第二楽章 選択の時
あの後、オセリアとあとから追い付いたレラィエの説得により、ブリジットは逃げることはなかった。
一行はホテルに移動したが、何時間も誰もしゃべらなかった。沈黙に耐えられず、誰かが口を開こうとして、そして何も言わずに口を閉じる。その繰り返しだった。
ギスギスした空気が漂う。
何も食べず、飲まず、寝もしない…
もう夕方になっているというのに、誰も何もしない…
何もできない…
「外に出てくる」
ブリジットは小さく呟いて部屋を出ていった。
その瞬間、ギスギス空気は消えてなくなった。
しばらくして、リカルドが口を開く。
「ステラよぉ。追っかけなくていいのか?」
続いてレラィエも頷いた。
でも、自分が行ったところで何になるのか…
「わかってねぇらな言うけどな。ブリジットはあんたに来て欲しいと思うぜ」
「何で…さ」
ステラの言葉に、リカルドとレラィエは顔を見合わせて溜め息を吐いた。
鈍いのか、わざとなのか、それともいっぱいいっぱいなのか…―――――
だが、こういうことは口で説明するものじゃない。
「まぁいいさ。でもよ。お前は最初からブリジットと一緒に居た仲間だろ? その仲間が辛そうにしてるのに、お前は放っておくのか?」
ステラは答えない…――――
「行ってやれよ」
それっきりリカルドは何も言わなかった。言葉を発して気が抜けたのか、そのまま横になると、あっという間にいびきをかきだした。
しばらくの沈黙の後、ステラも部屋を出ていった。
「私も…」
「貴女はいいんですの。むしろ邪魔ですわ。おとなしくしててください」
オセリアを押し止め、辛つらな言葉を笑顔で浴びせた。
ここにも鈍いのがいたようだ…
ブリジットは直ぐに見付かった。
人気のない墓地にその姿があった。
気付くとまた逃げたので、ステラは追い掛け、その腕をがっちり掴まえた。
「離せ……」
「いやだ…」
「離せといっている…」
「逃げるからいやだ」
「――――――っ!!」
バチンっ!!
乾いた音が響きわたった。
息の荒いブリジット、頬が赤いステラ…
「誰の……誰のせいだと思ってる!!」
もう、止められない…
濁流の如く、ドロドロと溜っていた気持ちが流れでる。
「私から離れたのはオセと一緒になるためか!? そんなに私が嫌だったのか!? 何故寄りにもよってオセなんだ! 当てつけなのか!! あの音色は…あの旋律は全部嘘だったのか!? 孤独でか弱い私を憐れんだというのか!!」
「ちがっ……」
「うるさいうるさい!! 聞きたくもない!!」
またしても走り出そうとするブリジット。だが、それは遂げられることはなかった。
ステラはブリジットを捕まえた。後ろから抱きすくめ、身に寄せた。
「ごめん…ごめん、ブリジット。そんなつもりじゃなかったんだ。俺はただ…姉さんと話したくて。そこにオセリアが手伝って欲しい事があるってきて。それで、興味が湧いて…」
違う。こんなものは詭弁だ。ただ、面白そうな現象に流されただけだ。ほかの誰も顧みずに。でも、真実が全てにおいて正しいというわけでは、ないのだ。
「そんなの…言ってくれれば、一緒に探したのに…っ」
「これは…俺と姉さんの問題だったから。ごめん…心配させて…」
アレは現実逃避だったのだろう。アポロが死んだ事実から目を逸らすための逃避行。それが姉を殺すことに帰結してしまった。
ブリジットはしばらくもがいていたが、それもやめた。
後ろから抱きすくめられるなど、ストラウスと共に居た時以来ではないだろうか。それは心地よく、暖かく、悪くない気持ちだった。
あれほど激しく、混とんとしていた感情が引き潮のように平静になっていく。そして緩やかな、暖かさが胸に溢れてくる。
ああ、そうか…――――――― これが…
「私が…私が悪かった…。何も知らずに…」
「ううん」
「すまない。先に謝っておく」
「は?」
と言う前に、ブリジットの唇でステラの口は塞がれた。
ブリジットの髪の香が甘い…
(いつぞやから、この頼りない少年に恋をしていたのだろう…)
孤高の姫君として、ここ数百年来、恋というものとは無縁の人生だった。もはや色あせてしまった遠いあの日が、少女だったころのあの日が最後だったろう。
忘れていた感情は、こんなにも甘美で、切なく、痛ましく、哀しく、愛おしいものなのだろうか。
どれ程長く、口付けをしていただろう…
それは永遠にも感じられた時間だった。
♪
ホテルに帰ってきた二人は、いつも通りだった。
扉を勢いよく開けたと思ったら、
「飯食いに行くぞ!」
と笑顔のブリジットが叫んだ。
よくもまぁ、回復したものだ。
備え付けのレストランがなかったので、外食となったが、皆は初めてスシなるものを食べた。
生魚を酢飯に乗っけて、醤油で食べるアレだ。
日本の伝統料理らしかったが、かなり美味かった。板さんも日本人のお爺ちゃんだったが、その声を終ぞ聴くことはなかった。こちらの言っていることは理解しているが、寡黙な職人然とした板前だった。
そしてホテルに帰ってから。
「お前たちはどうするんだ?」
ブリジットの問掛けはリカルドとレラィエに向けられていた。
「俺はパス。コーネリアを直してないからな」
「私も今回は遠慮させていただきますわ。いろいろと… 考えたいことがありますの…」
「そうか。好きにすればいい。オセ、お前は…」
「まだ、決めかねてます…―――――」
三者三様の答えは、はたから見れば薄情だろう。世界の危機にステラとブリジットが挑むというのに、それに同行しないといっているのだ。
だが、それはある種、自分を弁えてのことでもあった。ブリジットと他の人間との力の差は歴然。ステラはともかくとしても、先の『門』での戦闘で自分たちの力が一切通用しなかった事実を痛感した。
そう、怖いのだ。どれほど理屈を並べようとも、どれほど正論を打ち出そうとも、死の恐怖にあらがうことなどできない。
勝てる気がしない、死にたくない、それは真っ当な感情だ。それを責めることは
誰にもできない。
それでもブリジットは穏やかだった。全ての覚悟が決まった顔で、微笑んでいた。
『ステラ…貴方も決めなきゃいけないこと、あるわよね』
(ルナ…―――)
『あの世界の祭壇に入るまでに、決めておきなさい』
(わかってるさ…)
♭
陽も落ちきり、街が灯りをともす時間に、ブリジット、ステラ、オセリアの三人はストーン・ヘンジに来ていた。
あの神殿へは、レティが残した魔法陣でいける。
だが、このままステラは行くわけにはいかなかった。
決めなければならない。ここで…
このたびの中で、ステラはステラの答えを得た。混沌回帰でもなく、原始回帰でもない、ステラの理想。かなえたい願いが出来た。
理想を捨てるなと、アーサー王は言った。
あの時、ステラは自分の願いが何であるか知った。いや、ずっと変わらなかった願いを自覚した。
ブリジットと共にあれば、理想の実現はブリジットに譲りざるを得ない。
俺は…
1.願いをかなえたい。
→題名曲 Vampire Serenade へ
2.それでも、ブリジットといたい。
→終曲部 Black Chronicl へ




