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獅子の系譜【旧版】  作者: 谷下 希
第2章 獅子の娘
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恐い行事

「ねえ、鷹宮柊一ってどんなやつ?」


 その日の五限目が終わったときだった。

 数学の教科書をしまう塔子に、良司は出しぬけに声をかけた。隣の席から、身を乗り出すようにこちらを向いている。大きな明るい茶色の瞳が、子犬のように無邪気に光った。


「え? わたしも話したことはないけど……」

「でも、噂にはなっているだろ?」


 広場での会話を聞かれていたのかと、塔子は一瞬疑ってしまった。タイムリーな話題に、少し驚いて言葉を探す。

「う、うん……話は聞いたわ。あんまり人と関わらない、クールな人だって」


 さすがに紗也加のようには、はっきりとものが言えない塔子だった。“氷の王子”の異名を取っていることなど、尚更言えるわけがない。

 言葉を濁した言いように、良司も少し首を傾げる。しかし、それ以上突っ込む気はないようだった。


「ふうん。やっぱり、そんなやつだよな。……じゃあ、そういうことなのか」

 後半は完全に良司の独白だった。めずらしく考え深げに呟く姿に、塔子もきょとんとして見つめる。

「なにかあったの?」

「いや、ちょっとね……」

 やけに言いにくそうな様子だ。しばしそうして向き合っていると、不意に後ろから、かん高い声がかかった。

「よお、ご両人」


 振り向くと、クラスメイトの多田聡(ただ さとし)が、にんまりと笑って立っていた。

 聡は背も低く、まだ声も高いので、男子達からは弟のように可愛がられている存在だ。やんちゃで憎めない性格の持ち主でもあるので、なおさらだった。

「教室でいちゃつきやがって。いつも熱いねぇ! このやろう」

 この時も聡は例に漏れず憎まれ口を叩き、うしろから巻き付くように、良司にじゃれついた。先程は子犬のように見えた良司であったが、小さな聡が絡むと、さすがに兄のように見える。


「ばっ、お前やめろって。いちゃついてない。付き合ってない。頼むから、それ以上言うな。とーこさん怒るだろ!」


 怒るとこわいんだぞ! と首に巻かれた腕をほどきつつ、良司は早口に叫んだ。

「え、こわいの」

 即座に反応した聡が、こちらを意外そうに見つめる。じゃれあう男子二人を前にして、塔子はうんざりとため息をついた。

「なに、その言いようは……。もとはと言えば、坂本くんのせいでしょう」

「だから、ごめんって」

 良司がしょげたように首をすくめてみせる。


(調子いいんだから)


 思わず不満が顔に出てしまう。

 良司の爆弾発言がなされたその日。じつは塔子は激怒し、本人に詰め寄っていたのだ。

 自分の発言に沸くクラスと、唖然とする塔子を見て、彼がほくそ笑んだのを見たからだった。それを見逃すほど、塔子は甘くはなかった。放課後に良司を呼び出し、しれっとした様子の彼を、思い切り叱り飛ばしたのだ。

 まさか塔子に叱られるとは、思いもしなかったのだろう。

 良司は一瞬ぽかんとしたが、悪ふざけを見抜かれたことに気づいた後は、早かった。ひたすら平身低頭に、謝り倒したのである。

 それ以来、良司も噂の火消しに尽力してくれるようになり、ようやく塔子も怒りを収めたところだった。


 聡はものめずらしそうに、二人の様子を眺めた。先程の会話の意味は不明瞭だが、関係については、悟るものがあったらしい。

「……おまえ、いったい何やらかしたんだよ。とーこさん怒らせるやつなんて、なかなかいないだろ」

 率直に告げる。痛いところを突かれ、良司はうっと詰まった。塔子は頭の痛い思いで、彼を見る。

 良司はムードメーカーだが、周囲の反応を一歩引いて見て、面白がるようなところがある、と塔子は思う。明るく開けっ広げに見えて、その実、なかなか底意地の悪い性格ではないだろうか。


「ま、まあ、いいじゃないか。おかげでこうして、前よりも仲良くなれたんだし!」

「なんだよ、それ!」

 不自然なほど前向きに良司は言った。塔子の冷ややかな視線を感じてか、思い切り目をそらし、じゃれつく聡の相手をし始める。


 たしかに仲は良くなった、と塔子は渋々ながらも認めた。なぜか良司は、塔子に叱られてからというもの、前以上に打ち解け、懐くようになっていたのだ。塔子の冷たい視線にもめげず、彼は毎日よく話しかけてきた。

 とーこさん、と呼ばわるようになったのも、そのときからである。それでまた、噂が広まってしまったのも事実ではあったが。しかし今では、他の男子にも浸透して、塔子のあだ名のひとつになっている。

 こんなに親しみを持って、周りから声をかけられる日が来るとは、塔子は思いもしなかった。


(坂本くんが、輪を広げてくれたんだろうな……悔しい事実だけど)

 そう思わずには、いられない。


「あ、そういえば、もうそろそろ入寮式だね」

 やっと違う話題を思いついたのか、良司がほっとしたように言った。聡と塔子は首を傾げる。

「入寮式?」

「そう。かなり古くからある伝統行事らしいよ。内容は、絶対秘密らしくて、兄貴も教えてくれなかったけど」

 と、良司。思い入れなく、ふうんと相槌を打った塔子たちに、彼はさらに付け足した。

 身を乗り出して、声を低める。


「何でも、ものすごーく恐い行事らしいぜ」

 楽しみだよな、とのたまった。



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