1-15-10 記憶(10)
何とか、何とか、この小さい羽をフルブーストして、何とかパロマちゃんが見える位置まで近づけた。本当に速過ぎる。
時空属性よりも圧倒的に負荷が軽い風属性持ちはほんと、楽よねぇ。ユーリアちゃんから貰った風のリングを取り込んだ時のあの爽快感は忘れられないわ。
ユーリアちゃん、本当に何処行っちゃったのかしら。
「こんな煙、アタシの前では何の意味も成さねぇよっ!!」
パロマちゃんは両手を広げ、手のひらを向かい合わせる。その手同士の間に展開される魔法陣こそ平面だけど、展開される風魔法に込められる魔力がその辺の有象無象とは比べ物にならないほどで……。
というか、この煙がクソバトの所為であっても、クソドラゴンの所為であっても、パロマちゃんは風属性を持っていることは間違いなく知っている。
“パロマちゃん待っ―――――”
「吹っ飛べオラァッ!!!!」
鼓膜が張り裂けそうな轟音と共に煙の塊が押しのけられた。
“ぽーっぽっぽっぽっぽ。こんなチャチな罠に引っかかるとは思いませんでしたよ。”
煙の中から、球体の魔法陣に覆われたクソバトが現れた。この術式……MPを吸い取るタイプのドレインによく似てるけど……?
「うっ、なっ、なんだこれ…………?」
“企業秘密です。”
蚕の繭から糸を引き出すように、一本の太い糸でパロマちゃんとクソバトが接続されている。そして、魔力の流れはクソバトに流れているけど、もっと低レイヤーの………………これはマズいわっ!!!!
“おっと、器用なことをやるもんですね。”
あの糸の通る道の座標を割り出し、わたしの闇魔法の塊を転送させて引き裂いた。闇属性は魔力自体の質量が非常に大きいので、間に挟まるということは分厚いミスリルの壁を置くのと同等。よく分からない魔法は障壁魔法じゃ貫通されかねないからこれぐらいの力技が丁度いいわ。即席の座標の割り出しはほんと疲れるけど。
「くっ…………体が……重い……。」
“邪魔が入りましたので完全ではありませんが、これも力としてトキサダさまに献上致しましょう。”
鑑定。対象はパロマちゃん…………。
…………風属性のランクがSからFまで落ちてる。これじゃ、あの風のような動きも清流のような滑らかな双剣も、何も出来ないかもしれない……。
「くっそ…………この野郎…………。」
“では、ご機嫌よう。おっと、鍵の閉め忘れですね。”
クソバトが嫌らしい目でこっちを見ると、目の前にいつものようなバリアが出現した。見た感じ、普通に壊せそうな程度のものだけど――――
“何を不埒なことを考えておるのですか? 無駄ですよ。これは何重にも張られていますし、何より、壊せば秒も待たずに再生します。”
「くっ……この野郎っ!!!!」
パロマちゃんの拳に重力属性が乗った。マズい――――
“それ、全身に満遍なく流さないと手以外の場所に大ダメージが――――”
ガラスの割れる音と共にバリアの破片が舞い散るも、既に拳の場所には新たなバリアが生じていた。
「うっ、うぉぁああああっ!!!!!!」
“こればかりは、そこのクソムシさまの言葉に耳を傾けるべきでしたね。あっ、その申し訳程度の重力属性も取っておくべきでしたかね。まっ、いいでしょう。再び、ご機嫌よう。”
パロマちゃんは光の翼の色が薄まり、ゆっくりと地へと吸い込まれていく。
エクスプローダーで一気に大穴を開けて追いかけたいけど、最早それどころじゃない。
あんなにも頭に血が上ってる状態で冷静な判断が出来るはずが無かった。
……くっ、何もかもが後手後手ね。
◇
はぁ、何だろうな。あの最悪の状況から一変して、気持ちが悪いぐらい静かで、嫌な予感しかしないし、わたし一人では今すぐに何も出来ないのは分かるが、もどかしい。
……メーヴェだっけか、こいつの歌声であの孤児院が目の前にあるように感じたし、幻想だとは分かっていても……気を抜くと本物だと錯覚しそうになった。あんな美しい歌声、忘れそうな道標を想起させようとする魔力……こいつ、本当に何者なんだろうな。
「今、物凄い音がしました……。」
ソニックブームが生じたような轟音が辺りに響く。アイビーは怯え、コハルさんの体にしがみついている。
「んあっ…………何か耳の奥がキュッてなったんだが……?」
こいつは本当に……大物だな。本当にあの歌声の主なのかよ。
「……もう一回寝る。」
「おい、一度起きたんなら教会に戻るまで我慢しろ。」
「うふふっ、構いませんよ。わたくし、この程度では重さを感じませんので。」
冗談抜きで百人載った大型の倉庫を持ち上げても涼しい顔してそうな感じはあるけど……。
「ん? 何だかパロマが危なそう。」
「えっ、あの……どうして分かるのですか?」
「なんとなく。」
そう言って突然コハルさんの背中から降りようとするので、コハルさんはそっと降ろした。
「ごめんな。あたいは行くぜ。」
「……どこにだよ?」
メーヴェはにっこりと笑い、全身に水を纏ってチューブ状の水塊を残しつつ東の方角へと飛んで行ってしまった。
「……自身の水の中を泳いで行くのですね。」
「何だか、滅茶苦茶だな。」
◇◇◇◇◇
駄目、ここも駄目……。
鑑定して診てるけど、腕だけでなく全身の金属の骨格という骨格がひずんでるし、内臓に相当する部品もかなりダメージが入ってる。
本当はコハルちゃん並みの重量があるはずが、こんな芸術的なまでに軽量化されていて……こんな体で重力魔法を自分の拳だけエンチャしてぶん殴ったら危険だわ。武器エンチャでも危険なレベルよ。
くそっ…………王立研究所並みの機器が無いと無理だわ。こんな物理的に無茶苦茶な状態で……せめてパロマちゃんのように時空魔法で巻き戻せたら……。
「うぉあっ、パロマ大丈夫か?」
音を聞きつけたか、メーヴェちゃんがこちらに戻ってきた。
“……生憎、あなたじゃ無理だと思うわ。”
「虫の息だな。あれ、久しぶりだけど出来るかな?」
あれ?
“……やってみるのならやってみてもいいけど、コハルちゃん呼んでくるから、余計な事せずにここに居てくれるだけでいいわ。”
……メーヴェちゃんはわたしの言葉など、左耳から入っても右耳からそのまま出てくるかのように、じっとしていない。
既にパロマちゃんを薄い緑色の謎の液体で包み込んでしまっていた。
“ちょっと、あなたじゃないんだから溺れ死ぬわよ? もしくは漏電かまして殺しちゃうかも。”
「ナノマシンの液体を真似たんだ。多分こんな感じかな。」
はぁ?
ナノマシンって…………。鑑定。
…………成分ほんと一緒。何この神業。水属性ってこんなことも出来るの?
出来たとしても土属性ぐらい要るでしょ?
「ナノマシン音頭、歌ってやるから隅々まで浸透するんだぞ。」
虫の硬い脳みそでは理解が追いつかない。ナノマシン音頭ってなに?????
いや本当に。ナノマシン音頭ってなーに????????
……メーヴェちゃんは、先ほどと同じデーツ語で、今度は軽快なリズムのとても明るい、元気が湧き出るような歌を…………?
ナノマシンのほぼ無に近いステータスがうなぎ上りっ!!!!
そのまま鯉のように滝を昇り龍に化けてしまいそうな勢いで上昇し、もはやそのナノ単位の蠢く粟粒はその辺のムキムキ戦士のステータスを優に超え、そして並みの細菌を凌駕する勢いで増殖を繰り返してる。ナニコレ、キんモッ!!!!
すっかり活性化し切って蛍光色グリーンと化してしまったナノマシンの液体はぼろぼろになった部位に絡みついてより強く発光している。そして、目を閉じたパロマちゃんの口から気泡が上がる。
……鑑定。
…………すごい、骨格の歪みはもう正され、残すは損傷した内臓のみ。その内臓も徐々に状態が回復してきている。
なにこれ…………メーヴェちゃん、怖い。
パロマちゃんの目が開いて口から大きな気泡が上がる。内臓はもう元通りでステータスオールグリーン。ナノマシンの液体はパロマちゃんが跳ねのけて四散してしまった。
「~ッ♪ っと。もういいのか?」
「てっ、てめぇ、一体何を……体痛くねーし…………。」
「良かったぜ。あたいのダチだもんなっ!!」
パロマちゃんは口を開け、眉間に思いっきり皺を寄せる。
何はともあれ、良かったわ。一時はどうなるかと思った。
「……まっ、まぁいい。おいクソムシ、あれ、どうするんだ?」
“当然、ファストトラベルでの侵入は座標を消されてるから無理だし、そもそも、この近辺での時空魔法はあのクソバトに制限されてるし……再生時間を引き延ばせないならわたしの力技で叩き割るしかないわ。”
「何を叩き割るんだ?」
「……バリアが何重にも張られてんだ。」
メーヴェちゃんはマスケット銃のようなものを取り出し、バリアの張られている方に向ける。
「いや、無理だろ。」
「水鉄砲モードだ。行くぜっ!!」
水鉄砲モード……マスケットの銃口からレーザーのように絞られた水が高圧ジェットのように噴き出し、それが全てのバリアを貫通した。
「ほーらほーら、広げてやるぜっ!!」
ただ、銃口をぐりぐりと回したり、円形に動かしたりと、何とか広げようとするも、動かした傍からやはり塞がってしまう。水鉄砲を細めて圧力フルブーストしたこのアクアカッターの威力……だけど、どう頑張っても再生だけは止められない。
「……こりゃ無理だな。あきらめろ。」
「だろうな。」
“…………ねぇ、あの圧力でもっと水量を増やせない?”
「貫通させてから、あたいがその水ん中泳いで中に入れってか?」
頭悪そうに見えて察しがいいわね。あのナノマシンも、恐らく組成を知っててその通りにやったんだから、結構頭いい?
「無理かもな。あんな水圧の中泳げないし、貫通したとこで泳げるまで水圧下げちまったら塞がっちまうぜ。あの水圧でぶち抜いてるんだしさ。」
“……そう。ありがと。”
「でもさ、このバリア出してるヤツって誰?」
“恐らくもう外には居ないけど、ハトね。さっきの喋るハト。”
「餌でも撒いといたら出てきそうだな。」
“それが出来たら苦労しないわよ。”
でも餌か……。餌…………そうだわ。ユーリアちゃんのアレを大量に作って貰いましょう。魔石錬金の禁止令は……わたしの監督の下ならオーケーにしましょ。
“パロマちゃん。一旦引きましょう。あなたも風属性を盗られてしまったし、あの子の件も、あの紫色の雲の件もあるから。”
「…………チッ。クソが……。」
「なぁ、あたいから水属性を取ったらなーんにも残らないんだけどさ、もし取られたらどうなるんだ?」
「……おい、お前っ…………。」
“……ただの旧世代の人になるわね。それはそれで、別に問題無いわ。超危険な魔石を、人間が扱えるように加工できる子だっているし、それがあれば、属性も、魔力も無くたって何でも出来るわ。”
「そうか。それもいいかもな。」
「お前……絶対に保有属性を無くすんじゃねーぞ。」
「そうか。パロマが言うんなら、盗られないようにしたいな。」
……だけど、ここはあの工場のお膝元、あのクソバトもクソドラゴンもこの水の極致を目の当たりにしている、もしくは感じ取っているはずが、何の反応もない。時空属性なら二匹揃って強いものを持ってるから要らないんだろうけど……身体強化には風属性が最も扱いやすいから必要なのかしら?
なら、風属性の魔石を増産しないとね。でも、あの風属性の魔石は誰から抽出したものだったかしら……?
いや、それよりも、アイビーちゃんのあの力を吸い取って自らの糧にしたのなら、それ相応に肉体が強化されているはず。それで更に身体強化に風属性が必要ということは、さらなる強さを求めるというより、それを身体に通して強化しなければまともに動けない可能性もある。単純に力を得ただけでは体が付いていかないしね。老体なら猶更のこと。
…………いい感じのとこで奪い返したらどうなるんだろう…………。
「悪いこと企んでる顔してやがるな、クソムシ。」
「……表情、分かるのかよ。」
「何となくだ。」
◇
集落までたどり着く。皆、それぞれの場所で満月を眺めたり、酒場の前で飲んだくれたり、あのアンデッド事件のあった後なのに、周囲を警戒する様子も無い。
本当に、本当に静かな夜。
「平和なのは良いことなのですが……手放しには喜べません。先ほどまでの状況を思い浮かべる度、嫌な予感が、今まで以上の災厄が…………ジーナさま……。」
ジーナという言葉を口にした途端、アイビーは耳をペタンと閉じ、目を強く瞑る。
「あっ、そっ、そうですね。あなたにとって、あの人は……そうですものね。」
あいつは自信の口で言ってたからな。ユーリアのことも……。あいつとジーナは絶対に引き合わせないようにしないと。あまりにも……いや、わたしの口からは何も言えないな。アイビーがあんな姿になるまで、それ程にまで酷い仕打ちを受けてきたということだ。
……そういえば、ルナティカルエクスプローラーとかいう、行動や性格に作用する異常なステータス、いや、スキルを生じさせるカビのようなものがあると言ってたな。
アイビーのこの様子から全く何も想像出来ないが、こいつも感染していたんだろうか。
“――――お前が触れていいものではない。”
「誰だっ!?」
念話……わたしをあの場所にワープさせた黒い影から発してた声と同じ……。
…………本当に誰だ?
「あっ、あのっ……突然どうされましたか?」
「……わたしにだけか。」
“――――こいつを、■■■■■どもから守り通せるかな?”
…………何なんだよ、この声の主は……。こいつを、アイビーを何から守り通せって言ったんだ?
あのアディスって野郎の声のジャマーに似てる気がする。メーヴェは……聞いてる感じがしないから、この声もわたしにだけか。チッ、一体どういうことだ? 本当に、何もかも、どういうことなんだ?
……パロマに任せるのが一番いいんだが、あいつはあいつで忙しそうだしな。一旦、コハルさんに任せておこうか。
「……あら、教会の前に大きな人が居らっしゃいます。」
「大きな人?」
確かに、教会の東側の壁を背に一人大きな人が仁王立ちを……じゃねぇな、大きな人にしては大きすぎるわ。なんじゃありゃ、またあのイカやゴーレムみたいな魔物が発生したんじゃないだろうなっ!?
「…………敵意を感じません。何でしょうか……?」
東側の窓に白い何かが横切った。通り過ぎたかと思ったら戻ってきて窓から外を……テルミナか。月光に反射してかなり目立ってやがる。
再び窓から消えたかと思ったら北側の扉から出てきてこっちに走ってきた。
「コハルさまーっ!!!! あっ、ルピナス、おかえり。」
わたしはついでかよ。
「ヒィッ!!!!」
アイビーが悲鳴を上げる。確かに見事なのっぺらぼうだし、慣れてないとそうなるわな。
「ごめんなさい、師匠がどうしても見つからないんです。」
「そうですか…………。待って、何とかなるもの……なのでしょうか?」
あの消え方じゃ、待って何とかなるものじゃないだろうな。一体、何処に消えたんだ……?
「あの、その後にルピナスさまもお消えになったのですが、何か関連があるのでしょうか?」
「……眠った後、あの夢の海岸に戻って……」
人の姿のグラモも居て、それで、子供の叫び声がするからって、あの横で生い茂ってたジャングルに入り、奥地であのウサギの置物……石造りの門……。グラモは門の奥に、わたしは影に導かれてあの場所に……。
「にわかには信じがたい話ですが、その件があって、あの洞窟の中に転移してしまった……というわけですね……。」
「わたしはそうだが、グラモは門の奥に行ったな。その後、どうなったかは分からんが……。」
「その石の門ですが……言葉から繋ぎ合わせると、おそらく、鳥居と呼ばれる結界の向こうへ繋がる、神々の世界へと繋がる門です。」
トリイ?
…………何かで、何かで聞いた名前だな。確か……そんな感じのとこだな。
「……女の子の声……鳥居……もしや、呼ばれてしまった可能性があります。恐らく、ユーリアさまも、サンディさまも。」
サンディ……あの途中で人の姿のユーリアと共に現れた謎の兎族か。
それはともかく、一度グラモが居るかどうか確認しよう。
…………って、あいつ、何処にいるんだ?
「なぁ、グラモ……あの角砂糖みたいなやつ見なかったか?」
「んー、あんなの知らない。」
こいつに聞くだけ無駄か。
「……まぁいい。ところであのデカい人型のあれは何だ?」
「あれは、どっか行ってって言ったのについてきた、わたしが作ったゴーレムよ。師匠一人見つけられない役立たずなのに付いて来ちゃって。ルピナスにあげる。」
「はぁ?」
こいつが作ったってどういうことだよ……。
「あの……それは言い過ぎでは……?」
「…………ふーん……。どうしよ。」
“ごめんなさい、遅くなったわ。”
ルナクローラーの念話が聞こえる。東の方角を向くと、パロマとメーヴェがこちらに向かって飛んできていた。
「あら、ケプリさま、パロマさま、メーヴェさま、お帰りなさいませ。」
「おかえりーっ!! って、さっきののっぺらぼうが居るっ!!!!」
メーヴェはともかく、パロマの動きが何だかギクシャクしている。何かあったのか?
“パロマちゃんの身にちょっと問題が起きてね。強いて言えば、風属性をパクられちゃってるの。”
属性を盗られる事案なんて聞いたこと無いんだが……?
「パロマさま、服が先ほどよりも酷くビリビリに破れてしまってます。あの、パロマさまの身に何か……?」
「あっ、いや……ちょっとな――――」
「おう、ボッコボコのベッキベキになっちまってたから、あたいのナノマシン音頭で治してやったぜっ!!」
ナノマシン音頭とは?…………?????
「ナノマシン音頭って何だよ……?」「ナノマシン音頭……ですか?」
「歌おうか?」
“メーヴェちゃん、やめて。何が起こるか分からないからやめて。あなたの歌のその魔力を自覚しなさい。”
「……ちぇ。」
「ねぇ、クソムシ。この人は?」
“メーヴェちゃんよ。”
「メーヴェだ。だけど、その顔、何処に目と鼻と――――」
頬がパンッと膨らみ、腹を抱えて笑い始めた。何なんだこいつ。
「クソムシ、こいつ、めっちゃくちゃ失礼なんだけど。」
「アーッハッハッハッハッハッ!!!! 点みたいにちっちゃい目と鼻と口……ハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!」
「なにコイツ。目も鼻も口も無いわよ。」
“……怒らないであげて。いや、一発二発は怒っていいかも。”
地面に転げ、ゲラゲラ笑う。余りにも笑いすぎて心配になる。砂まみれになる体も、その精神面も。
「あっ、あの、せっかくのお洋服が砂まみれに、それにお体も――――」
あそこよりも地面の状態がいいから、もう放っといてもいいと思う。
「そうだ。誰かグラモを見てないか?」
“そうそう。プラムちゃんを見てバラバラになっちゃったから、パロマちゃんに拾ってもらって台所の上に置いたのよ。どうしたの?”
「いや、あの後寝た時にまたあの夢の海岸に居たんだ。その時、人の姿のグラモが居て、それから――――」
ルナクローラーに見たきたものを話す。
“……わたしは行けなかったから知らないけど、グラモちゃんはそのジャングルの向こうにあった鳥居のその向こうに行って、あなたは謎の影に連れ戻されたのね。ところでその声……あの時、わたしの念話に割り込んできたのと同じなのよね?”
「それは恐らくそうだな。」
“コハルちゃん、あなたが転送される前、何か声が聞こえなかった?”
「えーっと……いえ、突然あの場所に居るというような感じでして……。」
“そう。 ……それは後で調べるわ。それよりも、これでグラモちゃんの体が無くなってたらビンゴね。テルミナちゃん、台所は触ってないよね?”
「ううん、触ってぇ…………ない。」
“あら、その間は何なの?”
……うっすら、あの匂いがするから、台所に保管された例のクソポーションでも体にぶっかけたのだろう。今は本当にクソどうでもいい。
“……バラバラになったグラモちゃんが台所の上に居なかった?”
「あぁ、それね。見た時はなーんにも無かったわ。台所の下は触ったけど、上は触ってない。」
“ならビンゴね。夢の奥の世界、神々の領域に行ってるわ。”
「神々の領域……ルピナスさまが話しておられた鳥居の奥ですか?」
“まず…………今笑い転げてるけど、恐らく、この子の歌、夢魔特有の能力で現世とあの世の境にある、最も聖域に近い領域の次元に意識が飛ばされたところから始まった……可能性が高いわね。”
「夢魔がどうとかは知らないが、あの南国の海が聖域に近い領域……あのジャングルはそこと聖域を隔てる壁、その薄い場所から迷い込んだと……?」
“そう。恐らく、魂の器までも消滅するということは、ジャングルの中は既にこの世の外で……簡単に言えば転生。異世界転生。”
わたしはその場からこの世に戻ってきたということか……。
「むー……師匠、異世界に行っちゃったの?」
“さぁ……。何もかも憶測だから分からないわ。でも………………いいえ、後は教会に戻ってから考えましょう。”
◇◇
寝ても不思議と全く太陽の位置も変わらなかったのが、外でぺちゃくちゃ喋ってたらすっかり日も落ちてしまった。あたしたちはウサギの元おばあちゃん宅へ案内されて中に入り、そして…………。
「これではんごろしにします。」
「これではんごろしにしますっ!!」
「……非常に物騒な掛け声ですが、棒を持って一体何をなさるつもりなんですか?」
「なんじゃ、これはおはぎを作る前の伝統的な掛け声ぞい。」
「これではんごろしにしますっ!!!!」
…………おはぎと半殺しの関連性とは……?
サンディちゃんでも知らないのか、ぽかーんと口を開けてその様子を見ている。
「あっ、そこ、小さなゴキブリンが張り付いています。」
サンディちゃんの長い耳がピクッと動き、奥の調理器具が置かれた所の壁に張り付いた黒々とした普通サイズのGを指さす。あの巨大なゴキブリンを何度も目にした後だと、普通のGが可愛らしくみえ…………ないな。キモッ。
「おろっ、土間の壁に一寸強のゴキブリが居るの。」
「これではんごろしにしますっ!!!!」
「半殺しは可哀そうじゃ。この場合は全殺しじゃの。」
「これでぜんごろしにしますっ!!!!」
「うぬ。じゃが、よく見ればあれはクロゴキブリ。本来は山に潜む益虫じゃからの。外にお帰りになってもらおう。」
元おばあちゃんはGを指さすと、一瞬の内に音もなくGは消滅した。
体液も残らず、死骸も残らず。ただ、音もなく、神の手により、Gはこの世から消された。
「…………何の魔力の流れも感じませんでしたが…………?」
「神々から伝わる秘術じゃ。わしは末端じゃからこの程度しか使えんがの。さて、山にお帰りいただいたところで、これではんごろしにします。」
「これでぶちころしますっ!!!!」
「ノンノンノンノン、違うの。ブチ殺したらいかんぞい。これではんごろしにします。」
「これではんごろしにしますっ!!!!」
……元おばあちゃんはそのつもりじゃないんだろうけど、教育に良くないなぁとは思う。
そういえば、グラモちゃんは何処行ったんだろう?
「お待たせしました…………棒なんて持って何をしてるのでしょうか?」
「そうじゃ、はんごろし以外にもみなごろしもあるぞい。これでみなごろしにします。」
「これでみなごろしにしますっ!!!!」
「…………子供に何を教えているのでしょうか? それよりも、フェニーどのが居らず持て余していたお野菜をお使いください。」
そういえば、あの時、グラモちゃんのストレージの中から立派な玉ねぎが出てきたっけ。
「マルス空軍基地の横に広大な畑を持ってらっしゃるリルさまから頂いたお野菜です。皇帝からも褒章を貰うほどの素晴らしい農家の方が育て上げた立派なものです。お使いなさって下さい。」
あー……遥か昔、あの聖剣の森がまだ盆地だったころ、横の平原に龍族の人が住み着いて開墾して巨大な農場を作ったって話は聞いたことあるな。あれから、聖剣の森はお腹を下したドラゴンの粗相で聖剣の山になったり、農場の一部が後からやってきた軍の勢力により空軍基地の建設で大部分が取られたりと色々あって、今、帝国上層部からも認められる立派な農場に…………。
えっ? 空軍基地と農場との折り合いはどうなったかって?
当然、龍族と争いになるんだけど、圧倒的な強さを誇る龍族の勢力に敵うわけがなく、色々と消し炭にしてしまったことが原因で国が頭を下げることになったんだけどね。誰一人として、あの最強種族には敵わない。
今はあの美しすぎる農家のリルさんが代表者だっけ。広告の写真をよく見るけど、そういえば、何となく、コハルさんに似てるな……。
「ほう、とても立派なお野菜じゃの。」
「すっ、素晴らしい出来です。うわっ、何ですかこのニンジン……美の極致です。引き締まっていて、色も香りも濃厚で……生産者の方にどのような製法でどのように管理し、どのように――――」
「あたしニンジンきらーい。」
「エレインよ、好き嫌いはダメじゃぞ。」
あたしもニンジンき――――
「そうですよ。いけません、好き嫌いは。生のままでもおいしいと思いますよ。流石に立派過ぎてそのような恐れ多きことは出来ませんが。」
「ニンジンだけでダンボール一杯分ぐらいはありますよ。あと、生産者はプラトナス帝国マルス侯爵領にあるマルス空軍基地横の広大な農場を管理されてますリルさまです。」
「リルさま……マルス空軍基地……ちょっと場所は分かりかねますが、調べ上げて突撃――――いえ、ニンジンが先ですっ!!」
…………あたしもニンジンが嫌いだなんて、言えない。強いて言うなら、その野菜の山の中にあるピーマンも嫌い。ナスも嫌い。トマトも嫌い。
「そうじゃ。はんごろしはやめてカレーにするかの。」
「えーっ? はんごろしにしないのーっ?」
「お野菜の味を克服することが先じゃ。」
…………あたしは今日、この場所で克服しないと詰む。間違いなく、詰む。積み本よろしく詰みっぱなす。そして、萌え萌え神サンディちゃんに軽蔑されて人生が詰む。転生が出来ないほどに詰む。
いっ、行かないで、サンディちゃーんっ!!!!
「……ルーナディアさま、コロコロと表情がお代わりになっていますが、どうされましたか? あっ、このニンジン、とっても美味ですよ。どうぞ。」
「うっ…………えっと…………。」
鮮やかなオレンジ色の塊を、我が頬に押し付ける勢いでこちらに接近させる。
「……もしかして……お嫌いですか?」
サンディちゃんの眉間に一筋の谷。その澄んだ赤い瞳はしっかりとあたしを捉えている。食わねば生かしては返さぬ、瞳でそう言っている。気がする。
「分かりました。エレインさま、こんな大人にならぬよう、精進して下さい。」
「……サンディどの、目が怖いぞ。」
あいつの比ではない程の瞳の異様な赤さも相まって余計に怖い、大して怒ってはないんだろうけど……そんなに怒ってないよね?
「……エレインさま、わたくしからもですが、好き嫌いはいけませんよ。栄養を偏らせてしまっては、身体的にも精神的にも成長に害を成してしまいます。」
「あたし、すききらいしないもーんっ!!!!」
あー……そうだね。そうだね……。うん……そうだね……。
「成長に害が…………いいえ、わたくしはそのような事…………。」
サンディちゃんは自らの胸を押さえ、ほんの少し震えている。多分、そういう所じゃないと思う。
ところで、あのボインな褐色お姉さんのことを目の敵にするように、けっちょんけっちょんに言ってたけど、余程気にしてるのかな。いいじゃん、あの人以外皆平等に普通サイズか小さいんだし。
「はっ……いえ、何でもありません。でっ、では作りましょう。わたくしはお野菜を切りますので、ユーリアさまは鍋の準備をお願いします。」




