第40話 シチューにカツを見出す
階段が終わる。
空気が変わる。
気配感知には──反応なし。
でも、危機感知はギャーギャー騒いでる。
階段を抜けた先──第五層は、大きな大きな空洞だった。野球でもできそうな広さ。なんだこれ。
壁から天井にかけて、プラネタリウムみたいに丸くくり抜かれている。壁は相変わらず、岩っぽいけど……。
「っ、あれか……」
そしてその大きな空洞の中に、鎮座しているゴーレムが一体。
青と緑が混ざったような、透明感のある材質。大きさは……俺とそう変わらない。
『あれがミスリルゴーレム?思ったよりショボいな』
『な』
『ちっちゃいな』
映像からは伝わらないんだろうか。あいつの異常さが。目の前にいるのに、気配感知が反応しないのも、何もしていないのに、危機感知が騒がしいのも。
──ガシャ
「っ!!」
俺のことを認識したのか、ミスリルゴーレムが、膝を立てて立ち上がる。虚ろな瞳で辺りをなめ回すように見回して──視線が俺で止まる。
来るか?
「────」
目、の、ま、え、に──
「うおおっ!」
ミスリルゴーレムの右腕が、目の前を通過する。その風圧に顔をしかめながら、奴の動きを見逃さないよう注視する。
相変わらず気配感知に反応はない。でも、範囲内に入ったことで空間把握に映るようになった。
『なにいまの』
『立ったと思ったら殴ってたな』
『五十メートルくらい離れてただろ』
「────」
今度はミスリルゴーレムの左拳が振るわれる。
「ぐっ、こなくそぉ!」
バングルの盾を展開し、奴の拳をいなす。拳と魔力壁がぶつかり、ガリガリと音を立てて滑っていく。直撃は防げたが、その勢いに体が泳いでしまう。
流されそうになる左手を、右手で掴んで必死に押し止める。その隙をゴーレムが逃すはずもなく。
「うぐおおおっ!」
再び振るわれる拳。単純な連打が、ただ速く重いだけでこんなに厄介だとは。
避ける余裕も、いなす暇もない。
ただ亀のように盾をかざしてやり過ごす。
左手に伝わる衝撃と、ガンガン減っていく魔力。ヤバイヤバイヤバイ!
急いで右手をポーチに突っ込んで、魔鋼メイスを取り出し、思いっきりフルスイング。
「オラァ!」
ゴッ、という鈍い音と、痺れる右手。
「……は?」
「────」
平然とこちらを見つめる、ミスリルゴーレム。
メイスを振るったことで俺の右側はがら空きだ。
「やべ──」
ミスリルゴーレムの左足が唸る。腰の捻りの効いた蹴りが、強かに打ち込まれる。
体を襲う浮遊感と、骨が折れる乾いた音。景色がぐるぐると回りながら壁に叩きつけられることでようやく止まった。
「が──ぐ、ぐお、おぁ……」
頭がフラフラする。ぶつけた時に切れたのか、視界の半分が血に染まっている。
『あれ、これマジ?』
『ヤバイんじゃね?』
『佐藤くん!佐藤くん!?大丈夫!?』
あー……後藤さん、見積もり、甘いんじゃない……?
…………いまさら言っても、仕方ないけど。
服の袖で血を拭う。まだ見にくいけど、今はもうこれでいい。
追撃せずに、こちらを見ているだけのミスリルゴーレム。舐めているのか、それとも別の目的があるのか。
……多分、後者かなぁ。あいつが立ってるの、出入口の前だし。
「……そのおかげで、傷が治るってのも、皮肉だな」
今もなお、腕の痛みは引いていき、消耗した魔力も、元に戻っていっている。帰る方法がない以上は、それも慰めにしかならないけど。
とにかくあいつが黙って見ててくれてる間に、なにか方法を──
「あ」
やれるか?いや、それしかないなら、やるしかないか。
盾への魔力供給をやめる。防御はいらない。守りは捨てろ。
今の俺ができる、一番破壊力のある攻撃。
そう、今の俺に、だ。
「頼むぜ、健啖スキルよぉ」
ポーチから、長く重たい、魔鋼の塊を取り出す。
剛力を使ってなお、体が振り回されてしまうせいで、まともに使えなかった武器。魔鋼の大剣。
刃渡り驚きの二メートル近く。柄の他に刃元にも握る部分があるが、気休めにもならない。
『えっっっぐぅ』
『あれ振り回すん?』
『当てれるのか……?』
「ふんっ!」
両手で魔鋼の大剣を持ち上げて、肩で担ぐ。思った通りだ。健啖スキル、腕力に補正あるな?
販売所で後藤さんに押し売りされたときはキレかけたけど──帰ったら、お礼言わないとな。
「ふぅぅぅぅぅぅ──」
魔力を魔鋼の大剣へと注いでいく。片手剣よりも大きいからか、込められる魔力の桁が違う気がする。
込める込める。魔鋼の大剣が悲鳴を上げ、握った手に限界を訴えても、なお込める。
「はぁぁぁぁぁぁ──」
両腕に魔力を込めて、剛力を発動する。肩にかかる重さが和らぎ、剣を握る手に力が漲る。
ミスリルゴーレムがこちらへの警戒を強める。まだお互いの距離は離れている。見てれば大丈夫、って?甘いんだよっ!!
「すぅぅぅぅぅぅ──」
残った魔力を足へと込める。彼我の距離、目算二十メートル。縮地の届くギリギリの距離だ。
大剣を構え、全力で振りかぶる。敵との距離は遠い、動きはない。
「ぬあああぁぁぁっっ!!」
遠心力を利用して、勢いよく大剣を一本背負いの要領で打ち下ろす──と同時に縮地を発動する。
「────!!」
先ほどまで遠くにいた俺が、突然目の前で大剣を振り下ろしてる。そんな光景に驚いたミスリルゴーレムが、腰の入っていないパンチを慌てて放つ。
「それごとっ!切ってやらああぁあぁぁあ!!」
拳と大剣が、ぶつかる。
拳を二つに切り裂いて、大剣が奥へ奥へと分け入っていく。
金属と金属がぶつかる、不快な音が耳をつく。顔をしかめながら、でも、力は緩めない。
「──ああああああああっ!!」
両腕にかかる抵抗が、フッと消えてなくなる。
大剣が地面を砕き、めり込んで止まる。
「ぐへっ!」
その勢いのまま、自分もひっくり返る。
「ってて……へ、いっちょあがり、ってか」
俺の目の前には、真っ二つになって止まったミスリルゴーレムだったもの──というか、純ミスリルの塊。
『うっそ』
『ゴーレム残り!?』
『運良すぎだろ』
『おおお大金持ちじゃん!』




