緑風会本部
「なんだこれ」
良司が隣でぼそりと呟いた。塔子も唖然と目を見開く。
扉を開けると、そこには優雅なお茶会の光景が広がっていた。
二人が入ったのは、緑の館一階の玄関脇にある部屋だ。かつてリビングルームとして使われていたことを忍ばせる、広々とした間取りの部屋だった。中央には赤い布張りのソファがコの字型に三脚配置され、そこで優雅にお茶を飲む四人の生徒の姿がある。
奥のソファに座り、こちらから差し向かいで見えるのは副会長の荒巻志津香、二年の佐伯千歳だった。志津香は塔子と良司を認め、「あら」と呟き微笑んでみせる。足を横に揃え、ティーカップを片手に持った優雅な姿に、塔子はここが学校であることを忘れそうになる。隣にいる二年の佐伯千歳がいなければ、完全に居間で寛ぐお嬢様の構図だった。
千歳はといえば、小柄で華奢な体をぴんと張り詰めさせ、警戒した目でこちらを睨んでくる。並んだ二人の雰囲気が対照的すぎて、非常に違和感があった。
中央のソファに目を移せば、そこに鷹宮柊一がいる。彼はちらりとこちらに目をやっただけで、硬い表情で顔を戻した。横顔を晒しているので、冷めた眼差しと、つんと高い鼻梁が目立つ。相変わらずの居丈高な態度だった。
「やあ、来たね」
各々の顔色の変化にも気に留めず、のんびりと声をかけたのが、会長榊葉直哉だった。塔子たちから最も近いソファに腰掛けており、背もたれに片腕を預け、こちらに振り返っている。堀りの深い顔に大きな笑みをつくって見せた。
「まったく仕事してるように見えないんですけど……」
「一言目からご挨拶だね、坂本良司」
ぼそりと呟いた声を耳ざとく拾い、直哉は笑みを深くする。良司は直哉の表情を見て、すぐに顔つきをあらためた。こういった類いの察しの早さに関しては、良司は抜きんでた才能を発揮するようだった。塔子はちょっと呆れる。
直哉はそんな複雑な顔の塔子に目を移すと、今度こそ柔らかく微笑んだ。
「緑風会本部にようこそ、だね。篠崎さん。歓迎するよ」
「おれには一言もないんすか」
「だってお前可愛くないし」
可愛くないって、と良司が絶句する。彼を無視して直哉はさらに言葉を尽くした。
「ほんと、篠崎さんみたいな優秀な子が入ってくれて助かるよ。こんなに早く坂本を引っ張ってくるなんて、お手柄だ。どこかの誰かとは大違いだね」
「指名手配犯扱いですか」
「俺は善処しました」
塔子が口を開くより早く、良司と柊一が同時に口を出した。ふたりは互いをじろりと見合い、柊一がさらに口を出す。
「こいつがウジウジしていただけで、俺には何の非もありません。言いがかりです。俺が無能みたいな言い方はよしてください」
塔子は取り澄ました様子の柊一をぽかんと見た。淡々と起伏のない話し方ながらも、相変わらずの口の悪さだ。良司は眉を跳ね上げ、感心したように声を上げた。
「……お前って本当に性格悪いのな。その偉そうな態度をあらためれば、おれも行く気になったかもしんねえのに」
「詭弁だね。女々しく逃げ回っていたくせに、よく言える。いまさら何で来たんだよ」
良司は肩をすくめた。
「とーこさんの心動かされる勧誘のおかげでね。お前さあ、そのうちツンケン王子って呼ばれるぞ」
「黙れサル」
直哉がごほっと咳をした、ように見せかけて噴いていた。塔子はまた呆れる。
視線を感じたのか、柊一はこちらへ目を移す。キッと睨み据え、それに、と続けた。
「心動かされる勧誘だって? 笑わせるな。まったく理解できないね。こいつなんかに、いったい何の価値があるんだ」
不意打ちだった。水を向けられて塔子ははっとする。柊一の睨みに思わず目を伏せると、良司の低い声が頭上に落ちた。
「おいお前、いま何言った」
先程ののんびりとした口調とは打って変わった、唸るような声音だ。
「はいはい、ここまで」
犬の喧嘩を止めるような、間の抜けた声の直哉が素早く割って入った。
「まったく。仲良くしていたと思ったら、油断も隙もありゃしない。とくに鷹宮。言い過ぎだ。彼女に謝れ」
「嫌です」
「おい」
良司が割って入る。塔子は慌てて良司の制服の裾を引っ張った。
「いいの」
「とーこさん」
「もう二人を座らせてあげましょうよ。お茶にしましょう」
柔らかな声が奥のソファから発せられた。志津香が立ち上がっている。空気を変える絶妙のタイミングだった。塔子もほっとして彼女を見ると、志津香は労わるように微笑んで見せた。直哉は首をすくめる。
「ラッキーだったな、鷹宮。反省しろよ。それにお前は友達少ないんだから、口喧嘩できるやつは大切にしろ」
「余計なお世話です」
直哉の言葉に素早く返す。柊一はやはり頑なだった。直哉は片眉を上げたが、話を蒸し返すのを避け、それ以上は何も言わなかった。
「終わりましたか」
ふと部屋の奥から男性の声がして、塔子はぎょっとする。扉に隠れていて見えなかったが、部屋の住人はもう一人いたらしい。
声の主は細身で背の高い男子生徒だった。黒縁のメガネをかけ、資料を片手にホワイトボードの前に立っている。いかにもインテリで、役員らしい佇まいだった。どうやら、ちゃんと会議はしていたらしい。
「会長、時間が無いんですから。早く再開させてください」
「でも、二人の自己紹介がまだだよ。史信も座ったら?」
「俺はここで良いです。さっさと終わらせてください」
史信と呼ばれた男子生徒は、直哉を相手にきびきびと言う。にべもない口調が、何か柊一と似通うものがあり、塔子はぎくりとした。
「つれないねえ、お前も。まあいいや。二人とも座って」
直哉は肩をすくめ、そのまま柊一のソファへ移動する。良司と塔子を自分が座っていたソファに座らせた。
志津香が見計らったように、紅茶を持ってくる。中央に置かれたローテーブルに、優雅な仕草でティーカップを置いた。きちんとソーサーまで付いており、複雑な小花模様が美しいカップだ。湯気と共に華やかな香りの立つそれを、塔子はまじまじと見つめてしまう。
他のメンバーも同じカップを使っているようだ。
「特権階級っていうんだよな、こういうの」
塔子にだけ聞こえるように、ぼそりと良司は言った。ちらりと目を見かわし、塔子も微かに頷いてみせる。
「これ、仮予算案の資料です」
後ろから声がしたと思えば、千歳だった。ホッチキスで留められた、分厚い紙の束を差しだす。塔子と良司は言われるまま受け取った。
「さて、じゃあ自己紹介してしまおうかね」
全員が落ち着いたところを見計らい、直哉が声をかけた。中央のソファでゆったりと足を組み、にこやかに一同を見回す。
「まあ、もう顔見知りの面々もいるかもしれないが。緑風会本部のメンバーはおれを含めて計七名。こっちが副会長三年の荒巻志津香。隣が二年の佐伯千歳。書記をしている」
「よろしくね」
「……どうも」
志津香は穏やかな笑顔で、千歳は俯きながらぼそりと答える。やはり二人の反応は対照的だった。
「それから、あっちで突っ立っているのが瀬戸史信。二年で会計」
「紹介は全員揃ってからの方が効率が良いんじゃないですか」
「いちいち揚げ足取るね。お前は。いいじゃないか別に」
ずばりと言ってのける史信に、直哉がむくれてみせる。
「まあ、俺としては早く終われば何でもいいんです。会長と鷹宮はふたりとも知ってるし、省略しましょう」
「史信ちゃんひどい」
直哉の声を志信は面倒臭そうに無視した。柊一は異論なしといった風情で澄ましている。史信は塔子と良司を見て、紹介を引き取った。
「ちなみに鷹宮は俺と同じ会計。あと本部には二人、三年の先輩がいる。二人とも気まぐれなので参加するのは不定期。おいおい紹介する。君たちふたりについては、俺らは重々承知なので、紹介は必要ない。以上。質問は?」
早口かつビジネスライクな口調に、塔子と良司はただ首を振るしかない。
「おれがせっかく紹介していたのに」
「会長が話すと長いからいいんです」
えー、と駄々っ子のように抗議する直哉を、塔子は新鮮な気持ちで見つめた。こういう調子の良さが、実は彼の基調なのかもしれない。
じゃ、会議に戻っていいですね、と史信がてきぱきと話を進める。




