘンジ 大環状列石遺構群でしょう」


まさかイギリスにもう一か所、世界のツボがあるなんて。しかし、今はそんなことは些末でしかない。


「急いだ方が良いの?」


「ブリジット様が解放したなら、急いだ方が… 」


先ずはブリジットか… しかし居場所に検討など着くわけもない…


「ステラ、ブリジットの携帯端末がオンラインです。GPSで位置情報を確保しましたわ。転送します」


転送されてきたブリジットの端末情報を参照すると…見つけた。ブリジットの携帯を捉えた。


「って、すぐ近くの街中のホテルかよ!! あ、移動してる」


確かに携帯端末にはGPS機能があるが… まさかステラのこともこれで追いかけてきたのでは… などと頭をよぎるが、今は関係ない。


「ブリジット様でないとすれば、クロニカが世界の意志を解放したのでしょう。ステラ、ブリジット様を捕縛しましょう。単身でクロニカへ挑ませるわけには…」


そんな話をしている間に、ブリジットの位置情報は青一面へと飛び出してしまった。


「ヤバい。飛んだみたい。なんつう速さ…あ、海に出たぞ、これ」


ステラが言うや否や、オセリアはステラを抱いて飛翔した。


レラィエは飛べないリカルドを抱いて必死に追っかけくる。


端末を確認するが、ステラの現在位置とブリジットの位置がにどんどん引き離されていく…



「ステラ!! 状況は!?」


「ケツにはついてる! でも、このままじゃGPS圏外だ!」



「翼を出します!! しっかり掴まって!!」



バサリという羽音の直後、一気に速度が跳ね上がった。



ステラが眼を開けていることはできない。ここはもうオセリア任せだ。



そしてオセリアはブリジットの影を捉えた。しかし眼下には街の明かりが広がり始め、ブリテンに入ってしまったことを物語る。これ以上近付けば確実にバレる。オセリアは付かず離れずのスピードに調整した。



「ブリジット様を補足しました。どうしますか。捕縛しますか?」


「それは……って、オセリア、ブリジットが降下した!!」


「了解しました! 追跡します!」




オセリアもブリジットを追って急降下する。



この下は…ストーン・ヘンジ…




東に飛んだせいか、もう夜明けが近い…


東の空が漆黒から紫、群青、そして白と変わっていく…



完全に陽が出きったら……ブリジットとオセリアはどうなる…



ストーン・ヘンジの外観が見えてきた。ブリジットは急降下のスピードを落とし、着陸体勢にはいっている。



オセリアもそれに習う……

その時だった。


「あぐっ……」



ついに太陽が頭をだした…

その光が、オセリアを直撃し、背中の翼を消滅させた。


太陽と、突然の翼の消滅でオセリアは意識を失なってしまう。



ヤバいな…


もう地上は近い。このままでは激突してしまう。


落下速度は既に最大… 間に合うか――――っ!?




ステラは気絶したオセリアを抱き締め、魔力を高める。



魔力防壁ではたりない。そこは、風の元素を全て使う。


そして、歌う…――――――――



魔力を帯びた歌声が、響き渡る。これはイメージなどの幻影系ではない。彼の友人が使う歌姫としての能力とは全く違う、人間の身体すらも楽器とみなし、その旋律に魔力をのせ、魔法を具現化する。


戦闘では全く使えない楽師の力は、今は最適に働く。


魔術師が呪文を唱える様に、ステラは祈りを込めて歌う。


世界に望み、力を借りる…――――――



ブワッと、ステラ達を押し返す風の領域を展開する。


徐々に落下スピードは落ち始めた。


まだ足りない…

あと数百メートルで大地だ。



「ッ!!」



ドコォオオオオ…



ストーン・ヘンジの近くにクレーターができ、もうもうと土煙が上がった。



ブリジットの着地後すぐだったので、彼女もとばっちりの如く衝撃波を受けた。




「取り敢えず……死ななかった…」



安堵のため息を吐きつつ上に乗るオセリア退かし、ステラは立ち上がった。


「ステラっ…大丈夫かっ!?」



ブリジットは駆け寄り、その惨状をみる… 丘陵の一か所に隕石が落ちたようなクレーターだ。後片付けが大変だろう。



「あ~うん。平気。オセリアが気絶しちゃったけど…」


そう言いながら、ステラはオセリアを抱えクレーターを出た。


ブリジットは呆れたように首を振り、それきり口を開かなかった。





ストーン・ヘンジ…


太古から存在する、謎の環状列石…



成程…確かに力に満ちている…


ステラはブリジットの数歩後ろをついていく。


ブリジットの背中が、それ以上近付くのを拒絶しているのを感じたからだ。




朝日に映える、環状列石。

その中央の巨石の前に… 彼女は笑って立っていた…―――――――




「おはよっ、ステラ。久しぶりだね」


快活に挨拶をしてくる彼女…

煌めくブロンドのくせ毛… 翡翆色の瞳…


よく通り、歌えば人に歌詞に込められた世界をみせる声……



間違えようはずもなかった…



「レティ… 何で…――――――」


「それは……彼女が、クロニカだからです…」


「オセリア…」



オセリアは意識が回復し、ステラに下ろしてもらった。



「やはりお前か、レティシア…まさかとは思っていたがな…」



ブリジットは侮蔑を込めた視線でレティを睨む。


ステラはショックで何も言えない。


(なんで、レティが…? ずっと騙してたのか… ずっと騙されてたのか…?)





「それは違うよ、ステラ。私が組織の頂点に位置したのは、ここ三ヶ月だもん。それまでは普通の学生だったよ。あぁ、普通ではないかな。魔法遣いの学生だったよ」



「だったらなんで!!」


今はレティの笑顔が痛い…ステラは思わず叫んでしまった。



「クロニカだから。正確には、黒の予言書の意志見たいなものかな? 予言書に書かれた歴史を実現させるために、私に意志と力が宿ったの。あ、でも、支配されてるワケじゃないよ? 知ったのは予言書の全貌だけ。それでね。思ったの…―――歴史を操るなんて素晴らしいこと、やらない手はないってね。


ステラだって、もう歴史の、運命の影響を強く受けているでしょう。あなたは歴史に支配された『星空』なの。だから、圧倒的に正しく、自明に、お姉さんを殺すことになった。うん、知ってるよ。あなたがお姉さんを殺したこと」



レティは明るく笑っていた。


「ヴァンパイアたちは私が何であるのか、もう知ってたの。だから接触してきた。私は迎え入れられ、彼らの頂点に立って組織を、予言書の通り動かした。ブリジットさんに協力者が居るのは知ってたから、ギルバート教授と接触してわたしにも協力してもらった。


彼は役目を果たしたよ? ちゃんと『門』を開いた。彼は自分が選び取った道だと思っているみたいだけど。


そしてね。アポロも取り込んだの。イギリスで歴史の関連者をそろえるには、クレアの死、貴方がお姉さんと接触する必要があったから。それを確実にこなす代わりに、ステラは絶対に殺さないっていう契約で。

そのあと、彼女は死んじゃったみたいだけど。組織のヴァンパイアほぼ全員を道ずれなんて、本当に規格外よね」



なんだって……


レティガアポロヲ…?


なんで彼女は笑っているのか…なんでそんなに愉しそうなのか…




「それでね…」


「黙れ…それ以上喋るな…」



ステラは驚いてブリジットを見た。あの…とんでもない殺気を放っている。


だが、レティは意に介してないようで、笑っていた。


だが、その笑みは氷点下だった。笑っているのに目が相手を射殺すように鋭い。



「なに? わたしの掌で踊らされて悔しい? でもね、わたしより前に貴女は同族の掌で踊ってたんだよ。同じ力を解放して、同じ場所で、違う事をする。それなのに、貴女は頑張って解放してたよね。それって何の意味があるのかなぁ。同族のいい手駒だったみたいだよ? 刺客は全部カモフラージュ、捨て駒だったの。あなたをただ泳がせているだけで、彼らの目的には着実に近づく。少し考えればわかることなのに、お笑い草よね」



クスリと微笑むレティ。なぜ、笑っているのだろうか…



「そんなものは知っていた。だが、奴らは特異点の場所を知らなんだ。私とて一人ではもっと時間がかかっただろう。だからこそギルバートの協力を得たのだがだが… それも歴史に刻まれた必然というわけか。 だがな、お前もわかっているだろう。世界は私にしか動かせない」


「ヴァンパイアではね。でも、私にはできる。私が関われば、不確定な歴史が確定していく。私がの望めば、それは歴史となるの」


終始笑顔のレティシア。


ステラの頭から混乱が通り過ぎ、炎にも似た激しい感情が上り詰めてくる。身を焦がすほどの灼熱が、視界を紅く染め上げる。


「お前が… お前がアポロを…」


「そうだよ。私がいたから、私がかかわったからアポロは死んだの。歴史がそう確定した。あなたもそうだよ。あなたの行動も、選択も、その燃え上がる激情さえも、すでに決定づけられた歴史であり、運命なの。不自然な歴史なんてない。すべては因果による必然。私は歴史からその必然を逆算して、いずれ紡がれる因果の糸を効率よく紡いだに過ぎない」


「だったら、アポロが死なない運命も紡げただろう!! なんで! 友達だっただろう! 家族みたいなもんだっただろうが!!」


ステラの激しい感情に、言葉に、レティシアはただ寂しげに頭を振った。


「私もまた人間である以上、歴史の一部なの。ステラ… 運命はね、集合であり総体なの。些末な変化はあっても、大筋は変わらない。観測者は確定した過去を見て別の可能性を論じるけれど、それはすべて詭弁であり結果論だわ」


「未来を知りながら、それを回避する手段がないというのか、お前は」


ブリジットの問いに、レティシアは平然と答える。


「そうよ。予言書に書かれた歴史は改竄を許さない。どんなに非効率な道筋をたどっても、自明に帰結する。だから私は無駄を省き、最小限の…――――」


突然言葉を切った。だがそれに続く言葉を、二人は予想できた。


最小限の犠牲…


「それが、歴史のためだっていうのか…」


「違う。歴史そのものなんだよステラ。だからね、あなたがここに来て、私と相対するのも決められた歴史なのよ。仲間になってもらおうとか、そういうんじゃない。わたしたちは戦う宿命(さだめ)なんだよ」




朝日が環状列石と直線になった。



次の瞬間、激しい突風が吹き荒れ、天から十何本もの光の柱が環状列石に降り注ぐ。



太陽が間近にあるような強烈な光に、皆眼を眩ませてしまう。



環状列石に膨れ上がった光は、真上の上空に跳ね上がり、そして……



光が落ち着き、風が止んだとき、空には…



神殿が浮上していた。


『門』にくらべたら小さい。ただ神殿があるだけなのだから。


だが、その神々しさは、まさに世界の全てだったのだろう…



「あれが世界の祭壇。わたしは最深部でこれから祈りをささげる。この星を生命が生まれる前の状態に回帰させる。祈りが世界に届くまで、これからまる二日。それを過ぎたら…わかってるよね?」



放たれた挑戦状をステラはしかと受け止める。


「あぁ……まってろ、レティ。絶対止めてやるから」



ステラの烈火のごとき感情は、レティの泣きそうな笑顔で潮が引けてしまった。

許すとか、そういうものではない。何も解決していない。だから、ステラは不敵に笑う。


「そんな宿命、俺がぶっ壊してやるよ」



レティはとびっきりの笑顔を向けていった。



「そう、期待して待ってるよ。止められるものならね」



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