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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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85/203

85 互助組

 次の瞬間、彼女の姿がその場からふっと消失した。

 その家の奥、長いテーブルが置かれた土間のような部屋に、四五人の男女が屯している。

 彼らの前に、突然、顔に狐の面を被った女が現れた。

 よく見ると、ほかの男女も、それぞれ違った面をつけている。

 鬼もいれば、犬もいる。ひょっとこに、あれはお多福だろうか?

 狐の面の女は、空いた椅子に腰を下ろすと、

「今回は、余程大きな仕事らしいわね。これだけの人数を揃えるなんて」

 と誰にともなく声をかけた。

 女の声は間違いなくホウカだった。

 実のところ、彼らは皆、ほかの面々の素性を知っている。面を被っているのは、仕事をする際に外の者に素性を知られないためだ。そのための備えは、自らの塒にいるときから開始されるのだ。

「そろったようだな」

 年老いた男性の声がして、皆、そちらへ視線を向けると、狸のお面の男が立っていた。

「おかしら」

 誰もが口をそろえ、頭を小さく下げた。

 狸は挨拶を返さず、

「今回の目標はかなり手ごわい」

 と直接本題に入った。

「護衛の者が最低でも三人はついている。しかも、全員手練れの者だ。三対三なら、恐らくこちらに勝ち目はない」

 誰かがひゅと口笛をならし、ほかの者は小さく息をのんだ。

 狸が続ける。

「護衛三人に、こちらは四人で対応する。それでも、相手を殺すのは難しいだろうから、時間稼ぎをすればいい。その間に、残った一人が目標を仕留める」

 それから、ホウカへ顔を向ける。

「狐、今回はおまえがやれ。絶対に失敗は許されない。おまえで駄目なら、誰がやっても駄目だろう」

「そんなに凄い相手ですか?」

 とホウカが皮肉を込めて訊く。

「目標がという意味なら、そうではない。目標は五歳のこどもだ。だが、ここの四人でも、三人の護衛の動きを完全に封じるのは難しい。その中での仕事になる」

「五歳のこども…」

 狐の面の下のホウカはさすがに眉を顰めた。

「何だ、不服か? こどもは殺さない主義か?」

「やります」

 ホウカは間髪入れずに答えた。

 狸の男も質問として訊いたわけではないらしい。彼女の返事に頷きもせず、次の瞬間には、その場から姿を消していた。

 狸が消えると、彼に代わって、どこからともなく一人の老婆が現れた。

 不思議なことに、老婆だけはなぜか面をつけていない。いつもそうだが、それを気にする者は誰もいなかった。老婆が現場に出ることはなかったし、出なければ、そこから足がつくこともない。だから、面をつけないのだ。

「詳しいことを説明するよ」

 老婆がやはり何の前置きもなく口を切る。

「目標は、ここ正龍藩の藩主の補佐役、つまり副官の一人モトオリショウケイ(本居祥敬)の子だよ。名前はあえていわない。狐も聞きたくないだろうしね」

 そういうと、老婆は歯の抜けた口をあけてあははと笑った。

 その笑い声に誰も付和しないとわかると、老婆はつまらなそうに話を続ける。

「屋敷の間取り図と侵入経路を各自に一枚ずつ配布する。わかってると思うけど、頭に叩き込んだら、すぐに焼却すること。それと、今回の仕事はただ殺して終わりじゃない。必ずガキの首を掻き切って持ち帰るんだ。わかるね、狐?」

 ホウカはお面の顎の部分を指で持ち上げ、空いた隙間から、床に向けてペッと唾を吐いた。

 なぜか、老婆はゲラゲラ笑った。

「報酬は?」

 お多福の面がすかさず尋ねる。

「三千」

 と老婆が答えた。

「それを均等割りにして五人でわける」

 ホウカ以外の四人全員が、思い合わせたように狐の仮面へ視線を向けた。

 これはどう考えても不公平だった。一番難しい任務である上に、こども殺しという最悪の役目も担わねばならない。ほかの四人はいわば時間稼ぎをすればいいだけの脇役だ。その報酬が五人均等などという理屈があるだろうか?

「文句があるなら、今のうちだよ」

 と老婆。

「ないわ。でも、一つ聞かせて。こどもを殺す理由は何? 跡目相続の問題か何か? つまり金銭や権力の問題? それとも何かの恨み?」

 ホウカの発言に老婆は眉を顰めた。自分の権威を傷つけられたととったらしい。

「それはとっても愚かな質問だよ、狐。あんたらに、殺しの理由や目的を知る権利などない。だろ?」

 ホウカは薄笑いを浮かべると一歩老婆に近づいた。

「もう一度聞くわ。金? 恨み?」

 改めて彼女が凄むと、老婆の顔色が変わった。ホウカの全身から危険なにおいが漂ってくる。

「だ、だから、あんたらは、いわれたことを…」

 老婆は強がって見せようとしたが、唇の震えがそれを裏切っている。自分でも気付かぬうちに一歩後ろへ下がっていた。

「あと一言舐めた口をきいたら、そのきれいな顔が傷つくわよ」

 これは老婆ではなく、ホウカの台詞だ。

「そうなれば、その婆さんのマスクをとっても、元には戻らない。カシラに泣きついても無駄。あなたが誰の女でも関係ない。わたしは、あなたの男に興味はないし、嫉妬するのはお門違い。わかる?」

 仮面をかぶっていても、ほかの面々が驚愕に顔色を変えるのがわかった。

 どこからともなく、男の声がした。

「恨みだ。やってくれるか?」

 その返事を待っていたように、ホウカは頷いた。

 老婆を一人残して、ほかの五人はばらばらと部屋を出ていく。

「今日は随分と機嫌が悪いじゃないか?」

 別れしな、ひょっとこがホウカに声をかける。すると、鬼とお多福が喉の奥でググっと籠った笑い声をあげた。

「ひょっとして、あの日なの?」

 とお多福。

「そうよ。だから、気分が最悪なの。あなた方も、時間稼ぎの役だからって手を抜かないで。でないと、後ろから何か飛んでくるかも」

 ホウカが手を振って離れていくと、今度こそ四人は声をあげて笑った。


 一人になると、ホウカは、モトオリショウケイについて情報を集め始めた。それが彼女のいつものやり方だった。

 リンタロウは、彼女がこうした仕事に関わっていることを何も知らない。彼女は、殺しでもらった報酬をいっさい普段の生活では使っていないからだ。生活費はすべてリンタロウの稼いだ金で賄われている。そうすることで、彼女の裏の顔を知られることなく、結果として、リンタロウのプライドも満足させられる。

 仕事での報酬はほとんど情報集めに使われた。そのために日頃から情報集めのルートを作り、専属の人材も確保していた。

 ショウケイの情報は大した苦も無く集めることができた。

 肝心なのは五歳になるというこどもに関する部分だ。

 ショウケイには現在一人の正妻と三人の妾がいた。妾といっても、実際にはすべて彼の妻と呼んで差し支えない立場の女だ。一緒に住んでいるし、彼女たち自身も互いに姉さん、妹と呼び合っている。事実上の主従関係、使役関係にはない。正妻、二番目の妻、三番目の妻といった具合だ。

 ショウケイと正妻は夫婦になってすでに三十年。だが、残念なことに、二人にはこどもがいなかった。それはほかの妾たちも同様で、どれほど努力しても子だねに恵まれない。周囲の者たちは、ショウケイの体に問題があるのではないかと噂していた。

 そんな折、五十近くなったショウケイに初めて子ができた。産んだのは、一番若い妾アヤオ(綾緒)だ。

 彼女がショウケイに嫁いだ時はまだ十九で、二人が並ぶと夫婦というより親子に見えた。当然、周囲にはショウケイの陰口をたたく者もいたが、それを承知で若い妾を娶ったのは、少しでも子づくりの条件がよくなればと考えたからだった。

 ショウケイはやっと授かった子の誕生を、心から喜んだ。まさに天に上る思いだったといってもよい。

 しかし、そんな喜びは長くは続かなかった。

 生まれた男の子が成長するにつれ、悪い噂が広がり始めたからだ。

 男の子がショウケイとまるで似ていないというのだ。それだけならまだよいが、日を追うごとに、こどもはある人物に生き写しに見え始めた。

 そのある人物とは藩主のわがまま息子ナガサダ(長貞)だった。

 長貞はまだ二十歳を過ぎたばかり。仮に生まれた子の父親が彼なら、まだ十代の後半だったころにアヤオと関係を持ったことになる。 

 そんな事情から、初めは藩主自身とアサオの関係を疑う者もいた。生まれた子とナガサダが兄弟であれば、似ていても当然だからだ。

 だが、そうした噂はすぐに立ち消えた。

 藩主とアヤオにはまるで接点がなかったうえに、痩せぎすで背の高く気が強い彼女は、ふくよかで柔和な女性を好む藩主の趣向には、どう見ても合いそうになかった。

 そこで疑いの目が向けられたのが、ナガサダだ。

 わがままで放蕩なナガサダにはよい噂がなかったが、あえて長所を探せば、少しばかり整った容貌と絵を描く才能があることだった。

 その彼が描く絵にアヤオはほれ込んだ。彼女はショウケイにせがんで、ナガサダから絵の手ほどきを受ける算段をとりつけた。

 実際二人が会ったのは、二三度だけだったようだ。だが、二人が男女の関係になるにはそれで十分だった。

 少なくとも周りはそう噂した。

 噂を知り激怒したショウケイは、二人の不貞の証拠を必死で探させた。そして、ついにアヤオとナガサダが二人きりになる段取りをした女中頭の存在を突き止めた。

 ナガサダは女中頭を呼びつけ拷問を加えた。

 ほんのわずかな痛みにも耐えられなかった彼女はすぐに口を割り、すべてを白状した。しかも、彼女は、アヤオとナガサダが関係を持つ姿をのぞき見していたとわかった。

 ショウケイは密かに女中頭を処刑した。

 残った問題はアヤオとナガサダ、それに二人の子をどうするかだ。

 アヤオは彼の妾だから何とでもなった。まず彼女の一族を皆殺しにし、アヤオを遠くの女郎屋へ売り払った。

 いっぽう、ナガサダに制裁を加えることは困難を極めた。

 藩主に訴え出たところで、何の効果もないのはわかっていた。むしろ、自分の恥を世間に晒すことになるだけだ。

 それなら、アヤオとナガサダの子はどうだ?

 実は一度、ショウケイはこっそり殺害してしまおうとしたことがあった。

 ところが失敗した。

 その後、事態が思わぬ展開を見せる。

 こどもが自分の子であることは、ナガサダは当然知っていたはずだ。そして、彼が秘密を打ち明けたのか、父である藩主も知ることになった。

 その後、まず遠くに売られていたアヤオを買い受けようとする動きがあった。だが、彼女がすでに大ぜいの客を取っていることが知れると、その話は立ち消えとなった。

 次はこどもだ。突然その子に護衛がついた。

 もちろん、ショウケイがつけたわけではない。ついた護衛は藩主直属の手練れで、しかも三人。ナガサダ自身にそんなことをする力があるとは思えず、やったのは藩主に違いなかった。

 藩主にとって、アヤオと放蕩息子の間の子など重要ではなかったろうが、多少なりとも自分の血が流れている者を殺させるわけにもいかなかった。いわばプライドの問題だ。

 それがわかっていて、ショウケイもこどもの殺害を改めて計画した。こうなるともう、意地と意地のぶつかり合いで、こどもの存在自体はどうでもよかったのかもしれない。

 結果として、こどもを殺害する依頼は互助組へ持ち込まれた。

 暗殺の仕事にかかわる際、ホウカは必ず相手の素性を細かく調査する。

 それは、対象となる人物が殺害に値するほど悪い奴かどうかを知るためではない。たとえどんな善人であっても、仕事を請け負った以上は殺す。

 善人か悪人かはどうでもよかった。

 調査するのは、そのほうが仕事に没入できるからだ。知らぬ相手を殺すのと、熟知した相手を殺すのでは、殺すときの感覚がまったく違った。

 多少なりとも面識のある人間を初めて殺したとき、ホウカは言葉に出来ない心の充実感を覚えた。知らない相手を殺すのは、いわば物を壊すのと変わりがないが、知っている人間だと、殺した瞬間、まるで相手の人生が自分の中へ溶け込むような不思議な快感を覚えるのだ。

 それが心地よいといっていいかどうか、彼女にはわからなかったが、とにかく、強い感覚で、一瞬我を忘れられた。

 ホウカが互助組の仕事に手を染めるようになったのは、グドンの死がきっかけだった。彼の死後、生きる目的を見失って苦しんでいた彼女を、一時的にせよ、解放してくれたのが互助組の仕事だ。

 ホウカが立ち直るのに、リンタロウの助けがあったのは間違いないが、本当に彼女を救ったのは、人殺しだった。

 仕事に没入して我を忘れると、自分は元々そうした恐ろしい闇の部分を持って生まれた女性だ、だから、グドンの死などとるに足らない、と自分を誤魔化すことができた。すると、不思議なほど気持ちが楽になった。

 それゆえ今回も、対象がこどもとはいえ仕事を受けることに躊躇はなかった。

 こどもも大人と何の変りもない。どうせ、こどもも、あと数年すれば屑のような大人になる。それは、ナガサダを見てもよくわかるではないか。放蕩息子の彼は、アヤオと関係を持つ以前にも、大ぜいの女性を泣かせてきた。もちろん、暴力で相手を傷つけたこともある。親の権力をかさにまさにやりたい放題だった。彼が初めて若い娘を暴行して妊娠させ、挙句に殺害したときはまだ十代半ばの若さだった。

 アヤオとナガサダの子も、あと何年かすれば同じ年齢になる。こどもだからといって、特別視する必要はない。こどもは皆、将来の屑の予備軍…。

 そう考えたとたん、なぜか、ホウカの頭が割れるように痛んだ。

 どこからか別の自分が今の自分を見ている気がした。

 何か変だ…。

 わたしは、こんな女性だったろうか? 五歳のこどもを殺すことも躊躇せず、殺した際には、密かに快感を覚えるような…。

「ただいま!」

 ホウカの頭痛は、帰宅したリンタロウの声で雲散するように解消した。

「お帰りなさい」

 無理に笑顔を作ったホウカは、立ち上がってリンタロウを迎えた。

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