第六部第十四話:変貌を遂げた王太子と、暗躍する毒牙
第六部第十四話:変貌を遂げた王太子と、暗躍する毒牙
かつてのブラム王国において、第三王子レヴリは有力な貴族層からの後ろ盾や独自の軍事基盤を全く持っていなかった。
そのため、血塗られた王位争奪戦においては「最も玉座から遠い存在」と見なされていた。
しかし、魔王族の呪縛から解放された彼が、救世主と讃えられる少女エルと正式に婚約したという報せが王国全土に駆け巡ると、状況は一変した。
これまで彼につきまとっていた病弱で儚げな面影は嘘のように消え去り、呪縛から解き放たれた肉体は均整の取れた凛々しい姿へと見違えるように変貌を遂げていた。
公の場に姿を現したレヴリは、麗しいエルと並び立ち、その神々しいまでの気品とオーラで瞬く間に民衆の心を鷲掴みにした。民衆の間での支持率は一躍トップへと躍り出たのである。
政治的な基盤の弱さを、民衆の圧倒的な熱狂と「聖女の伴侶」という無上の正統性で一気に埋め合わせたレヴリの急浮上は、王国の中枢構造を根底から揺るがす地殻変動であった。
一方、兄たちの共倒れを計算しつつも、この予想外の結末に激しい怒りを燃やしていた第四王子オルギーの邸宅に、一人の女が来訪した。
訪ねてきたのは、かつて没落したゴーベン卿の妻――アンナであった。
彼女の瞳には、かつての華やかさではなく、すべてを失った者特有の狂気じみた執念が宿っていた。
「オルギー殿下……あの女は、我がゴーベン家の屋敷に仕えていた、ただの卑しい奴隷崩れにすぎませんわ」
アンナは歪んだ憎悪を剥き出しにして捲し立てた。
「あの惨劇の夜、私の屋敷の者は誰一人例外なく皆殺しにされたというのに、どうしてあの女だけが何一つ傷つかずに生き残っているのでしょうか。不自然極まりありませんわ。……あの女は、自らの身を守るために魔王族に魂を売り渡した裏切り者に違いありません!」
偶然にも、あの舞踏会の夜に屋敷を離れていたアンナとゴーベン卿の娘だけが難を逃れていたが、彼女の中でエルへの嫉妬と疑念はすでに理性を焼き尽くしていた。
オルギーはその告発を聞くと、冷酷な笑みを浮かべて舌なめずりをした。
「ほぉ……それはまことか。奴隷出身の小娘が、突如として聖女面をして王室に食い込むとはな。……ふむ、面白い。徹底的に調べさせてやろう」
オルギーは新たな謀略の駒が揃ったとばかりに、静かに目を細めた。
レヴリの突然の婚姻劇と民衆の支持急増に対し、最初は狂乱していた第一王子ヴェリテと第二王子サジェスであったが、最終的にはその現実を受け入れ、渋々ながらもレヴリの結婚を公式に承認せざるを得なかった。
そこには、サジェスの冷徹な政治的説得が大きく働いていた。
「ここでレヴリを排除しようと動けば、民衆の反乱を招き、共倒れになるのは我々だ」というサジェスの分析もあり、何よりヴェリテとサジェスの心の奥底には、幼少期から病に伏せっていた可愛い弟に対する、わずかばかりの肉親としての情愛も残されていたのである。
これにより、一時は破綻しかけたブラム王国の勢力図は、レヴリが強固な民衆支持を背負ったことで再びヴェリテ、サジェス、レヴリ、そして水面下で毒を盛るオルギーの「四王子による緊密な拮抗状態」へと回帰した。
しかし、その均衡の裏側では、エルの過去を暴こうとするオルギーの黒い陰謀が、静かに、そして確実に動き出そうとしていたのだった。




