第25話 脅し、誓い、知らぬドパガキ
「はい、月城ユキナと申します。はじめまして、後藤さん」
「は、はじめまして……その、月城様が、なぜわざわざクランハウスからも離れたこんなところに?」
「それはもちろん、用があったからです」
「用……ですか?」
寂れた……なんて自分で言うのも虚しいけれど、わざわざ渋谷から離れた北千住まで買い物に来る動機は薄い。販売所なら尚更だろう。何せ渋谷には神の祝福の他にトリックスターもある。それに対応するために作られたあそこの販売所の品揃えはうちとは比にならない。
「はい。あなたに伺いたいことがありまして……率直に聞きますが、ここ数日の間に、おかしな客が来ませんでしたか?」
「おかしな……客ですか?失礼ですが、冒険者の方は皆一癖も二癖もありますし、どなたのことか──」
「佐藤恭平」
「──っ!」
佐藤君?なんで、剣神が、彼のことを──
「知ってますね?」
「さ、さぁ……こちらにいらっしゃる方は多いので、そのような方もいたかもしれませんが」
──キン
剣神の持つ刀、その鯉口から澄んだ音が鳴る。
「後藤さん。私はこれでも、神スキル持ちなんですよ」
「ふ、ぐ……ぞ、存じてますが、それが、何か?」
冷たい瞳だ。感情を悟らせない、無機質な瞳。きっと、彼女がその気になれば、私は自覚することなくこの世を去るのだろう。
「嘘をつくのはおすすめしません。もう一度聞きます。佐藤恭平が、ここに来ましたね?」
圧が増す。
ああ、私はここで終わるのか。死神の前例を鑑みれば、わかっていたことではあった。でも、それでも──
「し、知りま、せんっ!何もっ!」
恐怖で足が震えている気がする。
声はきちんと出ていただろうか。
視界が涙で滲んでるけど、それはもういいか。
「わかりました。それがあなたの、答えですね?」
「な、何も、知らないのでっ!」
「そうですか──良かった」
ふっ、と圧が消える。
全身を包んでいた空気が軽くなり、ようやく自分が息をしていなかったことに気付いた。
「っ、はっ、はっ、はっ、はぇ……?」
「本当に良かった。人を斬るのは、嫌だったので」
な、なに?斬る?さっきまで、殺る気満々どころか、振り切ってたでしょ?
酸素が足りないせいか、思考がまとまらない私を置いて、満足そうに話を続ける剣神・月城ユキナ。
「恭平さんにあなたのことを聞きました。彼の秘密を知っていると……僭越ながら、試させていただきました。申し訳ありません」
「た、試す……?私を……?」
「はい。あなたが恭平さんの秘密を、我が身可愛さに売るような人かどうか、です。しかし、あなたはそんな人ではなかった。重ねて謝罪いたします」
何?月城ユキナは、佐藤君の味方、ってこと?なんで?
──いやいや!それよりも!!
「斬る……って言った?」
「言いましたね」
「わ、私が、佐藤君のこと、バラしてたら……?」
「はい。そうならなくて良かったです」
「…………」
本気だ。多分、ずっと。最初から。
私は今日、月城ユキナという人間の恐ろしさを心底味わったのだ。
佐藤君……あなたの交友関係、一体どうなってるの……!?
◇◇◇
「おい、篠原。恭平はアタシんだからよぉ、月城にもキチンとそのへん、叩き込んどけよ」
「……つまり、佐藤恭平から手を引けと?」
「ああ?んだその言い方は。恭平はアタシのだ、って言ってんだよ」
私のクランに死神が突撃してきたのが、僅か五分前。すでにタンクが数名戦闘不能に追い込まれている。
これ以上の抵抗は無意味だと判断して、応接室へと丁重にご案内した訳だが、第一声がこれだ。
「……だから、彼に手を出したら黙ってないぞ、ってことだよね?間違ってる?」
死神の威圧が一段上がる。応接室にいるのは死神を除けば私を入れて八人、丁度パーティー一つ分だけど……彼女が本気を出せば全滅は免れないだろう。
「ひひ、そんなに緊張すんなよ。弱い者いじめをしにきたワケじゃねぇからよ」
私の前でずっと死神を牽制している鬼塚くんが、我慢の限界とばかりに大声を上げる。
「いい加減にしやがれ!いきなりクランハウスに乗り込んできて、うちのメンバーを叩き潰しといて弱い者いじめだぁ!?」
鬼塚くんは強い。ユキナたんが来るまでは彼がうちのエースだったし、彼女が来てからもアタッカー兼サブタンクとして十二分の働きをしてくれている。
──だが、そんな彼でも。死神の、足元にも及ばない。
「何勘違いしてんのか知らねぇけど、アタシは身に降りかかる火の粉を黙って浴びるほどバカじゃねぇし、自分のやりたいこと我慢するようなお人好しでもねぇ。アタシに言うこと聞かせたきゃ、アタシに勝つんだな」
人を小馬鹿にしたような態度で、嘲るような顔でそう言い切る死神。
「それができりゃ苦労してねぇんだよ!テメェみてぇな奴が……なんで、神スキルに……」
「はははははははっ!下らねぇ!そりゃアタシが!世界で一番!死神に相応しいからだろうがっ!恨むなら自分を恨めよっ!」
悔しそうに歯ぎしりする鬼塚くんを見て、ハッキリと断じる死神。悔しいが、彼女の言葉は正しい。私たちよりも、死神に愛されたのは彼女だ。だけど──
「私たちには、剣神・月城ユキナがいる。君の──トリックスター一強の時代も、もう終わりだ」
これは誓いだ。君のあまりに無秩序な力が、その振る舞いが、罪に問われなかったのは我々に力が無かったから。もう、こんな無体は繰り返させない──
「はぁ?とことんズレてんな、お前ら……シラケたわ。帰ろ」
「──な、ま、待てっ!」
私の制止を意に介さず、死神が来客用のソファから立ち上がり、そのまま煙のように消えていく。
本当に恐ろしい。誰にも殺せず、誰にも防げない、全てに等しく死を運ぶ、死神……か。
「篠原ぁ、あいつの最後の言葉、どういう意味だぁ?」
「……わからない。でも、そう単純な話じゃないのかもね」
「単純だ?何がだよ」
「私たちが、彼女を追いかけるという構図が、かな」
佐藤恭平……。本当に彼が、そこまでの?
◇◇◇
「はい。レッドオーガの魔石が十八個と、レッドオーガの牙が二個で、合計二百八十万円になります。振り込みでよろし、い……ひぃ」
ぎんもぢいいいいいいいい!!




