スカウト
ビラと勧誘を必死で受け流し、塔子はやっとの思いで長い行列から抜け出した。抜け出た場所は、一学年校舎の前庭から、噴水広場に続く小道の入口あたりだった。
周囲は人もまばらで、帰っていく新入生や、新入生と上級生が談笑しているグループがいくつか見られるだけだ。おそらく部活の説明でもしているのだろう。
塔子はほっとして、乱れた髪を手ぐしで整え、ビラを鞄に詰め込んだ。ずっと肩に力が入っていたようで、安心するとどっと疲れが襲ってくる。同時に空腹も感じて、早く帰ろうと顔を上げたときだった。
「ねえ、ちょっといいかな?」
上級生の男子が三名、塔子を囲んで立っていた。皆水色と白のラガーシャツを着ており、どうやらラグビー部のようだ。体つきはたくましく、背も高い。三人が塔子を囲むと、壁にすっぽりと覆われてしまったように前が見えなかった。
(――男の人だ)
塔子は圧倒された。こうして近づいて対面してみると、よく分かる。
体つきがすでに大人の男性のもので、中学の同級生とは比べるべくもない。男子というのは、一年や二年でこんなに成長してしまうものかと思うと、自分とは全く違う生き物のように感じさえした。
すくんでしまった塔子を安心させるように、先ほど声をかけてきた、正面にいる上級生が笑う。
「怖がらせてごめんね。きみ、新入生だよね。名前は?」
「……篠崎塔子です」
俺は吉田、と上級生は名乗った。そして、左にいる上級生を林、右を高塚だと言い、全員二年だと紹介した。塔子は小さく会釈する。
吉田は、囲んだ三名のなかでは一番顔立ちが整っており、女子が騒ぎそうなタイプだった。本人もそれを自覚しているのか、鷹揚な笑みで応じる。林と高塚は吉田の取り巻きといった風情で、吉田から一歩下がって立ち、なりゆきを静観している。ただ、二人ともこちらをにやにやと値踏みするように眺めており、塔子を更にすくませた。
顔を上げると、正面の吉田も、塔子を上から下まで見つめているのに気がついた。三人の視線に気後れしてしまう。吉田が笑った。
「篠崎塔子さんね。それじゃ、トウコちゃんだね」
いきなり名前で呼ばれて、塔子は驚いた。
「トウコちゃんさあ、部活どこに入るか、もう決めてる?」
「いえ……」
「じゃあ、興味のある部活は?」
「特にないです。わたし……部活に入るつもりは、今のところないので」
(もう部活勧誘は終わったと思ったのに)
塔子はがっくりときた。ビラ配りの次は、個人勧誘の手に出たらしい。しかも初対面なのに、相手はずいぶんと馴れ馴れしい。
「部活に入るつもりないの? もったいないよ! せっかくの高校生活なんだから、楽しまなきゃ」
「はあ……」
塔子の相槌に意を得たとばかりに、前のめりに近づいてくる。塔子は同じだけ後ろに後ずさったが、吉田は意に介さないようだった。塔子をのぞき込むように見すえ、声を落として言う。
「ね、だったら、ラグビー部のマネージャーになってくれないかな? トウコちゃん入ってくれたら、すごく嬉しいんだけど」
「ぜひ、入ってよ」
両脇の二人が、笑いを浮かべたまま、初めて言葉を発した。なにが“だったら”なのだろう、と思いながら、塔子は困惑して言葉を探す。
「……でも、ラグビーとか、わからないので」
「他のマネージャーの子も、みんな初心者だったんだよ。大丈夫。何なら俺達が教えるし」
「手取り足取りね」
林が相槌を打った。
「あの……」
「親切に教えるってことだよ。想像つかなかったら、体験入部もできるから。やってみて難しければ、やめてもいいし。一度練習に来てみてくれないかな?」
言い繕うように、吉田が笑った。
(そんなこと、言われても……)
塔子はさらに一歩下がって視線を落とす。
熱心に誘ってくれるのはありがたいことだと思うものの、三人の塔子を見る目や雰囲気には、何か落ち着かないものがあった。早く逃げてしまいたい一心で、塔子は顔を上げた。
「……ごめんなさい。やっぱり入部する気はないので」
「それはないでしょう。そんなこと言わないで、一度だけ! 一度だけ体験入部で来てくれないかな? 頼むよ。トウコちゃんが来てくれないと、俺達他のメンバーからどんな仕打ちを受けるか」
「そうそう。俺達を助けると思って」
「頼む!」
吉田が手を合わせて頭を下げた。両脇の二人も見習って、塔子に頭を下げる。
「先輩、やめてください」
「いいや。トウコちゃんが練習に来るって言ってくれるまで、俺らこうしてるから」
「そんな……」
塔子は言葉を失った。どう対処すればいいかわからず、助けを求めて辺りを見回すと、周囲の人が何事かとこちらをうかがっていることに気がついた。なかには、こちらを見てヒソヒソと囁きあう女子生徒などもいて、ひんしゅくを買っているようにもみえる。
(目立っている。しかも、悪い意味で)
塔子は頬に血が集まるのを感じた。
「一度でいいんだよ。そんなに構えないで。俺達、トウコちゃんと仲良くなりたいだけだからさ、ね? 頼むよ」
頼む、と笑いを浮かべて、塔子を見上げる三人の目は、状況を楽しんでいるようだった。
(確信犯だ)
塔子は恥ずかしさで穴に入りたい気持ちで思った。大げさに懇願して、説得させるやり方なのだろう。入部の意志は全くないが、行くと言わねば、引いてくれない雰囲気だ。
(どうしよう)
どっと疲れを感じながら、困り果てたときだった。
「篠崎さん」
不意に後ろから呼びかけられる。振り返ると、先ほど紗也加と話をしていた、噂の張本人、坂本良司が立っていた。




