第六部第十話:王都の凱旋と、渦巻く策謀の晩餐
第六部第十話:王都の凱旋と、渦巻く策謀の晩餐
ドラゴンの棲む死地を後にし、王都へと引き返す帰路。
エルの前に突如として現れ、盛大に出迎えたのは、第一王子ヴェリテが自ら率いる大軍勢であった。
「よくぞやり遂げた、エル殿! 君の無事こそが我が国の最大の宝だ!」
ヴェリテは、エルがドラゴン退治を完遂させたという報せを聞くやいなや、己の功績であるかのように満面の笑みを浮かべ、ありったけの甘い賛辞を惜しみなく浴びせた。
帰路の道中では、こともあろうにエルの乗る馬車へと無理やり乗り込み、その細い腰を強引に抱き寄せながら豪快に笑い声を上げていた。
しかし、そんなヴェリテの無神経で馴れ馴れしい振る舞いに、エルはやや表情を引きつらせ続けるだけであった。
王都へと凱旋したヴェリテは、まるで自分自身が最前線に立ってドラゴンを討伐してきたかのような大嘘を、さも事実であるかのように声高に語り広げた。
もちろん、彼は遅れて到着したため実際の戦闘など何一つ見ていなかったのだが、その語り口には次々と尾ひれがつき、エルの驚異的な名声をさらに高めると同時に、ヴェリテ自身もまたその英雄的偉業に便乗してちゃっかりと株を上げることに成功していた。
この厚顔無恥な振る舞いに、屈強な戦士スロットは腹を立てて拳をギリギリと鳴らしていたが、ジェノスとプランの二人は、人間の浅ましさと愚かさを冷ややかに見据え、ただ呆れるばかりであった。
盛大な凱旋式典の喧騒が過ぎ去った後、王宮の決定により、エルは正式に『伯爵』の称号を授けられることとなった。
この破格の処遇には、一代で成り上がった小娘に対する古い貴族たちの強い反発や嫉妬も少なからず存在した。
しかし王家には、民衆の間で熱狂的な信仰の対象となりつつあるエルへの支持を、そのまま王家への忠誠へと巧みにすげ替えるという深謀遠慮があった。
与えられた領地は、かつてドラゴンが支配していた広大な空白地帯――魔物の巣窟であった危険な土地だった。
もちろん、その過酷な采配の裏には第二王子サジェスの冷徹な計算があったものの、叙勲の儀式から領地の管理に至るまでの表向きの段取りのすべてを取り仕切ったのは、一貫してエルに執着するヴェリテであった。
「正妻には有力貴族の令嬢を娶り、エルを愛人として手元に囲う……か」
サジェスはその事実を知り、最初は愚かだと軽蔑していた兄の選択に対して「なるほど、その手があったか」と深く納得した。
サジェス自身が育った天王界の聖天教団では一夫一婦制が絶対の掟であり、高潔な教義のもとで育った彼には、「愛人」という下卑た発想そのものが微塵も存在しなかったのだ。
だが、貴族たちの政治的支持を一切失うことなく、同時に民衆のアイドルであるエルの人気をも我が物にできるとなれば、これは政治的謀略としてこの上ない最善の判断だった。
「……愚か者だと思っていたが、意外と利口に計算しておるのやもしれんな」
サジェスはわずかに唇を歪め、それまでの敵視から、エルを上手に手懐けて利用する方向へと自身の政治的舵を大きく切り直した。
叙勲を祝うきらびやかな祝宴の夜。
サジェスは計算高い笑みを湛えながら、エルのもとへと静かに歩み寄った。
「エル殿、この度の比類なき武勲、誠に感服いたしました。先日の謁見における私の非礼の数々、どうかこの場を借りてお許し願いたい」
サジェスはどこまでもスマートに、貴族然とした完璧な礼儀作法で頭を下げて謝罪した。
「……ありがとうございます。多くの者たちの助けがありましたゆえ、無事に成し遂げることが叶いました」
エルは作り笑顔を湛え、慎ましやかに、しかし隙のない返答を返した。
「よろしければ、一曲踊っていただけますか?」
「……喜んで」
サジェスは容姿端麗であり、充分にエルを誘惑し得る知性と妖しい魅力を兼ね備えていた。
しかし、それはサジェス自身にとっても最大の誤算――大いなる失敗の始まりでもあった。
実際に間近で彼女の美しさに触れ、その神秘的な香りと儚さに直面した瞬間、サジェスは完全にエルの魅力の虜にされてしまった。
(――なるほど、ヴェリテがあそこまで狂おしく惚れ込むのも、無理はない……)
理性を重んじるはずのサジェスの胸中でも、一度火が点いた独占欲と熱情は、もはや抑えきれないほどの猛威を振るい始めていた。
そして、広間で優雅に踊るエルとサジェスの姿を、遠くの柱の影から見つめる男がいた。
――第一王子ヴェリテである。彼は怒りと憎悪で顔を歪め、我が物にするはずの女を横取りされまいと、全身から冷ややかで、かつ狂気的な燃える嫉妬の炎をぎらぎらと滾らせていたのだった。




