1-15-8 記憶(8)
…………ここに来てまでウサギかよ……。
「この兎の石像、相当古いもののようですね……。ところで、どうしたのです? 眉間にしわを寄せて石像を凝視しているようですが……?」
あぁ、いけない。ウサギを見てると運がますます悪化しかねん。あの日から今日まで、ウサギの所為で碌でもないことが起こる。
グラモはウサギの石像の向いている方向へ進む。貴重な治癒魔法が使えるこいつと逸れてしまうと厄介だから仕方なく着いていく。それに、迷ってもウサギを辿れば戻れるのだから、不本意であっても仕方ない。
「これは……?」
…………ウサギの石像が……十体以上も密集して並んだ場所に行きついた。
大量にあるウサギの石像は一体を除いて全て、石で出来た門のようなものに向いている。絶対にあの門は潜るものか。絶対に碌でもない。
「何故一人で眉間にしわを寄せてみたり、俯いてみたり首を横に振ってみたり……相談ならお聞きいたしますが?」
「…………いや、なっ、なんでもねぇよ……。わたしはもう戻るぞ。ウサギは嫌いなんだ。」
「……そうですか。珍しいですね。」
まぁ、珍しかろうな。本当はこんな世界に来るまではどっちでも無かったよ。単なるウサギからバニコーンやアルミラージのような魔物まで、色んなウサギを見てきたが別にどうともなかった。だが、あのクソウサギと狙って設置されたかのようなウサギに関するブツの数々の所為で…………チッ、クソが。
「…………深い理由があるようですね。お好きにどうぞ。わたくしは……この先に向かいます。」
「……おい、お前、どうしたんだ……?」
……こいつ、何というか……吸い込まれるように向かってる気がするんだが……?
もう子供の声もしないし。声というか、虫の鳴き声すらも無い。不気味な程に無音。
「おっ、おい、もう子供の声もなにもしないぞ?」
「…………。」
こいつと出会って半日も経ってないし、こいつのことを殆ど何も知らないからこれが正常なのかは分からないが、湿気た半目で微動だにせず門の方を向いている。
そしてフンッと鼻息を鳴らして、無言で門に向かって歩き出す。
「おい、ちょっと待てよ。待てって言ってんだろっ!?」
歩みを止めることなく門に入ると、途端にその姿は消えてしまった。
急いで近づいて門の向こうの景色を見るも、グラモの姿は無かった。
…………嫌な予感しかしない。ウサギの石像らしき大量の視線も感じる。
さっきの通り、グラモとは出会って半日。完全なる他人だ。
…………知ったこっちゃない。
急いで石の門から離れる。
……数多ある冒険者の教えの内の二つ。
・冒険者は自らの身を最優先にしなければならない。
・出会いは多いのだろうが、決して他人以上の感情を持ってはならない。そいつは味方とは限らないからだ。
…………こっち向いているウサギの石像まで逃げてこれたが、背後から無数の視線を感じる。恐る恐る振り返って、石の門の方向を向くと、全てのウサギの石像がこっちを向いていた。
異音を発する心の臓らしきものを何とか整え、来た方を向いて震える足を動かす。
……こんなのでビビってたら冒険者として失格だ……ろうが、こればかりはシーフや商人連中から聞かされる並みの怪談話より遥かにヤバい。これは反則だろ。コンデンサ類やレンズを最強改造した馬鹿威力のレーザー銃で全部の石像を破壊したいぐらいだ。
「クソども、こっち見るなっ!!」
石の塊を破壊するほどの威力は無いと思われる、あのレーザー銃を取り出し銃口を最初からこっち向いてる石像に向けた途端、撃ってもないのに石像の首から上が砕け散った。
“お前が征くべき先はこっちだ。”
ルナクローラーやプラムと同じ方向性の無い声、というか念話。
ただ、女性ではなく透き通った若い男性の声。
“こちらを向け。ボーっとするな。”
こちらとは言ってもどこから喋ってるのかは分からない。周囲を見渡すと真後ろに黒い人型の影のようなもの。すらっとしていて身長も高い、頭はシルクハットでも乗っているような形。
「お前は誰だ?」
“このカードを見ろ。”
答えないってか。
…………トランプか。黒のスペードのエース……?
“凝視しろ。”
凝視しろって……………?
“…………転送。”
◇
気付けばわたしは別の場所に居た。小さな洞窟のような場所に電灯がぶら下がってる。足元には妙な機械と、車のシートを改造したような何か、そしてあれと同じくスペードのエースのトランプカードが突き刺さった機械。そのトランプは煙も立たず燃えるように消滅した。
……ここは何処だ?
洞窟に蓋をしているように取り付けられた木の壁と扉はガタガタと揺れ、突風が吹いてるのか、隙間からピューピューと不気味な音が響く。
加えて外から硬いもの同士がぶつかり合うような音がする。それに、何だか薄っすらと血のような匂いがするんだが……。
…………この独特の血の匂いは獣人の血だな。獣人でも肉食種の血はかなりキツいからな……。この匂いが好きなのはオークとかオーガとかの大型の魔物が多い。
獣人の血の匂いが漂っているということは、ここは山奥にあるオークのアジトだろうか?
いや……何でこんな場所に転送するんだアイツは。ってか、おいおい、ちょっと待てよ。急に元の世界に転送するんじゃねーよ。クソが……。
“何でここにルピナスちゃんが居るのっ!?”
ルナクローラーの声が脳内に響いた。
ここは一体何処なんだ?
“ちょっと説明が難しいわ。それよりも、ちょうどいいわ。本当にちょーどいい。今からブツを転送するから、それを持ってそこの木のドアから出て向かいの半開きのドアの中に入ってアイビーちゃんに飲ませてっ!!”
あっ、アイビー?
……目の前に光の玉のようなものが出現して、それはビンのような形に変わる。
そして……、澄んだ黄土色の液体が入ったビンに変化した。
これには見覚えがある。そこからプツプツと湧く気泡、瓶の外からでも感じる臭気………………クソポーションか。
“時間が無いわ。タイミングはわたしが指定するから、合図を出したら1秒以内に扉を開けて向かいの入口に入って。ここまで1秒以内。あの子の感知に関する能力値を考えると超過は許されないわ。出来る?”
無茶苦茶を言う。時空魔法でも使ってこの世を弄って時間を遅らせるか、風魔法を全身に通して超強化するかぐらいしか無いが、そのいずれも使えない。
“何でもいいからやりなさい。こっちはもう、ヤバいから。”
……一体どんな状況なんだよ……。
◇◇◇◇◇
ジーナちゃんとの念話が聞こえた辺りまで来たけど、誰も居ないわねぇ。
強いて言うなら、来る途中に居た敵意を全く感じない小さめの人造クレイゴーレム三体が何かを抱えてエッホエッホと入ってたけど、それと同じゴーレムが正座して何かを待っているというか……。
「おいクソムシッ!! ……誤報じゃねーだろうな?」
「ここ、あたいん家の裏山だな。なーんもないぜ。」
……早く、あの声の元を探し出して行かないと大変なことになりそうだけど、それはそれで……このゴーレムの後ろの岩肌、完全に人工物ねぇ。確か、問題のあの子からエーテルランドのミサイルサイロとは聞いているけど、この山の土が若干抉れただけでこれって、この山全体が兵器の塊なのかしら……?
「おーい、あたいの話聞いてくれよっ!!」
「何もねぇなら帰るぞ、クソが。」
「帰るならあたいの船に寄ってくれよーっ!!」
「あーっ、クソ、ウザいからべたつくんじゃねーよっ!!」
…………あのゴーレム、不法投棄から勝手に発生した魔物では無いみたいだし……鑑定しても能力はゴーレム系の中でも見事なまでに並みであること以外、製作者も何も分からないし……。
…………ハッキング出来そうだからやってみーようっと。ここに居るんなら見てるでしょ。製作者は完全に上書きされちゃうから謎だけど、そんなことどうでもいいわ。まだ手前に三体居るし。
「……てめぇ、何してんだ?」
「腹から玉出てきたな。転がす玉はセルフなのか? ……ンフッ!!」
……何のツボにハマったのかしらないけどメーヴェちゃんがお腹抱えてゲラゲラ笑い始めた。少しうるさいわね……。
普段から機嫌は良くないけど静かなパロマちゃんがいいわ。まぁ、水魔法がぶち抜けてるメーヴェちゃんも欲しいけど。
……よし、ハッキング成功。ゴーレムを作れる土魔導士は貴重だけど、こういうものには必須なセキュリティ関連の術式は未熟なようね。
“よし、ではシステムに入り込んでデータをこの水晶玉で、その点のような円らな瞳に何が映っているのか確認するわ。”
「……機能を弄ったのか。器用なシーフみたいだな。」
“今時の魔導士なら誰でも出来るわよ。情報は戦争の要よ。ほら、水晶玉を見て。”
抱腹絶倒中のメーヴェちゃんは置いといて、わたしとパロマちゃんで映像を見る。
“あらら、画質、もっと荒いのかと思ってたけど鮮明ね。”
「今時の防犯カメラはこれぐらい映りが綺麗だが?」
“機械ならね。これは高度な錬金術により生成された魔法生物。このゴーレムが見たものを映してる映像。通常のゴーレムだとこんな鮮明に見える必要が無いし、そもそも視覚センサーやそれを処理する部分の生成がかなり難しいから珍しいの。これを作った魔術士は重宝されるわ。というか、わたしが欲しいわ。”
「お前……一体何人抱え込む気だ?」
「おぅ、何見てんだ?」
とはいえ、記録時間が短くて、その上倍速モードすらも搭載されてないので何をしてるのか、誰に作られたのかも分からない。ただ、前を向いて、斜め下を向いて、方向転換してまた斜め下を向くを繰り返している。ただただ鮮明な謎行動を見せられている。
……こんなにちんたらしていて良い訳がないわね。土属性の能力がそっちに向いていたら改造してやるのに。
……あら?
「誰かに出くわしたぞ。」
「真っ白だな。厚化粧が過ぎるぜ。」
この子……。
『まだ探してたの? もう、さっきの山に戻って土に還りなさい。』
聞き覚えのある声。ゴーレムが声のする方に向くと、あのテルミナちゃんが腰に手を置いて不機嫌そうな雰囲気を醸し出している。
『もう、役立たず。回れ右、ほら、走るっ!!』
ゴーレムはテルミナちゃんの声に従う。
あぁ…………あの子、まさか、テルミナちゃんが作ったの? 本当なら……いいえ、確実ね。通常そういう風に作らない限り、製作者以外の命令はホイホイ聞いたりしない。知らない内に土属性の能力値が爆発的に上がってる。いや、あの時結構な時間、一緒に居たはずよねぇ?
「顔、なーんにも無かったんだが?」
「…………そういうヤツだ。」
それは一旦置いといて、ゴーレムはさっきの三体と違い、結構な速度で走る。
……今、一瞬だけ何かが左の方角に映った。この子、一時停止の機能も巻き戻しの機能も無いから見返せない。
「一瞬だが、何か人の形をした黒いものが左に飛んだな。」
「あれ、ジーナじゃん。」
「お前、さっきので分かったのか?」
「あたい、視力と動体視力はいいぜ。」
この子…………いや、それどころじゃない。この映像の向かう先に、ここから見える山と全く同じものが見えている感じは東の方角。東の方角はジーナちゃんのアジトがある所だけど、位置は集落の東南東で、ここからだと北北東にかなり進んだ位置にある。だけど、東に進んで谷沿いに南に行けば同じ。
時間、もう十二分にロスってるけど、違ったらかなりのロスになる。アジト以外に、あの子を、アイビーちゃんを連れて行く場所も無いけど……。
「ジーナ、あっちに飛んで、途中で左に曲がってるけど、猫の獣人なんか連れて何処に行ったんだ?」
「……猫の獣人?」
連れてくるために薄っすらとだけ伝えたけど、ここではっきりとアイビーちゃんが連れて行かれたなんてなると間違いなく、間違いなく手が付けられなくなる。
“あー、あー、えっと、メーヴェちゃんは何でジーナちゃんが行った方向が分かるの?”
「えーっとな、空気中のもわもわしたのがしゃーってなって、ぶわーってなって――――」
手や腕を大きく動かして表現しようとはしているがよくは分からない。
だが、常人には見えないものが見えるみたい。
「あと、匂いが色で分かるんだ。ジーナが金色で猫の獣人は……これ何色だ?」
「おい、クソムシ、猫獣人って……てめぇ、クソの残骸にされたくなければ、はっきりともの喋れ。」
それよりも、匂いが色で分かるんなら、ここに来た時点ではっきり見えてるわよね。こういうことはもっと早く言って欲しい。
「アハハハハハッ!!!! すっげぇ眉間にしわ入ってるっ!! ハッハッハッハッハッ!!!! いでぇっ!!!!!!」
メーヴェちゃんは頭をぶん殴られた。わたしはこの程度じゃ済まないだろうね。
◇◇◇◇◇
パロマちゃんに訳を話すと血相を変えて翼を出し、龍のような水のチューブを発生させて疑似的に飛ぶメーヴェちゃんにどこに向かったか聞きながらあの子の元へと向かう。
「このクソムシが、最初から話していれば遅れは取らなかったのに……。クソッ、こいつに付き合ったアタシも同罪だ。」
「ここを真っすぐだぜ。でも、可愛いな、その羽。妖精みたいだ。」
「うっせぇよっ!! これからアタシはカチコミに行く。余計な真似すんじゃねーぞ。」
「おう、いつでも水浸しにしてやるから言ってくれよ。でも、ジーナが何したんだ?」
メーヴェちゃんのみが見えるものを辿ると、やはりというか、ジーナちゃんのアジトだった。
「……ヤツのアジトだな。」
「うわー、この電子レンジ、まだ使えそうじゃん……いでっ!!!!」
迷路のように並ぶ不法投棄の数々、ここで戦闘になると面倒だけど、ジーナちゃんとパロマちゃんならぶっ飛ばせるからモーマンタイねぇ。メーヴェちゃんとわたしは巻き添えを食らいそうだから救助要因として離れておこう。
“ねぇ、メーヴェちゃん。こっちこっち。”
「どうしたんだ? クソムシ。」
「この匂い…………間違いない、獣人の、猫獣人の血の匂いだ。おい、クソ野郎っ!!!! 出てこいっ!!!!」
「うぉわ、びっくりしたー。呼び出し? ジーナ、遊びに来たぞーっ!!!!」
勇ましく洞窟の前に立ち、姫様を救うためにいざ魔物を討伐せんとする勇者パロマちゃん。対してまさにその魔物が友達である遊び人メーヴェちゃん。
……パロマちゃんは物凄く嫌な顔で笑顔のメーヴェちゃんを睨みつけている。
「あら、遠い所からわざわざ来たのねぇ。ごめんなさいねぇ、お茶とか出すもの無いし……あら、パロマちゃんじゃない。メーヴェちゃんも。」
「あっ……えっと、おい、お前――――」
こんな子じゃないのに、メーヴェちゃんの言動で動揺してしまって上手く喋れてない。この子、声一つ一つに、わたしでも言葉にするのが難しいぐらいの不思議な魔力が宿ってるから余計にダメージが大きい。少なくとも、攻撃に関する能力はガタ落ちね。
「なーんだ。おいしいお菓子があったら貰おうかなーって思ってたのにな。ハハッ、食えないけど。それよりさ、パロマが友達返せってさ。」
この子、サラッと本題を言うわね。
「お友達ぃ? さぁ、何の事かしらねぇ?」
「ジーナの匂いと一緒に猫の獣人の匂いが混ざってたぜ。それを追ってきたらここだったんだ。」
「へぇ、中々凄い能力ねぇ。あれだけよく喋っててそんな話、聞いたことないけどね。」
「喋りたいことが多すぎてさ、まだ話してないこともたくさんあるぜ。」
ジーナちゃんは腕組みをして、髪を靡かせるポーズをする。
「おい、その猫獣人、アイビーの居場所はその奥か?」
「おう、この洞窟の奥の左だ。あと、薄っすらと赤黒い匂いもするな。よくねぇ匂いだな。サメが寄ってきそうだぜ。」
「お前に聞いてるんじゃねぇが……。」
サメが寄ってくる赤黒い匂い、間違いなく血ね。この虫の感覚だと分かりにくいけど、獣人の血の匂いがうっすらとする。
……そして何となく、周囲の空気がひんやりとする。
「おい鉄屑、洞窟の奥、見せろ。そこに居るのは間違いねぇんだからな。傷一つでも付けてみろ。分かってんだろうな?」
「あーら、駄目よ。あの子はあたいの、あたい達の仇なんだから。」
「どうしてもか?」
「どうしてもよ。まだ足りないの。まだ途中なのよ。」
「そうか。それが答えなら……。」
パロマちゃんは再び翼を出し、二本の光の剣を両手それぞれに装備をして構える。
「うわ、スター〇ォーズじゃんっ!!!! すげーっ!!!! かっこいいっ!!!!」
興奮するメーヴェちゃんのなんとも場違いな言葉の所為で体がほんの少し揺れる。
「あらぁ、構えに力が入ってないわよ。あら、声援の所為で入らなかったのね。」
ジーナちゃんも、両腕のギミックを作動させて鮮血が付着したブレードを出す。一層強くなるあの血の匂い、間違いなく内臓もぶち抜いてるわね。ということは……わたしよりも嗅覚が強いはずのパロマちゃんは気付いてるか。
…………メーヴェちゃんが来てなかったら怒りが頂点に達して手が付けられなかったかもしれないわ。ジーナちゃんを突破したら間違いなく東の居城に居座るあいつ等の下へ向かう。そうなったら……今度はパロマちゃんの命が危ない。
「うぉわっ!!!! 何だか分かんないけどかっこいいっ!!!!」
「あら、ありがとうねぇ。でもごめんね、ブレードの付着物は、どうしても取れなかったの。」
「クソがっ!!!!」
ジーナちゃんは、メーヴェちゃんの声援に意にも介さず冷静に戦闘態勢に入る。二人はにらみ合って動かない。体はどちらも速度に極振りされた高速型、そして共に風属性持ち。ほんの一瞬の隙で勝負がついてしまう可能性がある。
この水晶玉の中にしまってあるコハルちゃんから貰ってたう〇ちのちからプレミアムウルトラスーパーなら……そこらのエリクサーが尿に見えるぐらいのウルトラスーパーな性能があるから腕一本ぐらいなら生やせるわ。
ただ、問題はどうやって洞窟に入り込むか。あの子の能力値はかなり高いから、高度な隠密行動でも察知されかねない。わたしの場合は羽音もあるから猶更ね。
…………言うまでもなく、こういう物事は時空魔法を使えば余裕。だけど、時空魔法の特性上、間違いなく気付かれるし、ジーナちゃんは確実にヤらないと、後でこっちが殺されかねないわ。
“メーヴェちゃん、こっちこっち。”
「どうしたんだ、クソムシちゃん?」
………………自分で言っといて突然腹抱えて笑い始めたわ。相当イッてるわね、この子。
“…………とりあえず、あなたは攻撃が当たらない場所に控えてて。”
「ハハハハハハヒーッ!!!! くっ、クソムシ……ちゃん……ブフッ!!」
“…………まぁ、好きにしなさいな。”
この子、ノアちゃん並みに言う事聞かなさそうね。まぁ、実際に強いから巻き込まれてもなんとかなりそうではあるけど。
……あの歌声に水の魔力が織り込まれてたのと同じように、この子の笑い声には何の属性でもなさそうな正体不明の妙な魔力が宿ってるけど、これが妙な方向に持っていかなければいいんだけど……。
「チッ、コイツうっせぇな…………。」
「メーヴェちゃんも相変わらずねぇ。それにしても、体の奥底で鼓舞されてるような、ドコドコとドラムのような……何だか漲るわねぇ。」
この子の声の魔力が効かなかったパロマちゃんのSTRやAGLなどの攻撃に関するステータスが徐々に下がる一方、ジーナちゃんはうなぎ上りで上昇している。
緊張感の無い笑い声だけで下がってるパロマちゃんはともかく、ジーナちゃんはヤバいわ。
間違いなく、大人になり夢の中に消えず現世に残った夢魔族が持っている特性。残される夢魔族は非常に希少なために殆ど研究が進んでない……。
……………戦況はともかく、この子も欲しいわっ!!
「アッハッハッハッぐふっ!!!!」
鉄屑が転がる地面で仰向けになり手足をばたつかせながら大笑いし始めたので腹に水晶玉を落として黙らせる。これでステータス上昇が収まれば……駄目ね止まったものの戻りゃしない。パロマちゃんを怒り狂わせないように制御するにはいいんだけど、余りにもバフデバフが強烈だわ。
「動かないなら先制は貰うわよ。」
ジーナちゃんが動き出した。縮地のような目にも留まらぬ速度で鉄の剣と光の剣が衝突し合う。パロマちゃんは上昇し切った膨大なステータスのこの重い攻撃を受け止め、押されながらもジーナちゃんを弾き返した。
“重力魔法、覚えたてなのに上手く使ったわね。”
「…………チッ、あの爺さんの真似事だ。てめーは黙ってろ。」
「ふーん、あたいよりも全然軽いのに、やるわねぇ。」
ジョンさんが重力魔法を使ったの、あの一瞬だけなんだけど……。それも範囲魔法で武器エンチャも強化魔法もしてないわ。
「じゃあ、調子が良い内に全力で行くわね。」
「押し通るっ!!!!」
パロマちゃんを観察する。いや、中に怪我人がいるからしてる暇は無いけど、人命をそっちのけにしたい程に興味がある。とっっっても興味があるっ!!
「うっ……いってぇな……。うぉ、戦ってやがるっ!!」
水晶玉メテオを食らって頭に鳥がクルクル回ってたのが目覚てしまった。今は笑わないでよね……。
双剣同士で激しくぶつかり合う。ジーナちゃんが巧くフェイントをかけたと思えばパロマちゃんの異様なまでの動体視力と運動能力で受け止める。
パロマちゃんの体からは薄っすらとした重力属性と、確かに感じる風属性。体幹に関連した部位に重力属性と、運動能力に関する部分に無駄の無い程度の風属性
……やるわねぇ。
「いけーっ!!!! ジーナーっ!!!! 押されてんじゃねーぞっ!!!! ぐぇっ!!!!!!」
ジーナちゃんのステータスが上昇し始めたので頭の上に水晶玉を落とす。よく効くわね、これ。
「……ぐぇー……舌噛んだ……。クソムシぃ、あたいに恨みでもあるの?」
“無いけど、今は黙ってなさい。”
「ぐっ……くそが…………。」
「メーヴェちゃんの声援が効いたわね。もう、帰ってくれる?」
「こいつ……ぜってぇ生きて返せねぇっ!!!!」
……時空魔法……。魔力の消費量もだけど、精神的な消耗が強くて今のような激しい戦闘で使うと危険だけど……わたしは大歓迎よっ!!
「うあー……頭ん中が捻じれるーっ!!」
メーヴェちゃんには素通りなのか、耐性があるわたしで漸く僅かに感じるような感覚が、この子には強く感じるのね。
……本気を出して宇宙の法則が乱れなきゃいいけど。
「あぁらぁあぁ、あぁなぁたぁ――――」
「うぉらぁっ!!!!」
スロウ程度で留めたのか、その一瞬で左手のブレードと、後頭部から生えてたポニーテルのようなケーブルの束を切り飛ばした。同時に空間が戻り、時間も戻った。
「……フンッ、片方のブレードがへし折れたわね。それに……まぁ、いいわ。この体、髪なんて生えないから惜しいけど、これ、重かったのよ。でも、何であたいの首を狙わなかったの?」
「…………チッ。お前なんかに言えるか。」
差し詰め、あの極限状態での時空魔法は荷が重かったってとこかしら。時空魔法使いは後衛での補助業務か、隠密行動で一発を決めるアサシンや忍者ぐらいだから、これだけのことが出来るのならよくやったもんよ。
時空魔法の詳細を知らないジーナちゃんに言うということは、自ら弱点を曝すことと同じ。
「まぁいいわ。体も軽くなったしね。ブレードも片方で充分だわ。でも、あたいは風属性が使えるのよね。」
「……アタシもだ。」
途端に風が吹き乱れる。二つの風がぶつかり合い、気圧が滅茶苦茶に乱れる。周囲の不法投棄が浮き、上空に吸い上げられた。
「うわっ、こんな風、リバイアサンと戦った時以来だな。」
メーヴェちゃんは四角く生成した水の塊の中で様子を見ていた。なるほど、これなら重いから飛ばされないわね。
ところで、リバイアサンって、大海を支配するとんでもない怪物よね?
出遭ったらそのまま死に誘われるわ。何でここに居るの?
……また今度に訊きましょう。真面目に答えてくれるか分からないけど。
……目を離した隙に二人は居なかった。ただただ金属同士がぶつかり合う音と、大嵐のような風の音が響く。目にも見えぬ速度で戦ってるのだけ伝わってくる。超人とバフ盛り盛りの戦士同士の戦い……とんでもないわ。それよりも、舞う不法投棄が隕石みたいに落下したり破裂したりで危険だわ。わたしも防護魔法で防がないと。
………………?
今、わたしの心臓を握り潰すような強い感覚が、そして何処からか視線を感じる。
…………どういうこと?
洞窟の奥でルピナスちゃんの気配が急に現れた。何らかの転送魔法で来るのなら、来る数秒前に来るって感じるし、転送装置なら分からないけど……消費電力量の大きさから大規模な設備が必要な上に、仮に存在したとして再構成不良や転送回線不良で肉片になる可能性がある転送装置のヤバさは知ってるだろうから……。
いいや、とりあえず念話を……。幸いにもあの奥なら救助が可能だわ。
◇
木の壁に張り付く。隙間から冷たい風が吹き込んでいる。
これ、1秒以内にやれと言っても開けるにはまず押さなければならないから、この風の中で押し開けるだけで数秒は消える。
あいつが言うんだから状況がヤバいのは分かるんだが、一体……?
“よし、二人とも上空に昇っていったわね。何秒かかってもいいわ、今よっ!!”
扉を押す。隙間が開いた途端、突風が部屋に流れ込んだ。
“ここから薄っすら見えた通りの構造ね。左右の二部屋しか無いわ。”
何とか外に出て左を向くと、少し行った所にいつもの灰色の空が見える。ただ、時折何か大きなものが隕石のように地面に落ちて、再び空に昇って行くを繰り返している。
“ボーっとしない。早く正面のドアの中にっ!!”
正面の扉か。こっちよりも厳重そうだが、扉は浮いていて隙間が開いていた。ノブすら回さなくて良さそうなのはいいが、より一層強い獣人の血の匂いがする。これだけ風が吹き込んでいるのなら押されているはずだが、いや、考えてる暇はねぇな。
「――――っ!!!?」
開けた途端、絶句した。
「…………。」
「……おっ、おい?」
床も壁もほぼ全面、少ない家具も山積みにされた紙の山も何もかもが血で濡れていた。
「………………。」
微かに声はする。恐らく家具の裏なのだろう。依頼で人の救助は何度もやったが、こんな凄惨な状況、初めてだ。
“……やっぱり、とてもヤバい状況なのね。”
ヤベェどころの話じゃねーだろ。クソッ、確かに声はしやがるから、足は竦むが……行くしかねぇだろっ!!!!
「うっ――――」
待てよ、おい、待てよ。人って、子供じゃねーか……?
言葉に出来たもんじゃねーが……体の左半分の腕と足が切り取られて存在しない。いや、机の上にあるブツが……そうか。残る部位も執拗に刺され切られ滅茶苦茶だ。よくこれで…………あぁ、こいつ、獣人なんだな。だからか。
だが、ほぼ無傷で残った顔の目は死んだような目。だが、口は辛うじて――――
“早く飲ませなさいっ!!!!”
「飲ませろったって…………。」
“声にしない。気付かれる。念話。”
…………飲ませるんだろ? こいつ、飲めるような体力絶対に残ってないぞ?
“……最初から無理な話だったのね。 …………これから必要な人材を転送する。”
ルナクローラーの声が、途中から若い男の声に変わった。
“ちょっ、わたしの念話に割り込んだの、誰っ!?”
血で浸された書類が破裂し、本棚に何かが突き刺さった。
……トランプカード? 絵柄は上下で鑑写しにしたような二人のクイーン……どういうことだ?
“召喚。”
トランプカードは色とりどりの紙吹雪をまき散らして白い煙を上げた。
「……あら、わたくし、畑でお野菜さんの世話をしておりましたのに…………?」
は?
「ちょっ、何でコハルさんがっ!?」
“…………コハルちゃんの気配が増えたわね。それもルピナスちゃんと同じように。どういうことなの?”
「えっ…………? あの…………?」
「ごめん、理由はルナクローラーから聞いて。その前にこの子をっ!!!!」
コハルさんは顔色を変え、辛うじて呼吸をするだけの子の前に座り、両手を頬に当てる。
「理由は必要ありません。直ぐに治療を行います。」
“コハルちゃん、聞こえる? あなたの体内の闇属性の蓄積量じゃ絶対に無理だわ。何とか、そのう〇ちのちからを飲ませられるほどまで回復させる程度で大丈夫よっ!!”
「心配は及びません。この子は闇の体。即ち、光属性によるものです。問題はありません。」
“…………なら良かったわ。心配は要らないわね。でも途中で気付かれるかもしれないわ。ジーナちゃんに。”
「ジーナさまが……。いいえ、それどころではありませんね。取り急ぎ治療を。」
コハルさんは球体状の魔法陣に包まれた。次第に体の前後左右に同じ魔法陣が現れ、そして頭上に二つの球状の魔法陣が。そして、足に大きな魔法陣が一つ。
“四次元魔法陣……。能力も魔力量もぶっちぎってるこの子から、今だにそんなもの見たこと無かったのに……。”
「吸魔を行います。必ず、お救い致します。」
四次元の展開図のように並ぶ球体魔法陣は一つに交わり、消失する。周囲は乳白色に輝く霧のようなものに覆われ、壁や家具はディテールを無くしてぼやける。
「うっ…………。」
「まだですよ。お声を上げないでください。」
女の子の方を見ると、無くなっていた左腕と左足が元通りになっていた。
この短時間でここまで治療したのか……?
…………わたしに出来ることなんて何にもなかったな。
“いや、待って。勘づかれた。さっきのとんでもない治癒魔法、外のわたしにすら、実際に治療を受けてるようなぐらい感じたから……。”
「おっ、おい、このクソ野郎、相手はアタシだぞっ!!?」
「ちょっとちょっと、駄目よ。誰だか知らないけど勝手なこと――――」
ジーナの声と共にドアが開かれた。
「しちゃあねぇ?」
ジーナの姿だった。鉄の体には無数の切り傷が増え、長いケーブルの束が無くなっていた。
コハルさんは意にも介さず、ただ女の子の治療をしている。
「ダメよ、この子はあたいのアイビーちゃんなんだから。」
「あの、今大事な所なのでお静かにしていただけますか?」
顔を合わせ、膝を曲げて目線の位置まで合わす癖のあるコハルさんは珍しく声の主に目すらも合わさず話す。
「おいアイビーッ!!!!」
「パロマちゃんは外に出てなさい。」
パロマ……あの時の奴か。
爆音に近い音と共に声がしなくなった。風魔法か何かで外に追いやられたのか。
…………わたしも出来る限りの抵抗をする他に無いな。
「理由は聞かないが、今は出て行ってくれ。」
「あら、ルピナスちゃんも居たのね。駄目よ。駄目駄目。その子はあたいの、全員の仇なんだもの。ねぇ?」
ジーナは左手の折れたブレードのついた手をアイビーに向ける。手は垂れていて、折れたブレードを向けているようだが、一体何を――――
パンッ
手の甲から飛び出た鉄片がアイビーの頭を突き抜けた。
コハルさんは目を見開き固まる。
「油断しちゃ駄目よ。そういう機能だってあるんだから、ね?」




