第57話 あぶなかった。
危機感知がガンガンと叫んでいる。
油断した俺の背後で、子どもみたいな背丈のゴブリンが、ニチャリと顔を歪ませながらこちらを見ている。
「キャキャ」
楽しそうな声。
ゴブリンの手に持った錆びたナイフが、俺の脇腹──肋骨と肋骨の隙間へと、差し込まれていく──
「ギャヒヒィ!」
その寸前で一筋の光がナイフを蒸発させる。
「恭平くんに、何してるんですかぁ?」
いつもと変わらない、間延びした話し方。
いつもと違う、寒気がしそうなほどに低い声。
「私のぉ、大切な人にぃ、何してるかって、聞いてるんですけどぉ?」
ゴブリンの返事はない。できる状態じゃないからだ。
「グボッ!ガボッ!ゴボボッ」
「何言ってるのか、全ッ然わかんないんですけどぉ?」
全身が水に包まれたまま、もがき苦しむゴブリン。宙に浮く水から必死で出ようと抵抗しているが、彼の動きに合わせて動く水球から出られそうな気配はない。
「えっぐぅ……」
絶対にこんな死に方はしたくない。そう思ってしまうくらいには、このゴブリンに同情していた。
「恭平くーん、トドメお願いしますぅ」
「ええっ!?」
俺?
俺がやんの?
この憐れなゴブリンを、俺が?
……マジかぁ。
未だに脱出を試みてもがくゴブリンを見る。お前には恨みは……殺されかけたけど、ない。
「せめて一思いに楽にしてやるよ。──じゃあな」
「ゴッ、ゴホバガバボ!!」
ミスリルの大剣を取り出して、剛力、魔剣術を併用する。これで魔力はすっからかんだ。
頭上へと大剣を掲げる。俺のやろうとしていることを理解したゴブリンが、必死で逃げようとするが、スミレの操る水球がそれを許さない。
ゴブリンをしっかりと視界に捉えながら、正中線をなぞるように大剣を上から下へと、振り下ろす。
「オラアアアアア!」
「ゴッ──」
二つに分かれたゴブリンから出る血が水球を汚していく。
俺を汚さないようにだろう。水球が俺から離れていき、十数メートル先で力を失ったように地面へと落ちる。
これで、ダンジョン討伐、か?
「お疲れ様でした、恭平くん。油断は禁物ですよぉ?」
「……おう、ありがとう。助かったよ」
「いえいえ!恭平くんのサポートができて幸せですっ♪」
俺のサポートするより、スミレがやったほうが早かったよな……。
「あっ、恭平くん、あそこ、ダンジョンコアじゃないですかぁ?」
スミレが指差す先、俺たちが来た階段とはちょうど反対側の壁に、いつの間にか通路ができていた。キングを倒したあとにできたんだろうか。だとしたら、最後のゴブリンはなんだったんだ?……考えても仕方ないか。
「多分そうだな。行ってみようか」
◇◇◇
「っと、これが、ダンジョンコア、か」
通路を進んだ先──百メートルほど──にワンルームくらいの広さの空間がある。親近感湧くな。
そしてその中央で、バスケットボール大の紫色の球体が不気味に浮いていた。
ダンジョンコア、このゴブリンダンジョンを形成している、力の源。なんであるのかは知らんけど、これを壊さないと、ダンジョンは討伐できない。
「じゃ、スミレよろしく」
「え〜?ここまで全部、倒したのは恭平くんですからぁ、最後も恭平くんがやってくれませんかぁ?」
……やっぱり、そうくるよなあ。なんとなく予想は付いてたし、さっさとやりましょうか。
片手剣をポーチから取り出し、間髪をいれず振り下ろす。
大した抵抗もなく、真っ二つに分かれたダンジョンコアが砕け散り、その場に魔法陣が現れる。
「あっ、転移魔法陣ですねぇ」
「おお、これが噂の……」
変な感じだ。地面が青白く光って、これに乗れば一層階段前までひとっ飛びか。
「ここにいても仕方ないですし、行っちゃいましょうか?」
「うん、帰ろっか」
こうして俺の初めてのダンジョン討伐は幕を閉じた。
俺たちが来たせいでイレギュラーな事態が起きていたことに、気付かないまま。
◇◇◇
「この魔石……どの魔物が落としたんですか?」
「へ?えーっと、五層のボスのあとに出てきたゴブリンです。いやぁ、ボスが二体いて、大変でした」
ダンジョン討伐の報告を行いがてら、魔石の納品を済ませようと受付で魔石を提出している、その時だった。
後ろでやり取りを見守っていた、所長らしき男性が声をかけてくる。
「失礼……ボスが二体、ですか?取り巻きではなく?」
「取り巻きじゃないと思いますよ。ゴブリンジェネラルじゃなかったですし。なぁ、スミレ」
「はい、そうですぅ♪……というか、うちのクランマスターの報告に、何か文句でも?」
「い、いえっ!確認をさせていただきたかったのです。それに、こちらの魔石……明らかにキングよりも上位の……エンペラーの魔石に近い」
スミレの圧に押されて、事情を説明する所長(仮)さん。キングよりも上位だと?
うーん……俺が相手をした二体は、ゴブリンキングで間違いない。それは受付の人も納得しているし、争点はそこじゃない。
問題は、その後に現れた魔物が更に上位種だったんじゃないか、ってところだな。
「……それで、何が問題ですか?王様か皇帝かとかどうでもいいんじゃ?」
「私たちぃ、討伐で疲れたので、帰りますよぉ?完了の確認はそちらの仕事ですよねぇ?」
「そ、そうですな……お引き止めしてしまい、申し訳ありませんでした、竜胆様」
「今は恭平くんが話してるんですけど?」
そうか?スミレじゃない?
しかし、所長(仮)さんにそんなことツッコめるはずもなく。冷や汗をかきながら俺に向かって頭を下げてくる。
「し、失礼しました。佐藤様、本日はお帰りいただいても問題ありません。査定完了後に振込させていただいてよろしいでしょうか」
「あ、大丈夫です。Bペイで」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
逃げたな。気持ちはわかる。俺も逃げたいもん、アキラから。
まぁ、逃げれないんだけども。
「んじゃ、俺たちも帰ろっか、スミレ」
「はぁい♪私たちの新居へ帰りましょー♪」
新婚みたいに言うなよ。勘違いしたらどうすんだ。




