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半妖グドンの選択  作者: すいかあたま
第二章 蟻巣島
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82/203

82 修練2

 宿舎に戻るころにはまた腹が減っていた。

 グドンは仕方なく食堂へ行って腹ごしらえをすることにした。

 宿舎の傍には使役者専用の食堂があって、早朝から夜まで飲食を提供している。使役者自身が自炊することも可能だったが、大抵は皆、ここで食事を済ませることになる。リンタロウが薬草地へ携帯した弁当もここで手に入れたものだった。

 正確な時刻は不明だったが、夜遅い時間であるのは間違いない。食堂が開いているか微妙だったが、どうにかぎりぎり間に合った。

 食堂の料理は美味ではなかったが、腹を満たすには十分だった。

 元より、渉不城で食事内容を制限されていたグドンは、口が肥えているとは言いがたい。肉や魚がたらふく食べられればそれで満足だった。

 だが、グドンの姿を見た食堂の面々は皆眉を顰めた。

 彼が全身びしょ濡れで、あちこち砂にまみれていたからだ。水滴が滴り落ちることはなかったが、椅子に掛けたグドンが身動きするたび、テーブルや床面には水に濡れた跡が残った。

 濡れた髪も顔にへばりついていたが、そのお陰で、彼が噂の半妖であることを気づかれずにすんだ。

 腹がくちくなったあと、グドンは自分の部屋へ戻ってまた眠った。

 もう睡眠は足りていたが、深夜、人が寝静まるまではやれることがなかった。人族が活動する中修練することは危険を伴ったし、誰かに見られれば、無駄な騒ぎを誘発する可能性もあった。

 夜になっても、ホウカやリンタロウは訪ねてこず、これにはグドンも一抹の寂しさも感じた。だが、彼らの安全面を考えれば自分から距離を置いているほうがよい、とプラスに考えることにした。

 夜中になって目が覚めると、グドンは再び海岸へ向かった。

 今夜は、水平飛行の修練をする予定だった。

 ところが、実際飛行する段になると、これは訓練するまでもないとすぐに気づいた。能力としては、前日行った上下方向の飛行と何も変わらなかったからだ。

 脳海で、海の上空を水平滑空する自分を何度かイメージし、自信がついたところで、実際に空を飛んで自分の能力を確かめた。納得すると、すぐに次の修練へ移った。

 精神的、肉体的疲労をを最小限に抑えるためには、出来る限り無駄を省く必要がある。自信のあるものに時間をかけることは愚かでしかない。

 次は炎を操る修練だ。

 浜辺に胡坐をかいたグドンは、脳海に掌に炎を起こす自らの姿を思い描いた。

 七号の薬草地でやったのと同様、炎の規模を少しずつ大きくし温度も高めていく。炎は赤から、黄、白、青へと次々に変化し、やがて大きさも彼の身長を超えるまでになった。さらに直径十メートルほどになったとき、その炎で、グドンは自分の全身をまるごと包み込んだ。

 それは一種の賭けだった。炎で自分を包めば火傷する危険もあったが、成功すれば多くの敵から身を守ることができる。グドンにとって、守る力は相手を攻撃する力よりはるかに重要だった。

 やった結果、悪いことは何も起きなかった。炎に包まれたグドンは、それまでと何ら変わらず呼吸できたし、火傷することもなかった。

 グドンは、そのまま炎の範囲をさらに拡大し、最後には五十メートルに達した。

 脳海の修練を打ち切ったグドンは、現実世界でも同じことを試した。

 青い炎が全身を包み込むと、足元の砂が溶け始めるのがわかったが、予め体を少しだけ宙に浮かせていたためか、溶けた砂でけがをすることもなかった。

 その後、宙に浮いたままの状態で移動し、海岸線に植わった樹木へ近づくと、とたんに樹木全体がパッと燃え上がった。

 その勢いは想像以上に凄まじく、グドンは慌てて修練を中止すると、少し離れた砂浜でどきどきしながら火が消えるのを見守った。幸いそれ以上延焼することはなかったが、一帯に火が広がれば、ただ事では済まされなかったはずだ。

 津波のときもそうだったが、グドンの悩みは、己の能力が弱すぎることではなく、逆に強すぎてうまく制御できないことだった。

 腔妖術などはその典型で、使うたび、彼の意図しない相手にまで影響が及んでしまう。

 もし、能力を完璧に制御できれば、無関係な者を巻き込むことなく、本来の目標にもより強い打撃を与えられるはずだった。

 そうした理由からも、炎の次には、腔妖術を制御するための修練を選んだ。

 ここには術をかける対象がいないため、脳海での仮想訓練だけとなる。

 脳海に仮想の敵を思い描き、その仮想敵に術をかける。弱い相手では意味がないので、とりあえず七号薬草地で見た小犬から始め、その後、夢の中でセイイツと共闘していた妖獣へと敵の能力を格上げしていった。

 しかし、結果は惨憺たるものだった。セイイツの仲間はいうに及ばず、小犬にさえも、グドンの術はまったく効果を見せなかった。今回は、能力をセーブする必要はなく、最大限に能力を使っても、相手は露ほどの影響も受けなかった。

 これにはグドンも参った。過去の経験からいって、多少なりとも効果があると期待していたからだ。ところがこの両者にはどちらにも完全に役立たずだった。それはつまり、もし、あのとき、薬草地の小犬に殺意があったとしたら、グドンは疑う余地なく死んでいたということだ。

 その後も、何度か同じ修練を繰り返したが結果は変わらなかった。

 これではっきりしたことがある。今の自分は小犬の敵ではないということだ。

 失望と疲労感で修練を打ち切り、宿舎へ戻ろうと立ち上がったときだった。

 グドンはまたしても激しい眩暈に襲われ、その場に膝から崩れ落ちた。

 いつの間にか疲労が限界を超えてしまっていたのだ。

 愚かにもまた同じ過ちを繰り返してしまった…。

「おいらはどこまで間抜けなんだ!」

 砂浜に倒れ、顔面を強く打ち付けたグドンは、薄れていく意識の中で何度も自分を罵った。


 遠く離れた雑木林の木陰から、二つの影が、砂浜に倒れたグドンの姿を見守っていた。

 二人は思い合わせたように大きく溜息をつく。

「今日も、このままほったらかしにして帰るのかい?」

 リンタロウが隣りに立つホウカにいうと、ホウカは口元を歪めふんと鼻を鳴らした。

「自業自得よ。わたしたちをのけ者にしようとしたんだから。朝、凍えるような寒さの中で目を覚ませばいいわ」

「それは本心じゃないと思うけど」

 リンタロウは笑って、

「心と体は裏腹という奴だね」

「何、それ? 言葉と胸の内は裏腹ならわかるけど」

 言われたリンタロウはあははと笑って、

「とにかく、どれほど厳しいことを言っても、内心は違うってことさ」

 何か反論しそうになるホウカを制し、リンタロウは、

「もう言わないよ。それはきみたち二人の問題だから」

 ホウカもそれ以上追及せず、砂浜で倒れたままのグドンへ視線を戻した。

 リンタロウは改めて、

「昨日、彼の体に異常がないことを調べてなかったら、今度こそ、死んだんじゃないかと心配してたところだよ」

 と嘆く。

 二人は昨日の夜も、グドンを尾行し、海岸で起こった一部始終を見守っていた。

 それは二人にとってまさに奇跡の連続だった。グドンが空高く舞い上がると、二人は絶叫しそうになり、彼が初めて下降して地面すれすれに迫ったときは、実際、ホウカは小さな悲鳴を上げた。グドンに気づかれなかったのは、彼自身が未知の体験に興奮していたことと、あまりの衝撃から、ホウカの叫びがちゃんと声にならなかったからだ。

 最後まで見終わって、グドンが地面に倒れ意識を失ったとき、二人はどちらも、彼が間違いなく死んだと誤解した。

 駆け寄って、彼の心臓が正常に動いていることを確認し、やっとどちらも安堵の吐息をついたが、それでも、ホウカの目には涙がうかんでいた。

 二人はグドンを宿舎へ連れて帰るかどうかで悩み、結局、放置することを決めた。

 彼を宿舎へ運べば、二人がグドンを監視していたことがバレてしまう。たとえ、秘密ではないにしても、真夜中まで尾行、監視されていたと知れば、きっといい気はしないだろう。

 ただ唯一の心配は気温だった。季節は徐々に冬へと近づき、早朝になれば摂氏一桁台まで低下する。ましてや倒れているのは波打ち際で、体が水に濡れれば体温はさらに低下するに違いなかった。

 相談の結果、満潮になっても波がかからない場所まで、彼をそっと移動させることにした。

 二人に体を触られても、グドンは目を醒ます気配を見せなかった。まさに意識不明の状態だ。

 二人は彼を移動させたあと、その痕跡を消し迷うことなく姿を消した。

 そして、今夜、二人はまたグドンを尾行して海岸へやってきた。

 今回は彼を心配したからではなく、ほぼ全部好奇心からだった。今夜はどんな曲芸を見せてくれるか、それを想像すると悪いと思いながらも心が躍った。

 しかし、残念ながら、今回は少々期待外れだったといってよい。炎の曲芸は十二分に見ごたえがあったが、大半の時間、グドンは砂浜に胡坐をかいたまま動こうとしなかった。

 もちろん、彼が脳海で敵と激しく戦っていたなどとは、知る由もなかった。

 時刻が真夜中を過ぎていたこともあり、二人は不謹慎にも、欠伸を堪えきれなかった。

 そして、今回も、グドンは突然倒れて意識を失った。

 二人は相談することなく、グドンをその場に残して海岸を離れた。二人が姿を消したあと、海岸には倒れたままのグドンが一人と取り残された。

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