第六部第六話:馬車の上の密談と、ドラゴンの棲家へ
第六部第六話:馬車の上の密談と、ドラゴンの棲家へ
「まったくいけ好かない連中だったぜ! あんな傲慢な奴らにエル様を嫁がせるなんてよ、思い出すだけで反吐が出るぜ!」
険しい山道へと続く鬱蒼とした木立の中、黒い馬車の脇を重々しい足音を立てて歩きながら、巨漢の戦士スロットは大きな鼻息を荒げた。
謁見の間で受けた冷遇や、サジェスの嘲笑うような視線が脳裏にこびりついて離れず、彼の鋼のような筋肉の塊が怒りでピクピクと痙攣している。
「何度同じことを言わせる。魔王母様が面白がり、あえてお選びになった道だ。愚痴をこぼしたところで始まらなかろう」
馬の細い手綱を緩く握り締めながら、ジェノスは冷ややかなトーンで吐き捨てるように言った。
その鋭い三白眼の奥底には、彼自身もあの高慢な王子たちに対する抑えきれない怒りが渦巻いていたが、絶対者であるメルフェレーンの意図と遊戯に逆らうことなど許されない。
「しかしよ……こんな回りくどい茶番をわざわざせんでも、いっそのこと強力な『魅了の術』でカタをつけてしまえば早いものを……」
スロットは大きな肩を落とし、ため息混じりにぶっきらぼうにぼやいた。
「そんな単純な真似をして、どうする。一瞬で魔王力と見破られておしまいだろうに」ジェノスは冷徹に言い放つ。
「第一、それでは魔王母様の退屈凌ぎにもならん。あの御方は、もっと人間どもが狂い、エル様を巡って血みどろの混沌に溺れる様が見たいのだ。……いいか、もっともっとあの四人の王子を手玉に取るんだ」
前方を走る馬車の背中を眺めながら、二人の黒衣の騎士は深い苦息を吐き出した。
その前方を走る漆黒の馬車。
冷たい風が吹き抜ける高い御者台では、女騎士プランとエルがしっかりと並んで腰掛け、激しい揺れを身体全体で受け止めていた。
「いかがです、エル様? 先ほどの謁見の間で四人の王子と顔を合わせましたが……心惹かれる、気になる王子はいらっしゃいましたか?」
プランは前方の険しく険阻な山道を静かに見据えながら、ふと柔らかく優しい声音で問いかけた。
エルは膝の上でそっと組んだ両手の指先を見つめ、微かに首を横に振った。
「ううん……まだ、よく分かりませんわ。あのような華やかな宮廷の表面的な仮面だけでは、本当の人となりなんて見えませんもの。どの王子様も、おそろしく立派で……同時に、どこか冷酷な牙を隠しているように見えましたわ」
「ですが、いつかは一人を選ばなければなりませんよ。もちろん、今すぐ急かされるわけではありませんが……ね」
プランの言葉に、エルはトロンとした青い瞳をわずかに伏せた。
彼女はふと、隣に座る無機質な美しさを纏う女騎士へと顔を向け、少しからかうような、しかし真剣な響きを含ませて尋ねた。
「ねえ! プランなら……あの四人の中から、誰を選ぶ?」
「私ですか?」
「そうよ、プランの好みを聞かせて」
プランは少しだけ驚いたように黒い睫毛を震わせたが、すぐに口元に微かな笑みを浮かべた。
「そうですね……私なら、第一王子のヴェリテ王子でしょうか」
「どうして?」
「一番、野性的で逞しいではありませんか。それに、一応は王位継承の筆頭ですし……何より、あの少し短気で、自分の欲望を隠そうともしない不器用なところが、どこか憎めなくて可愛いじゃありませんか」
「まぁ……うふふ」
エルは他人の恋バナを聞くかのように、くすくすと上品な笑い声を漏らした。
しかし、すぐにその笑顔を消し去り、遠くの空を見つめるように呟いた。
「いったい、誰が本当に私を愛してくださるのかしら……?」
「心配には及ばないわ。今のエル様は、あの宮廷の男たちにとって抗いがたい毒であり、眩い光です。王子たちはみな、すでにエル様の美貌の虜になっている。――あとは、エル様が誰の胸に飛び込むか、それだけです」
「そうかしら……」
エルは心の中で首を振った。
だとしたら、なぜあのような死地へと赴かせるような「ドラゴン退治」の試練が自分たちに与えられたのだろうか。
エルは目の前に迫るドラゴンの住む険しい山を窓越しに眺めながら、冷徹な陰謀がうごめく王宮という魔窟と、この目の前の死地の山と、どちらが本当に自分を食い殺す危険な場所なのかと考えていた。
馬車は激しい揺れとともに進みやがて限界の地点へと達した。
これ以上は車輪を進めることができない険しい断崖の手前で、ジェノスたちは手綱を引き、馬を降りた。
「ここからは徒歩だ。エル様はここで待っていてください。くれぐれも、あの奥の洞窟に近づいてはなりませんよ」
ジェノスは馬車から降りたエルの細い肩に優しく手を置き、真剣な眼差しで念を押した。
「おい、ンマ! お前はエル様の護衛だ。何かあったらしっかり守ってくれよ」
スロットが傍らに控える黒毛の巨馬をバシッと叩いて言った。
「おう、ブヒン!」
なんと、馬が人間の言葉のニュアンスを理解したように力強く返事をした。
エルはわずかに苦笑いを浮かべながら、ジェノスたちを見送った。
ジェノス、プラン、スロットの三人が、武器を手に鋭い殺気を纏いながらドラゴンの棲む不気味な洞窟へと向かって歩み始める。
「くぅ……! 長旅ですっかり身体がなまっちまったぜ。よし、久しぶりに本気で暴れられるぜ!」
スロットは唸るような声を上げ、巨大な腕の関節を鳴らしながら気合をみなぎらせた。
物陰から、エルは不安と緊張の色を隠せない大きな青い瞳で、三人の頼もしくも危険な背中を見つめていた。




