93 ホウカ
「おいらに?」
「うん」
リンタロウはコンに顔を向け、
「コンは少し部屋から出ててくれないか」
と言いにくそうに頼んだ。
コンは頬を膨らます。
「どうして? わたしがここにいたら何かまずいことがあるの? 二人だけでどんな話?」
「大人同士の話だよ」
真面目腐ってリンタロウが言うのを聞いて、コンばかりか、グドンも吹き出しそうになった。
「絶対に嫌よ。二人だって、まだこどもでしょ? 二人にできる話なら、わたしだって聞く資格はあると思う」
リンタロウは困った顔になったが、
「いいから、話してよ」
とグドンに促され、リンタロウも仕方なく話す決心をした様子で、
「何日か前、きみは夜中にここを抜け出して、海岸へ行ったことがあったろ? 実は、あのとき、おれとホウカはあとをつけて行ったんだ」
彼の告白に、グドンとコンは目を丸くした。二人が驚いたのは別々の理由からだったが、どちらもリンタロウを非難する目になった。
その視線に益々恐縮しながら、リンタロウはあの夜起こったことを詳しくグドンに話して聞かせた。
リンタロウの話が彼とホウカの夫婦生活に及んぶと、グドンは唖然として口が塞がらず、コンは思わず頬を赤らめ両掌で顔を覆った。
リンタロウも出来ればそこは避けて通りたかったが、ホウカが激怒している理由を説明するには、どうしても話さないわけにはいかなかった。
溜息交じりに彼の話を聞いていたグドンだったが、聞き終わったあとさすがに顔を蒼くした。
「ホウカは、幻覚で見たことは全部おいらのせいだと思っているわけ? 故意にそんなものを彼女に見せたと?」
「そうだと思う。だって、おれでさえ、そう思っているくらいだから」
確かに、幻覚とグドンが無関係というのは、彼自身が考えても無理がある気がした。本当にそんな気はなかったが、それをどう説明すれば彼女に納得してもらえるか、まったく自信がなかった。
だが、少なくとも、あの日、自分が砂に埋もれていた理由は分かった気がした。
「だけど、たとえそうでも、ホウカがおいらを避ける理由がわからないよ。文句があるなら言えばいいのに」
長い沈黙のあと、グドンは大きく息を吐いて言った。
「わからない? どこが?」
コンが強い非難の感情を込めていう。
「わたしがそんなことをされたら、一生許せないと思う。もし好きな人にされたら、死にたいと思うわ」
グドンは戸惑った顔で、
「コンも、ホウカはおいらに好意を持っていると思うの?」
と訊く。
「もちろんよ。本気で訊いてるの? だとしたら、グドン兄さんには、女の子の気持ちが全然わかってない。お兄ちゃん以下よ」
とコンは決めつけた。
リンタロウは、思わぬところで自分を持ち出され、
「おれと比較することないだろ? でも、想像するほど、事態は悪くないかもしれないよ」
それを聞いたコンが今度は冷たい目で兄を睨む。
「やっぱり、お兄ちゃんも、五十歩百歩!」
「いや、ここ何日かで、おれには気付いたことがあるんだよ」
リンタロウはここ数日の自分の思いを告白した。
「夢と現実はやっぱり違うって。ホウカと夫婦になった夢を見た日、おれは本当に彼女が忘れられなくなった。もう彼女なしには生きられない。失うくらいなら死んだほうがましだと思ったのさ。ところが、少しすると、そんな感情が嘘のように和らいだ。夢を思い出すと少し心が疼いたけど、もう夢と現実を混同することはなくなった。今は、夢で見たことを思い出すことすらほとんどないよ。ホウカと一緒にいても平気だし、友人以上の感情はない。でも、これが、現実に起きたことだったら、そうはいかなかったと思う」
「そんなこと、何の気休めにもならないわ。女の子の気持ちがわかってないのよ、二人とも」
そういったコンだが、口調が幾分和らいでいた。
「いや、おいらが心配してるのはそういうことじゃないんだ」
と、グドンがリンタロウとコンの誤解を訂正した。
「渉不城にいたころのおいらとホウカは。本当にそんな仲じゃなかった。正直いって、互いに憎み合ってたよ」
リンタロウとコンが驚いて目を瞠る。
「それが最近、彼女が別人のように思えるんだ。この子はこんなに可愛かったろうかと驚くことがある。彼女が本気でおいらを心配していると感じるときもある。どうも変なんだ。リンタロウのいう夢をおいらが見せたとして、以前の彼女なら、面と向かって罵倒してきたと思う。こんな風においらを避けたりしない」
「だったら、どういうことなんだ?」
混乱した顔で、リンタロウが訊く。
グドンは首を振った。
「わからない。でも、ホウカがおいらを避けてるなら、それはそれで都合がいいかもしれない。さっきもいったけど、彼女をここから連れ出すならそのことが追い風になる。この島に残ることは本当に危険なんだ。二人にもそれをわかってほしい」
リンタロウとコンは顔を見合わせ、それから仕方なさそうに頷いた。




