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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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97 小犬は敵か?

 その後も、グドンは夜中の修練を続けた。

 具体的には、脳海の仮想空間における小犬との戦闘訓練だ。差し当って、グドンが倒すべき敵は小犬の妖獣だと思われた。だが、残念なことに、修練は完全に行き詰まっていた。グドンの試みは何一つうまくいっていないといってよかった。

 蟻巣島で戦った相手の中で、現状、最も手ごわいのは小犬だ。それは間違いないが、普通に考えるなら、小犬の親玉である陰の黒幕はさらに強敵であるはずだった。ということは、手下の小犬さえ倒せないグドンに、勝利の可能性はないことになる。つまり、聖地へ乗り込んでいっても犬死するだけだ。

 グドンの頭を最も悩ませたのは、小犬の攻撃能力ではなかった。小犬が強すぎて歯が立たなかったわけではなく、やっかいなのは、脳海につくり出した仮想敵の小犬が、いっさい反撃してこないことだった。

 グドンの攻撃に対し何の反撃もせず、ただ、平然と受け流す。そして、まるでそよ風が吹いたごとく、心地よさそうにグドンを眺めている。

 結局、グドンが疲れ果てて攻撃をやめると、いつも気味の悪い薄笑いを残し、パッとその場から消え去った。

 これは自身のつくり出した幻覚だ、と強く自覚していなければ、自分のほうが小犬の幻覚に閉じ込められ弄ばれている、と錯覚したに違いない。

 この頃のグドンは、自分の一番の能力が他人の能力を模倣吸収することにあると気づき始めていた。実際、小犬が攻撃してきていたら、その能力を手に入れ何倍にも増幅してお返ししていたろう。だが、何一つ主体的な行動をとらず、積極的に防御さえしてこない敵が相手では、模倣しようにも模倣のしようがなかった。

 グドンは途方に暮れ、自分に自信を失いかけた。

 小犬にさえ歯が立たないのなら、聖地へ向かったところで無駄だ。死が待っているだけで、それ以外の結果はない。

 いっそ、このままリンタロウたちと一緒にこの島を離れようか? 

 本気でそんなふうに考えたりもした。だが、もちろん、逃げ出すわけにはいかなかった。ここで自分が逃げたらどうなるか? 言うまでもなかった。陰の黒幕が本当に死にかかっているのならともかく、万が一、何らかの理由で力を蓄えているだけだとしたら、いずれはまた、この島は以前と同じ姿を取り戻す。そうなれば、また、大ぜいの犠牲者が出るに違いなかった。

 グドンは、何としてもそれを阻止したかったし、そのためには、敵の息の根を止める必要があった。


 いっぽう島民の移動は、この半月間でほぼ片が付いていた。

 薬師協会もなくなったから、使役の仕事へ出る者もいない。出たところで死ぬだけだし、万が一、薬草を持って帰ったところで、それを受け取ってくれる島の幹部たちもいなかった。今、島に残っているのは、グドンと共に聖地へ入ることを諦めきれない使役者などごく少数のみだ。昼間でさえ、町を歩いていても人に出会うことはなかった。

 リンタロウとコンも数日前に島を離れた。

 当初は、ホウカを連れ三人で離島するつもりでいたようだが、どうしたことか、彼女はどこを探しても見つからず、まるで島から突然ふっと消えたように、行方不明になっていた。

「これ以上、どこを探せばいいんだろう…」

 グドンとの約束もあり、二人はそれでも必死でホウカを探したが、どうしても駄目だった。最後には諦めて島を離れるしかなくなった。仮にホウカのことがなかったら、二人はもっと早く離島していたかもしれない。

 リンタロウたちを見送ったあと、グドンも、ホウカのことは成り行きを見守るしかないと決めた。

 彼女も以前のわがまま娘ではないし、馬鹿でもない。それに、グドンたちが気づかなかっただけで、もう島を離れている可能性もあった。たとえそうでなくとも、人族よりは遥かに身を守るすべを備えているだろう。

 彼女について言えば、グドンは最近ある疑念に囚われていた。

 それは、ホウカは実はホウカではなく別の誰かが彼女を演じているのではないか、といった疑念だ。

 一見馬鹿げていて荒唐無稽にも思える考えだが、そうとでも考えないことには説明のつかないことが多すぎた。最近の彼女の行動には矛盾点も多く、まるで、誰かが性格の良くない少女を必死で演じているが、それがうまくいっていない感じだった。

 考えれば考えるほどそんな気がした。

 いったい、誰が、なぜそんなことをするのか、グドンにもわからなかったが、次にホウカ(もしくは演じている誰か)に会ったら、「おまえは誰だ?」と問い詰めてやるつもりでいた。

 しかし、当分その機会もなさそうだったし、今はそんなことにかまけている時間も心の余裕もなかった。 

 もう一つ、島の残留者のことで、グドンをひどく驚かせたのは、その中に、島主のアサホとリョクギダンがいたことだ。

 身の危険を感じれば、真っ先に島を抜け出すはずの二人が残っていることは、何とも不可解だった。利益もないのに、彼女が危険を冒すとは思えない。必ず何か理由があるはずだと、彼も考えた。

 だが、そのことも、グドンにはどうでもよかった。

 今のグドンはどう小犬の妖獣を倒すか、そのことだけで頭がいっぱいだった。


 小犬との戦いはその後も続いた。

 誰もいなくなった島内ではもう、夜中を待つことも、人里離れた海岸へ出向く必要もなかった。元より、小犬との戦いは彼の脳内でのみ行われ、実際の行動を伴わないから、何か被害を出す怖れもない。

 可能性があるとすれば、彼の幻覚に誰かを巻き込むことだったが、島民はほとんど残っていなかったし、周囲に誰もいないことを確認すれば、それで十分に思えた。

 ここ数日、グドンと小犬は対峙しながらも、どちらも自分からは攻撃を仕掛けなかった。互いに睨み合ったまま相手が先に動くのをじっと待つ、いわばにらめっこ状態だ。

 初めてグドンが目撃したとき、小犬は蟻の大群を率いて彼に危害を加えようとした。仮に殺す気はなかったとしても、少なくともグドンが怪我をする可能性は十分にあった。

 だが、模擬世界での小犬は、なぜか、積極的にグドンに危害を加えようとはしてこない。

 グドンは当初、その理由を、現実世界で実際に奴が攻撃する姿を見ていないためではないか、と考えた。特殊な攻撃能力に関しては、実際に目で見たものしか脳海で再現できない、そう推測したのだ。そう仮定すれば、小犬の不可解な行動も理解が可能になる。

 しかし、もしそうなら、それはまったくのお手上げ状態を意味した。模擬戦闘には何の意味もない。目の前の小犬はただの木偶の坊にすぎないからだ。

 焦るいっぽう、グドンはその仮定が間違っている気もした。

 なぜなら、模擬の世界の小犬は自らの意思をもっているように見えたからだ。小犬はグドンがつくり出した単純な人形ではなく、ひとつの独立した生き物のようだった。グドンの攻撃を苦も無く受け流したとき、小犬は明らかに彼を嘲笑するようににたりと笑う。おまえの力はその程度のものか? おへそが茶を沸かすぞ、とでも言いたげに。自分の意思のない人形が、そんな表情を見せるだろうか? 少なくとも仮想の戦闘相手に、グドンがそんな要求をしたことはなかった。

 模擬の世界の小犬は、彼がつくり出した低級な人形ではなく、本物と何一つたがわぬ等身大の生き物で、まるで突如、それが模擬空間に侵入してきたかのように思えた。

 だとしたら、小犬は自ら攻撃能力を有しているはずだ。なのに、なぜ、攻撃してこないのか? 

 ひょっとして、奴には元々グドンに危害を加える気がないのでは? 

 そのとき、そうした考えと同時にグドンの脳裏にふと浮かんだのは、小犬が本当に黒幕の仲間なのかという疑問だった。だから、奴は攻撃してこない。

 蟻の大群は間違いなく黒幕がつくり出した幻覚だし、普通で考えれば、その幻覚に現れた小犬も黒幕の幻覚と考えるのが自然だろう。

 だが、もし仮に小犬が幻覚でなかったとしたら、どうだろう?

 小犬は実体のある別の生き物で、黒幕の手下でもない。これまでのグドンは、少なくとも、そうした可能性は考えていなかった。だからこそ、陰の黒幕を別にすれば、小犬が最大の敵と考えたのだ。

 しかし、よく考えてみると、仮に小犬が黒幕の手下であるなら、黒幕は手下の小犬より能力が優れていなければならないが、実際には、幻覚能力でグドンに後れを取った。これは妙ではないか?

 仮に小犬が黒幕の手下でないなら、なぜ、幻覚の中へ出てきたのか? 

 奴の目的はいったい何だ?

 考える中で、グドンはある決断をした。一度小犬に自分を殺させる必要がある、と。

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