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獅子の系譜【旧版】  作者: 谷下 希
第1章 緑の王国
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部活勧誘

「ああもう、お腹ぺこぺこだよー」


 眉間にしわを寄せて、紗也加が音を上げた。ホームルームが終わると、すでに正午を過ぎていた。配布物の説明や自己紹介などで、意外に時間が経っていたらしい。

 それぞれのクラスから、続々と人が出てきて、廊下は一気に騒がしくなる。塔子と紗也加も、人の列に続いて玄関へと向っていた。


「ね、塔子の隣の席の坂本(さかもと)くん、いいよね」

 紗也加がこっそりと塔子に耳打ちする。うきうきと話すその様子に、塔子は苦笑した。

「うん、たしかにカッコいいよね。お調子者って感じだけど」

「そこがいいんじゃない。可愛くて」

 力説する紗也加につられて思い出す。

「謙遜してるわけでも、ポーズでもなかったものね。あの自己紹介」

 

 ――この学校に入りたくて、必死で勉強しました。得意教科は実技、苦手なのはそれ以外です。テスト前にはサポートをよろしく。

 

 と、きたものだ。あまりにはきはきと、悪びれず話すので一同あっけに取られてしまった。

 紗也加も思い出したようで、笑いを漏らす。

「最初からあんなに自分をさらけ出せる人、なかなかいないんじゃないかなあ。ただでさえここは進学校なんだし。みんなからよく見られたい、優等生の集まりでしょう? あたし、教室のみんなが周りの出方をうかがっている雰囲気、いやだったもの」


 紗也加の黒目がちの瞳がくるりと動いて、塔子を見る。塔子は胸がちくりとした。自分も、ひそかに周りをうかがっていたひとりだったからだ。紗也加は続ける。

「坂本くんが自己紹介したら、クラスの空気変わったよね。彼、自分を取りつくろったりしないから、みんなが安心できたんだよ。あれで顔も良いし、一躍人気者になっちゃったね」

「たしかに」

 ホームルームのあと、塔子の隣の席は人だかりが出来ていた。人懐っこい笑顔で応じる良司は、塔子から見ても、人を魅了するものがあるのだった。


「ね、塔子あれを見て」

 ふと立ち止まり、窓を指さして紗也加は言った。二人は玄関近くまで来ており、窓からは玄関ポーチと前庭が見渡せる。そこに、色とりどりの様々なユニホームを着た上級生が、鈴なりになって詰めかけていた。ぎょっとして、塔子も見つめる。

「うわ、すごい。部活勧誘?」

「でしょうね。あれを通らないことには帰れなさそうね」


 玄関からはさらに騒々しい声が聞こえる。

 前にいる女子たちは熱に浮かされたように騒いでいたが、塔子はすっかり怖気付いてしまった。どうしよう、と目線で紗也加に問いかけると、紗也加はけろりと言った。

「ちょうどいいわ。あたし、そのままテニス部に入部届出してくる」

「そんな! わたしひとりであの人だかりをくぐれっていうの」

「だって、テニス部はもともと入るつもりだったし。あたしの入学の目的のひとつでもあるのよ。松高はテニスの名門だもの」

 忘れたの? と大きな目で塔子を見る。そう言われれば、塔子はぐうの音も出なかった。寮で出会ったときに、すでにそれは聞いている。紗也加は中学時代から、県でも有数のプレイヤーらしかった。


(勉強も運動もできて、美人で物怖じしないなんて。紗也加はずるいよ……)


 更に滅入る気持ちで塔子は渋々納得し、二人はテニス部がいる場所で解散することにした。そして紗也加は軽やかに、塔子は意を決し、勧誘の列に踏み込んだ。


「入学おめでとう! ソフト部です。新入部員募集してます!」

「おめでとうございまーす。吹奏楽部です。よろしくお願いします」


 勧誘の声がそこかしこで飛び交う。玄関から出るなり、塔子と紗也加は人だかりでもみくちゃにされてしまった。予想以上の熱気と勢いだった。

 上級生から勧誘のビラを次々と渡され、数歩歩いただけで、両手はすでにいっぱいになっている。ユニホーム姿はまだしも、なかには馬の被り物や、着ぐるみまで着て勧誘する者もいた。予期しないお祭り騒ぎに、塔子は目を白黒させるしかない。


「クイズ研究会です。よろしく!」

 頭に『必勝』のハチマキを巻いた、男子上級生にビラを渡され、塔子はまたあたふたとビラを受け取った。分厚い束になったビラを何とか持ち直して顔を上げると、隣にいたはずの紗也加がいない。

「紗也加?」 

 塔子は周囲を見回した。しかし勧誘の上級生がひしめきあうばかりで、やはり見当たらない。

「紗也加、いる!?」

 叫んだ声は、勧誘の声や吹奏楽の音楽、ラッパや太鼓の囃しで全く通らなかった。耳を塞ぎたくなるほど、辺りは騒々しいのだ。


 後続の新入生達が続々と迫り、塔子は立ち止まっているわけにいかず、押されるように前へ進んだ。のろのろと歩きながら振り返り、紗也加の姿を探したが、やはり見つからない。

 早々にはぐれてしまったようだった。


(どうしよう)


 塔子は心細くなったが、思い直すことに努めた。そもそも、人波でこんなにもみくちゃにされてしまっては、一緒に抜けることさえ難しかっただろう。

 それに、どのみちテニス部が見つかれば、すぐに別れる予定だったのだ。紗也加も承知しているはずだ。


(仕方がないよね。早くここを出て、先に寮へ帰っていよう)


 一度人垣のなかへ入れば、後は開き直って脱出するしかない。塔子は小さくため息をつき、足取りを早めることにした。


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