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第六部第十一話:華やぐ宮廷の調べと、揺さぶられる愚兄

第六部第十一話:華やぐ宮廷の調べと、揺さぶられる愚兄


ドラゴン退治を完遂し、王都へと凱旋を果たしたエルは、第二王子サジェスから頻繁に茶会や音楽会、サロンへの招待を受けるようになっていた。

天王界の聖天教団に連なる知性と高潔さを誇るサジェスは、エルの洗練された美しさと、教養の深さに魅せられていた。

この日催された詩の朗読会では、サジェスは自ら壇上に立ち、熱のこもった眼差しでエルの美と栄光を讃える叙事詩を朗誦してみせた。

「―—その眼差しは曙光の如く、暗雲を裂いて王国に光をもたらす。美しき聖女よ、汝の歩む道に永遠の栄誉あれ」

サジェスの低く洗練された声が広間に響き渡ると、集まった貴族たちから惜しみない拍手が送られた。エルは慎ましやかに頬を緩め、即興で見事な詩を返す。

「―—溢れる知恵は月影の如く、迷える者を優しく照らす。気高き王子のご武運と叡智に、深く感謝を捧げましょう」

見事な押韻と気品に満ちた返歌に、サジェスは胸を突かれたように息を呑んだ。

かつてエルの教導に関わった者たちが課した過酷な修練の中には、こうした宮廷芸術や詩歌も含まれており、エルにとっては難なくこなせる嗜みに過ぎなかった。

しかしサジェスにとって、その流れるような言葉と優美な佇まいは、まさに理想の女性そのものであった。

サジェス自身はまだ、己がどれほど深くエルに入れ込んでいっているのか、その無自覚な熱情に気づいてはいなかった。


後日、サジェスはエルを王宮劇場での観劇へと誘った。

最上階の豪華な特別桟敷席で、舞台上で繰り広げられる悲恋の戯曲を眺めるひととき。

エルの護衛として背後に控えるジェノスとプランもまた、人間の演じる喜怒哀楽に静かに耳を傾け、どこか深い感慨を覚えていた。

しかし、屈強な戦士であるスロットだけは劇の繊細な台詞回しに退屈し、壁に背をあずけたまま船をこぎ、必死に居眠りを噛み殺していた。

エルにとって、かつて夢にまで見たきらびやかな宮廷生活は、日々の緊張を忘れさせてくれる至福の時間であった。

洗練されたサジェス王子に対しては、確かに好意と敬意を抱いていた。

しかし同時に、鋭い洞察力を持つエルの目には、サジェスの甘い言葉の裏に隠された、どこか冷めたような計算高さや政治的な意図も見え隠れしていた。

劇が幕を閉じ、幕間に色鮮やかなシャンパンが傾けられる中、サジェスはエルの細くしなやかな指先にそっと己の手を重ね、妖しく甘い眼差しを向けた。

「エル殿、劇はお気に召しましたか?」

「ええ、とても素晴らしいものでしたわ、サジェス様。主人公の過酷な運命と、それを乗り越える強い意志に胸が打たれました」

「フフ、君ほどの気高さがあれば、どのような過酷な運命もひれ伏すことでしょう。……実は、今度は私のヴァルサール宮殿にご招待したいと考えているのです。湖畔に佇む白亜の別邸でしてね。夏の暑さを忘れ、二人で静かに時を過ごすには最高の場所ですよ」

サジェスはエルの手背にそっと唇を寄せる仕草を見せながら、巧みなエスコートで彼女を促した。

あわよくば、自らの支配地であるその別邸にエルを招き入れ、完全に己の女にしてしまおうという謀略を秘めて。

「まあ……そんな素晴らしい場所に? 大変光栄ですわ、サジェス様」

エルは微笑みを崩さず、静かにその手を受け入れた。

サジェスにエスコートされながら王宮の美しい回廊をそぞろ歩く二人の姿は、絵画のように美しく、誰もが息を呑む光景であった。


その華やかな二人組みの散歩風景を、遠く離れた王宮のバルコニーから見下ろす影があった。

第一王子ヴェリテである。彼の手にした銀の盃は、激しい握力によって歪にひしゃげていた。

「……このままで宜しいのですか、兄上?」

静かで、どこか粘つきのある低い声が、ヴェリテの鼓膜を不快に刺激した。

振り返ると、そこには影のように佇む第四王子オルギーの姿があった。

「なんのことだ、オルギーよ」

「兄上のお気に入りのエル殿を、これみよがしに連れ回しているサジェス兄のことですよ。……このところ王宮では、サジェス兄が兄上を軽視し、蔑ろにしているともっぱらの評判ですぞ!」

「なに……!?」

ヴェリテは平静を装おうとしたが、その顔は怒りで真っ赤に染まり、ハラワタが煮えくりかえるような屈辱感に全身を震わせた。

「このままでは、エル殿という至高の女ばかりか、いずれこの国そのものまでもがサジェス兄の手へと渡りかねません」

「ぬうう……っ!」

武勇を誇るヴェリテであったが、男女の情愛に関する駆け引きにおいては、案外奥手で不器用な男であった。

かつて一度、エルを自慢の狩りへと強引に誘ったことがあったのだが、荒々しく野蛮な殺戮を好まないエルにあっさりと断られてしまった苦い記憶があったのだ。

文学や芸術といった洗練された文化とはおよそ縁のないヴェリテは、優雅に愛を囁くサジェスに対し、恋愛の舞台において明確な遅れをとっていることに強い焦りを抱いていた。

「……なんとかならぬものか、オルギー!」

焦燥にかられたヴェリテが縋るように問うと、オルギーは言葉に毒を忍ばせ、冷たく囁きかけた。

「何を遠慮なさっておられるのです。次期国王たる兄上ならば、言葉の戯れなどではなく、腕尽くで女を我が物にして見せなければ……サジェス兄に陰で笑われ、舐められるばかりですぞ」

「う……うむ! そうか……! 力で示せば良いのだな!」

ヴェリテは深く頷き、その瞳に荒々しい濁った欲望の火を宿らせた。

興奮のあまり、もはやオルギーの追撃の言葉すら耳に届いていない様子であった。

背後で見送るオルギーは、己の企み通りに単純な嫉妬と欲望で動かされる短慮な兄の背中を見つめ、闇の中でニヤリと歪んだ嘲笑を浮かべたのだった。

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