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1-15-3 記憶(3)

なっ、なんだありゃ……。


“ルナティカの負の遺産を彷彿させるわね……。”


やや青みがかった光線は分厚い雲を突き破る。一体誰が、何を仕出かしやがったんだ?


「ハッハッハッハッ!!!! 誰だか知らねぇが、派手にぶっ放しやがるな。滾るぞ…………ハァッ!!!!」


……筋肉ダルマのその筋肉が更に肥大して上着はボロ布と化してしまった。むき出しになった赤く煮え滾る皮膚からはもうもうと湯気……というか、蒸気が上がってやがる。

こめかみには、ねじくれたとんでもなく大きな角が生えてきやがった……。


“ジョンさん、隠しきれてないわよ。その角。”


「フハハハハハハッ!!!! そんなもの構わんっ!!!! 色々と引っかかって不便だから消しておっただけじゃっ!!!!」


消していただけって……アタシの羽みたいに元から消せるものなら問題はないが、こいつの角のように引っ込められるものではない場合は見えなくする必要がある。その場合、かなり高度な隠蔽魔法が必要だが…………。

つーか……もう見た目が人間じゃなくて魔族、というか……どこぞの魔王だぞ。


「ワシも負けておれんぞっ!!!!」


“ちょっと、ジョンさん、あなたがあの爆心地に向かっちゃったら、この教会ががら空きよ?”


「おうよ、パロマと言ったか、そこの灰色の嬢ちゃんよ。」

「えっ、あっ、アタシが防衛しろってのかっ!?」

「おうよ。コハル嬢が来るまでなら上等だろ?」


いや、ちょっと待て。コハルが来るまでって……あいつ……どれだけ……。


“ふーん……わたしが付いているなら、引き合わせても大丈夫ねぇ……。”


「おい、何か言ったか?」


“あぁ、あの子ならワンパンね。照明魔法で倒しちゃうぐらいだし。可愛い顔してめっちゃくちゃ強いから……ね?”


…………あんのクソジジィ……。お前、無理だと分かってて……。チッ、クソがっ!!


“大丈夫よ、わたしも付いてるから。”


「チッ、クソムシがっ!!」


振り向いた時にはもう筋肉ダルマは居なくなっていた。墜落地点の方角からはもう来るような気配は無いが、後方、教会の建物の向こうや集落の辺りから悲鳴が聞こえる。ボトボト落として行ってやがったのが次々とアンデッドに化けて流れ込んできているのか。もう誰も居ないが、アタイ等のアジトは大丈夫なんだろうな?


“行ってみる? 多分もう、コハルちゃんたちが広場の真ん中付近でアンデッドの群れを浄化してるところかもしれないわ。”


……会うだけ会ってみるか。例えどうであろうが、先に進まねぇし……。



『あっつ……。これじゃ近づけないよ……。』


クッ、熱風が強すぎる。もうアンデッドの心配は随分と減ったから、ノアに風を送ってもらおうか。もちろん、炎の勢いを強めてしまったり航空機を破壊しない程度の最小限でだが。


“依然、非敵性のオブジェクトが1、敵性オブジェクトは0です。航空機内、及び周辺のアンデッドの再発生はありません。”


「よし、ノア。風を送って熱風をぶっ飛ばしてくれ。だが、ほんの少しだけな。」

「うんっ!!」


“待ってください、ブルーの、非敵性のオブジェクトが一つ増えました。”


『どういうことっ!?』

「ノア、止めてくれ。」


ノアはふくれっ面でじっとこっちを見ている。自信満々なとこ止められて不満なんだろうが、今は構ってやれる暇はない。スマンが後でだ。


“発生した非敵性オブジェクト、航空機の東端からゆっくりと中心部の非敵性オブジェクトへと向かっています。”


「……東端は航空機のケツもケツだな。アンドロイドのキャビンアテンダントが誤動作で動き出したのか?」

『何が何でも、あの炎の温度じゃ破損してるし、骨格は溶けてるだろうしで動かないよ絶対……。』

「なら、これもだが最初からレーダーに掛かってる一人は何なんだ一体……。」


“火属性が無効または吸収する体質の可能性があります。例としては火属性がXSランク以上である場合です。”


「雷を吸収するコハルさんと同じ体質か……。」


“……コハルさま、本当にとんでもないですね……。”


そりゃもう、ユーリアに高位の雷属性を与えるほどだからな。しかし、どうしたものか……。


“――――ッ!! 後方から非敵性オブジェクト、誰かが走って来ますっ!”


「こんな時に誰だ……つーか、後方って、あの川みたいなアンデッドの群れが居たよな?」


“それが、感知可能範囲内にはほとんど居なくなっていますので、恐らく、倒してしまわれたのかと。”


「……もう周囲にアンデッドが残っていないのであれば一旦降りるか?」

『降りてもいいけど、急襲があってもいけないし、いつでも飛べるようにしといてね。』


“了解しました。降下します。”


「おぉ、誰かと思えば。」


コメットは一回転し、走ってくる誰かの方を向く。


“……………えっ?”


『…………ま、魔族?』


ほぼ原形を留めていないほど全身の筋肉が肥大して、頭の左右に悪魔を彷彿させるようなゴツゴツした巨大な角が生えているが……隻腕で、そしてその声からしてあの時のお爺さん、ジョンさんだろう。少し若返ったか?


「あの時の嬢ちゃんたちじゃねぇか。さっきはすまんかったな。」

「あっ、あぁ、あの吸血鬼騒ぎの時か。いいや、助かったよ。爺さんが戦ってくれなければ手に負えなかったよ。」

「ハッハッハッハッハッ!!!! 何を言う、嬢ちゃんのあの鬼火が無ければヤツを追い詰めることが出来なかったぜ。」

「まっ、まぁ、あれは成り行きでな……。」


まぁ、ヤツは結局、あの森の中で遭遇した爺さんと同じ声のヤツに消されてしまったが。


「それにしても、その姿、どうしたんだ?」

「フハッハッハッハッハッ!!!! 久々に滾るものを見てのぉ。何百年ぶりだかな。」


一体何を……もしかして、あのクリティカルレーザーのことか?


「お手合わせ願いたいものだが、お主、ここで何か見なかったか?」


…………本当のことは言えんな。


『さっきのバカレーザー? それなら――――ぐにゅっ!!!!』


ユーリアを握り潰す。


「ほう、面白いデバイスを持っておるな。」

『んーっ!!!! ん゛ーッ!!!!!!』

「ちょっとバグが多くて勝手にべらべら喋るんだ。それよりも、あの炎の中なんだけど。」


ユーリアをバッグに押し込む。


「そうだったな。だが、もう魔物の気配はしない。誰か知らないが、あの光魔法で焼き尽くされたんだな。」

「だが、どうも二人、生き残ってるみたいなんだ。」


“はい。エネミーレーダーにて二名……中央付近に二人居られます。”


「ほう、これまた細いデバイスだな……。しかし、この長時間炎の中で生き残っているということは火属性に対して無敵、火が消えるまで待つという手しか無いか……。」

「あんたでも近づけないのか?」

「アッハッハッハッ!!!! 無茶言うでないぞ。ワシでも強耐性止まりじゃ。火の中を裸足で何時間も走ったり、真っ赤に焼けたドアノブを握って回すことなど造作もないが、火に囲まれてしまったら流石に辛いな。」


強耐性でもそこまで出来るのなら相当なものだが……。


「しかし、水属性魔法が使える者は居らんのか?」


“わたくしは氷属性、雷属性、土属性、時空属性が使えますが、あれほどの火に対して有効となるものはございません。”


「ほう、デバイス風情が四属性も使えるのか。えぇの、気に入ったっ!!」


“こ……光栄でございます。”


「とはいえ、ここまで来たからには行かぬわけにはいかんの。」

『お爺ちゃん、強耐性だからって、あんな火の海だと危ないよ?』


ユーリアがバッグから出てきた。


「フハハハハハハハッ!!!! デバイス風情に心配されるほど老い耄れてはおらんぞっ!!」

「わたしも行くわ。火属性は一応Sランクらしいし、近くまでは行ける……かも。」

「ほう、ほう? Sランクとな……えぇのう。滾るのぅっ!!!!」

『うわっ!!』


爺さんの体は更に肥大し、体中から湯気が噴き出し、両肩からトゲのようなものが生えてきた。もしかして、心が煮え滾る度に化けの皮が一枚ずつ剥がれてるのでは?


“…………お爺さん、もしかして……。”


「嬢ちゃん、行くぜっ!!」

「あっ、ちょっと……ユーリア、ノアを頼む。」

『えっ、あっ……いいけど、ノアちゃんかなり頬膨らましてるけど?』


ノアの頬はパンパンになっていた。だろうね、という感じだけど、今は連れていけない。爺さんは既に一人で先に進んでいる。待ってはくれない。

ノアがどうであろうが、ユーリアかコメットに面倒見させる他にない。


「ノア、動くなよ。」

「むーっ!!!!」

『あいつ、無責任な犬だよねー。ノアちゃん、少しの間、一緒に居よう。』



近くで見ると、燃え盛る航空機は非常に大きく、そして自らの何十倍もの高さのある炎の壁、あの時の生ごみゴーレムもだが、これは別の何かが燃料となり燃えているような、火の熱量が明らかに異なる。


「嬢ちゃん、ワシもこれ以上は進めん。」


爺さんはわたしより随分後ろで立ち止まっていた。耐性はわたしの方が上なの……?


「しかし、燃料が原因では無いな。何が燃えているというのだ?」

「さぁな……。ただ、これが、実験生物の廃棄であった場合、確実に燃え尽きさせるために高位火魔法の術式を練り込んだ、もしくは、火に弱いはずのアンデッドに火耐性を与え、高位火魔法を発動させた後、本来落ちるはずの敵地へ墜落、実践投入と研究の一部を兼ねていると……いずれにしても、単なる燃料火災ではない可能性があるな。」

「ほう、面白い考察をする嬢ちゃんだな。まぁ、アンデッドもただの自然発生した雑魚では無いなとは思っていたが、実験生物ってか。ケッ、何処の輩か知らねぇが、やってくれるじゃねぇの。」


……そうか。爺さんは帝国の素行を、もしや帝国そのものを知らないのか。


「おい嬢ちゃん、燃える航空機から誰か出てくるぜっ!?」


航空機の方を向く。揺らめく炎の向こう、やや背の高い人の姿が浮かぶ。

その手には何かが抱えられている。エネミーレーダーが使えないから、あれが敵なのかそうでないのか、鑑定も機能しないからあれが何なのかも分からない。


「気ぃつけろ嬢ちゃん、武器は構えとけっ!!」


例の二丁レーザー銃の片割れを構える。熱で壊れたら嫌なので片方だけ。アンデッドの生き残りであった場合、単なる牽制にしかならないし。あのレーザー魔法だけは暴発したらあの通りなので嫌だ。


炎の中から髪が長く、背の高い……髪が燃えてない?

何処かの教会か……? 胸に天秤のマークの描かれた服も燃えていない。胸はそれなりにあるから女性か。何より、目は襷のようなもので目隠しされている。


「あの天秤は…………フッ……フフフハハハッハハハッハハハッ!!!!」

「爺さん、どうした――――」


爺さんは完全に悪魔のような姿と化していた。身に着けているもの次第で誰もがイメージする物語上の魔王そのものだ。


「リブラ……てめぇはリブラの遣いかっ!?」


リブラ……聞いたこと無いな。遣いという文言からしてカルト教団か?

…………この感じ、色々とキナ臭いな。帝国とクレイマーシュのようにどこかの組織と水面下で繋がっていて、このリブラも密かに……そしてこのアンデッド騒ぎか。ありうるな。


「テメェのとこの勇者が世話になったな。中々骨のあるヤツだったぜ?」


出自はリブラかどうか知らないが勇者は聞いたことある。一方的な価値観の押し付けは日常茶飯事、冒険者たちの食い扶持に勝手に入り込んでの討伐、俺が狩ってやったんだ感謝しろ等の傍若無人な物言い、血の気の多いヤツに絡んで返り討ちにされたかと思えば、国の偉い人に取り入ってその冒険者が所属するクランごと国外へ締め出し、または全員牢屋行き、ただでさえ少ない下々の食料を独占して食いつくす、わざわざ孤児院に視察に来て汚い建物ですねぇ子供が可哀そうですねぇと言って便所でクソして紙全部使って帰る…………列挙に暇がない。即ち災厄の二文字でしかない。一度来てしまったら最後、数か月、下手したら年単位で居座られる。死ね、クソ勇者。


だが、もしそれの出自がリブラなら、こいつは…………待てよ、非敵性だったよな?

今もそうなんだろうか。勇者みたいに敵対もクソもなく然も当然のような態度だと何色になるのだろうか。


「クソッ、これ以上近づけやがらねぇ……。」

「…………お待ちください。」


喋った。こんな炎揺らめく中で聞こえる澄んだよく通る声。

女性の手には、なんと女子供が抱きかかえられていた。眠ってる……のか?

だとすれば、最初に確認出来た非敵性オブジェクト……この女性は後から確認出来た……って、何もない所から出現したんだよな?

こいつ……今は敵対していないが、油断したところで魔物と化す人型をしたアンデッド……じゃないだろうな?


「この子には時間がありません。」


銃を構える。どうせ効果は無いんだろうが、一瞬の隙さえ突けば万が一の際に脱出可能。後ろの爺さんがやる気満々なので魔法の一つでも使ってくれれば余裕だろう。


「おい、その子供は何なんだ?」

「…………龍の子。ブラックドラゴンとレッドドラゴンの子……。」


黒龍と赤龍……それならこの炎の中でも耐えられるのも納得だ。だが、何故……いいや、今は考えている場合ではない。


「この子の名はアステラ、星の名を持つ龍の子。この子は生と死の狭間でもがいております。ですが、このままでは間違いなく、死に至るでしょう。」

「だったら早く引き渡せ。こちらには優秀な薬師が居る。」


勿論コハルさんのことだ。癖は非常に強いが……。

……しかし、どこの龍族の子か分からないが、死に至らせてしまうと、その龍族の報復に遭う可能性がある。龍族は力の種族だが、谷底に落として生き残った子を云々の話ではなく、強かろうが弱かろうが家族を非常に大切にしている。強弱でどうのこうの決める話は遥か先のこと、少なくともまだ人間年齢で100に満たない子供は家族に庇護されている。即ち、この子の死はどこかの国の死。

今ここで亡くなってしまったら、この世界の死だろうか。


「申し訳ありませんが、そのようなお時間はもう無いかと。」

「ならどうするんだ?」


女の背中に一対の大きな翼が生える。それはノアやパロマのような妖精の羽ではなく、橙色と白色の混ざった大きな鳥の翼。


「わたくしはフェニー。この子、アステラさまに命の灯を与え、わたくしの持てる魔力の全てを与えます。」

「……お前は邪教の遣いなのか神々の遣いなのか分からんが、それでお前は無事で済むのか?」

「いいえ。ですが、わたくしは自らの命を差し出し、蘇生を行ったとしても、何度でも蘇ります。ですので――――」


広げた翼は燃え上がり、炎は全身に燃え移る。あの炎の中でこの程度なら……とは思ったが、背後の炎よりも白みがかり、熱量も航空機を包む炎の熱量とは桁が違う。


「あっつ――――」

「アステラさま、あなたはプラトナス帝国に運命を弄ばれ、親代わりであったアナスタシアさまと共にゼッペルに安住の地を得てもなお、このような災厄に巻き込まれ……あなたはこの程度で崩れ去る器ではありません。今一度、あなたに生きる力を、生命の炎を、我が不死鳥の炎よ、あなたの体に宿るのです。」


女の子をそっと地面に仰向けに置く。フェニーと名乗った女は立ち上がり、微笑んで深く頭を下げた。勇者の関係者なら絶対に頭を下げるなんてしない。一体、どこの者なんだ……?


「では……よろしくお願い致します。」


突如、太陽のように光り輝き、たちまちフェニーの体は崩れ去り、灰の山と化した。その灰は小鳥のように舞い、そして仰向けになったアステラという女の子の胸の中に溶け込んで消えた。


……一体何だったんだ?


…………子供はいまだ目覚める気配はない。フェニーが消えてから航空機の炎も弱まり、今なら近づける。急いで脈を取り呼吸を確かめる。

………………良かった、脈はある。息もしている。


…………本当に、あの人は何だったんだ?


『はぁ……フェニー殿、またですか?』


あぁ? やけに電子音じみた声が聞こえる。間違いなく、この女の子の声じゃない。と思う。


『わたくしの体の分は残っていて助かりましたよ。まったく、こっちの身にもなってくださいよ……。』


女の子の周囲に僅かに残った灰が宙に浮き、一か所に集まって角砂糖のような形となった。そしてその角砂糖からは三角柱のようなものが生え、三角柱の周囲にまるで手足のように立方体が宙に浮いた。


『再生完了。』

「おっ、お前は……一体何だ?」

『初対面相手になんという言葉遣いですかねぇ。お見受けする感じでは、あなたは子供のように見えますが、立派な大人ですよね? 少しぐらい弁えたらいかがでしょうか?』


あぁ、確かにな。わたしが悪かったよ。だが、こいつのこの感じ……勇者の関係者っぽい……な。


『はぁぁ……フェニー殿は元は真偽官でしたんですよ? ですが、あの性格ですので、公平公正を司るリブラ神の信徒と名乗る胡散臭い者に付け込まれ、妙な改造を受け、今や真偽官ではなく、公平公正の神の遣いという名の元、自らの命を以て他者を癒し、場合によっては蘇生させて回ってるんですよ? 何の改造したか知りませんが、他者の回復のために死に、そして暫くの後自らも蘇生するなんて馬鹿な話ありませんよ。何をしたらそんな神をも超越する力を得られるんですか? それならもう祈るだけの女神像だなんてただの木屑ですよ、薪ですよ。生けるフェニー殿に祈って蘇生してくれるのならもう、女神像は風呂桶の栓ですよ。我がフェニー殿になにをしたんですか? 本当にもう、死ぬ度に記憶の大半を、ついでに衣装も全部失うから面倒ったらありゃしないんですよ。馬鹿ですか? 死ぬのですか? フェニー殿、恥民のために何度死ねば気が済むのですか? 恥民どもめ、フェニー殿を何度殺せば気が済むのですか? はぁ……恥を知れ地蟲どもめっ!!!!』


わたしは何でこんな角砂糖の愚痴を聞かねばならんのだ。間に言葉突っ込もうとしても早口で入る隙もねぇし。つーか、シンギカンって何だ?


『あぁ、この子は早く安全な場所に連れ帰って寝かせてくださいね。また死んだらわたくしの苦労が水の泡になってしまいますからね。はぁ、全く、フェニー殿の管理プログラムであるわたくし、わたくし、グラモの苦労も知って欲しいんですよっ!!』


いや、まぁ、愚痴を聞く限り苦労してるのは分かるが……。


『あなたも何か言ったらどうなんですか?』

「……あっ、いや、無いけど。」

『無いじゃありません。わたくしは構いません。フェニー殿に言う事がありますでしょう?』

「……わたしがこの子の代弁をしろというのか?」

『フンッ、無いのならもう構いませんよ。では、フェニー殿の復活までに衣装を準備しなければなりませんので。はぁぁ、何で衣装はあのリブラ神の愚か者どもが指定した服じゃないといけないんでしょうかねぇ…………。』


愚痴を言いながらふよふよとその辺を往ったり来たりしているが……ここは荒野しかない世界、何処で服の準備をするってんだ?


『はて……? 見渡す限り埃っぽい大地、こんがり焼けた航空機、ほんのり香る金属の香りとうっすら香る大便臭。あの、まことにまことに申し訳ないのですが、ここは何処でしょうか?』

「あっ、あぁ、説明は難しいんだけど……。」


“中々帰って来ないと思ったら、一体何をしてらっしゃるのですか?”


『うぉあっ!! お爺ちゃん倒れてるっ!!!!』


……途中から声がしないと思ったら、大の字になって倒れていた。角も突起も無くなり、はち切れんばかりの肉体も空気が抜けたように縮んでいる。


「フッ、やはりワシも、歳には勝てんな。」

『フェニー殿を何かと勘違いして襲撃としたのにそのザマですか?』

『フェニー……?』


“ルーナディアさま、どうなさいましたか?”


『あっ、いや…………なんでもない。』


ユーリアは触手を腕組みのように絡み付け、体を真横に向けてそのまま一回転する。その名前に何か思い当たるものがあるのか?


「ファッファッファッファッ!!!! 積み木風情がぬかしよるのぉ?」

『積み木ではございません。フェニー殿の管理プログラムであり、秘書です。あー……わたくしは少しだけ治癒魔法が使えます。余りにも見るに堪えません。本来であればフェニー殿に敵意を向けた時点で死罪ですが、その愚かさと浅はかさに免じてあなたを救済いたしましょう。』


こいつ……口調はやや丁寧だが、口が悪さはクソだな……。言ってることも大概クソだが。

しかし、治癒魔法が使えるだなんて珍しいな。そもそも、公言すれば消される可能性がある。


“よくこのお方に向けてそのような口を……。”


『…………可愛いけど……口めっちゃ悪い……。』

『我が主をあんな腐った勇者とやらと一緒にした罰ですよ。どこの元魔王か知りませんが不敬罪です。悔い改めなさい。』


細長い角材のような手を爺さんに向ける。爺さんは目を丸々とさせて見ているが、心境や如何に。


「フッ………フッ……フハハハハハハハハッ!!!!!! ここまでボロ雑巾みたいに言われたのは久方ぶりよのぉっ!!!!!!」

『そうです? わたくしの目では元魔王かと思いましたが……地蟲や恥民どもに言われ慣れているとばかり。』


“この人……ではありませんが、縮んでなおこの威厳と、とんでもない魔力をお持ちのジョンさん相手によくここまで……。”


『大物になるわ、きっと。』

『して、治癒魔法はお望みでしょうか?』

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!! 要らぬわッ!!!!!!」


爺さんは自力で立ち上がり、角砂糖人形と対面する。あろうことか角砂糖は爺さんの目の前まで迫り、腕組みをする。

これは終わりそうにないな。とにかく、今はこの女の子を保護しないと。


『傷が多いですね。顔の大きな傷もですが、わたくしであれば除去することも可能ですが?』

「要らんことせんでえぇわい。」

『傷が勲章ですか。流石は歴戦の英雄、いや、魔王様ですね。』

「フッ、ワシは魔王のような大それたものではないわ。我の名は魔王六将軍の一人、名は――――」


爺さんはいよいよ限界が来たのか、地に膝を着き、汗をダラダラと垂らしながら地面を見つめる。わたしはこの子一人でも限界なのにこれ以上は連れて戻れんぞ。


『お心はあれど心臓は限界の様子。仕方がありません、わたくしの治癒魔法で回復させましょう。』

「……おい、待て。お前、光属性と闇属性両方使えるのか?」

『当然です。フェニー殿と同じく、その二属性に加えて火属性も扱えますよ。フェニー殿のように高水準ではありませんが、それでも三属性それぞれAランク程はあります。』


……この角砂糖が……?


“Aランクは上等に高水準ですがね……。”


『ところで、あなたはその少女を連れて帰って寝させなさいとわたくしは言ったはずですが、フェニー殿の行為を無駄にするつもりですか?』

「なぁ、爺さんを回復させたら、その女の子を回復させてくれないか?」

『馬鹿言わないでください、フェニー殿が全回復させて、なお、丸一日分の不死鳥の加護を与えています。あぁ、そうですね、言い忘れていましたが、その子、最大HPはあなたの百分の一、魔力もその他ステータスほぼ0ですよ。加護があっても死ぬ恐れがあります。』

「……どういうことだ?」

『知りませんよ、そんなこと。わたくしの鑑定ランクはAランクです。間違う要素もありません。ですが、少し気になることがあります。』

「なんだそれは?」

『いえ、最近得たスキルの中に黒塗りのものがありましてね、わたくしにはさっぱり分かりませんでしたが、極東の大陸にあるプラトナス帝国には怪しい菌を植え付けて、スキルという形で能力値に異常を生じさせる細菌兵器があるとお聞きいたしたことがありますので、恐らくそれが怪しいかと。』


この航空機が王国と帝国の間を飛行する機体である以上、帝国は関わっている。その上、帝国側はマルス空軍基地まで向かう。それでこいつの鑑定で怪しいブツが見えたのなら……間違いなく帝国に何かされている。


“ルーナディアさま、どうされましたか?”


『………………間違いなく、ライヤーかカテーナが関わっている。もしかすればあいつも……。』

『何か知っておられるのなら、早めに対処した方がいいですよ。風が吹いただけでも死ぬかもしれません。これ以上、フェニー殿のご厚意を無駄に致しませぬように。』


あの時みたいにユーリアをぶん殴ってルナティカル何とか言う毒カビを破壊したが、あいつは頑丈だったからいいが、この子は絶対に無理だ。そんな荒治療が効くかも分からないし。

ユーリアの場合は能力値の大きな変化が無いような感じだから、モノとしては異なるものなんだろう。そうなら猶更だ。


『では……わたくしの加護をお受け取り下さい、将軍サマ。』


左手に白い玉、右手に黒い玉が生じ、あろうことかそれを爺さんの鼻の穴にぶち込んだ。なんてとこで治療しやがるんだ。


「ぬをわっ!!!!!!」

『飛び起きるのが早いですね。いよいよダメだったら肛門を使用するのですが、まだ老い耄れてはいないみたいですね。』


爺さんの縮んだ筋肉は再び膨れ上がり、肉体はあの吸血鬼騒動の時ぐらいまで戻っていた。

そして、爺さんの胸から巨大化した真っ白な玉が飛び出できた。何なんだこれは?


『この世の全ての者の体の組成は光と闇のどちらかになります。光の者なら病魔は闇、闇の者なら病魔は光、魔族であるこの人の体は闇ですのでこのように、病魔は光の玉に吸収され光の魔力体となり、わたくしの体に回収されます。昨今、頭がアレな人たちの所為で治癒魔法は珍しいですので、よくそんな顔されます。』


頭がアレな……あの医師会連中か。こいつもこんなに公言してしまって、魔女狩りに遭わなければいいが。


「ふぬ。元通りだ。」

『例は要りませんよ。冷静になり考えてみれば、少し言い過ぎたような気がしますし。』

「ガハハハハハッ!!!! 積み木に助けられる日が来るたぁなぁっ!!!!」

『では、ここに居る者では心配ですので、その少女を安全な場所に連れ帰っては貰えませんか? 片腕では大変ですが、わたくしには腕を生やせるほどの能力はございませんので。』

「おうよっ!! 任せとけっ!!!!」


◇◇◇


…………広場にあれだけ集まっていたアンデッドの群れを、あいつ一人で片付けやがった。


「あらら、灯火魔法を広げただけで消えてしまいました。」

「わたしの仕事、本当に無くなっちゃった。」


横の……あの時の妙に白いヤツも強いんだろうな。攻撃こそする間もなく消されたが、立ち回りや動きからして相当な手練れだ。


“そういうこと。もう、分かってるわね?”


「クソムシ……どういうことだ?」


“何か、問題でもあるのなら相談しなさい。あのお爺さん相手なんでしょう?”


チッ、こいつの横ではその件の思考をしないようにしても筒抜けかよ。


“あたしも、出来る限りのことやるから、相談してよね。”


教会の上から蝶がひらひらと降りてきた。


“あら、あなた。喋れるようになったのね。”

“念話って超難しいからね。蝶だけにね。”

“鬱陶しいギャグ言うのねぇ。”

“鬱陶しいって言うな。ねぇ、ノアちゃんのお礼もあるからね、して欲しいこと言ってよ。”


…………チッ、クソッ……。


“…………ハンッ、一人では何もできぬ小僧が……。分かっておろうな。何が何でもコハルを生け捕りにして連れてくるのだぞ。”


あのクソジジィ、どこから傍受してやがんだっ!?


“確かに聞こえたわ。”

“えっ、何が? 誰か何か言った?”

“あなたは念話のレベルが足りないのね。わたしぐらいになると傍受や盗聴ぐらい出来るのよ。”


「クソッ…………クソが…………あんのクソ野郎が…………。」


“…………まだ言わなくてもいいわ。下手に手打ったら余計に状況が悪くなるかもしれないからね。コハルちゃんの件は可能な限り待って。声と癖からしてあのクソ龍ね。どこで聞いてるかも分からないから、状況を見て、一気に決着を付けないといけない。”

“その念話って聞かれてるんじゃないの?”

“わたしぐらいのレベルになると、特定の人にしか傍受不可能な完全な専用回線が使えるようになるのよ。でも……側近のあのクソバト……傍受しやがったわね。キーッ!!!! 思いだしただけで腹が立つぅぅぅっ!!!!!!”


……こんな奴らには言えるか。クソッ……何とかして…………。


◇◇◇◇


「はぁー、面白かった。」

「こちとら、水中でいつもと動きが違うから疲れたわよ……。」

「あはははははっ!!!! 最後面白かったなっ!!」

「何がよ?」

「水の切れ目に気付かず、バランス崩してびたーんっ!!!! って。」


まさか、全部疑似水で水没じゃなくてキューブ状になってるって、誰が気付くのよ。


「あたいの水魔法、凄いだろ。立方体とか球体とか自由に作れるんだぜ。それに、消したら水濡れも残らないしな。疑似的なモンじゃなくてマジモンの水も作れるぜ。」


天に向けた手のひらから小さな噴水のように水を出す。水問題には困らなそうね。集落に連れて行ったら引っ張りだこよ。


「東洋のドラゴンみたいにチューブ状の水を出せるようになったら、あたいだけの道が作れるし、いいなーって思ってるけど難しいなぁ……。」

「実質的に空飛んでるようなものね。」

「あたい、雷属性に弱いからさっきみたいなとこで泳いでると一発なんだよ。疑似水でも電気はよく通すからな。」

「そっちなのね。でも蛇みたいな水でも同じじゃないの?」

「動く水玉の中で泳ぐみたいに、出したその場で消せば繋がらないだろ?」


出して変形させ続けるって、そんな無茶な芸当が出来るのね。さっきみたいに出しっぱなしなら誰でも出来るけど、常に可変させ続け、加えてあれだけ高速で動き続けるのは脳に負担がかかり過ぎるわよ。


「…………だけど、空が綺麗だな。」

「あの謎の光線が綺麗に雲を割ったわね。本当に。」


僅かだけど、宝石箱をひっくり返したような星空が顕わになっていた。ほんと、何処かは分からないけど、きっと地球上のどこかなのよね。


「ところであなた、ここから移動する気は無いの?」

「無いな。あの船がお気に入りだからな。壊れなくて良かったよ本当に。」


逃がすための方便だったけど、あぁ、良かった。無事で良かった。犬小屋すら作ったことなかったから、リアル水に沈められなくて良かったわ。

ここから動かないのなら、後でクソムシちゃんに来るように伝えよう。余り長い時間、一人にはしておけないわ。


「じゃあ、あたいはやることがあるから、もう行くわね。」

「行っちゃうのか。もっと話がしたいんだけどな。」


…………やっぱり心配。朝までは一緒に居ようかしらね。



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