↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/10

第六部第五話:王宮の冷たい視線と、過酷なる試練の罠

第六部第五話:王宮の冷たい視線と、過酷なる試練の罠


王都へと到着したエルたち一行を待っていたのは、まるで神の使者を迎えるかのような民衆の熱狂的な歓声と拍手であった。

王宮の重厚な門をくぐり、一帯を警護する兵士たちに盛大に出迎えられながら、エルはまるで凱旋パレードの主役のようにゆっくりと王宮の中へと足を踏み入れた。

その可憐で神々しい姿を一目見ようと、沿道の人々は競い合うように頭を下げ、惜しみない賞賛の声を浴びせかけた。

しかし――ひとたび外界の喧騒を離れ、王宮の分厚い扉の内部へと入った途端、その空気は凍りつくように一変した。

大理石の床に靴音が響く廊下で、すれ違う王宮の貴族や屈強な近衛騎士たちがエルたちに向ける視線は、熱狂とは程遠い、鋭い針のように冷ややかなものだった。

「一体、どこの馬の骨とも知れぬ小娘が……」

「どうせまぐれか、民衆を煽るための安っぽいペテン師風情に違いなまい」

まるで身分の低い詐欺師でも検分するかのような、猜疑心と侮蔑の入り交じった視線が、容赦なくエルの細い背中へと突き刺さった。

不安に駆られ、エルの足取りがわずかに揺らいだその時、傍らに控えるジェノスが冷徹なまでの落ち着き払った足取りで彼女を優しくエスコートした。


やがて、歴代の王たちが座ってきた『空白の玉座』を挟むようにして、厳重な警備が敷かれた広大な謁見の間へと通された。

高い壇上の両脇には、ブラム王国の命運を握る四人の皇子――ヴェリテ、サジェス、レヴリ、オルギーがそれぞれ堂々と、しかし互いに牽制し合うような険しい気配を纏って立っていた。

だが、その冷徹な政治的空間の空気が、エルが顔を上げて一礼した瞬間にガラリと音を立てて崩れ去った。

――美しい。

壇上に立つ四人の王子たちは、一瞬にしてその息を呑んだ。

宮廷に出入りするどの高貴な貴族の令嬢たちとも違う、泥臭い下層の世界から這い上がってきたからこその切実な陰りと、メルフェレーンから授かった魔王的な美の加護が混ざり合い、エルは形容しがたいほどの妖しいまでの美貌と優雅さを放っていたのだ。

国の運命を左右する政略結婚のカードとして、数多の貴族令嬢たちから求婚の山を築かれている彼らであったが、その心の奥底を一撃で奪い去るほどの衝撃が、四人の胸中を激しく揺さぶった。

「……なんと美しい……。あんな女を、俺の女にしたいものだ……っ!」

第一王子ヴェリテが、思わず我を忘れて喉の奥から生々しい欲望の呟きをもらした。声自体は小さかったものの、静まり返った謁見の間でその言葉は、すぐ隣に立っていた第二王子サジェスの鋭い耳へと正確に届いていた。

「貴公らの世を騒がせる活躍は、この王宮の耳にもしっかりと届いておる。……ふん、大義であったな、退魔師殿」

ヴェリテはあからさまに目をハートにさせながら、好意的な笑みを浮かべて声をかけた。

しかし、第四王子オルギーは、冷ややかな三日月の目を細め、信用しきれないといった猜疑の目をエルに向けた。

「だがな、いくら民が騒いでいようと、にわかには信じがたい。その退魔術とやら、せいぜい幻影を用いた悪質なトリックの類ではないのか?」

「滅相もございません! 我らが目の当たりにした退魔術は、紛れもなくエル様の崇高なる力にございます!」

ジェノスが一歩前に進み出、毅然とした態度で力強く弁解した。

――もっとも、その退魔術の裏側が「魔王族の配下による自作自演の茶番(芝居)」であることなど、この場にいる誰も知る由もなかったが。


「ほう……そこまで言い切るか」

冷徹な知性を光らせる第二王子サジェスが、不敵な笑みを浮かべながら一歩前に出た。彼の脳裏には、目立ちすぎるこの「新興の宗教的ヒロイン」をどう処理すべきか、冷酷な政治的計算が瞬時に巡っていた。

「ならば、言葉で証明する必要はない。――王都の西にそびえる険しき山に巣食う、狂暴なドラゴンを退治して参れ。さすれば、その方らの実力を真に認め、国賓として遇そう」

それは、サジェスがその場で思いついた絶妙の「名案」であった。

ドラゴンを首尾よく倒せば、民衆の熱狂を完全に王家の統制下に組み込むことができる。逆に、もしドラゴンに返り討ちにされて無残に食い殺されれば、世間を騒がせた厄介なペテン師を労せずして排除できる。どちらに転んでも、王家にとって損のない完璧な罠だった。

「なっ……! しかし、私の力なんてそんな……!」

エルは青ざめ、思わず反論しようと声を震わせた。彼女にとって、本物のドラゴンなど到底勝てる相手ではない。

しかし――。

「エル様、お引き受けなさいませ」

ジェノスがまるで彼女の言葉を断ち切るように、冷徹かつ絶対的なトーンで遮った。

「……謹んで、お受けいたします」

引きつる笑顔を必死に抑え、エルは震える膝をこらえながら恭しく優雅にお辞儀をし、そのままそそくさと謁見の間を退出していった。


エルの姿が完全に消え去ると、謁見の間には再び重苦しい静寂が戻った。

「……おい、サジェス! いくら何でもあの可憐な少女にドラゴン退治とは、いささか酷ではないのか!」

ヴェリテは血走った目を向け、弟であるサジェスに対してあからさまな不服と怒りを露わにした。

「何を言うか兄上。あの女は、今のあなたにとっては毒だ! あの場で引き離したのは、貴公のためを思えばこそ正解なのだ」

サジェスは、愚かしい兄に呆れ返ったような冷ややかな溜息をついた。

「なんだと……!」

「女は慎重に選ばねばならん! あの様な素性の知れない一介の女に骨抜きにされ、血迷うようでは、貴公を後ろ盾する貴族たちの支持を一気に失うことになるぞ! 結果として、王位継承レースから完全に後退することになるのが分からないのか!」

「う、うむ……」

サジェスの正論の鋭さに、ヴェリテは顔を真っ赤に染めながらも言葉に詰まり、唇を噛み締めた。

(まったく、救えない男だ……)

サジェスは内心で舌打ちした。本当は、兄ヴェリテをこのまま失脚させるための好機だという計算も少しはあったが、それ以上に、この王都の権力バランスを揺るがしかねない「正体不明の危険分子(エル)」を物理的に排除することの方が、今の自分たちにとっては圧倒的に優先順位が高かったのである。

冷徹な陰謀の歯車が回る中、エルはドラゴンが待つ死地の山へと向かわざるを得なくなっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。