1-15-9 記憶(9)
「チッ、あのクソ野郎、絶対にぶち殺してやるっ!!!!」
洞窟からは突風が吹き出て、戦闘ですっかり衰弱したパロマちゃんはこの程度の風属性の魔法にすら負けるほどになっていた。
余り肩入れしたくないけど、これは異常だわ。無意識なるメーヴェちゃんのバフ盛りもあるけど、これはあの子の心の奥底の怒りによるものもある。単純な喧嘩じゃない。
パンッ
「……おっ、おい、何の音だ?」
…………まんま銃声よね。嫌な予感がする。
というか、コハルちゃんの溢れんばかりの魔力に波が生じた。その魔力は消えてないからコハルちゃんじゃない。
“ねぇ、ルピナスちゃん、何が、何が起こったの?”
――――
アイビーちゃんの頭をジーナちゃんが撃ったみたいね。あの兵器の体なんだから、何処にどんなギミックがあったもんじゃないし……今更だけど、疑うべきだったわ。
生命力の塊である獣人とはいえ、心臓や脳を貫通してしまえば死んでしまう。当然だ。人の形していればそこが弱点だものね。
幾ら治癒魔法があっても蘇生魔法は知る限り存在しない。いや、デーツ国の、アプフェル=バウム国には確かに存在したのだけど、遥か昔、周辺諸国に侵略された際に消失してしまった。
………………こんな流刑地のような奇妙な地であっても、奇跡が起こらない限りは不可能よ。
「……魂が洞窟から出てきたぜ。おい、待てよ。その色、お前殺されたんだろ?」
……いよいよメーヴェちゃんが変になった。頭に水晶玉を落としたから?
いいえ、元からね。
「あっ……? えっ…………おい、お前こんな時にふざけんなよ?」
「捕まえたぜ。お前、戻りたいのか? いてっ!!!!」
パロマちゃんに頭を殴られたメーヴェちゃんは自らよりも背の低い誰かを抱きかかえるような仕草をする。
「待てよ、こいつ、アイビーってやつの魂――――」
コハルちゃんの魔力が収束した途端、洞窟の中で光属性由来の爆発が起きて岩壁に大きなヒビが入った。同時に洞窟の遥か上空に雲の渦が発生し、雷鳴が轟く。
「やっべーな。あたい、体質的に雷苦手なんだよ。水属性だしな。」
おそらく、コハルちゃんは怒りに満ちている。本来の白き龍の力が全面に出てきている。これはもう、大変ね。
“ルピナスちゃん、聞こえる?”
洞窟の奥で再び爆発が起こる。今度は薄っすらと重力属性を感じる。あの子の重力属性は封印されているけど、あれが解けるのは余程の事。封印の中身を調べるのは困難だから、能力はどれほどなのかは分からない。だけど、数値で分かるから誰もあまり見ることのない、その人の中でも最も素質のある属性のエンブレムは重力属性のものだった記憶が…………。ヤバい、ぶっ潰されるかぶっ飛ばされるかするわ。
ブゥンッ
「おわっ!!!!」
「やっべ、リヴァイアサンの水鉄砲以来の圧だな。アイビー、見てろ。中でヤベー人が鉄のヤベー人と戦ってるんだってさ。」
重力の範囲魔法が掛かった時の音。そして洞窟のある山の右上が吹き飛び、中から人の形をしたものが飛び出した。
「ねぇ、コハルちゃんっ!! あなたは関係ないでしょうっ!?」
再び山の右上が吹き飛ぶ。吹き飛ぶ度に地の底から上空に向かい悍ましいほどの重力属性の魔力を感じる。
“確かにわたくしは関係はありません。ですが、いかなる理由があろうとも、人様を傷つけることはあってはなりません。”
コハルちゃんの声っ!? というか、念話っ!!?
…………まさか、完全に龍化しているわけじゃないでしょうね……?
…………辛うじて形状を保っている洞窟からルピナスちゃんと、背負われたアイビーちゃんが出てきた。頭を撃たれたとは聞いたけど、血の付着は全くなく、あの短時間で体だけでも全て治してしまったのだろう。
「あいつ……っ!!」
パロマちゃんは満身創痍の体で走り、もう片方の肩を抱える。
「お前は、あの時の……。」
「…………悪いな、助けられなかった……。」
「構わねぇよ、あの鉄の塊、あいつを出し抜くのは無理だ。クソが……あいつ、ピンピンしてやがるし何もできなかった……。拉致してアイビーたちと交換するはずのコハルが今戦って、しかも見る感じ余裕で押してやがる……。」
「せめて、そいつをアタシに背負わせてくれ。」
「…………あぁ、分かった。」
アイビーちゃんの体は、ルピナスちゃんからパロマちゃんに移った途端、洞窟は崩れ、山も崩れ、そして――――
「コハルちゃん、その姿っ!!!!!?」
“ウフフッ。光の魔力を吸い過ぎた所為でしょうか、わたくしがこのような姿に……。久しいですね、この体。ウフフッ♡”
甲高いジーナちゃんの声と共に、大きな翼を持つ真っ白なドラゴンが現れた。厳ついイメージがあるが、そんなものは微塵も感じない。だが、とても強い静かな威厳を感じる。わたしですら、あれに逆らってはならないと思うほど。
……これは間違いなくコハルちゃんのもう一つの姿。
「でっかいドラゴンだぜ。黒龍の爺ちゃんを思い出すな。アイビー、ちゃんと見てろ、あんな白いやつ、珍しいぜ。」
「あっ、あいつがコハルの本当の……………マジか。無理じゃねぇか。」
コハルちゃんは大きく息を吸い込む。火を噴くか冷気を噴くか……?
“避けられるでしょうか?”
ポウゥッ!!!!
「あっ……あれは…………わたしの……。」
「アッハッハッハッ!!!! なーんだあの音……アハハハハハハハッ!!!!」
「うっせぇよ、ちったぁ黙れ。 ……つーか、レーザー光線吐くドラゴンなんて知らねぇよ。どうなってんだよ……?」
あの時の真っ白なレーザーよりも細いが、比べ物にならないような高密度の光属性の魔力を口から発射した。それは空を焼き雲を焼き、焼かれた雲は真っ二つに分断されてしまった。
「あっぶな……コハルちゃんやめて、あんなの当たったら塵一つ残らないわっ!!!!」
“ではこれはどうでしょうか?”
コハルちゃんは天を仰ぐ。上空にあった雷雲は急激に広がり、巨大な和太鼓を鬼人族が感情に任せて激しく叩いてるような、内臓を揺らされるほどの激しい轟音が響く。
「おわぁぁああああっ!!!!」
「おっ、おい、アイビーの魂を離すんじゃねーぞっ!!?」
「アイビーの魂…………?」
“大丈夫よ、コハルちゃんなら絶対に変な所に――――”
ルピナスちゃんから十数メートル離れたところに落雷した。
「……おい、落ちてんぞ?」
“コハルちゃんを信用なさい。”
落雷したところは大穴が空き、汚れた土の下の綺麗な土や岩が見えていた。
それから連続でジーナちゃんの近くにドンドコドンドコと連続で落雷。
この雷、高密度の雷属性だけじゃなくて光属性でフルブーストされた天雷……あの時、畑に現れたサソリに落としたのと似てるけど威力が段違い。あの時見た、あの白黒の雷の片割れと同じもの……喰らったら、黒焦げどころか蒸発して消えてなくなるわ。
「おいクソムシッ!!!! ここらフツーに落ちてんぞっ!!!!」
“……大丈夫よ、コハルちゃんを信用なさい。信ずる者は救われるのです。多分。”
「だーかーらー、コハルちゃんっ!!!! 危ないからやめてってっ!!!!」
“今のわたくしならば、正確に狙えますよ?”
「やめて、冗談でもやめて。」
“そうですか。”
雷鳴は徐々に止み、渦巻いた雷雲は消失する。
「うわぁ……あのねーちゃんには逆らえねーな……。」
「…………………………あぁ、そうだな。」
“では、これでどうですか?”
今度は四つ足でしっかりと地面に足を着き、じっとジーナちゃんの顔を見る。
「なっ、なによ……?」
“跪きなさい。”
かなりの距離があるはずのわたしの意識は反転し、地面にめり込んだ。
「ぐあっ!!!!」
「ちょっ、マジ……ぐっ!!!!」
「いってっ!!!!!」
逆さまになった世界、ただコハルちゃんだけが、その場に立っていた。
ところで、めり込んだ所為で左右に振っても戻れない。
「つっ…………何だあの馬鹿威力は……。」
“無事なのね。パロマちゃん、助けて。”
「はぁ……?」
「…………わたしがやる。」
こういうとこ、ルピナスちゃんよねぇ。ルピナスちゃんは側近、弟子としてのパロマちゃん、実験材料としての……いいえ、メーヴェちゃんの立ち位置は……。
“どうですか? あの子の受けた痛み、この程度じゃないはずですよ?”
「はぁ……はぁ……あんなのもう一発でも喰らえば……おしまいね。分かったわ。投降するわ。」
“成程、これがお前の力か……。”
今度こそ……あのクソドラゴンの声ね。
「いてててて……耳に悪い声だな。色が滅茶苦茶だ。」
「おい、こんのクソジジィッ!!!! てめぇ、よりにもよって、あの屑鉄に渡しやがって何のつもりだっ!!!?」
“ハンッ、力を全て吸いつくした残りかすを直接お前に返す予定だったが、フンッ、抵抗するものだから、こいつにくれてやったまでだ。だが……想定外とはいえ、コハルまで釣れるとはなぁ。ガッハッハッハッハッ!!!!”
コハルちゃんは翼を羽ばたかせてこちらへと飛び、わたしたちの近くに着地する。そして羽で皆を包み込むように覆い、東の方角を睨みつける。
“わたくしに何の用でしょうか?”
“単刀直入に言えば、お前の力だ。強き龍族が持つその力、その魔力、その全てを我が頂く。”
“ほう、先客が居るとはな。”
「んー……こいつは謎の声だな。」
「お前、とりあえず一旦黙ってろ。」
コハルちゃんは首を西の方角に向ける。この声は……?
“うぬ、お前は誰だ?”
“我の名は魔王■■■■。我もお主と同じだが違う。コハルのその全てを我が国、メテオリティスの地に捧げるがため、我はコハルを欲す。”
こいつが……ミーナちゃんの言っていた現魔王……。相変わらず名が聞き取れないが、間違いなくこいつだ。
「変な名前だな。色と名前が合ってねーよ。お前――――」
“お前、何故我が名が聞き取れる?”
「あたいさ、色で分かんだよ。お前の色は分かんねーけどさ、声の色は分かるぜ。お前は魔王アディスってんだろ?」
魔王アディス……?
なんでそんな普通の名前を隠す必要があるの?
“こやつ…………。お前は――――”
“フハハハハハハハハハハハッ!!!! そうか、その程度の奴に見抜かれるような程度では、我が敵ではない。”
“……休戦だ。手出しすれば、我が魔の軍勢をこの地に送る。例え、お前が時空を制する偉大な龍であろうが今は昔、所詮は老竜。お前など容易く握りつぶせるぞ?”
急に声色に覇気が無くなった。名を曝されたことは余程動揺する案件だったの?
“いいだろう。コハルは我が鳥籠の中。我が手中にあるものと同然だ。魔の軍勢だろうが受けて立つ。”
手中にあるわりには、パロマちゃんをあれやこれや使って奪おうとしてるんだけどね。どっちもどっちかもしれないわ。
…………よく考えれば、こっちのカードの方がもうコイツ等よりも遥かに強いのかもね。パロマちゃん然り、メーヴェちゃん然り、あのゴーレムを作れるテルミナちゃんにしても、あの暴走した火属性魔法を使うルピナスちゃんにしても、あの天才級の魔法を使って見せたユーリアちゃんにしても、そしてコハルちゃんと中に居るミーナちゃんにしても……サンディちゃんも色んな素質があるから……うん、上等ね。実体のあるクソドラゴンからカチ込んでもいいかもしれない。
“フンッ、待っていろ、コハルは我のものだ。”
“ハンッ、いつでも受けて立つ。フハハハハハッ!!!!”
…………静かになった。とりあえず、一旦抜け殻のアイビーちゃんを――――
“ところで、ジーナよ。”
「……何よ?」
“お前はまだ死ぬべきではない。愛する恋人に会いたいのだろう?”
「…………そうよ。」
“あの山頂のシャッターの前に行け。扉は開かれた。”
……嫌な予感しかしない。
「…………どういうこと?」
“そして、この玉を受け取れ。実験により得た、黄金の果実。お前に力を授ける。”
まずいっ!!!!
「クソムシ、どうしたんだ?」
この念話はジーナだけに聞こえる。当然だ。
それをわたしは傍受しているに過ぎない。
……それをあのクソドラゴンは気付いていてやっているのだろう。知らず知らずのうちにわたしの移動に関する時空魔法が封じられていた。
『ポーポポポポポ。トキサダさま居られる場所にはわたくしが居る。対策されてないわけないでしょう?』
あのクソバト……。突然現れた気がしたけど、丁度いいわ。フルメンバーじゃないけど最強格が揃ってる。
「うわっ、ハトが喋りやがったぜ!!」
「コイツ…………。今この場で叩き潰してやるっ!!」
「ただのドハトじゃねぇな、魔物の方のハトだっ!!」
わたしも今すぐにでも叩き潰したい。だけど、ルピナスちゃんが銃口を向けた瞬間に消滅してしまった。
『無駄ですよ。わたくしは汚れるのが嫌ですので、こーんな汚らしい場所には出向くわけがありません。では、これにて失礼。』
立体映像か……。あんな奴が現場に出向く訳がない。
崩れた山の向こうで金色の何かが飛んだ。色は妙だけど間違いなくジーナちゃんだわ。方向もあの山の方角。ミサイルサイロの中にジーナちゃんが求めるものがあるんだわっ!!
飛ぶ速度はパロマちゃんどころではない。もう追いつけない。さっきの黄金の果実が関連してるのね……。
……雲が、薄っすらと紫色に。さっきのミサイルサイロがある辺りの空に渦巻が生じている。
「うわっ!! 雷の音がするっ!!!!」
「なっ、何だよ、この不気味な色は……?」
“とても、禍々しい雲です。何だか体がピリピリします。”
龍が空を我が物顔で飛び交うような稲妻が走る。次第に稲妻の頻度が増えて絶えず轟音が響く。
“ォォォン…………。”
“ずっと、南の方角から聞こえます。”
ゴーレムとはまた違う、悲しそうな低い声。一体、何が起ころうとしているの?
“ウォォォォ――――――ンッ!!!!”
……何この声……?
「低い赤い声に高い金色の声が混ざったな。金色の声はジーナの声だ。」
“あっ、あれは何ですかっ!?”
あのミサイルサイロの上空に生じた渦巻は大きな漏斗状の渦巻となり、天空と大地を繋ぐ大きな大樹のような……えっ?
「北から、東から空が……。」
「雲が晴れていってやがる……。いや、吸い込まれてるのか? アレに……?」
重い鉄のようだった雲は紫色の雷雲に変化し、あの場所に向かい吸い込まれてゆく。それは徐々に、まるで巨大な桜の木のような姿となり、その桜の木のような雲もミサイルサイロがあった場所に吸い込まれ消滅した。
コハルちゃんの龍の体から発する淡い光で気付かなかったが、すっかり辺りはすっかり日が落ち、空一面の星々と、大きな月が顔を出していた。
「すげーっ!!!! こんな宝石箱みたいなの、船からも見たことねーぜっ!!」
「…………こえぇぐらい綺麗だな。クソ……………………。」
本当に恐ろしいぐらい綺麗。そして不気味な程に静か。当然、鳴く虫なんてこの世界じゃ希少だしこんなゴミの掃きだめには存在しない。風も吹かない。
まるで、嵐がそこまで迫ってるみたい。
「こりゃその内、嵐でも来るぜ。あたい海賊だったもん、ずーっと海の上だったから分かるんだ。」
「……あの下らん物語と同じかよ……。」
「あぁ、あの人魚から足を得てフラれて海賊になったやつか。」
「…………知ってんのかよ。」
「職業柄、本を読んでやることもあるからな。」
「あたい、銃使うの得意だぜ。ほら、水の魔力を込めて弾丸にするんだ。」
「……そんな危ないもん雑に扱うな。ちょっ、こっち向けんなっ!!」
……皆が好き勝手に喋ってるのに、発せられる声が次々と空に吸い込まれるように静かに感じる。ミサイルサイロの方角にはもう何もない。空を塞いでいた雲も無い。さっきのは何だったの?
……ジーナちゃんはどこ行ったの?
「…………雨になる前にずらかるか。」
「そのアイビーってやつの…………教会に寄っていくか?」
パロマちゃんは顔を曇らせて俯く。もう、そのアイビーちゃんは抜け殻だ。力なく、首を垂れて目を瞑っている。
「……………………お前、アイビーの魂が居るってたな。本当に、本当なのか?」
「あぁ、そうだぜ。」
「…………戻せるか?」
「戻りたがってるから戻るんじゃねぇか?」
親が子供の背に立って両肩を持つように、誰かの肩を持つようなポーズをしていたメーヴェちゃんは手を離した。
「おっ、おい、逃げるんじゃねぇだろうな?」
「それは最初だけさ。あたいが一度でも掴んじまったら、思いだしちまってあんなところには戻れなくなるんだ。」
……どういう理屈かしら。あんなところって何処?
…………死して無くした自我が戻るって……ことは無いわよね?
「……入んねぇな。お前も入り方が分かんねぇって顔してんな。うーん……家に帰りたいって感じの歌、歌ってみるか。」
「…………ふざけてるようにしか見えんが……それで出来るなら……頼む。寝かせた方がいいか?」
「そのまんまでいいぜ。」
メーヴェちゃんは大きく息を吸い込み、この世界の共通言語じゃない声……アプフェル=バウムの言葉で、お隣出身のわたしでも知らない歌を唄いはじめる。
「…………なんだよ、こいつ……雰囲気が別人じゃねぇか? つーか、この声、あの時聞こえてきた……」
大空に揺蕩う宝石粒に、静かに地上を見守る大きな大きな満月。周囲の全ての雑音を吸い上げ、洗い流し、一方で彼女が放つ澄んだ歌声は現世に漂い、地上を彷徨う人々の心を優しく包み込む。
……アイビーちゃんの指が動いたっ!?
“今、アイビーさまのお体に脈が、心音が戻りました。”
「――――っ!?」
“パロマさま、お待ちください。まだ、体は不完全です。急いて起こさないようお願い致します。”
コハルちゃんは小声でそう伝えると、一瞬、コハルちゃんの顔を見上げ、そして静かに前を向いて目を瞑る。
メーヴェちゃんは右手を胸に置き左手を天に掲げ、その辺の何かに例えるのは烏滸がましく感じるほど、その辺の神の歌声と称される者が全て有象無象の何かに見えてしまう程、ただただその美しい声で唄い続ける。
“ごめんなさい、せっかくのお美しい歌の最中に言葉を挟んでしまって……。”
ルピナスちゃんは終始無言で空をじっと見上げている。一体何を考えているのか、傍受すれば分かるけど無粋よね。
家に帰りたくなる歌か。本当にいい歌ね。
「~♪ …………これで終わりだぜ。」
「…………あっ……………あっ、いや……てっ……てめぇ、ナニモン……だ?」
“お美しい素晴らしい歌です……。ウフフッ、体が空気に溶けて空を漂うような感覚になりました。また、お時間がございましたらもう一度、皆でゆっくりとお聴きになりたいと思います。”
多分、この曲だったからいいけど、あの時みたいな曲だと全員が夢に誘い込まれたりよく分からないステータス異常を引き起こしそうだからやめた方がいいかも。
それだけ、成人の夢魔は危ういということよね……。
「あー、歌い疲れた。寝るぜ。」
「おい、こんなとこで寝んのかよっ!?」
メーヴェちゃんは突然地面に仰向けで倒れ込み、大の字になってグースカピースカ寝息を立てて眠り始めた。どこでも眠れる体質は羨ましいわね。
“ウフフッ、楽しい子です。あら、アイビーさまの猫耳が……動いています。”
「アイビーっ!? ……マジか……。」
再びアイビーちゃんの手が動き、続いて体も動き、首も動く。
“魂が完全に器へ戻ったようですね。ですが、末端まで馴染んでいるかは不明ですので、無理に動かさないようにお願いします。”
「あっ、あれ……? おっ……オレは……?」
「アイビー……良かった……。」
一人称もあの時と同じ。女の子なのにオレ。獣人らしくていいわね。
……ところで、あのゴミの山をぶっ飛ばしたあの力……感じないんだけど……?
「あっ、あの……ごめんなさい。オレ、見てることしか出来なくて……。」
「お前の所為じゃない。あいつが突然お前らを攫ったんだ。どうしようもねぇだろ。」
見てることだけ……?
「えっ、えっと、そうじゃなくて……みんなが、カプセルに詰められたみんなが……」
パロマちゃんの眉間にしわが寄る。ただ、目はいつもの怒りや嫌悪の目ではない。
「ちょっと待てっ!! …………あのクソ野郎、みんなを……食っちまったのか?」
「ごめんなさいっ!!!!」
「そうじゃないっ!! ……怒ってなんかいない。お前が見たものが何なのかを聞きたいだけだ。 ……いや、言わなくていい。今からあのクソ野郎の所にカチ込む。」
“今のわたくしであればどんな厚い防護魔法もこじ開けることが出来ます。お手伝い致します。アイビーさまを……ジーナさまをあのようなことにしてしまった元凶をわたくしは許せません。”
「済まないが、お前の手は借りん。そもそも、あのクソ野郎が狙ってるのはお前だ。クソ野郎自体も龍族で、お前のような姿になれるかもしれん。」
“それに、相手は全ての属性の中でぶち抜けて優秀な時空属性の使い手。側近にもあのクソバトが存在するし、何されるか分からないわ。”
……それにしては、コハルちゃんはあの時のような拉致転送は無いわね。時空属性の耐性があるから? それなら、何でルピナスちゃんと同じように急に現れたのかしら。
…………。
うん。何もかもパンチ一発で終了させてしまうほどの力を持つから、下手に陣地に入れてしまうと危険だわね。
そう考えると、今の姿で突撃してもいいのかもしれないわ。
…………とはいえ、現在進行形で急激に力を付けてるとなると、いつ拉致されてもおかしくはない。当然、注視していつでもカチコミに行けるようにすべきというのは前提として、今既にその力を持っているとすれば……安易な突撃はやはり危険……。
“あら? あらあらあらあら……”
コハルちゃんのぼんやり光る龍の体が点滅し、徐々に萎むように小さくなる。
「あらあらあらあら…………戻ってしまいました。時間切れみたいです。」
コハルちゃんは生身ではなくオルビスの体であり、魂だけでのドラゴンモードはやはり無理があったか。うーん…………光属性の厄を過剰にため込んだ上で怒りなり何なりのトリガーがあれば発動すると仮定した上で、このそれなりに短い時間制限ありは……いいえ、また今度考えましょう。とにかく、今はコハルちゃんのボディガードよ。
“ねぇ、パロマちゃん、良ければだけど――――”
チュンッ。
「クソムシ、アタシは今からクソ野郎を――――」
チュンチュンッ。
「……雲が晴れて鳥さんが戻って……来たにしては、今は夜ですし、それに……。」
「声のした方を見てるが、どこにも居ないな。 ……見えないスズメ?」
チュンッ……チチチチチッ。
「遠くに飛んで行った声だな。」
……スズメよねぇ。何だろう、この世界に来て初めてのはずが、つい最近聞いたような……何だっけ、何かとてもヤバい案件だったような気がするけど、色んなことがあって思い出せない。
…………中身はハイエルフだから見た目そうでなくても、わたしも歳よねぇ、本当。
「……クソムシ、さっきの話は断る。」
“あら、わたし全文言ってないけど?”
「聞かんでもわかる。どうせ碌でもねぇ。アタシはあいつに殴り込みに行く。鬱陶しいから手を貸すな。」
“……そう。”
多分、弟子にしようと質問したと思ってるみたいだけど、今無理強いしても絶対に聞かないわね。
……単騎のカチコミは非常に危険だから、エーテルランドで大人気のはじめてのおつかい形式で、後を付けましょう。
“ハンッ、ワシに近づけるものなら近づいてみるがいい。”
クソドラゴンの声が聞こえた。本当に何もかもお見通しってわけね。
今から行くから首を長くして待ってなさい。
「あのクソが。絶対に殺してやる。」
フンッ、何が来ようが体当たりよっ!!
「……なんだありゃ……?」
山は消滅し、雲は消失し、すっかり月明かりに照らされてよく目立ってる工場が、再び闇に紛れんと煙突から灰色の煙を発している。その煙で工場全体が包まれ、煙の量も徐々に増えて、雲に覆われた天空に城のように煙に覆われる。
「煙幕なら無駄だな。吹っ飛ばしてやる。」
“ぽーっぽぽぽぽ。ただの煙なわけないでしょう?”
今度は腹の立つクソバトの声。あんなのが念話を使うと、脳内全体にあんのイライラ来るネチャッとした声が響くと……とてもじゃないけど……キレそう。
「クソをクソで塗り固めやがる……みんな纏めて消し飛ばしたいが……中にはまだあいつ等が……。チッ。アイビーを頼む。」
「おっ、オレは歩けますっ!」
「じゃあ、歩け。だが、回復してくれたとはいえ、あの状況の後だ。無理すんなよ。ルピナス、頼んだぞ。」
「あっ? あっ、あぁ。分かったが、行くのか?」
“パロマちゃん、待ちなさいっ!!”
翼を広げ、突風のように東の空へと消えた。
「あいつ、一人で大丈夫なのか?」
「……行ってしまいました……。龍の体であれば、お手伝い致しますのに、この体では足手まといに……。もどかしいです。」
間違いなく罠。煙なら風魔法が効果的だが、あれはクソバトの言う通り、単なる煙ではない。ここからなら煙の成分が何かは分かるはずが、妨害を受けて感じ取れない。
止めるにしてももう遠くまで行ってしまった。
“大丈夫なわけないでしょ。ルピナスちゃん、アイビーちゃんを連れて戻ってなさい。コハルちゃんも、気にしないで。きっと、連れて帰るから。”
「……んー……むにゃむにゃ…………んがー…………」
「…………こいつ、よくこんな所で寝てられるな。」
「熟睡してますね。どうしましょ、起こすのも良くない気がしますが……。」
“起こしましょう。腹に水晶玉を――――”
「乱暴はいけません。わたくしが背負って戻ります。」
“……そう。お願いね。”
「承知しました。」
◇◇
「んあっ…………。」
……あれ、あたし……寝てたんだ。でも……夕方から風景が変わってない。時間の進みが遅いのかな?
「ここは、起きていれば時間が進むが、寝ていては時間は進まん。」
……なにそれ?
黒と緑色のアゲハチョウがひらひらと舞い、ウサギの元おばあちゃんの頭に留まる。
「……また一人、誰かが迷い込んだようじゃな。これ程までに参拝客が多い日は珍しいの。」
あの石段の方を見ると、一人の少女が息絶え絶えで登ってきた。
……そりゃそうだよね。
…………あれ、サンディちゃんは何処行ったの?
「…………………………。」
ウサギの元おばあちゃんは無言であの子の姿を見つめる。
「はぁ……はぁ……駄目ですね……わたくし、そもそも人では無いのに、人間の姿だからって調子に乗ってしまいました。んぐッ……げほげほ……。」
…………あの子の姿、見覚えがある。
「ほう……素晴らしい太古の東洋建築物が一面に……。鳥居を見た時ビビッと来ましたが、これが…………。」
「お主…………見覚えがあるぞ。現世での名は知らぬが、ここへ来た事はないか?」
「うぬぬ……巫女ですか……。実物は初めて見ましたが、実にエキゾチックな……。素晴らしいです。もし良ければ見学してもよろしいでしょうか?」
「かっ、構わぬが……。」
「あっ、自己紹介が遅れました。わたくし、グラモと申します。」
落ち着いた人だと思ったけど、あんなにも動揺するのは意外だな。
…………だけど、この子…………銀色の長い髪にその髪を結った左右のお団子、その澄んだ赤い瞳に眠そうな目、そして低めの背丈……似てると思ったら名前が違う。というか、グラモって、あの積み木を組み合わせたような感じのデバイスのグラモちゃんだよね?
アステラちゃんを治癒魔法で治療し続けたあのグラモちゃんだよね?
「ねぇ、あなた、フェニーって名前……じゃないの?」
グラモちゃんは眉間にしわを寄せ、口を三角にしてジトっとしたやる気の無い目でこちらを見る。
「あなた、不敬ですよ。烏滸がましい。どなたと間違われてるんですか、この恥知らずめ。」
初対面早々失礼なこと聞いたあたしも悪いんだけど、その初対面で早々けちょんけちょんにされるとは……。精神攻撃だけでHPが一気に尽きてしまった。サンディちゃん、助けて……。
「本堂を覗かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「かっ、構わぬぞ。」
グラモちゃんは一人で本堂の方に歩いて行き、本堂の前で丁寧にお辞儀をして手を叩く。
「さっきの通り、ここで面倒を見た魂は数え切れぬ。故に覚えてもおらぬが……あの魂は確かにここで面倒を見た記憶がある。あの七つの魂の、その末の魂じゃ。」
「末の魂って、末っ子ってこと?」
「そうじゃろうな。」
……フェニーちゃんは最後に製作した子だ。火属性の器に光と闇の混合。三属性を一挙に集中させる……かなり苦労したんだ。そして名前は不死鳥から。流石にもうネタ切れだよ。
…………やっぱり、あの七人の魂は…………いや、可能性があるというところまでだよね。
「あの、えーっと……これでよろしいでしょうか?」
「おっと、お供え物を頼んでおいたんじゃったな。」
サンディちゃんは……なんとエプロン姿で三角おにぎりを乗せたお皿を持ってきた。きゃわの千倍、いや、千乗。きゃわきゃわの百万乗。ヤバい、心臓が暴走、ドキドキがドキドキ、やだ、あの日が来ちゃう。ヤバい、好き。ほんと好き。飛びつきたいぐらい、好き♡
「……ルーナディアさま、何て顔してるんですか……。」
「あっ、いや、なっ、何でもないよ?」
「うぬ、よく出来ておる。ではこれを……。」
ウサギの元おばあちゃんは一個取って食べてしまった。お供えものじゃないの?
「お供え物じゃないんですか?」
「お主も、ルーナディアどのも食うが良い。」
サンディちゃんの手作りおにぎり……萌え萌え神が作りしおにぎり……。いただきま――――
「あら、綺麗な青い蝶ですね。」
「珍しいの。オオルリアゲハがこんな地に来るとはな。」
「あのユリシスですか?」
あたしの名前に似た綺麗な蝶が飛来して三角おにぎりに留まる。
うーん……点のような足の先だからノーカンね、ノーカン。
あっ、グルグルゼンマイが伸びてツヤツヤお米にキスキスキス…………点のような口の先だからノーカンね、ノーカン。分かるよ、萌え萌え神が作りしおにぎり、神宝級のおにぎり、好き以外の何物でもないじゃない。
「本当に綺麗ですね。もう絶滅寸前らしいですから、本当に貴重です。」
「吉兆の象徴らしいからの。こやつにお供えをするをするのも一考かもしれん。」
「あっ、飛んで行きました。」
「満足したのじゃろう。」
あたしの名前によく似た美しい幸運の青い蝶はヒラヒラと橙色の空を舞う。蝶は本堂から出てきて深く深く礼をするグラモちゃんに向かって飛び続ける。あっ、マズい……あの子、虫……いや、蝶は大丈夫でしょ。美しさが勝るはず。
「あら、今度はアオスジアゲハですね。」
「ご神木の葉を食す蝶じゃな。言わば神の遣いじゃ。」
点のような足でおにぎりに留まり、点のような――――
「ヒィッ!!!! むっ……虫です…………。」
グラモちゃんの甲高い声が響く。やっぱり、蝶でもダメ?
「むっ、むしむしむしむし…………いいえ、これしきの事で……。いいえ、駄目です。どこかに行ってくださいっ!!!!」
怯みつつも必死で手で追い払い、あたしの名前に似た蝶はご神木の元へと飛んでいった。ローリエさんの裏側を見て発したような、あのブッ壊しボイスには至らなかったが、前途多難の四文字がつき纏う。あたしたちも、グラモちゃんも。
「……あの魂も、虫が苦手じゃったな。蝶でも悲鳴を上げるし、ゴキブリを見てしまった頃には障子紙が全部破け飛ぶぐらいの絶叫を上げておったわ。そしていつも、三番目の魂に怒られ、四番目の魂に大笑いされておったな。」
グラモちゃん、フェニーちゃん説が強まる。
「あっ、エレインさまを忘れておりましたっ!!」
「あの子は珍しく行儀の良い、悪戯をせぬ子じゃから一人にしておいても大丈夫ぞ。」
「ガス台はチャイルドロックを入れましたが、沢庵を切った時の包丁出しっぱなしですっ!! あっ、炊飯器開けっ放しっ!! あぁッ!! 冷蔵庫の中のもの出しっぱなしっです!!」
「……多分大丈夫じゃと思うぞ……。」
前途多難だなぁ……。というか、ガス台とか炊飯器とか……家電製品、あるんだ。
「おばーちゃーんっ!! できたーっ!!」
「エレインさまですっ!! お怪我はないですよねっ!?」
エレインちゃんはいびつなご飯の塊……いや、エレインちゃん的におにぎりであるものを大きなお皿に乗せて、その満面の笑みと共に持ってきた。微笑ましいったらありゃしない。最高だ。この三文字以上の感想は出てこない。控えめに言ったとしても、最高だ。
きっと神様も喜ぶはず。喜ばなければ、それは神様ではない。
何か電子音がする。何だ?
「おっと、珍しいな。第十三界から電話じゃ。えーっと、どこ押すんじゃっけ?」
ウサギの元おばあちゃんの紅白衣装のポケットからウサギの耳みたいなものが付いたカバーで覆われた四角い旧式のデバイスが出てきた。
この地で見ると、何ともハイテクな機器に感じる不思議。というか、神としか言いようのないおばあちゃんが使うと違和感が凄い。
…………えっ? あれ、非常に高性能高耐久で秘匿性の高いフォの国製の通話デバイスじゃん。とにかく頑丈だから調査員や一部の冒険者が好んで使ってるやつ。中々渋い所のを選んだな。
「これか。おう、どうしたんじゃ?」
旧式デバイスを耳に当てたままご神木の方に歩いて行った。
「あれ、フォ製の通話デバイスですね……。」
「あんなマニアックなものよく知ってるね。」
「AE社のお膝元であるエーテルランドでは、フォの国が作った様々なデバイスがよく槍玉にあげられて叩かれてますからね……。わたくしが言うのもアレなのですが、技術力ではAE社でも堅実さでは間違いなくそちらですよ。」
……何だろう、コメットさんであった頃とは違って、口調が何だか不満気味というか……。
あれだけAE社のことを持ち上げてたのに?
「はぁ、酷い目に遭いました……。あら、この三角おにぎり……素晴らしい造形美ですね。」
入れ違いでグラモちゃんが戻ってきた。そして三角おにぎりが珍しいのか色んな角度でそれを観察する。
「あっ、ありがとうございます。」
「あたしのも見てーっ!!!!」
「…………なんですかこれ、何とも前衛的といいますか、このぐちゃぐちゃは一体何を参考にされたのですか?」
「ぐちゃぐちゃじゃないもんっ!!!!」
「……どう見ても単なる米粒の寄せ集めにしか見えませんが……。」
エレインちゃんはノアちゃんがするように、頬をパンパンに膨らませて不満そうな顔をする。グラモちゃんも悪気はないんだろうけど、お世辞も何もないというか、子供相手にもストレートに出ちゃうというか……。
「……わたくし、何か妙なこといいましたか?」
「思いっきり言いました。ほら、エレインさま、このおにぎり、一つ貰いますね。」
「あっ、あたしも貰うね。」
あー、何だか久しぶりに物食った感…………うっ、甘い。何とも、もわーんとした味。もわーん。もわーん。もわわーん。もわわわ……血糖値スパァァァィ……ピッシャァァァッッ!!!!!!
「…………これは…………。なんとも、集中力の維持に良い味ですね……。」
集中力を維持するどころか脳みそが金平糖になりそう。脳みそピシャァァアンからのスヤァ。
「仕方ありません。物は見た目じゃありませんからね……………何ですかこれ、食べられなくはないですが……塩と砂糖、間違えてますね。」
エレインちゃんの表情が曇る。今度こそは流石に心にくるものがあったか。
「ですが、かつて東洋の地におはぎという食べ物があったそうです。恐らく、あの巫女殿は知っているのでしょう。」
エレインちゃんの表情が晴れ渡った。一時はどうなるかと思ったけど良かった。
「おばーちゃーんっ!!!!」
端末を耳にあてた元おばあちゃんの周囲をぐるぐると回る。時々頭を撫でてやるも、そのおばあちゃんの顔は少し険しい。
「そうか。兎に角、こっちには居らん。ほなの。」
「おばーちゃーん、おはぎーっ!!」
「おぉ、誰から聞いたんじゃの? そんなに欲しいなら、作ってやるぞっ!」
「おばーちゃーん、やくそくーっ!!」
「おぉ、約束じゃ。おぅ、そんなに走るな、皿持っとるし、転んだら危ないぞ?」
エレインちゃんは本堂の横の、やけに近代っぽい白い四角い家の方に向かって走っていった。
「…………困ったぞい。」
困ったぞい?
「どうされたのですか?」
「……お主の世界には、まだ完全なる蘇生術を行使する者がおるのか?」
「完全なる……とは?」
「器が壊れ、魂が離れゆく状態となった際に、魂を引き止め、器へと戻す行為じゃの。まだ魂が器にある状態で蘇生させる不完全な蘇生術ではない。」
「…………聞いたことありませんが。」
「うぬ……。幻魔が成人となり、帰すべきところに帰らず、そのような能力を得たという話が最後かの。彼奴はその後、ようやく帰すべき地に帰して二度と起こらぬと思っておったが……。」
元おばあちゃんは、端末を額に当て、何かを考えている。一体、何があったんだろうか?
「その完全なる蘇生術が行われたことによって、その魂が所属する第七界に戻らず八十八界全て巻き込んで大騒ぎになってしもうておる。わしのような無銘の地ですら疑われておるんじゃから、これから暫くの間は面倒なことになるぞ。じゃが、ワシは無実じゃ。無視を決め込む。さーて、着信拒否……着信拒否……どうやってやるんじゃったけの。」
こういうの、あたしなら分かるけど、これは神々と繋がる端末、それを代理だとしても触る行為、それ以上に、その神々との繋がりを一時的にでも遮断する行為は罰当たりでは済まない。最高レベルの不敬罪。うん。無視を決め込もう。
一応、サンディちゃんに視線を送ると、首を小刻みに横に振る。ウサ耳も遅れて小さく左右に振れる。よし、分かってる顔だ。
「あの、わたくしが行いましょうか? 機械に弱いフェニー殿に代理で何度も機器の操作をやっております。」
分かってない子が一名。マジで罰が当たる五秒前。どうすれば……。
「おぉ、そうかのっ!! では――――」
「あっ、グラモさま、足元にムカデが――――」
サンディちゃんの機転によりグラモちゃんの動作が止まる。途端に物凄い量の汗が湧き出し、顔色が真っ青になった。
足元を見るもムカデは居ないしヤスデすらも居ない。蟻が何匹かちょろちょろ這ってるぐらい……あっ、ダンゴムシが走ってる。いや、あれはワラジムシか。ワラジムシは体の端から無数の足が見えてるし、無駄に素早いし、丸まらないから嫌い。
「どうしたんじゃ? 何も這っとらんぞ?」
「……申し訳ありませんが、我々の手で神々がお使いになるデバイスを、それも他の神々と繋がるものを、下々の一人でしかないわたしが、その神々との繋がりを断つための操作することは、いくら代理であっても罰当たりの極みです。申し訳ありませんが、それはお請けできません。」
「そっ、そうかの。すまんな……。」
「ところで、ルーナディアさま。」
「あっ、えっ? どうしたの?」
親指と人差し指を広げて顎に乗せ、目を細め、視線を右に逸らす。
「あの端末、着信拒否は確か、電話帳でその人の電話番号を表示した状態で、中央右側の真ん中にあるボタン長押しで出来ましたよね?」
「えっ? いや、あの機種は確かそうだった気がする……かな?」
「ほう、これじゃの。おぉ、出来たぞい。すまんの、サンディどの。」
「わたくしはルーナディアさまと話しています。」
「…………サンディどの?」
「わたくしはルーナディアさまと話していますっ!!」
「……………すまぬの。」
「わたくしはルーナディアさまと話していますっ!!!!」
あぁ、よくある、これは独り言だから気にしないでくれと独り言のように装っておいて、立場上、公の場で面と向かって言えないような情報を相手に情報を伝えるというアレか……。とんでもない人相手に使ったなぁ。
これで本当に良かったのかなぁ?
「グラモさま、虫なんて居りませんよ。虫ごときでいつまで固まってるんですか?」
「虫……むし…………むし…………。」
固まったままだ。
それよりも……あたしたちはいつまでここに居るんだろう。向こうは……大丈夫かなぁ?




