第61話 試し愛、はじまり
「ここが渋谷第一か」
「そうですね」
「なんだか物騒なところですねぇ。あ、トカゲが飛んでますよぉ」
渋谷第一ダンジョン。広大な荒れ地の向こうに、剥き出しの岩山がそびえ立っている。そして、その間を遮るように飛ぶ、ワイバーンの群れ。
ドローンからのコメントも、この勢いに呑まれたのか静かだ。
さっきから、あっちこっちでデカいトカゲが闊歩して我が世の春を謳歌している。天気はいいんだけどな。夜だけど。
問題はこの広い一層のどこにいるのかってことだけど……幸い探す必要はないな。
「……すごい殺気ですね」
「全くだよ。迷わず辿りつけそうで何よりだね」
ダンジョンに入って真っ直ぐ。岩山の方からこちらへと猛烈な気配が漂っている。周囲の魔物の様子からも、警戒しているのが伝わってくる。これなら道中の戦闘すら回避できそうだ。
「俺にとってはありがたいけど……これも狙ってんのかな?」
「どうでしょうね。アキラさんは、考えてるようで考えてなかったり、考えてないようで考えてたりするので」
「つまりわからんと」
どっちでもいいか。とにかく俺がこの段階で消耗することはなさそうだし。
そのまま、三人とも無言で殺気がする方へと進んでいく。
はっきり言って、空気は重たい。俺はアキラのお眼鏡に適うのだろうか、正直わからない。
どこかでワイバーンの咆哮が聞こえる中を、黙々と進んでいく。死刑執行前の罪人って、こんな気分なのかな。
「……あれか」
周囲に何もない、その中で一人腕を組んで立っている。
その姿は、初めて見たときから変わっていない。
血のような髪、鍛え抜かれた体を晒し、開かれたローブの裏には大量の呪符。
死神・小紅アキラその人であった。
「……よう、恭平。気分はどうだ?」
「……できればクリスマス前にしてほしかったかな、俺もケーキ食べたかったし」
「クハッ、じゃあこれが終わったら食うといいさ、好きなだけな──それと、お前ら」
アキラの目が、後ろの二人に注がれる。身構えるスミレと、涼しい顔のユキナ。
「邪魔なんざしやがったら、ぶち殺す」
脅しじゃない。警告だろう。彼女にとっては、それくらい楽しみにしていたというところだろうか。
何か言いたげなスミレを制して、ユキナが口を開いた。
「無論、そのつもりはありませんよ。見届けに来ただけです」
「ならいい。下がってろ」
その言葉に従うように、二人が歩みを止める。
半年間の集大成、できればそれで満足してほしい。
アキラの顔が、嬉しそうに歪む。
「恭平ぇ……アタシは待ったぜ?強くなったかぁ?」
「できるだけのことはしたよ。まだ足らないなら、工夫でなんとかするさ」
「ハッ、ははははは!いい!いいねぇ!じゃあ、この前の続きといこうぜ!ああ、でもその前に──」
アキラの姿が消える。
「これは邪魔だな」
俺の真後ろから声がする。それとほぼ同時に、何かが地面に叩きつけられ、破壊される音。
「配信なんかよぉ、気にすんなよ。どうせ誰も、アタシを止められねぇんだから」
「冒険者の鑑だな」
「ハハハッ!惚れ直したか?」
「どうかな?」
アキラもそろそろ我慢の限界だろうか。まぁ見せしめみたいにならずに済むのは、ありがたいけど。
「へへ、我慢できなくなる前に──ハァ!」
ローブの呪符を一枚剥がし、地面へと押し付けたアキラが叫ぶ。
その瞬間、アキラを中心に数十メートルの範囲を覆うように、透明なドームが形成された。
「邪魔を許すつもりはねぇ。これで本当の二人っきりだ」
「どうせ逃がすつもりはないんだろ?」
「あいつらが動く可能性はあるからな。保険だよ、保険」
背中越しに親指でドームの外にいるユキナとスミレを指差して笑う。はは、確かに。スミレはなんだかんだ助けに来そうだしな。顔が険しくなってるし。
「んじゃ、そろそろ始めるかぁ?恭平、受け攻めどっちがいい?」
「選ばせてくれるなら、攻めで」
「くぅ〜♪カックいいねぇ!ほれ、こいよ!」
濃密な殺気が、全身を貫く。退くなビビるな。最後まで噛みつけ。
せっかく先手を譲ってくれるんだ。最大火力でご挨拶といこうじゃないの。
腰に着けたポーチから、ミスリルの大剣を取り出す。補正が増えた今でも、振りかぶらないといけない大型武器を構えて、大量の魔力を注いでいく。
「ひひっ♪魔剣術かぁ、アタシは覚えられなかったけど、やっぱり便利そうだよなぁ」
基礎魔法を覚えたことで跳ね上がった魔力の補正と、それに釣られるように引き上げられた魔力回復が、俺の瞬間火力を大きく上げてくれた。
──剛力
──縮地
「ふぅん……」
これで死ぬんじゃねぇぞ!アキラァ!
「受けてみろよ!俺の全力気合斬りじゃああああ!」




