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Lunatica  作者: 八十八田 共太朗
1E.曇のち快晴
49/52

1-15-7 記憶(7)

サンディちゃんはトリイを潜る前に一礼をする。神聖な場所に立ち入る際の礼儀なのだろうか。あたしもそれに倣い一礼をして、足を踏み入れた。


「あれ?」

「周囲の景色が一変しました……ね?」


まず、南国の木々が全て、針葉樹や広葉樹に変わり、空気もひんやりとする。同じ青空だけど、雲の形が丸っきり異なる。何処までも続く石段、青い火が灯る……これ何だ?


「これは……確か、東洋に伝わる、灯篭という照明器具の一種です。青白い光は……光属性と闇属性が混ざった独特の炎ですね。わたくしも初めて見ます。」

「…………何だろう、何だか不気味。行くの?」


振り返ってみると、トリイは知らない間に赤く塗られ、形も少し違う。それに、その向こうが木々が密集して塞がっている。塞がってる?


「ちょっ、待って、道無くなってんだけどっ!?」

「……神霊に誘われ、神聖な地へ迷い入る……。良いですね、こういう感じ。」

「……サンディちゃん、何だか楽しんでない?」

「フフッ。来いということでしょう。腹を括りましょう。」


◇◇


長ーく続く石段。途中の広場のような所から右に向かって山林に入る所があるけど、そこから出られたりするんだろうか?

入ってみたけど、ミニチュアの小屋があるだけだった。


「これは祠です。立派ですね…………。小さいですが、これも神を祀る殿舎です。手を合わせましょう。」


静かに手を合わせて元の場所に戻り、再び石段を上る。


…………ここ、ほんとに何処なの?


長い、長い、長ーい石段。やば、心臓と肺が辛い。膝も笑いに笑い、膝が大爆笑。膝が捧腹絶倒。リリスとシャルルちゃんに渾身のギャグをぶつけたときの数兆倍、膝の方がよく笑ってやがる。チッ、あたしの醜態を見て大爆笑しやがってなんつー膝だ。生意気な。めっ!


「自身の膝を平手打ちしてどうしたのですか? ほら、あと少しです。」


何とか登り切り、石段に腰かけた。山林よりも高く、あの大海原……ではなく、見知らぬ山脈がミャクミャクしていた。山もミャクミャク、心臓はバクバク、膝はガクガク。オノマトペの聖域。


「はぁ~……美しい山々ですね。」

「あはは……そうだね…………。」


到底、この絶景の雄大さを享受できるような状況ではない。


「それにしても立派なご神木と殿舎です。」


首を後ろに向けるエネルギーすら無い。

我ながら、何とも体力が無さ過ぎる。学部生の時の必修であったあの厳しい訓練は一体何だったのかという。あたしってほんと、ザコ。

…………そう思うと、あのクリオネ型デバイスは何とも神過ぎる。あれに入ってる間はびっくりするほど疲れにくいし、何度ビターンッされようが復活できるほど頑丈だし……。


「ほう、参拝客とは珍しいの。ゆっくりしていくがよい。」

「あっ、あなたは……?」


……ロリババァみある声がする。

この幼き子供のなんとも清らかな声とおばあちゃん臭い口調のコンビネーション…………実に興味深い。

膝と心臓に一喝入れ、黙らせて立ち上がり振り返る。


「わしの事かの? 名は無いのう。」


なんと……紅白の服を着た、サンディちゃんのようなウサ耳の付いた女の子が……ヤバい、きゃわの極み。きゃわきゃわの極み。


「おばーちゃーんっ!! きにへんなむしがはりついてるーっ!! とってとってーっ!!」


おっ、オバァチャン……。

大木の近くで小麦色の肌の……というか、ノアちゃんそっくりじゃん。ノアちゃんをやや幼くしたような子が、何でこんなところに?


「おおう、カミキリムシか何かじゃろう。まことに元気な子じゃ。またどこかの不届き者が邪悪な秘法を使い、子を成したようじゃが、その度わらわが面倒をみなければならん。まぁ、元気な子なら良いのじゃが……。」

「おばーちゃーん、はやくはやくーっ!!」

「待っておれというのに。」


……あたしも行ってみよう。

…………?


「どうしたの?」

「…………いえ、絶対に来たことの無い場所なのに、絶対に会ったことのない方ですのに、懐かしい感じがします……。」


デジャブ?

もしくは、子供の時に似た場所に来たことがあるとか……かな?


「あの方の所まで行きましょう。」


◇◇


ひろーい広場の真ん中にとっても大きな木が一つ。その近くに立派な木造の建物があり、その横に四角い家がぽんっと建っている。それ以外は山々と木々ぐらいしかない。


「ほら、赤いカミキリムシじゃ。」

「わぁー……かっこいいっ!!」


黒いブチのある赤いカミキリムシはアンテナみたいな触覚をちょこちょこ動かしながら固まっている。見た目も触覚も、ロボットみたいだなぁ……。

さぁて、子供を前にして逃げは通用しにくいぞ。さぁ、カミキリムシよ、どう出る?


「いぇーっ!! ぶーんっ!!!!」


どう出るも何も、一瞬で指でつままれ、飛行機のようにブンブンと弄ばれる。嗚呼、哀れ。

…………近くで見たら猶更ノアちゃんだ。本当に、ノアちゃんを更に幼くしたような感じ。言葉は、ノアちゃんよりも圧倒的に多いが。


「あの、ここの神社の名前はなんというのでしょう。」

「うぬ。実は、名前は無いのじゃ。言うならば無銘神社かの。」

「…………あの、わたくし、サンディと申します。」

「ほう、えぇ名前じゃの。」

「……この名前に覚えはありませんか?」

「ふーむ。ことわりを外れ、邪な手法で生まれた未熟な魂はここにやってくるのじゃが、魂がある程度育つと、外の世界へ出すのじゃ。そこで初めて名を付けられるから名前のある者は参拝客ぐらいじゃから……。」

「そうですか……。」

「ところで、ここへはどうやってやってきたのじゃ?」

「えっと、わたくしたちは夢の中の海岸にいて、そこで密林の方から女の子の叫び声を聞いて、そして兎の石像の指す方向へ進むとここに……いえ、わかりませんよね。ごめんなさい。」


……あたしでもどう説明していいか分からない。えーっと、紅白のサンディちゃん似の人は手を顎に当てて考えている。いや、無理に考えなくていいよ。


「ほう、幻魔の夢から、エーファ殿の声に導かれて迷い込んだと。」

「幻魔の夢……?」

「あの歌声を聴いた者は、皆同じ夢の世界に引き込まれるというみたいじゃからの。それにあの夢は最も死に、魂の極致に近しい地。じゃから、性質が似たこの地に繋がったのじゃの。」


……難しい。


「おばーちゃーん、むしにげたー。」

「ほうほう、帰るべき場所に帰ったのじゃろう。」


何とか、赤いカミキリムシは幼女の手から脱したようだ。成虫となり、最早残り僅かであろう力を振り絞り、羽を大きく広げて飛び、大木の高い場所に張り付いた。頑丈な体でよかった。

……ところで。


「何でおばあちゃんなの?」

「うぬ? 元はもっと老婆だったのじゃが、魂が不完全で欠片でしかなかったエーファ殿を形にした際に少し使いすぎて千五百年ほど歳が戻ってしまったようじゃの。おかげで肌がぴっちぴちじゃ。」

「せっ、1500年……というか何をしたら歳が逆行するの……?」

「妖力を使いすぎると成長が退行する話はよくある話じゃろうて。しかし、成長してわしみたいにならなければいいのじゃが……。」


……その手法、形にして世に放ったらとんでもないことになるなぁ……。

最早不老不死じゃん。本当に、碌でもない。


「あの……ここに来る魂には名前を付けないという話を聞きましたが……?」

「あの魂の名には名前が既に付いておった。余程、その名で生まれて欲しい名があったのじゃろうな。でもわしは意地悪じゃ。」


元おばあちゃんはエーファちゃんを呼ぶ。


「ほれ。今日はお主がやってきて三年目じゃろう。今日からお主はエレインじゃ。世界一美しい女性、エレインじゃ。」


まさかの名前の変更。

どこからその名前を持ってきたのだろうか。


「外つ国の名をつけるんですね……。」

「そりゃそうじゃ。どうみても日本国の人の魂ではない。遥か西方から来たのじゃろう。」

「えれいん………?」

「そうじゃ。今後、エレインと名乗るがいい。」

「…………うんっ!!」


……この子はこの子で素直に納得するとは……。

雰囲気からしても神様かその遣いだろうし、それ故に出来る業なのだろうか。


「しかし、お主の魂を見ておると、あの七人の子を思い出すの。」

「おっ、多い……。でもなんであたし?」

「魂の紋が似ておるというのか……うーむ……女児であったからかの? じゃがしかし、あの魂は見事に完璧であったな。わしの力を行使して整える必要が全く無く、それも七人とは……邪法とはいえ、恐れ入るわい。」


ここは何等かで作られた魂がやってくる場所。それはどれも不完全で、ウサギの元おばあちゃんが持つ神の力を使い正しい形へ形成する。

その魂って、どの程度のものなのだろう。


「あの、アンドロイドにインプットさせる人格プログラムは魂に入るの?」

「あんど……何じゃ? 横文字は苦手じゃ。カタカナ文字は魂に付ける数文字が限度じゃの……。」

「あー……えーっと、例えば、人形に術式を書き込んで人として振る舞うようにするものって魂に入るの?」

「入らんの。それは結局のところ、ある人が思う人としての振る舞いをただ真似させているだけのものじゃ。自我が全くないの。魂である条件として、自我以外にもあるのじゃが、人類風情の魂が同族の魂を作ろうなど、不可能じゃな。エレイン殿の不完全な欠片ですら、よぅやったもんじゃわい。」


……ということは、七人の魂は宇宙人が……。

…………あたしの八人の子の内七人は完全に否定されちゃったなぁ。七人……いや待てよ?

……………いや、違うな。ありえない。あたしは宇宙人でも神でもない。

最初に制作した子、ヒバリちゃんはライヤーの実験場に廃棄されてたホワイトスライムの核を魔力核として使用したら、その自我がそのまま宿ったからノーカンだけど…………全員それでよかったのかも。


「……普段はそう思わんのじゃが、その子達とはもう一度会ってみたいかもしれぬ。」


……雲は薄っすらと橙色になる。もうそろそろ日の入りか。

戻ろうと思うが、サンディちゃんはじーっと年季の入った社を眺めている。その目は社よりももっと遠くを見るような――――


「……のう? わしがこの世に生を成した頃の書物にの、器はラジオのようなもので、魂はどこからか発せられる電波じゃと、器の選局は固定されていて、受信した魂に応じた自我が生じる……と書いてあったのじゃが、どう思うかの?」

「あっ……えっ!?」


いっ、いや、突然聞かれてもそんなのどう答えろって…………。

元おばあちゃんの目は真剣で、何だか適当に返したのでは駄目なような……。


うーん…………。


「器をラジオ、魂は電波と捉えると、魂の帯域は無限に近いほど広大で、器に設定されたチャンネルはコンマ以下が無限に等しいほど細かくて、無数の魂の中からその一つの魂、その放送局のみを選局出来る……。」


……そういえば、あのクリオネボディに入ってるあたしと似た状況だな……。


「その場合の死とはどういうことじゃの?」

「…………チューナーの故障、または不具合での選局不能状態……かな?」


……チューナーの不良でズレて違う魂を受信することってあるのかな?

…………聞いたことは無いけど、でも、人は死に瀕した……器が死に瀕した時、意識は混濁するけど、これは混ざり合ってることなの?

…………あの時見た夢は最も死に近い場所、死に近い場所はこの世界へと繋がる。

…………駄目だ、混乱する。無理だ。難題が過ぎる。


「うぬ。わし等とは考え方が異なっているようで理にかなっている。器は壊れど元からある魂は減らぬからの。送信元が壊れもしない限りじゃが。」


作られた魂は、送信元を追加する行為?

……いや、一本のアンテナから全てを送っているかもしれない。そうなると、送信元を直接触れる他にない。いや、触れなくても色んな方法があるかもしれないけど……。


「器は自然発生するもの。その中から恒河沙も那由他も、無量大数も、それでも足りぬ……宗派が異なるが、不可説不可説転ほどもある中から一つを選び、それが自我となり、死して同じ自我を得ようなら無数に浮遊する魂から同じものを選ばなければならない……のじゃの。」


……魂を作る方と、器を作る方のどちらが簡単なのだろうか。

………………もしや、オルビスは……その器を作ること?


空はすっかり焼け、遠くからヒグラシの鳴き声が聞こえる。


「……魂とその器、それ等の起源についてよく考え、自分なりの答えを出すといいのじゃろう。お主は……おっと、これ以上は干渉してはならぬな。」


魂と器……か。今まで求められたどの課題よりも難しい課題だな……。


「魂と器…………ですか。」

「サンディ殿には、今話せることは無いの。」

「……そうですか。 ……あのっ!!」

「相談ならのるぞ。自らでは抱えきれぬほどの悩みがあるように感じるわい。ルーナディア殿はエレイン殿と遊んでやってくれぬか?」


……あたしって、自己紹介したっけ? 鑑定されたような感じもしなかったし…手ん。

…………いいや、元おばあちゃんは人を超越した存在、お見通しなのだろう。


相談内容は気になるけど、あたしが居たら話しづらいことなのかも。離れていてあげよう。

膝と心臓の次は脳みそがグワングワンしてきたので少し……座ってゆっくりしよう。



あいつと、あの兎族……一体どうしたってんだ?

決して幻を見たわけじゃない。あの謎の夢と同じで全員が認知していた。


“テルミナちゃん、ユーリアちゃんを探しに行ったみたいだよ。どうする?”


プラムはわたしの頭に留まろうとする。あの夢から何だか余計に馴れ馴れしくなった気がするんだが?

夢の中の姿はノアを少し成長させたような見た目だったけど、あれって、真の姿なんだよな……?


望んだ姿じゃ……無いんだよな?


“あれが本当の姿だよ。”


……こいつ、一体何なんだ?


「……クソムシはちょっと気になることがあるって出て行っちまったし、コハルは……いや、アタシはもう帰るぞ。」


パロマ……か。鳩の名を付けられてる割には、顔つきは完全に猛禽類のような気迫を放つ。その黄色い瞳で……わたしを睨んでるのか?


「何だ? ……あぁ、睨んでるわけじゃない。悪い、アタシの癖だ。」


“パロマちゃんね、すっごーく強いんだよ。飛ぶのも物凄く速いし、時空魔法なんかとってもとっても強いんだ。ねぇ、パロマちゃん?”


眉間にしわが寄る。何というか……鳩みたいなマヌケヅラした生物とか全体的に嫌いそうだもんな。何となくだが。


「チッ。」


“舌打ちしないの。”


プラムを睨みつけた後、無言で外に出る。

……時空魔法……そういえば、あの東の果てから西の果てにワープさせたあの謎の境界についてのこと、ルナクローラーに話してないな。

話すと、調査すると言って連れて行かれるし、西の果てにはあのキメラどもが巣食ってるし……覚悟を決めないと駄目だな。正直、あんな危険地帯、二度と行きたくない。


そういえばコメットは何処へ行ったんだ?


講堂を覗くと、コメットは横倒しになっていた。ビクともしない。

……周囲に不穏な匂いが漂うが、こいつ、無理した所為でぶっ壊れてないだろうな?

………………後でユーリアにでも診てもらおう。余り……頼りたくないが。


それと、グラモは何処行った?

講堂には居ない。隣の台所を覗くと、床の上でバラバラになっていて、これまたビクともしない。夢の中へは気絶して入ったか。あいつは夢の中に居なかったし。

…………夢の中で取り残されてないだろうな?

………………まぁ、いいか。他の奴のこと考えてる余裕なんて無い。疲れた。


◇◇◇


……コハルを捕まえてクソジジィに差し出す予定が…………もはや不可能なレベルだし、中身は違うが、借りまで作っちまった。

クソが…………ますます無理じゃねぇか……。


「あら、どうかいたしましたか?」

「あっ、いや、見てただけだよ。」


そのまましゃがんで土いじりしてりゃいいのに、視界に入った途端、わざわざ立ち上がってここまで歩いて来やがった。

手はあの臭い土が付いたまま。毒手使いかよてめぇは。その手で触んじゃねぇぞ……。


「この大根さん、一本どうですか?」

「いや、要らねぇよ。」


やたら太く長い色艶の良い大根を押し付けてくる。アタシは食えねぇし……あいつ等はヤツに拉致されてしまって……干からびさせるだけだ。売ったらとんでもねぇ値段で売れるんだろうが、こんな所に売る相手すら居ない。


「あっ、ニンジンさんもカブさんもあるのです。少々お待ち頂けますでしょうか?」


話聞いちゃいねぇ。野郎……サンディが居れば、身代わりでさっさとトンズラ出来るんだが。

……獲物が目の前にいてトンズラって、どういうことなんだ、本当に。話だけでも……いや、コハルそのものにするべきでは無いな。

…………イルミーネスよりも余程、魔王感というか、気迫を感じるのは何なんだ?


“コハルちゃんは龍族の魂がオルビスに宿ってるという状態だから、強いわよ。”


クソムシがシャラシャラと羽音を垂れ流しながら戻ってきた。一体何処行ってやがった……というのはさておき、こいつ、龍族かよ。猶更無理じゃねぇか。クソジジィと同じ、世界最強の種族なら相手は出来ねぇよ。圧倒的な力でスクラップにされちまう。


“それよりも、とんでもないものがこっち来てるわよ。”


「あぁ?」

「ケプリさま、どうかされたのですか?」


とんでもねぇものって、一体……?

クソムシが向いてる方向、南の方角を向くと、確かにとんでもねぇのがこっち来てやがる。


「あらまぁ、東洋のドラゴンさんみたいですね。」


空を舞う透明な長い何か、その先端に点のような何か……アタシはスライムの異常種に見えるがな。

その点が徐々に大きく、大きく…………あれは、人?


「こーこーだーなぁーっ!!!!」


物凄い勢いで畑の上までやってきて静止する。こいつ……何というか、昔、スラムのガキに読んでやった童話に出てきた、人魚姫が恋敗れてそのまま海賊になったよく分かんねぇけど妙に印象に残ってる話に出てくるそいつにそっくりだな……。


“女海賊ディア・メーヴェルシリーズね。確かに似てるわ。”


あんなわけの分かんねぇ話、シリーズ化してんのかよ……。


“そりゃもう、子供向けの童話から飛び出してマニアな業界にまで行っちゃって、そらもう、そりゃあもう、とんでもなく儲けたわね。アルカ大陸はどうかは知らないけど、少なくともエーテルランドを始めとした西方諸国じゃ有名よ。”


……何事も商売はきっかけだな。あんなのが売れるなんて……本当に、何かきっかけが無いと無理だな。運がいいとここまで行くのか。


「うおぁっ!! 空きれーじゃんっ!!」

「あらら、ドラゴンさんが短くなってます。」


“口調は丸っきり異なるわね。”


それは置いといて、チューブ状の水か何か分からんのが明らかに短くなってるんだが?


“そうね。あの子、自らの水魔法で生じさせた水の中で泳いで来てるみたいから……。”


そんな神業……出来んのか?


「あれ……? えっ、ちょっ…………マジかっ!? あたい飛べないってのっ!!」


手をばたばたさせてるが飛べるわけもなく、墜落して畑にベチャッ。

……アタシにサンディに、こいつに……三人目。コハルも流石にブチギレるだろう。逃げる準備を……。


「あらら、大丈夫ですかっ!?」


“羽を広げたところで申し訳ないけど、コハルちゃんはそう簡単にはキレないわよ。でも、キレたらキレたで天変地異が起こりかねないから怒らさないでね。”


……そうかよ。


「んぐぐぐぐ……んはっ!! アハハハハハハハハハッ!!!! なーんだこれっ!!!!」


……キメてんのか、一人大笑いしながら腹抑えてその場で右に左にごろごろと転がる。落下した時点で汚れも前面だけだったのが、全身真っ茶色に。


「あっ、あのー…………?」


コハルは首をゆっくりと横にしてクソまみれ野郎の方を見てる。顔は見えんが、畑を糞まみれにされて……どんな顔をしてるんだろうに。


「あのー……好きなのですか?」

「アハハハハハハハハハハッ!!!! 好きだぜっ!!!!」


“……意味が違うといいわね。えーっと、念話のチャンネル…………あら、パロマちゃんとほぼ同じね。あーあー、通じる?”


「どういうこったよ?」


“さぁね。”


「あっ、脳内で何か聞こえる。」


あれだけ腹抱えて転がってたのが急に真顔になり、上半身を起こして自分で脳内と言ってるのに耳に手を当てる。


“わたし、わたしよ。ほら、目の前で宙に浮いてる虫。”


「虫……あっ!! お前、ジーナが言ってたクソムシ?」


“クソムシじゃなくてフンチュウ。ジーナちゃんに会ったの?”


一体何がツボにハマったのかは知らんが、急に頬を膨らまし、再び大笑いする。

大丈夫かコイツ?


「アーッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」


“一体何が原因で大爆笑してるの?”


「ヒーッ…………ハァハァ……ジーナが……言ってた、クソムシ……ちゃん……クソムシちゃブフッ!!!!」


“あー…………あの子、何でもちゃん付けで呼ぶからねぇ……。”


途轍もない笑い声と共にクソ汁が跳ねる。直ぐ横に居るコハルなんか堆肥塗れだ。水も碌に無い中でこの始末、どうつけるんだ?


“もう、あなただーれ? ルピナスちゃんとアステラちゃんが起きちゃうじゃないの……キャッ!! 臭い汁が付いちゃったっ!!”


一瞬、プラムが様子を見に来たと思ったら直ぐに戻って行った。出てくるのはいいが、近づかなきゃ良かったのに。


“……気が済むまで置いときましょう。自身の水魔法で洗浄できるんだろうし……そうだ、チラっと鑑定しておきましょう。”


お前、いつもそうやって勝手に個人情報を覗いてるのかよ……。


“えーっと…………あら、あらららら…………。”


「どうしたんだ?」


“……この子だわ。あの歌の正体、そして、唯一持っている水属性はXYZ超え。”


あの全員を眠らせた謎の歌声……こいつがか?


“あなたはメーヴェというのね。メーヴェちゃん、笑いすぎは体に良くないわよ?”


笑い死ぬレベルでの大爆笑で体が痙攣している。こいつ、本当に死ぬんじゃねぇのか?


“…………コハルちゃん、治癒魔法お願い。”


「あっ、はい。えーっと……あら、メーヴェさま、体組成は闇属性なのですね。」


……そういえば、アタシは闇属性のイルミーネスに治療されたんだっけか。

…………そういえば、アタシの体って……闇属性だっけ?


“あら、そうなのね。そうなるとコハルちゃんの領分だけど、魔力の無駄だから治癒もそこそこに、後は雷属性で叩き起こしたらいいわ。この子、雷はかなりの弱点だから一発で目を覚ますけど……あーでも、コハルちゃんじゃ蒸発させちゃうし、ユーリアちゃんは居ないし、データ採りを兼ねてサンディちゃんでやるにしても、そのサンディちゃんも居ないし……。”


……面倒くせぇな。放っとけば戻るだろ。


“たっ、大変っ!!!!”

“あら、どうしたの?”

“ルピナスちゃんが居ないのっ!! 一瞬目を離した隙に居なくなってて……。”


クソムシは目の色を変えて部屋に戻る。

このままここに居たらアタシも巻き込まれかねんな。クソッ、一旦離れるか。



…………あれ?

何であの海岸に戻ってんだ?


…………変わらない青空……地面を走るカニ、穏やかな潮騒……。

二つ並んだビーチチェアの横の台に放置されたマリンブルーの飲み物。

…………誰が置き忘れたかも分からんものは飲めない。こんなもの、もう十年以上口にしてないな。


「……ルピナスさま、戻ってきてくれたのですね。」


やる気の無さそうな女の子の声がする。足元を見たら三角座りで不貞腐れてた…………えっと……?


「…………グラモですよ。皆が消えたと思ったらわたくしだけ取り残されまして……どうしたものかと思えば…………ふぅ、汚らわしいと思っていた生物も、こうしてみれば……可愛いものですよね。」


……最早ハイライトの無い半目でグラモが見ているのはカニでもヤドカリでもヒトデでもなく、砂地をチョロチョロ這いまわるフナムシ……。こいつはキモさでも相当上位に位置する生物、海のゴキブリンだが?

こいつが大丈夫ならもう、あいつやプラムを見てもあの悍ましい奇声を……発さないといいんだが。


「ところで、さっきから背後のジャングルから女児の声が聞こえるのですが、何だと思います?」

「…………声……?」


耳を澄ます。

潮騒や海鳥の声と共に、うっすらとだが確かに女児の叫び声が確かに聞こえる。このジャングルの奥にキャンプ場か何かあるんじゃないかと思うんだが……。


「…………あのような事故があった後です。」


姿勢を変えず、視線だけをこっちに向ける。

…………一人じゃ心細いからわたしも来いってか。


「……チッ……だが、ここは間違いなく、あの夢の中だぞ?」

「…………それに、呼ばれている気がするのですよ。よく分かりませんが、何でしょうね?」


グラモは立ち上がり、尻から下の砂を払い、ジャングルの方へ向く。その部分だけ木々が不自然に開けていた。

よく見れば、薄っすらと足跡のようなものも残っている。先に誰か入って行ったのか?


◇◇◇◇


やっと行ってくれたわね。

……フフッ、あれはあたいだって、誰も分かるわけないわ。クソムシちゃんならともかくね。あの人の本当の姿も見てみたかったわね。あの歌声すらも効果が無さそうだし……どんな姿なんでしょうね。


…………さて、残すはこの山のみ。あの謎のレーザービームで部分的に禿げちゃってるけど、木々が焼けたり折れちゃった程度で地表には全くダメージが入っていない。

ずーっと昔から調べ続けて得た数少ない資料からエーテルランド所有のミサイルサイロだって分かったけど、山頂のシャッターがどうやっても開かないのよね。

シャッター自体も安い巻き取り式じゃなくて、床か天井に引っ込む、防弾防爆構造の分厚そうなコンクリートと金属の複合品っぽいし、ミサイルをぶつけようが、重力魔法や雷魔法の最上位をぶつけようが、例えコハルちゃんがぶん殴ろうが壊れなさそうだし、さぁ、どうしたものか……。


…………。


……開け方なんて考えたって分かるわけないじゃない。力技すらも通じないのなら別の入口を探すまでよ。

もう、ここしかないんだもの。東西はループしてる。南北はどこまでも虚無が続いている。ここしかないの。

あのレーザーでワンチャンあるかなぁと思ったけど…………あら?


高いとこにある、あの抉れた土から露出してる岩、その割れ目から機械っぽい部品が見えてるわ。


下から行くにしても上から行くにしても、位置が丁度間だから難しいわね。ジャンプして行ける高さじゃないし、仮に行けたとして木々が折れて掴む所が無いし、この体にロケットブースターがあれば浮いたまま確認が出来るのにねぇ。


……この山、小さいとはいえ100メートルぐらいはあるけど、その100メートルぐらいはある建物が土に覆われて隠されてるということ?


…………これ全部がミサイルサイロだとして、どんだけ大量の兵器が格納されているわけ?

地下もあるんだろうし、悍ましい量の兵器がここに……?


というか、何でヘリックはこの中に居るわけ?


『――――――ッ!!!!』


……北の方角から女性の高い声がする。この声は絶対に忘れない。


『師匠ーッ!!!! どこです、返事してくださいっ!!!!』


ヤクがキマってたからノーカンにしたい例のあたいを負かしたあの子。真っ白なのっぺらぼうのあの子。

逃げましょう。厄介だわ。


『あ゛―――――ッ!!!! あの時のッ!!!!』


秒で見つかった。地味な色してるけど目立つのよ、この体。


『……誰だっけ?』

「名前なんて覚えてなくていいわ。」

『あっ、師匠知らないっ!!?』


色んな師匠が居るわね。剣の師匠、武術の師匠、錬金術の師匠、土瓶作りの師匠……。


「せめて名前を教えて欲しいんだけどなぁ。」


…………いや、今それどころじゃない。あの岩、岩、人工物らしき岩を調べたいの。


『……あれ、名前何だっけ? 師匠としか言ってなかったから……えっと、ユ……ユー…………?』


師匠の名前を忘れるなんてどういうことよ。

でもユーって? ユーで始まる名前に興味があるわね。まぁ、違う人でしょうけど。

あっ、そうだ。利用しちゃいましょう。少なくとも、能力もあたい以上なんだから、この山の真の姿を露出させるぐらいは出来るでしょ。


「多分だけど、この山の中に居るかもしれないの。この山に穴、開けれる?」

『師匠っ!!!! 今すぐお助けいたしますっ!!!!!』


単純な子で良かった。

……そういう子にあの能力を合わせると……並みの兵器どころではないわね。この子にとって大切なものや、弱みを知ってしまうと、ちょっとした言葉一つで思い通りのことをさせてしまえる。国一つだって、滅ぼしてしまえるかも。


テルミナちゃんは禿げてしまった山肌に手を当てる。周囲に知らない魔法陣を展開すると、地面や木々は揺れ、露出した地面からは石や砂の塊が転がり落ちてくる。


『待ってて下さい師匠。いっくよーっ!!!!』


山肌は剥がれ、壁のように立ち上がった。土の壁は形を変え、あたいの倍ぐらいの高さのゴーレムと化した。ゴーレム……土魔法か。何て子なの……。

ゴーレムはテルミナちゃんい向かって敬礼のポーズをする。まさかの完全服従。


『やったっ!!!! ねぇ、師匠を探して。』


ゴーレムは顎に手を当て考えるポーズをする。そして動かない。

師匠という二文字じゃ分かるわけないわね。姿こそ人をデフォルメしたような姿でもゴーレムの出来は非常に良い。だけど、術者が残念だと駄目ね。

だけど、やっぱり、剥がれた地面の向こうは人工的な壁。機械部品がところどころ見えてるだけでハッチみたいなのは無い。しかし、平らな斜面で……イメージからしてピラミッドかしら。


『あーっ、もうっ、この役立たずっ!!!! じゃあ適当にその辺走り回って白黒のクリオネみたいなやつ探してきてっ!!!!』


白黒のクリオネ……あぁ、あの謎のデバイスのことね。


…………何か引っかかるわね……。


師匠を探せという内容ほどふわっとしていないからか、ゴーレムは敬礼のポーズをして西の方角に走り出した。

……あなたの師匠なんてどうでもいいから、もっと地面を剥がしてほしいわね。


「ねぇ、一体じゃ足りないでしょ。もう何体か作った方がいいんじゃない?」

『うーん、そうね。』


再び山肌に触れてベリベリと剥がし、同じ大きさのゴーレムを三体作る。これ以上は木が邪魔して無理らしいけど……これ、あたい以上の大きさである必要あるのかしら?

せめてテルミナちゃんほどのサイズなら十体以上作れるのに。

そして同じ命令をして全員が敬礼して、二体は東へ、一体は北へと走り出した。


もう随分と顕わになったわね。でも相変わらずハッチのようなものはない。土に埋めるにしても、兵器の搬入口はあの一か所では大変だし、埋める前に大量搬入する仮のハッチでもありそうな気がするけど。


…………そうだ。


「ねぇ、この硬そうな壁をゴーレムに替えられない? 機械部品みたいなのが見えてるし、賢いゴーレムが作れるかもしれないわ。」

『うーん……そうね。やってみましょ。』


冷たそうな白い壁に手を触れる。

…………土の魔法陣こそ展開してはいるが、微動だにしない。


『なにこの壁。ムカつく。』

「どうかしたの?」

『魔力が通らない。壁を伝って流れてっちゃうわ。』


……魔法対策も完璧という感じか。そりゃそうだものね。ミサイルサイロだし。


『こうなったらドロドロに溶かしちゃうんだからっ!!!!』


急にテルミナちゃんの周囲が凄まじい温度になり、同時に周囲の風が渦巻く。

体内の温度センサーがピーピー鳴るほどの温度、周囲の植物が急激に乾燥して発火しかねないほどの爆熱。流石にそれはマズいわ。山火事はともかく、中に熱が伝わって異常でも起こしたらそれこそ、最悪は大爆発して巨大なクレーターと化す。


「やっ、やめなさいっ!! 溶岩にしちゃうのは流石にマズいわっ!!」

『やめない。この壁を溶かして絶対にゴーレムにしてやるんだからっ!!!!』


目的が、目的が変わっている。プライドが傷つけられて目的が変わってる。ねぇ、あなたの師匠はどうしたのっ!?

ともかく、力づくでもこの子を止めないとっ!!


……地響きがする。熱が伝わってどうかしたんだわっ!!


…………地響きが大きくなる。というか、何だか周期的。ドンッ、ドンッ、ドンッという感じ。 ……中からじゃないわね。西側からだわ。

西を向くと、何やら大事そうに抱えたゴーレムがこちらに走ってくる。もしや、何か見つけたのか?


「テルミナちゃん、聞いて。ゴーレムが何か抱えて戻ってきたわ。」


爆熱はスッと消えて元のひんやりした風に戻る。


『えっ、師匠っ!!!?』


ゴーレムは片膝を着き、深く頭を下げ、大きな大きな両手の中の小さな白黒の何かを差し出す。白黒の何かは、まさにあのクリオネ型のデバイスだった。

だが、ピクリとも動かない。


『…………師匠…………?』


マズいかも。二次災害が発生しかねない。

どうにか、どうにかして慰めないと。あの馬鹿威力の火属性に風属性、その高水準の土属性魔法が炸裂したら並みの核兵器どころじゃない。


今度は東の方角からドドンドドンと地響きがする。見れば二体のゴーレムが何かを抱えて……奥側のゴーレムは大量に何かを抱えてるわね。


「あっ、あのね、もう二体のゴーレムが何かを抱えてるわ。恐らく、このデバイスは違う個体よ。」


二体のゴーレムは膝を着き、共に大量の白黒の……クリオネ型デバイスを差し出した。なんでこんなにあるのよ?


『……師匠がいっぱい…………。どういうことっ!?』

「量産型なんじゃないかしら?」

『量産型って…………どれも動かないし…………あーっ!!!! もうっ!!!!』


テルミナちゃんは両手両足を広げて大の字になり空を見上げる。あたいも大の字になってぶっ倒れたいわ。


『あなたたちは、それを持って教会に戻ってて。北の方角よ。』


そういえば、一体だけ戻ってない。一つも落ちてないということね。

逆にこの周辺に何でそんなに落ちてるのよ。一体何のためのデバイスなの?


『……わたしも戻ろう。師匠…………どこ行ったの?』


徐に立ち上がり、ミサイルサイロの山を見つめる。そしてトボトボと北へ向かって歩き出した。


……あの子に行方不明になる前は何処にいたのか、何をしていたのか、状況を聞くべきだったけど、長時間拘束されかねないので聞かなかった。そればかりはあたい以外の人と探してほしい。あたいには、あたいのやることがあるのよ。


はぁ、どうしたものか。あとここだけなのよ。ここだけ。もう一度山頂へ行って正拳突きでもぶちかましてみようかしら。


◇◇◇◇


駄目だったわ。ヒビ一つ入らない。これ以上やると手が変形しちゃう。

もしかしてこの山は無理でも、このシャッターなら厚みがあっても知れてるから……あの子の能力で溶かせたかもしれないわね。もう流石に遠くまで行っちゃったわよね……。


はぁ……。この山頂の木々の隙間から見える荒野、案外眺めは悪くないわね……。というか、コハルちゃんとこの近くの森はともかく、栄養も何も無さそうなここにはこんなにも木が生い茂ってるの?


まぁいいわ。この木々じゃなくて、その奥に用があるの。何としてでもこじ開けてやるんだからね。


“ほう、このような地にも、我が血肉となりえる存在があるとはな。長らく魔土に覆われ隠し通せておったようだが、ハンッ、お主等が剥がしたことによって顕わになったようだな。”


――――ッ!!!?


…………あの時の、尿路結石を飲んだおじいさんの声……?


“……フンッ、何とでも呼べばよい。ところで、入口が分からず手こずっているようだな?”


「……あなた、一体何をするつもり?」


“幻魔のなり損ないから新たに手に入れた能力を試したいと思うてな。なぁに、お前の番であった者には悪いようにはせぬ。”


……幻魔のなり損ないって何なの? 新たに手に入れた能力……どう考えても、どう考えても……罠よ。碌でもない罠だわ。


“そうか。だが、いつでもお前に手を貸してやろう。気が変わったのであれば、いつでもこの場所に来るがよい。 ――――駄目だっ!!!! この声に耳を――――”


――――えっ?

お爺さんの声に女子供の声が混ざって…………待って、この声……あの時の……。


“ハンッ、力だけの猫獣人のガキが……。我が体内に取り込まれ、搾りかすになり果てて尚、我が脳に……うぬ……………ほう、成程な。”


一体何を、話してるの?


“フハハハハハハッ!! 搾りかすではあるが、こいつは立派なリリス・ネーヴェルハイム、いいや、アイビー・ヨナ・プリマヴェーラ。お前の全ての仇だろう。くれてやる。”


――――は?


え?


ちょっと…………?


脳みそが追いつかず、ただただ声のする北東の方角を眺めていると、急に目の前の空間が歪み、あの時、あたいの秘密基地にぼろぼろになったパロマちゃんを連れ込んだ黒髪猫獣人の子が、意識の無い猫獣人の子が出てきて地面に倒れこんだ。


“もう、使い物にならぬ排泄物だ。好きにするがいい。まだ死んではおらぬから、単なる死体蹴りにはならぬだろうな。だが、交換条件だ。気が済めば必ず山頂まで来い。”


………………。


………………………。


へぇ………………………。そうなんだ。



◇◇◇


クソムシは部屋へ突入したかと思うと、元の黒い目に戻ってゆっくりと外に出てきた。


“……さっぱり、分からないわ。”


「……あいつ、どうなったんだ?」


“…………さぁね。あのクソドラゴンに拉致されたような消え方じゃないみたいだし、第三者の残滓も残ってないから…………?”


クソムシは教会の壁の方向を向いて静止する。


“…………距離さえあれば傍受されないと思っているのかしら?”


どういうことだ?

傍受って、あの時のクソジジィの念話のようなものが何処かから聞こえるのか?


「ハハッ……笑い疲れた。ぐぇ。」

「では、お体を綺麗にしましょう。」

「いいや、あたいは水魔法が得意なんだ。これぐらい自力で洗い流せるぜっ!」


“…………えっ!!!?”


クソムシが珍しく声を裏返す。

シャラシャラと安定していた羽音が不規則に高低を繰り返す。


“大変。パロマちゃん、来なさい。”


「はぁ? 一体何処へ――――」


“今すぐに。命令よ。”


嫌だったが、その黒々とした目を合わした途端、頭以外の全身がその命令に従おうとする。体の奥底から、こいつの命令は絶対だと脳に言い聞かせているような、何とも気持ちの悪い状況。


「なぁ? どうしたんだ? お前とは他人じゃないような気がするぜ。面白そうなことやんのなら付いていくぞ?」

「なんだか……その、まだほんのりう〇ちの香りがします。」


“ねぇ、アイビーちゃん他の期限はいつまで?”


「期限って……あいつが言ってたことか。三日後の正午、残りは二日だな。時間はあるが……。」


正直、ゆっくりしている暇は無いし、単騎で乗り込むにも戦力が足らないから下手に動けない。これ程にもどかしいことはない。


“…………鵜呑みにすべきではなかったわ。”


「それはどういうこと――――」


そうか。


あのクソ野郎、やりやがったか。


これ、終わったら死んでもいいかもな。行き場のないあいつ等を匿う資格なんてねぇ。

最初から胡散臭さの塊だったアイツを何で信じてたんだろうな。アイツの言う通りにしてたら必ず返してくれるとか、あいつ等に手は出さないだとか。


“駄目よ、あなたは何であれ、わたしの大事な弟子なんだから。”


「モルモットの間違いだろうが。クソが。」


“いいえ、立派な弟子であり、わたしの後を継がせるんだからね。ところで、もう時間が無いわ。クソドラゴンが最寄りのファストトラベル先を消したみたいだから、一気に飛ぶわよ。”


「待って、あたいも行くっ!!!!」


“……あなたの水魔法、あの子の攻略に使えるわね。来なさい。”


…………クソ邪魔だが、クソムシがそう言ってるのならいいか。

メーヴェは遠足にでも行く気分なのか、手を握り締め、胸に当ててとても嬉しそうな顔をする。

……可愛げはあるんだが…………。


「よーしっ!! 行こうぜっ!!」


……まぁ、いいか。



◇◇◇◇


はぁ……はぁ……この子が、あのS級戦犯の……リリス……いいえ、アイビー……。

まさか、まさか、まさかまさかまさかまさか、まさか、この子が……。


気を失ってるみたいだから、急いで秘密基地に連れて帰らなきゃねぇ。あの周り、色んなものが捨ててあるから、あんなものやこんなものぐらいあるでしょう。


……ただでは殺しはしないわ。フフフッ。


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