部活勧誘
「ああもう、お腹ぺこぺこだよー」
眉間にしわを寄せて、紗也加が音を上げた。ホームルームが終わると、すでに正午を過ぎていた。配布物の説明や自己紹介などで、意外に時間が経っていたらしい。
それぞれのクラスから、続々と人が出てきて、廊下は一気に騒がしくなる。塔子と紗也加も、人の列に続いて玄関へと向っていた。
「ね、塔子の隣の席の坂本くん、いいよね」
紗也加がこっそりと塔子に耳打ちする。うきうきと話すその様子に、塔子は苦笑した。
「うん、たしかにカッコいいよね。お調子者って感じだけど」
「そこがいいんじゃない。可愛くて」
力説する紗也加につられて思い出す。
「謙遜してるわけでも、ポーズでもなかったものね。あの自己紹介」
――この学校に入りたくて、必死で勉強しました。得意教科は実技、苦手なのはそれ以外です。テスト前にはサポートをよろしく。
と、きたものだ。あまりにはきはきと、悪びれず話すので一同あっけに取られてしまった。
紗也加も思い出したようで、笑いを漏らす。
「最初からあんなに自分をさらけ出せる人、なかなかいないんじゃないかなあ。ただでさえここは進学校なんだし。みんなからよく見られたい、優等生の集まりでしょう? あたし、教室のみんなが周りの出方をうかがっている雰囲気、いやだったもの」
紗也加の黒目がちの瞳がくるりと動いて、塔子を見る。塔子は胸がちくりとした。自分も、ひそかに周りをうかがっていたひとりだったからだ。紗也加は続ける。
「坂本くんが自己紹介したら、クラスの空気変わったよね。彼、自分を取りつくろったりしないから、みんなが安心できたんだよ。あれで顔も良いし、一躍人気者になっちゃったね」
「たしかに」
ホームルームのあと、塔子の隣の席は人だかりが出来ていた。人懐っこい笑顔で応じる良司は、塔子から見ても、人を魅了するものがあるのだった。
「ね、塔子あれを見て」
ふと立ち止まり、窓を指さして紗也加は言った。二人は玄関近くまで来ており、窓からは玄関ポーチと前庭が見渡せる。そこに、色とりどりの様々なユニホームを着た上級生が、鈴なりになって詰めかけていた。ぎょっとして、塔子も見つめる。
「うわ、すごい。部活勧誘?」
「でしょうね。あれを通らないことには帰れなさそうね」
玄関からはさらに騒々しい声が聞こえる。
前にいる女子たちは熱に浮かされたように騒いでいたが、塔子はすっかり怖気付いてしまった。どうしよう、と目線で紗也加に問いかけると、紗也加はけろりと言った。
「ちょうどいいわ。あたし、そのままテニス部に入部届出してくる」
「そんな! わたしひとりであの人だかりをくぐれっていうの」
「だって、テニス部はもともと入るつもりだったし。あたしの入学の目的のひとつでもあるのよ。松高はテニスの名門だもの」
忘れたの? と大きな目で塔子を見る。そう言われれば、塔子はぐうの音も出なかった。寮で出会ったときに、すでにそれは聞いている。紗也加は中学時代から、県でも有数のプレイヤーらしかった。
(勉強も運動もできて、美人で物怖じしないなんて。紗也加はずるいよ……)
更に滅入る気持ちで塔子は渋々納得し、二人はテニス部がいる場所で解散することにした。そして紗也加は軽やかに、塔子は意を決し、勧誘の列に踏み込んだ。
「入学おめでとう! ソフト部です。新入部員募集してます!」
「おめでとうございまーす。吹奏楽部です。よろしくお願いします」
勧誘の声がそこかしこで飛び交う。玄関から出るなり、塔子と紗也加は人だかりでもみくちゃにされてしまった。予想以上の熱気と勢いだった。
上級生から勧誘のビラを次々と渡され、数歩歩いただけで、両手はすでにいっぱいになっている。ユニホーム姿はまだしも、なかには馬の被り物や、着ぐるみまで着て勧誘する者もいた。予期しないお祭り騒ぎに、塔子は目を白黒させるしかない。
「クイズ研究会です。よろしく!」
頭に『必勝』のハチマキを巻いた、男子上級生にビラを渡され、塔子はまたあたふたとビラを受け取った。分厚い束になったビラを何とか持ち直して顔を上げると、隣にいたはずの紗也加がいない。
「紗也加?」
塔子は周囲を見回した。しかし勧誘の上級生がひしめきあうばかりで、やはり見当たらない。
「紗也加、いる!?」
叫んだ声は、勧誘の声や吹奏楽の音楽、ラッパや太鼓の囃しで全く通らなかった。耳を塞ぎたくなるほど、辺りは騒々しいのだ。
後続の新入生達が続々と迫り、塔子は立ち止まっているわけにいかず、押されるように前へ進んだ。のろのろと歩きながら振り返り、紗也加の姿を探したが、やはり見つからない。
早々にはぐれてしまったようだった。
(どうしよう)
塔子は心細くなったが、思い直すことに努めた。そもそも、人波でこんなにもみくちゃにされてしまっては、一緒に抜けることさえ難しかっただろう。
それに、どのみちテニス部が見つかれば、すぐに別れる予定だったのだ。紗也加も承知しているはずだ。
(仕方がないよね。早くここを出て、先に寮へ帰っていよう)
一度人垣のなかへ入れば、後は開き直って脱出するしかない。塔子は小さくため息をつき、足取りを早めることにした。




