第六部第四話:四色の王権と、揺らぐ宮廷の影
第六部第四話:四色の王権と、揺らぐ宮廷の影
地王暦五十年のブラム王国。
その水面下では、五年前から終わりのない静かなる権力闘争が続いていた。
かつて国を導くはずであった皇太子バッカスが、魔王族との凄惨な戦いの最中で非業の死を遂げて以来、残された四人の兄弟――ヴェリテ、サジェス、レヴリ、オルギーは、表向きは手を取り合って国難に立ち向かうふりを見せながらも、その腹中では互いを蹴落として王の座を奪い合う、冷徹な化かし合いを続けていた。
先の未曾有の大戦で多くの王族が命を落とし、権力の空白が生じた王国。
それぞれの王子の背後には、己の権勢欲を満たさんとする異なる有力貴族たちが陣取り、操り人形のように彼らを競わせようと謀略を巡らせていた。
しかし、四兄弟もただ愚かではなく、共倒れを恐れるがゆえに、あえて王位継承の決定を今日まで引き延ばし続けてきたのである。
長男である第一王子ヴェリテは、一陣の風のごとき圧倒的な武勇と豪胆さを誇る男であった。
鍛え抜かれた肉体と剛剣を自負する反面、政治的・戦略的な知力においては一歩制裁を欠き、物事を単純に力で押し切ろうとする悪癖があった。
「こんな窮屈な国内で争うくらいなら、王国を四つに割って兄弟で等しく分け合えばいい!」
ヴェリテは率直にそう主張したが、その短絡的な案は他の兄弟たちから猛烈な反感を買う結果となった。
さらにヴェリテは、激化する魔王族退治の打開策として、隣国から強力な軍事支援を仰ごうと動いたが、これも第二王子サジェスによって冷徹に阻止された。
「他国の軍勢を引き入れるなど、愚の骨髄だ。奴らは一度足を踏み入れたが最後、永遠にこの地に居座り続ける寄生虫となるだろう」
サジェスは鋭い知性を光らせ、冷ややかにそう言い放った。
冷静沈着で理詰めの政治を行うサジェスに対する貴族層の支持は非常に高く、王国軍内での求心力も確固たるものがあった。
それだけに、武勇に自負のあるヴェリテにとってサジェスの存在は面白いはずがなく、宮廷の廊下ですれ違うたびに険しい視線を交わしていた。
だが、一歩間違えば国を二分する破滅的な内戦に発展することを、ヴェリテなりの野性と知恵でかろうじて抑え込んでいたのも事実だった。
逆にサジェスの側から見れば、いっそ王位は兄のヴェリテに形式上は譲り、自分がその影で巧妙な補佐に回ることで実権を完全に掌握するという現実的な妥協案も頭にはあった。
しかし、サジェスの背後で私腹を肥やす後援の貴族たちがそれを断じて許さなかった。サジェスとしても、自身の基盤である貴族たちの支持を失うわけにはいかず、必要以上にヴェリテに対して敵対的な態度を演じ続けなければならなかったのである。
一方、第三王子レヴリは、生まれつき病弱で蒼白い顔色をしており、到底王位を継ぐだけの体力も気力も持ち合わせていなかった。
だが、その弱者に対する細やかな気配りと誠実な人柄ゆえに、民衆や一部の臣下からは深い人望を集めていた。
もっとも、その純粋すぎる誠実さこそが、血で血を洗う非情な政争の世界においては最も不利な弱点でもあった。
そして、第四王子オルギー。
彼は日頃から政争などには一切興味がないかのような気怠げな態度をとり、酒と遊興に溺れているように見せかけていた。
しかし、その虚ろな瞳の奥底では、他の三人の兄たちを完全に出し抜き、漁夫の利を得て王冠のすべてを我が物にしようとする底知れぬ野心を燃やしていた。
貴族たちの間をこっそりと渡り歩き、最も陰湿な根回しに奔走しているのは、他ならぬこのオルギーその人であった。
バラバラの思惑でいがみ合う四人の兄弟。しかし今、そんな彼らの足元を根底から揺るがす、新たな巨大な問題が水面下で頭をもたげ始めていた。
――救世主、そして「退魔師」として爆発的な人気を集める少女、エルの存在である。
初めは、宮廷の片隅で噂されるだけの、とるに足らないちっぽけな存在にすぎなかった。
しかし、彼女が各地の魔王族を次々と「一撃で」退散させ、その奇跡的な伝説が瞬く間に民衆の間へ広がるにつれて、王家の権威や名誉はみるみるうちに失墜していった。
その理由は明白だった。
王国の正規軍は、いつまで経っても魔王族の侵略に対して無力で、民を守ることができなかったからだ。
王家が莫大な財を叩いて「傭兵天国」から腕利きの傭兵たちを雇い入れているとはいえ、民衆の賛美と名声は、国を統べる王族ではなく、現場で人々を救う傭兵たちや、あの神秘的な退魔師の少女へと集中していた。
「このままでは、民は王家を見限り、あの小娘を新たな象徴として崇めかねん……」
「王家は、魔王族に対して何もしてくれない無能な集団だ」という冷ややかな印象が王国全土に定着するのを防ぐため、焦りを募らせた四人の王子たちは、ついに重大な決断を下した。
――あの世間の耳目を集める謎の退魔師・エルを、堂々と王宮へと招待する。
王家の威信を賭け、その利用価値を測るための不穏な宴の歯車が、静かに回り始めようとしていた。




